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(95)髑髏の騎士

 聖地神殿の旗を掲げ、灰色の霧を引き裂いてクリュークの町にやって来たその騎馬軍団を迎えたのは、静寂だった。

 薄緑色の光を放つ夜馬(ナイトメア)に跨るのは、暗い緑色の鎧を纏う騎士達。騎士たちの殆どもまた薄い緑光を放つ死の騎士(デスナイト)と呼ばれる不死者(アンデッド)であった。

 司令官らしい髑髏の兜を被った騎士が無言で錫杖を揮うと、騎士団が町の外で整列していく。無論私語など一切ない。

 市門にはクリュークの族長と神殿長が出迎え、その先導に従って髑髏の騎士は十名の騎士(生きているのは三名)を連れてクリュークの町の門をくぐった。


 町の中も静寂に包まれていた。

 クリュークの町の人々は、堅く戸を閉ざし、窓を閉めて不吉な騎士達を目にすることが無いよう、家の中でじっとしていた。

 神殿長の案内で神殿につくと、髑髏の騎士は族長に礼を言って敷地内に入った。

「神殿長、早速ですが【混沌】と接触した神殿騎士を呼んでください」

 しわがれた声が髑髏の兜の中から響く。

「あ、その前に一息入れられては? 菓子も酒も用意させてあります」

 そのおもねるような声音に騎士は足を止め、髑髏の兜の奥から、ギョロリと神殿長を睨みつける。

「神の敵を前にしてそのような暇はありません」

 この騎士は生者のはずだが、もしやそれは勘違いだったのではないか、とオロオロする神殿長に、髑髏の騎士はもう一度、神殿騎士を呼ぶよう()()する。

「安心しろ、骸骨(スケルトン)。俺ならもう来てる」

 髑髏の騎士と神殿長のやり取りを聞いていた神殿騎士ホーマーが、軽い調子で近づいてくる。その後ろには副隊長のミカエーレも一緒だ。

「だ、だ、だ、黙れ、ホーマー。【緑】の騎士団長様に失礼なことを言うな」

 ホーマーに視線を向けた髑髏の騎士は兜を脱ぎ、素顔を晒した。

「中身も一緒だ」

 神殿長が驚きで硬直し、ミカエーレもびっくりして思わず口に出してしまった。

 ギョロリと飛び出し気味の眼球に、細い顎、色白というより不健康そうな顔色に薄い色の金髪を短く刈ったその容姿は、まるで骸骨のようであった。

「相変わらずだな、スケルトン。兜取っても取らなくても一緒じゃないか」

「……ああ、ホーマーさん。そういえばあなたの赴任先はこの町でしたね。すっかり忘れていましたよ。それと私の名前はスケルツォです。相変わらず物覚えの悪い人ですね。そんなだからこんな田舎にまで落ちぶれるのですよ」

「お前の本名ぐらい覚えてるよ、スケルトン。底抜け姫と遭遇したのは俺だ。だがこっちはもうすぐ任務が明ける。話は明日でいいか」

「ダメです。今すぐです」

 瞳孔が開き気味で、瞬きも少ない視線で、覗き込むようにホーマーに迫るスケルツォ。

「OK。じゃあ、俺んちでいいか? 飯でも食いながら話そう」

 その言葉にスケルツォの表情が初めて動き、眉を顰めた。

「……解りました。ではそうしましょう」

 スケルツォは部下(生きている人間)に幾つか指示して、ホーマーに続く。

「騎士団長様、スケルトン様」

「スケルツォです」

 追いすがる神殿長に騎士団長の抑揚のない声が訂正する。神殿長はぺこぺこと謝罪しながら、食事なら町一番の店を用意させています、と誘うが髑髏の騎士は取り合わない。

「先ほども申しましたが、神の敵を追うのが最優先です」

 と、誘いをバッサリと切り捨てられ、神殿長が項垂れる。ホーマーの家に行くというのも単純に効率優先ということなのだろう。

「あ、そうそう」

 スケルツォが自分の夜馬(ナイトメア)から手提げ袋を取り出し、ホーマーに手渡した。

「これ、奥さんと娘さんにお土産です。最近見つかった魔法で作られた新しいお菓子で、いま聖都で人気の品です。それと娘さんは今年七歳でしたね。無事ステータス魔法が習得できるよう聖地で祈祷してもらったお守りと、初級魔法の管理番号(ID)を記した本も同封してあります」

「おいおい、スケルトン。俺がクリュークに居ることを忘れてたんじゃないのかよ。お土産までしっかり準備しやがって」

「何を言ってるんですかホーマーさん。いつ私があなたの奥さんと娘さんのことを忘れたなんて言いましたか? まったく、それでよく秩序神の騎士を名乗れるものです、嘆かわしい」

 生真面目で淡々とした喋り方のスケルツォと、少々乱暴な物言いのホーマーが喋りながら神殿の外に歩いていった。

 【緑】の数少ない生きている部下や神殿長はその様子をポカンとした表情で見送った。


     *    *    *


「くっくっくっ、見たか神殿長のあのアホ面」

「見ていません」

 四角い顔の背の低い男が、病的な白面で長身の男に気安く語り掛けるが、答えはそっけない。

死霊の騎士(デスナイト)が百ほどか。再編があったとは聞かねぇから数は変わってないだろ。残り四百はどうした、先行させたか?」

「作戦行動中の騎士団の動きを明かすわけないでしょう」

「混沌姫が現れてからまだ三日なのにもう到着とは早いな。近くまで来てたのか?」

「機密です」

「例の神託対応でアンズーマリーに行く途中だったってところか? あの姫君が巨大な混沌なわけないのに、神託よりこっちを優先するなんておかしくねぇか? 浄務(ウォッシャー)のヤツからなに言われた?」

「何も言われていませんよ、中央の指示に沿っているだけです。それにしても相変わらず騒々しい人ですね。秩序と静寂は通づるものがあります。貴方も秩序神の神官の末席に居るのですから、もう少し自覚を持つべきです」

「わりぃな。こちとら田舎騎士なもんでな。おい、ミカエーレ、後は頼む」

 副隊長に残務を押し付けて、死霊の騎士団の長と、田舎神殿のしがない神殿騎士が並び立って神殿を出た。

 神殿の敷地を出てしばらくすると、今度は髑髏の兜を持った白面の騎士から口を開いた。

「……なにを警戒しているんですか?」

「ん? なんのことだ。俺はお前にかこつけて早上がりし、愛しい妻子の待つ家に帰るだけだ」

 その言葉に、白面の騎士は暫し間を置いてから、別のことを問う。

「部屋は相変わらずですか?」

「ああ、相変わらずだ」

「……わかりました」

 それきり、二人の会話は途切れた。


     *    *    *


 スケルツォを連れたホーマーは妻と娘の待つ家に帰り、夕食は賑やかな食卓となった。

 とは言ってもスケルツォは殆ど喋らないが、ホーマーの娘が妙にスケルツォに懐いていてテンションが高く、騒々しく、またその様子に父親(ホーマー)が嫉妬して、奥さんに窘められるなど、会話の絶えない食卓であった。


「結局【混沌】のことは何も聞けませんでした。まったく、時間の無駄です」

 スケルツォはギョロリとホーマーを睨みつけた。

「おまえ、俺はいまお前のこと殺してやりたい。そう思ってるの分かってて、そんなこと言ってるのか?」

「なんのことでしょう?」

 膝の上にホーマーの娘を乗せたスケルツォが不思議そうにホーマーを見、娘が父親を見てキャラキャラと笑う。

「まったく、子供というのは秩序と静寂を介さぬ愚かな存在です。全く理解不能です」

「スケルトンおじさん。私のことキライ」

 膝の上の幼子がスケルツォを不安そうに見上げる。

「そういう愚かな質問をしてはいけません。私がキライな者に贈り物をするような二心のある人間だと思われるのは心外にして憤慨すべきことです」

「よく分かんない」

 娘が首を傾げると、好きってことよ、と母親からフォローが入りホッとした笑顔を浮かべた。

「さ、おじさんとお父さんはまだお仕事があるから、もう寝ましょうね」

「は~い」

 と娘はスケルツォと父親にキスして、寝室に下がった。

「……今の姿、【緑】の死霊術師や神殿長に見せてやりたいな」

「何かおかしな点でも?」

「いいや。俺の部屋に行こう」

 肩をすくめるホーマーの言葉にスケルツォが頷く。

 わざわざ家に誘うということは、外でできない話をするということ。それは昔から両者の間での共通認識であった。

 そしてホーマーの言う『部屋』とは結界と盗聴対策が施された密談用の部屋だということも。

「そこまで警戒する相手は?」

「その話も後。こっちだ」

 ホーマーが席を立った。


     *    *    *


「追ってる【混沌】についてどこまで知ってる?」

「一通りは知っています。むしろ私が聞きたいですね。()は高々田舎の神殿騎士に過ぎないあなたが、一体何を知り、何を警戒しているのかを」

 酒を断り、自分のインベントリから出した甘い菓子を摘まみながらスケルツォがホーマーを詰問する。

 舌を酒で濡らしてから、ホーマーがそれに答える。

「混沌姫は俺の娘と同年代の女の子で浄務の部屋で裸にひん剥かれていた。そして部屋にあったのは血の跡と拘束具。俺こそ聞きたい。浄務は、公同派はなにをしている」

「無論、神の御心に添う行いです。世間では私の扱う死霊魔法(ネクロマンシー)もまた邪悪の技と言われていますが、それもまた神のご意思なのです。神の意図を探ろうなど不敬ですよ、神智派」

「話しをすり替えるなよ公同派。魔法そのものの是非ではなく、それを何に使っているかって話だ。もう一度聞く。例え【混沌】であり、罪人とされていても、幼い女の子を裸にひん剥き、拘束具を使ってやることをお前は神の御心に添う行いだというのか」

「……浄務は皆、秩序神への信仰篤い方々だ。不法行為などするはずがない」

「お前、俺の娘が同じ目にあっても不法じゃないと放っておくのか?」

「……それは屁理屈です」

「だが真実だ。もし娘が【混沌】とされたらお前は娘を浄務に引き渡すのか」

「仮定を積み重ねた質問は意味がありません」

「意味ならある。何が正しいか、何が誤りかを紐解くことができる」

「それは神智派の考え方です」

「よく判ってんじゃねーか、公同派が如何に疑問を持たずに生きているかったことをよ。神に対してその疑問をぶつけろとは言わねぇ。だが、公同派の神官だって人間だ。飯も食えば糞もするし欲もある」

「公同派の同胞を疑え、と?」

「違う。公同派や神殿を利用し、神の名を騙って不法行為を働く裏切り者を疑えって言ってるんだ」

 その言葉に、骸骨のような男は、しばし瞑目し、口だけがもごもごと動く。

「……クッキー、早く食っちまえよ」

 顔を背けながら口の中のクッキーを嚥下し、再度瞑目する公同派の白面の騎士。

「……約束はしません。ですが【混沌】はなるべく殺さずに捕らえて尋問しましょう」


 二人の沈黙をノックが破った。

「ホーマー、僕だよ」

 副隊長のミカエーレであった。

「ずいぶん遅かったな」

 そう言いながら、ホーマーが結界解除の呪文を唱えて扉を開く

「いやあ、出がけに変な面会者が来て、その対応に手間取っちゃってさ」

 細目の男と一緒にもう一人、黒髪の男が入り口に立った。

「この人、混沌狩りの聖戦士さん。ホーマーの知合いなんだって?」

「よお、久しぶりだな。噂は聞いてるぜ、聖戦士様」

「お久しぶりです、ホーマーさん。頼まれたもの、持ってきましたよ」

「いいタイミングだ」

 ホーマーがにやりと笑う。

「スケルツォも久しぶりだな」

 黒髪の男が白面の男に向き直る。

「貴様は……アストリアス」

 地獄の底から響くような声でスケルツォはギョロリとした目でアストリアスを睨み付けた。

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