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(5)神官アストリアスの受難

 目の前の赤ん坊への施術を終えた私は軽く息を吐いた。

 身体にも異常はなく、魔力循環も素直。魔臓(マナマック)の拡張も順調だ。

「将来は求婚者が引きも切らない姫君になられるだろう」

 魔法の使えない者は生きることすら難しく、魔力とは財であるこの世界で、彼女の抵抗の少ない魔力回路は文字通り神に愛されたギフトとなり得る。

 最後にもう一度、異常が無いことを確認し、結界の魔法をかけて部屋を後にした。


「アストリアス、終わったのですか」

「はい、滞りなく」

 控えの間に戻ると私、聖地神殿の神官アストリアスは上司である女性神官に報告した。

 飛ぶ鳥落とす勢いの征服王グリゴリの三番目の()、その世話人の立場を手に入れた女性神官マルタは第一種神官免許を持ち、アストリアスはその助手として同行していた。

 しかしマルタの魔力操作は稚拙で、姫君に無用な負担をかけ、また魔力容量も足りないため、魔臓を押し広げる力もない。

 なんでこんなのが、と思わないでもないが、大神官の秘蔵っ子などと言われるアストリアスも、所詮は第三種神官免許しか持たない若造に過ぎない。その発言力など高が知れている。

 一方のマルタは妙齢に見えるが実際は五十過ぎ、異端審問(オーディット)の経験も多く、その影響力はバカにならない。


--【整形】(シェイピング)【若返り】(アンチエイジング)の魔法にご執心との噂もあったな


 そんな取り留めもないことを考えていると、突如隣の部屋から赤子とは思えない絶叫が響き渡った。


     *    *    *


 痛みに耐えかねたような絶叫を上げ、火が付いたように泣き叫ぶ第三姫の部屋に駆けこみ、状況確認の為に魔力を伝わせる。

「魔臓の底が抜けている、だと?」

 隣でオロオロするだけで役に立たないマルタを無視し、まず【痛み止め】(ペインレス)の魔法を唱えると青紫色に変色していた姫の顔色がほんの少しだけ良くなる。

「何があったのですか!」

「アストリアスが施術を行った後、突然姫君が苦しみだしました」

 舌打ちしたくなる。

 やってきた王妃にマルタが悪意しか感じない言い方で答えるが、言い返している暇はない。無視して【大治癒】(メジャーヒーリング)の魔法をかけ、患部に魔力を伸ばす。


--深い!


 穴が開いているであろう姫君の魔臓の奥に魔力の手を伸ばすが、深すぎて底まで治癒の魔力を届かせることができない。

 細く細く魔力を伸ばして、辛うじて底に手が届いたが、極限まで伸ばした魔力では、とても穴を塞ぐほどの癒しの力を込められない。

 私は左手を姫君に当て【大治癒】を唱えながら、右手でステータス画面を開き、インベントリ(個人用倉庫)から緊急用と私物の魔力結晶(マナクリスタル)やマナ貨を実体化させ、それらを魔力に変えて治癒を継続する。

「魔力が足りません。どうか補助を」

 私の言葉に王妃は即座に自分のインベントリを開き、また執事に指示を出したが、マルタ神官は「神殿に応援を呼んできます」とそそくさと出ていってしまった。


--お前が姫の世話人だろうが! 主を放ってどこ行くんだ。私はただの助手だ!


 いろいろ言いたいが、魔法への集中を切らすわけにはいかない。

 今は姫君を救うことを第一に考えろ。彼女の苦しみに対処できるのは私だけだ。


     *    *    *


 数時間もの間、治癒魔法をかけ続けた私は疲労困憊で倒れそうになっていた。

 今は姫君の容体も安定し、すやすやと眠っている。

 しかしまだ倒れるわけにはいかない。

「何があったのか説明しなさい」

 そこには鬼の形相を浮かべた姫君の母親が立っていたのだから。


 マルタの言葉の第一印象で、今回の事態は完全に私のせいと王妃は思い込んでいた。

 もちろんマルタは戻っていないし、神殿からの応援も役に立たない見習いが数名きただけで魔力の補給もない。そのことが余計に神殿に対する怒りを増幅させ、その怒りの矛先はすべて私に向いていた。

 私はなるべく落ち着いた口調で一番大事なことを告げた。

「現在、姫君の魔臓の底に穴が開いています」

「娘が『底抜け』だったというのですか!」

()()()というより、()()()という方が正しいと考えています」

 『底抜け』は魔法を使えない者(サイレント)だ。魔法がなければ日々の糧を得ることもできず、魔法を使える者(キャスター)に依存しなければ生きていくことができない。自分の愛娘の未来を案じて顔を蒼くする王妃に対し、説明を続けた。

 今日の施術は自分が行ったこと。

 施術に異常は無く、魔臓の拡張も順調だったこと。

 施術後、30分ほどしてから事態が起こり、その時には底が抜けていたこと。

「貴方の施術のせいでしょう!」

 魔力を必死に伸ばしてようやく底に手が届くほど患部が深いため、穴周辺の傷を癒すに留まり、穴を塞ぐことは出来なかったこと。

「私ではあれほど魔臓を深くすることはできません。私の力では姫君の底を抜くことなどできません」

 王妃が言われている内容を理解しようと努めていることは判る。子を思いながらも冷静であろうとしている。このような公正な人物に言い訳めいたことを説明せねばならないことに罪悪感を覚えたが、このままでは自分の命が危ない。

 第一、人為的に魔臓の底を抜かすなんて話し、聞いたこともない。

「また、結界にも異常が無かったため、第三者の関与も考えられません。以上のことから、」

 一瞬言うことを躊躇する。しかし言わなければならない。

「姫君が自分で魔力を練り、自分の魔臓の底を抜いたと考えられます」

「馬鹿なことを言うでない!」

 ええ、ええ、自分でもバカなことを言ってると思います。

 1歳にも満たない赤ん坊にそんなことができると思う方がおかしい。私だってそう思う。

 でも何度も施術し、彼女の健康状態はチェックしている。底抜けに気付かないなんてことは絶対にない。だからこれ以外の可能性が考えられない

 しかし鬼神の如き母親にその理屈はもちろん通じず、私はそのまま城から放逐された。

 もちろん姫君の治癒に使った魔力の保証などない。


--ははは、私の貯蓄が全部パーだ


 でも処刑されなかったのは治癒に尽力したおかげかもしれない。貯蓄で自分の命を買ったと思おう。主に自分の精神衛生の為に。

 神殿に行くと、私が施術に失敗したせいで姫君に重傷を負わせ、マルタ神官が責任を取って世話人を止めたことになっていた。マルタ神官は既にこの地を離れ、聖地に戻っていた。

 アストリアスはその黒い瞳を静かに閉じ、心の神に語り掛けた。


--神よ。汚い言葉を吐くことをお許しください


「くそくらえ!」


 大神官の秘蔵っ子と言われた神官アストリアスは聖地勤務から地方神殿に配置替えとなった。

 その後彼は神殿を辞し、行方知れずになったと言う。

明日、次話投稿予定

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