ずーっと以前に書いた創作怪談シリーズとショートショートシリーズ
峠道のうわさ
その人は、バイクに乗っていた。
スポーツバイクでね。レプリカっていうやつ。
峠道なんかを走るのが好きでね。休みの日はツーリングに行くというよりも、決まって峠道に行ってね、あっちからこっち、こっちからあっち、っていう感じでね。
走り回るんだ。
コーナーで何処までバイクを倒していけるか、とかね。
ま、仲間も何人かいてね。
じゃあ、次の日曜にはあそこの峠に行こうぜ、みたいなことをね、言い合ってね。
その日も峠に仲間と一緒にね、行ってね。
そこは、その彼、初めての場所だったんだ。
あるパーキングに荷物なんかを置いて、それでお互いに写真なんかを撮ってみたりね。
ほら、自分ではわからないライディングのね、悪い癖なんかをみつけようってね、そういうのやっていたの。まあ、半分くらいはね、自慢したりね、そういうためなんだけどね。
オレは、こんなにバイクを倒して走りこむんだぜ、みたいなね。
そのパーキングの端の方にね、慰霊碑があったりしてね、ちょっと気持ち悪かったんだけど、昼間だからね、バイクの練習をしているのって。あんまり気にもしなかったんだよね。
でも、その日、その中の一人が事故ったんだ。
ちょっとした大事故でね。救急車が来て、そいつを連れて行ったりしてね。もちろん、バイクは廃車だったよ。
でね、そこまでは、普通の話なんだ。
でもね、事故の後、彼は集まってきた他のライダーにね、こういう話を聞いたんだ。
彼のいたパーキング。そこでね、以前、若い女性が殺されているんだ。
夜に集まっていた走り屋を見物にいった女性だったんだけどね。何かいざこざがあって殺されている。そこにある慰霊碑は、その女性のものだったんだよ。
その後ね、そこで事故が多発するようになった。
だから、知っている人は、そこは走らないんだって。
それを聞いたときはね、彼、そんなこともあるんだな、ぐらいのね。どうせ、ただの噂話だよ、ぐらいのね、そんな気持ちだったんだ。
それからしばらくして、彼は仲間を病院へ見舞いに行ったんだ。
もう、その頃には、すっかり元気になっていたんだけどね、入院している方もね。
だからっていうわけでもないけど、見舞いにね、行ったんだ。
「よう、元気か」
「ああ、もうすぐ退院できるよ」
「そうか、それはよかったな。実はさ、事故った日、写真を撮っていただろう?」
「ああ、そうだったな」
「その写真が出来てきたからさ、持って来たんだよ」
「ああ、あのみっともない写真か」
「そうそう、そのみっともない写真だよ」
そう笑ってね。
「あの日、オレさ、どうも調子が悪くてさ」
そう、笑いながら照れ隠しに言うんだよ。その入院している方が。
「お前も言っていたけれど、なんか前輪の荷重が抜け気味な走りでさ。あの時も、前輪がすべっていってさ、このざまだよ」
そう言いながら、渡された写真の袋を開けたんだ。彼の方はさ、写真を受け取って、そのまま持って来ていたんだよ。一緒に見ようと思ってね。
まあ、あれだよ。一緒に走る仲間がさ、バイクを降りちゃうんじゃないかっていう不安もあったしね。写真でも見せてやれば元気になるんじゃないかってさ。
だから一緒に見ようって。中味を確かめずに持って来た。
病院の白いベッドの上で、パジャマ姿で写真を一枚づつ見ながら、
「下手くそだよなあ」
とか言いながら、笑いあってね。1枚、2枚と見ていく。そのうち、彼がね、最後に撮った写真。その事故の直前を撮った写真。
そこで、写真をめくっていた、そいつの手がパタっと止まったんだ。
「おい、この写真・・・・」
そう言うんだって。
「なんだよ、どうしたんだ?」
見ると、そいつ、顔を真っ青にして写真から目が離せないでいるんだ。
「なんだ、どうしたんだよ」
そう言いながら、彼、そいつの手元を覗き込んだんだ。
そこにはね、しっかりと運転するライダーの後ろにね、血みどろになった女がね、しがみついていた、そうだよ。