(4)創世
ポンッ
何かが破裂するような感覚が全身を襲った。
--あ、これヤバい
予感はすぐに身体に走る激痛という形で現実となる。
--魔力袋(仮)が破裂した
直感の正しさを示すように全身から魔力(仮)がどこかに抜けていく。
--イタイ、イタイ、イタイ
下腹部を中心に身体中に痛みが広がる。
「ぎゃああああああああ」
肉体はその痛みに耐えきれず、泣き叫びながらその理不尽な痛みを全身で表現する。
--うぉぉぉぉぉぉぉぉぉん
身体の中からも痛みに耐えかねる咆哮が響く。もしかしたらそれは自分の声かもしれないが、そんなことを考える余裕すらなかった。
俺もまた痛みに気が遠くなるが意識だけの自分は気を失うこともできず、気が狂いそうな痛みに耐え続けるしかなかった。
底の抜けた魔力袋(仮)から、魔力(仮)がどこかに抜けていく。
痛みに耐えかねた俺は、漏れ続ける魔力(仮)を伝って魔力袋(仮)の外に意識を逃がした。
* * *
なにもない。
最初の印象はそれだった。
見渡す限り灰色の砂漠が広がり、空には雲も無く、日の光もないのにぼんやりと明るい灰色の空。
砂漠も空もどこまでも広く、そして何もない。
風もなく、砂漠には風紋も高低差もなく、ただ平らな大地と塗りつぶしたような灰色の空が広がっていた。
これがもし何もない真っ暗な空間だったなら、ここまでの恐怖は感じなかっただろう。
何もない空間ならば、その広さを認識しきれず、その広さに絶望することもなかっただろう。
【ココ】には、ただその広さを誇示する押し付けがましさがあり、その意図を想像して恐怖を覚えた。
変化のない【ココ】に自分がどれだけ居たのか判らない。
十秒程度かもしれないし、百年も経った気もする。
気が狂いそうな十秒、または百年の後、それに気が付いた。
いま顕われたのかもしれないし、いま自分が気が付いただけかもしれない。
それは認識することができないほど濃密な【ナニカ】。
目を凝らすとその一つ一つには深い意味があり、理解できる気もするが、総体としては余りに雑多で、余りに取り止めがなく、原色の極彩色を何百倍にも強めたような圧倒的な存在感を持った【ナニカ】が唐突に砂漠の中に在った。
しかしその力強い【ナニカ】も、砂漠の【ナンニモナイ】に浸食され、少しずつ灰色の砂に変じていった。
--どちらを応援すべきなんだろう?
濃密な【ナニカ】も恐ろしいが、【ナンニモナイ】砂漠も恐ろしく、感情移入の視点に悩む。
為す術もなく見つめていると、いつの間にか濃密な【ナニカ】の傍らにセーラー服の少女が立っていた。
--大事なことだからもう一度言う。セーラー服の少女だ!
烏の濡羽色の長い髪は(風も無いのに)風にたなびき、黒いセーラー服(冬服だ!)を纏ったその姿はまるで、
--ありきたりなコミック雑誌のヒロインみたい
だった。
少女は巨大にして濃密な【ナニカ】に軽く手を伸ばすと、それを一飲みにした。
--……自分でも何を言ってるのか理解できない
大きさも距離感も容量も無視して、巨大で濃密でむちゃくちゃな存在である【ナニカ】が少女の口の中に消えた。
ニィ
少女が嗤った。
その笑みのまま少女は嘲笑うように口を大きく開き、自らの左腕を噛み千切ると、その血の滴る左腕を右手に握りしめ、自らの右足に打ち付けた。
カン、カン
と鉄を打つような音が響き、右足が完全に金床に変じたころ、その左腕も一本の短刀に姿を変えていた。
少女はその短刀で自らを左胸を抉り出し、真っ赤に輝く心臓を取り出すと、それを天に放った。
すると心臓は赤々と輝く太陽となり、灰色の世界に昼を生み出した。
次いで少女は自らの左足を切り落として放ると、周囲を囲い砂漠との境界となる山脈に変じた。
少女の滴り落ちる血は水に海に、その息吹は風に雲に、その髪は植物になり、切り裂かれた胎から沢山の生命が生み出されていった。
ごぅん
砂漠が大きく揺れ動き、砂の中から大量の灰色の虫?が現れ、少女から生み出された生き物達に次々と襲い掛かった。
あはははははははははは
その【ナンイモナイ】の攻撃?に少女はむしろ嬉しそうに笑い、足が無いことを感じさせない様子で一歩踏み出したが、天空より幾多の槍が降り注ぎ少女を砂漠に縫い付け、砂漠の底から鎖が襲い掛かり、少女を縛りつけた。
あーっ、ははははははははははっ
その槍と鎖に縛られたにも関わらず、更にうれしそうな哄笑を上げる少女。
そのまま右手の短刀で自らの胴を刺し貫くと、縛り付けられた身体は砂漠を覆う大地へと変じた。
さらに右の赤い瞳と左の青い瞳を抉り出し天空へと投じると、二つの瞳はギョロリとわたしを見やった後、赤と青の月となり夜が生まれた。
鎖と槍は負けじと少女の束縛を強め、生み出された数々のものを【ナンニモナイ】状態に戻そうとするが、山々に囲まれた地に少女を糧とした大地が満ちていった。
少女は最後に自らの首を切り落とし、その短刀を持った右腕を高く天空に伸ばすと、そは天よりも高い銀色の尖塔へと姿を変え、世界の中心にそそり立った。
瞬く間にそこは、山脈に囲まれ、灰色の砂漠は見えず、天の太陽と二つの月が昼と夜を作り、木々も生き物も多く、大地の実り豊かな土地に変じていた。
雷鳴のような哄笑と共に少女の声が世界に響いた。
『世界の期限は5000年。待っているぞ』
明日、次話投稿予定




