(57)武器のお話_後編
「ビーッ」
店に設置されたゴーレムが警報音で鳴く。
「結界破る阿呆はどこのどいつだ!」
装填された連射式弩弓を手に見るとそちらから商品を持った男の子がやってきた。
「店主! これをくれ!」
満面の笑みを浮かべた男の子が持ってきた剣は通常武器ではなく、一品物の魔法の武器のようだ。
象牙らしき白い装飾が柄にも鞘にも施され、また柄には赤い宝石がはまり淡い光を放っている。
しかしその見た目に反して、随分と値段が安い。
ウキウキしながらステータス画面を開いて支払処理をしようとする男の子を見て、弱ったなぁ、と頭をかく店主。
「どしたの?」
「話しかけんな、ゴミくずが。坊っちゃん、それはお前さんには売れねぇ。結界破りは目ぇつぶってやるから、そいつをこっちに返しな」
「やだ!」
セザールは剣を抱きしめる。アリーシャは違和感を感じて魔力の流れを見てみるとセザールから剣に、剣からセザールに奇妙な魔力の流れができていた。
「セザール。とにかく一旦それを置いて。なんか変だよ」
と説得を試みるが、セザールは頑として譲らない。
「……この坊主はてめぇの連れか?」
「あい」
店主の問いに大きくうなずくと、
「よしわかった。売ってやる」
「やったぁ」
大喜びでステータス画面を開き取引しようとするセザールをアリーシャが必死で止める。
「ちょっと待ってよ。この剣、魔法の剣でしょ。効果は何!」
「……【解析】は別料金だ」
「……【解析】をお願い」
「いや、待て。【解析】を頼むと予算オーバーで買えなくなる。俺はこの剣を気に入った。今を逃したら誰かに買われちゃうかもしれないじゃないか」
絶対離さないぞ、とばかりに剣を抱きしめるセザール。
気を利かせたニナが外にいたセザールの護衛を連れて戻り、事情を話す。
「あ~、【解析】してください。【解析】してない魔法の物品なんて怖くて使えねぇ」
と、若様の首根っこを掴んで店主の元に引きずってくる巨漢の護衛。
「は~な~せ~」
護衛からの支払いを確認して店主は帳面を開く
「……そういえば【解析】は既にすましてあったな。そいつは『応援の剣』だ。魔力を与えることで効果を発揮し所有者を鼓舞し、勇気を与える……」
「あ、結構いいかも」
「……が効果に依存性があり、剣が手元に無いと不安感が増し、物事を決定することができなくなる。また必要魔力は増え続け、最終的には剣に魔力を吸われながら衰弱死することが多い。別名『誘惑の剣」
「呪いの剣じゃねーか!」
「呪いの剣じゃない!」
護衛とアリーシャの声が重なる。
「お買い上げですか?」
「買わねーよ。若、それを手放してください」
「やだ」
「ち、神殿連れてって解呪するぞ」
「お買い上げですか?」
「買わねーよ」
「買いもしないで商品を持っていかないでください」
「てめぇ」
素知らぬ顔の店主と今にも殴りかかりそうな護衛。しかし、
「ねえ、おじさん。いつもこんなアコギな商売してるの?」
アリーシャの言葉に、忌々しそうに視線を逸らす店主。
「リーが底抜けだから?」
「……」
「それならリーにそう言えばいいのに、セザールは関係ないでしょ?」
「ちっ、同類だろ。俺は底抜けも、底抜けが可哀想だとか言う勘違い野郎どももみんな大嫌いだ。奴らは恩を仇で返す根っからのクズだ、害虫だ。せっかくいい国に腰を据えられたと思ったのに底抜けがデカい面して街を歩いてやがる。まったく験がわりい」
愛想は悪いが、まっとうな商売人だと思っていたが、底抜けへの憎悪はその職業倫理を超えてしまうらしい。
店内にいた他の客も、親父さん、そりゃねぇだろ、と取り成すが聞く耳を持っていない。
アリーシャは店主の憎悪の原因がわからない以上説得は無理と考え、店主に背を向けセザールに向き合う。
「セザールのこと、抑えといて」
アリーシャの言葉に護衛がセザールの両肩をがっしりと掴む。
「ニナ、失敗したらこの剣買い取ってリーごと神殿に連れてって」
「承知しました」
「姫様! また危険なことをするつもりですか!」
「ジョー、いっつも心配かけてごめんね。でも、譲れないことだから」
アリーシャはセザールが持つ『応援の剣』をしっかりと掴み、そして、
ちゅっ
好きな女の子の顔が近づいたかと思うと、頬に柔らかい感触があり、それが何か脳が理解する前に、顔は真っ赤になり、身体から力が抜けた。
「隙あり!」
セザールの体から力が抜けた瞬間を狙って、アリーシャが剣を奪い取る。
その瞬間、剣に魔力を吸われ、その代わりに剣から生暖かい魔力が流れ込み、魔力回路を通って、脳に向かう。
それは【審議】の時に感じた生暖かい魔力とよく似ていたが、より指向性があり、強いものだった。
パシン
しかし脳を守るように張った魔力の障壁が、その魔法の効果を防ぐ。
それはかつて『お兄様』が引きこもっていた時に張っていたのと同じもの。
アリーシャは吸われる魔力を伝って剣の中を走査する。
--単純な増幅回路だ。
呪術紋の知識から剣の中の魔力の働きを読み取る。
--所有者、いや所有の意思を示したものから魔力を吸い取り、その魔力を使って魔力吸収魔法を行使してる
こうしている間もアリーシャの魔力を使って剣から流れ込む生暖かい魔力がアリーシャの脳を圧迫し続ける。
魔力回路にバイパスを作り、その生暖かい魔力を魔臓の穴の底から『どこか』に逃がし、脳への圧力を軽減させる。
--吸収魔法の余剰分……二割ぐらい……で応援? 洗脳? 魔法を所有者に返してくる
この時点でアリーシャは依存性のある応援の影響を受けていない。このまま剣を手放せば一件落着だ。
しかし、
--セザールの影響が残ってるかもしれない
再び、例えば明日以降にセザールがこの剣を手にする危険がある。
それを考えると、そのリスクを見過ごすわけにはいかなかった。
「ジョー、黒檀のインクとペンを!」
左手で剣を持ち、右手で世話人に手を伸ばす。先ほど買ったばかりの黒檀のインクと、安物の羽ペンをすぐに手渡してくれる。
背後から、毎度あり、と羽ペンお買い上げの清算を要求する店主。今に見てろ。
剣を抜き放つ。増幅回路の本体は鞘ではなく、剣自体だ。
--魔力吸収量d=d0+a 但しd0は直前の吸収量、aは定数
剣の内側から読み取った魔法回路に、表面から回路を書き足していく。
--魔力吸収量d=(d0+a)×0
魔力を込めた羽ペンとインクは剣に呪文を描き、定着していくに伴い、吸われる魔力はみるみる減少し、最後には魔力吸収も、生暖かい魔力の攻勢も止まった。
「ふう」
アリーシャは一息つき、剣を鞘に仕舞うとセザールに渡した。
「あ、あれ? さっきと違う」
特に変わった様子もなく普通に剣を持つセザール。
「よかった」
にっこりとほほ笑む赤毛の女の子に、自分の頬をおさえて、みるみる顔を赤くしていく男の子。
「お、」
「お?」
「おれ、もう一生顔を洗わない」
「洗って、不潔だから」
「この件は後日、正式に抗議する。兵士の捜査も覚悟しておけ」
肩を怒らせた巨漢の護衛はそう言い放つが、店主は茫然としたまま、反応がなかった。
何の効果もなくなった魔法の剣は、格安でセザールが買い取り(アリーシャとの思い出の品だ!)一行は武具店を後にした。
* * *
「な、ん、だ、と……」
一連の様子に店主は愕然としていた。
神の恩恵である魔法を解き明かそうと、神殿の一派、神智派の手により、魔法や魔法の物品を解析して呪術紋が生み出された。
しかし初めて見る魔法の物品をその場で解析して、その効果を上書きするなど、
「ありえない。異常だ……」
「いやあ、ホントそうですよね」
チェシャ猫のように笑う黒髪の女性がメモにカリカリと記入しながら店主の独り言に応えた。
誰もいなかったはずだ。店主のすぐ横に立つ女性の姿に、店主は驚き、椅子から転げ落ちる。
「だいじょーぶですか? だいじょぶそですね。いやいや、ほんとあの底抜け姫は【世界の異物】なのか【混沌】なのか、はたまたただの【天才】なのか。あ、【天才】と【混沌】はおんなじでしたっけ、この『世界』では。じゃあ、どっちにしろ結果は一緒かぁ」
何を言われているのか理解できない店主は、ポカンとした顔で黒髪の女性を見上げた。
話の内容が理解できないのではない。女性の話している『言語』が理解できないでいた。
「いやあ、おもしろいね。ホントおもしろい。おねーさん、マジ、アリーシャちゃんのファンなんだよね。仕事が無ければ応援するんだけど。しょうがないよね、仕事だから」
笑みだけを残し女はすうと消えていく。
ニシシ
そしてその笑みも消えた。
連続投稿はここまで。次は週末かな?




