(93)出会い
本日急な仕事が入ったため、チェックが間に合わず投稿時間がいつもより遅くなりました。
「……そして三年が過ぎた」
トカゲ人らによる惨殺現場から逃げ出したニンジャガールは、アイテムで安全な寝床を呼び出し、その中に引きこもった。
殺された人の埋葬をしなきゃ、とちょっと思ったが、死体を触ることを思うととてもできそうにないので、そのまま放置してその場を離れた。
しかし食っちゃ寝の生活を三日もすると、冒頭のような下らないことを言うほどに飽きてきた。
「大体、ネットもゲームもテレビも本さえ無いのに引きこもれるわけねーだろ」
確かに惨殺現場に居合わせてショックを受けた。
トカゲ人を殺したことにもショックを受けた。
しかし、それでもどこか覚めているというか、現実感が感じられず、喉元過ぎればなんとやら、三日もすると、なんとなく受け入れていた。
特にトカゲ人たちに関しては、死体が消えてしまうのを目の当たりにしているので、特に現実感が希薄であった。
女の子が殺される様も同じだ。
「あの程度のゴア表現、よくあるし、ネットにゃリアルな死体の画像だっていくらだってあったしな」
好んで見る質ではないが、時々エロサイトに行くつもりでURLをクリックすると、その手の画像が表示されることがあった。
良くも悪くも、ネットを通して様々なことを見聞きしていたがために、目の前の現実に対してもどこか感性が鈍っていた。
寝床を畳み外に出ると、外はもう暗く、夜空には赤と蒼、二つの月が浮かんでいた。
「もう夜か……寝るか」
月が二つという如何にも異世界でございっというシチュエーションをスルーして、もう一晩寝るために、キャンプ用アイテムを出そうとしたとき、少し離れた森を何かが駆け抜けていった。
「忍法【影歩き】」
とっさに身を隠すと、走り抜けた何かを追うように、上空を五頭の馬が飛んで行った。
「羽が生えてる。いわゆるペガサスってやつか」
更にそのペガサスの上に揃いの服を着た人影も見えた。兵隊か騎士という奴だろう。彼らの進路は獣人たちが住む、霧のかかっていない山であった。
獣人たちと会いたくない、人間とも会いたくない、面倒くさい、などネガティブな理由は様々に浮かぶが、それでも彼らを追うことを決めた。
「出会ったイベントは残さず平らげる」
オープンワールドRPGをするときの彼の方針であった。
ペガサスに乗った騎士?は、時折魔法を唱え、槍を飛ばして追いかける何かを攻撃していたが、どうやら有効打になっていないようだ。
【影歩き】で身を潜めながら素早く森の中を急ぐが、やはりスキルを使用しながらでは脚が遅くなる。
周囲ではオオカミの遠吠えがあちこちから上がり、上空にトリ女の姿が多数見えてきた。幸いこちらは気づかれていないが、騎士たちはそうもいくまい。
やがて前方から取って返してきた騎士たちのペガサスが飛び去り、その後を数十羽のトリ女とオオカミ男達が追っていく。
騎士たちは全員男みたいだったので、がんばれよ~、と心の中で声援を送って見送り、そのまま先を急いだ。
騎士たちが追っていた相手に興味があったからだ。
「騎士団ってことは集団、組織だよな。ここでシナリオ分岐だな。反乱軍の美少女来い、女の子来い」
と念じながら身を潜めて進むと、トカゲ人を初めとする獣人たちの姿があった。そんな彼らに囲まれて進む赤いクマの背に視線が止まった。
「キタ!」
クマの背に背負われた小さな人影が赤い髪の幼い女の子だと認めると思わずガッツポーズを取った。
だが、槍に貫かれた既に死んでしまった女の子の瞳を思い出し、すぐに表情を改めた。
獣人たちがすぐに女の子を殺す様子はないが、三日前の光景を思い起こすと、いつ殺されてもおかしくない状況と言えた。
かと言って、いきなり乱入したら乱戦になってしまい女の子の身に危険が及びかねない。
「このまま潜んでついていき、チャンスを待とう」
スキルで潜伏しながら、女の子の様子を窺った。
女の子はサイズの合っていない白衣を着せられ、というかクマの首に袖を縛って拘束されているが、意識がないらしくピクリとも動かない。
顔色は悪く、疲れ切っているようにも見え、その姿に言いようのない胸の痛みを感じた。
やがて一行は、尾行されていることにも気づかず、見覚えのあるトカゲ村に到着し、クマに運ばれた女の子は葦で作られた小屋に連れていかれた。
「あの小屋か」
周囲に獣人たちの姿が無くなるのを待って、小屋に近づいて行った。
すると、近くの小屋から苦しそうな声が聞こえてきた。どうやら女の子の声のようだ。
不審に思い小屋を覗くと、連れてこられた女の子が布団もない部屋の隅に無造作に転がされ、何やら脂汗を流しながらうなされていた。
「あれ? こっちの小屋だったか、勘違いしたかな……それにしても」
女の子は白衣からクマの毛皮に着替えさせられていた。しかも裸足であり、毛皮の下には何も着ている様子がない。
殺された子も、浮浪児のような恰好をしていた。この子も最初は白衣一枚、今は毛皮一つと、まともな恰好とは言えない。
--もしかして三日前の惨劇の生き残りか?
ニンジャガールが到着する前に、大半の人は殺されていた。きっとその間に逃げ出し、結局捕まってしまったに違いない。
連れて逃げ出したいが、触れるのに躊躇してしまう。
今の肉体はミドルティーンの女の子とはいえ、中身は四十半ばの中年男だ。小学校低学年っぽい寝ている女の子に触れるのはハードルが高い……というより普通ならば超えちゃいけないハードルだ。
何にうなされているのか判らず、うわ言も理解できないが、とても辛そうな様子だ。
手を出しあぐねていると突然、女の子が手足をバタバタと振り回し、泣きじゃくり始めた。
--よほどつらい目にあったんだな
その姿に居た堪れない気持ちと、何とかしたやりたいという、純粋な利他意識が沸き上がってきた。
沸き上がった感情は常識という理性を無視し、女の子を抱き上げ、背中をやさしく撫でてやった。
「安心しろ。俺が助けてやる」
子供のびっくりするような熱さに驚きながらも、耳元で何度もそう言い聞かせ、背中を撫でてやると、言葉が通じたかのように暴れるのを止め、やがて女の子の寝息は静かになっていった。
--この子を守らなきゃ
子供の熱に浮かされたように、そんな使命感が心に生まれた。年端もいかぬ女の子をあんな残酷で野蛮な奴らの元に置いていけない。
「忍法【影潜み】」
女の子を抱いたまま、赤いニンジャガールは己の影の中に吸い込まれるように消えていった。
* * *
影に潜みながらトカゲ村から十分に離れると、影から飛び出し、女の子を抱いたまま夜を徹して山野を走り抜けた。
獣人たちの住む霧のない山を抜け、霧に覆われた森の一角で空が白み始めたころ、ようやく足を止め休憩を取ることにした。
休憩に際し、気恥ずかしくなったので女の子を引きはがそうとしたが、思いのほか強い力で抱きつかれており、無理に剥がすと起こしてしまいそうであったため断念した。
「しかたがないか」
誰に言い訳しているのかわからない……おそらく自分に対してだろう……言い訳をしながら座りやすい場所を探して座り込む。
女の子が楽な姿勢をとれるよう気を付け、その寝顔を見ながら、しばしの休息をとった。
そうすると今まで以上に子供の重さと熱を感じ、実体感が増していく。
「かわいい子だなぁ。これがニンフェットってやつかもな。いやいや、これは父性だ……母性か? それとも百合?」
中身中年男、外見少女のニンジャガールは、なんとも言いようのない感情を持て余しながら、飽きもせず女の子の寝顔を見つめていた。
赤い髪に赤いクマの毛皮を着た女の子。
目元には涙の跡がハッキリと残っていることに、何に向けてか判らない怒りを感じ、その穏やかな寝顔に、喜びと安らぎを覚えた。
「ぅん、ん?」
やがて女の子が目覚め、ぼーっとしながら周囲を不思議そうに見まわした後、乱暴に涙の跡をぬぐい、起き上がった。
「お、お、お、起きた?」
やべ、噛んだ。ってーか、すっげぇ緊張する。
「落ち着いた? 痛いとこない? ってどうせ言葉通じねーか」
早口で言ったが、言葉が通じないことに気が付き、恥ずかしくなって座り直す。
「あなたが今回の誘拐犯ですか……今度は変態ですか」
女の子からため息交じりに変態呼ばわりされてさらにテンパった。
「変態! ロリっ娘に面と向かって言われると、ちょっとドキドキする。開いちゃいけない属性の扉を開いてしまいそうだ。でも俺的にはロリペドはアウトだが、ナボコフのニンフェットには共感する。但しノータッチだ」
自分でも何を言っているのか意味不明だ。まあ、自分の実年齢を考えると今の彼女に感じるドキドキはニンフェットで正解かもしれない……もしかしたらお巡りさんに捕まる未来へのドキドキかもしれないが……。
「ローティーンを対象としたニンフェットだってアウトです……ん?」
「わかってねーな、お前。ニンフェットとエロはちがう……ん?」
テンパってはいるが、久しぶりに誰かと会話できて、うれしさを感じる……ん?
「……………………」
「……………………」
真っ赤なクマの毛皮を纏った八歳の少女と、変なデザインの赤いミニスカートのミドルティーンの少女は、しばし無言で見つめあう。
「「極東列島言語!」」
俺と女の子は同時に叫びをあげ、お互いを指さした。
それは俺の母国語であった。
* * *
「いったいどーゆーこと! 今はいつ、ここは何処、あなたは誰、目的は何、何をしたの、どうやって!」
模範的な5W1Hで赤毛のクマ毛皮少女アリーシャが、怪しい少女に詰問する。使っているのはこの世界から見れば異世界の言語に当たる極東列島言語だ。
「そっちこそ、なんで極東列島言語話せるんだよ。大体殺されそうなの助けてやったのに、いきなり誘拐犯とかひでーだろ」
思わず飛び出した言葉に、赤毛の女の子がビクリと体を震わせた。
「……なにが……あったの?」
茶色い瞳でじっと見つめられる。やっべ、ドキドキが止まらない。
「ケ、ケダモノどもが、たくさん殺してたんだ。ペガサスに乗った、へい、いや騎士みたいなヤツもいて、追いかけて、お前も捕まってて、すっげえ苦しそうで、つらそうで、奴らが居ない隙に連れ出したんだ」
元引きこもりのニンジャガールは、テンパり、ドモリながら、なんとか状況を伝えようとし、その言葉を聞いた女の子は悲痛な表情を浮かべた。
「……わたしみたいな子がもう一人いたと思うけど知らない?」
とっさにトカゲ人に殺されたあの子の顔が浮かんだ。言いたくないが伝えなければ……。
「……すまない、俺の目の前で槍に貫かれて殺されてしまった」
その言葉に、女の子は顔を覆い泣き崩れた。
俺はどうすることもできず、ただ泣き続ける女の子の背をさすり続けた。
* * *
目覚めたら夕方だった。
いつの間にか寝てしまった赤いクマの毛皮を着たアリーシャは、ぼーっと霧の向こうで赤く染まる空を見つめていた。
体には毛布が掛けられていることに気が付いた。
「あの変態が掛けてくれたのかな」
前世の言語を使う少女。転生者ならこっちの世界の言葉を覚える機会はあったはずだ。そう考えるともしかして……
「転移者?」
疑問は沸くが、そんな疑問は正直、今はどうでもいい。
もはや人間ではなくなった自分。
グリゴリ王の第三姫という立場も失われた。
生前の記憶を持っているとはいえ、こんなわたしをかかさまや姉さまはなんて言うだろう?
否定の言葉を想像するだけで、会いたいという気持ちが萎んでいく。
そしてそんな境遇を共有できるのはアイツだけだったのに……。
思いのほか、生身の人間の体を持つアイツの存在に期待していたのかもしれない。
「アイツ、死んじゃったんだ」
アリーシャという人間が死ぬのはこれで二度目だ。そう思うと自分が一体何者なのか、判らなくなってくる。
「コンピュータプログラムみたいに人格を複写されただけの存在を、ヒトと呼べるのかな……」
取りとめもないことを考えながら、ぼーっとしていると視線に気が付いた。
「……なに?」
「いや、大丈夫? お腹すいてない? ご飯食べる?」
声を掛けあぐねていた変な赤い服の少女が、水を向けられホッとしたようにしゃべりだした。
「何食べたい? ジュースがいいかな。オムライスもナポリタンもシチューもあるよ」
ステータス画面を開き、いくつもおいしそうな料理を取り出す。
「……食べたくない」
彼女のステータス画面に違和感を感じるが、それが何かわからないまま、顔を背け、布団に潜り込む。
ぐぅぅぅぅぅっ
丸一日以上、何も口にしていないアリーシャの胃袋は、食べ物の匂いに反応し、音を以って活動を開始したことを周囲にアピールした。
「ぶっわはははははははっ」
と馬鹿笑いする変な女に毛布を投げつけるが、料理を守りながら器用に片手で受け取り、脇に置いた。
「とにかく食え。俺の驕りだ」
目の前に置かれた、前世知識で知ってはいるけど、食べたことのない料理の数々に、思わず唾を飲み込む。
「……いただきます」
アリーシャはスプーンでオムライスを口にし、そしてポロポロと泣き出した。
「うわぁ、どうした。トマト苦手か? 無理に食べなくていいぞ」
その言葉に、首を振る。
「おいしい、おいしいの」
まともな食事はとても久しぶりな気がする。ましてやこの料理はすごく美味しい。
食いしん坊のアリーシャにとって、おいしい食事は何よりも嬉しいものだ。
--アイツはもう、食べられないんだ
アリーシャはボロボロと泣きながらオムライスを頬張った。
* * *
泣きながら食べる女の子に、俺の胸は何とも言えない気持ちで一杯になっていた。
敢えて言葉にするなら、この子のために何かしたい、だった。
「……おい、食べながら聞いてくれ」
ボロボロと泣く女の子が、口一杯にオムライスを頬張りながら、不思議そうに見上げた。
「お前、行くところはあるか? 頼れる人はいるか?」
その言葉に、目を見開いた後、悲しげに顔を伏せ首を振った。
「そうか……俺がお前を雇う。俺はこの世界の言葉が喋れない。通訳兼ナビゲーターとして俺に手を貸してくれ」
驚いたような、探るような視線を向けられる。警戒しているのだろう。
「その代わり、俺がお前を守る。お前を泣かせるものから俺が守る。俺にお前を守らせてくれ!」
深くは何も考えていない、ただ思いつくまま言っただけの言葉であった。
その言葉に女の子は暫し黙り込み、顔を伏せ、そして顔を上げた。
「……なまえ」
「ん?」
「なまえ、おしえて」
「俺か? おれはケ、いやアスカだ。ニンジャガールwithクサリガマのアスカだ」
その妙な名乗りに、クスリと笑う赤毛の女の子。その笑顔にアスカはホッと胸を撫で下ろした。
「アリーシャ」
「えっ?」
思わず聞き逃しそうになった。
「なまえ……アリーシャ、です」
「アリーシャか。よろしく」
赤い服のニンジャガールが右手を出す。
「よろしく、アスカ」
赤い毛皮の魔物がその右手を取った。
こうして底抜け姫とニンジャガールは出会った。




