(6)コイツ
俺が覚醒した時、いつも彼の瞳があった。
視界はぼんやりしていたけど、彼の黒い瞳はいつも優しそうで、それを見つめ返すのが好きだった。
彼の魔力はいつも丁寧で優しく、とても心地よかった。
意識を取り戻すと、必ず施術の最中であり、頭を魔力が巡っている。
頭を再び暖かいモノが巡り、その丁寧さに俺は彼の瞳を思いながら覚醒したが、その施術者が彼でなかったことに軽い落胆を覚えた。
* * *
施術は久しぶりだった気がする。
魔力袋の底が抜けて、今もそこから魔力が漏れているのが判る。
--底が抜けても施術を行うってことは別の意味もあるのかもしれないな。
そんなことを考えていると施術が終わった。
底が抜けているので魔力を溜めることはできないが、丹田で作った魔力を溜めずにそのまま巡らすことはできたため、俺は覚醒したままでいることができる。
視界もだいぶハッキリし、ぼんやりした輪郭だった顔も、大分判別がつくようになっていた。
周囲の音も聞き取れるようになっていて、断片的に意味も理解できた。
つかまり立ちができるようになった俺を母親と思しき女性が抱き上げ、母乳をくれる。
俺は何となく気恥ずかしかったが、身体は自然に動いてその胸に吸い付いた。
言葉、体力、そしてこうした動き。俺が眠っている間も、この身体の脳は成長、学習してたってことだな。
……ぞっとした。
なぜいままで気が付かなかった。
常に『俺』が居たら、『コイツ』(この身体の脳の人格)はどうなる?
気が付いてはいけないことに気が付いた気がした。
魔力を巡らすには気力を使う。これ以上考えないように、母の胸に抱かれながら俺は眠りについた。
* * *
魔力が巡っている間だけ意識があるってことは、俺の記憶はこの身体(脳)に刻み込まれたものではなく、魔法的に憑りついたような状態なんだろうか?
だとしたら今こうして考えているのは魔法的な存在(魂とか)なのか、この身体の脳なのか?
--俺の魂だって? バカバカしい!
どちらにしろこの身体の持ち主の魂から見たら俺は異物なんだろう。
しかし俺が戻ったことを、コイツはきゃっきゃと喜んでいる。
いまの意識は俺なのに、コイツは俺という異物を受け入れて歓迎している。
コイツは何もわかっていない。
俺が調子に乗ってコイツをキズモノにしたのに。
俺のせいでコイツを殺しかけたのに。
これ以上、俺がいると、無垢な魂を汚し、騙し、奪ってしまう。
コイツを俺が塗りつぶしてしまう。
俺がコイツを殺してしまう。
そんなことは絶対にできない。絶対にだ。
そして俺は眠りにつくことにした。
二度と目覚めないように。
これ以上、コイツを傷つけないように。
転生者が引きこもりました。
明日、次話投稿予定