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(36)元気でね

 見るからに強力な魔法を手に宿し、ニナに迫る(エドワード)

「させない!」

 痛みを振り切り駆け寄ったアリーシャの掌底が男の腹に決まる。しかし手ごたえが固い。【防護】の魔法が掛けられていたために決定打とならなかった。

 ゴライゴウの街での失敗を致命的なタイミングで繰り返してしまい、一瞬動きが止まるアリーシャ。

「何度も、何度も邪魔しやがって。汚い底抜けが!」

 避ける間もなく攻撃魔法を宿した手がアリーシャの頭を押さえつけた。

【極大苦痛】(グレーターペイン)

 男に掴まれた頭から注ぎ込まれる攻性の魔力は、アリーシャに掛けられた【防護】の魔法に阻まれ、その威力を大幅に減じたが、それでも脳神経を焼き切るような激痛がアリーシャを襲う。

 アリーシャ自身の魔力がいくら強くても、それだけでは物理的な力はほとんどない。物理的な効果を持った攻性魔力にはほとんど無力であった。

 攻性魔力が億万本の針となって、脳に直接痛みを与えていく。

 しかし脳を破壊しかねない痛みの大半はアリーシャではなく、彼女の中にいる()()妄想人格(アバター)が引き受け、その人核が次々消し飛んでいく。

『アリーシャ、元気でね」

 最後に()()()も消し飛び、()()()()()()()()()()()()()になったアリーシャは、半ば無意識に男の腹に当てたままの手を通して、自らが曝される針のような攻性魔力を相手の丹田に叩き返した。


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉん


 誰かの叫びを聞きながら、アリーシャは気を失った。


     *    *    *


 とてもとても高い場所から、四方を混沌山脈に囲まれた地を見下ろしていた。


--塔の上?


 銀色の尖塔の突端の先に立ち周囲を見渡す。

 混沌山脈の頂きには灰色の霧がかかっており、その向こうには灰色の砂漠と灰色の空が広がっていた。

 この場所では空の色も外同様灰色をしている。

 混沌山脈を境にしたドーム状の空間の中が青い空になっているようだ。

 視線を感じ、そちらを見ると、尖塔の近くに赤と青の月が浮かび、こちらを見つめていた。赤が右目で青が左目だ。嬉しそうに、楽しそうに、月の瞳は三日月になる。

 ふっと月の視線が混沌山脈の外に移る。

 つられてそちらを見ると、灰色の砂漠の中に建物が見えた。

 距離感がなく、はるか遠くなのに、建物の形が判る。


--病院?


 赤十字が掲げられた、前世で一般的な外観の病院。大きさからして総合病院だろうそれが砂漠の中に見えた。


--あれはいったい?


 疑問を持って振り返るが、二つの月は消えていた。

 そしてそのまま引っ張られるように下に、混沌山脈に囲まれた世界に落下していった。


     *    *    *


 目覚めると体がすごくだるかった。

 お腹はあまり空いていないので、【栄養補給】(エナジーサプライ)が掛けられていたのかな?

『起きて早々、ご飯のことかよ』

 普段だったら、そんな声が頭の中で誰かが言うのに、今は全く聞こえない。

 枕元に黒檀のインクで染め上げた髪飾りが置かれていた。木彫りで呪術紋を再現する実験として作った友達とお揃いの【防護】の魔法の補助具。

 負荷に耐え切れなかったのか、真ん中からパックリと割れていた。これが無ければ即死だったかもしれない。

 そこまで考えても誰も答えてくれない。

「にいさま、師父(シーフー)猫妖精(ケットシー)、ロボット君」

 彼女の中にいた()()妄想人格(アバター)がどんな記憶を持っていてどんな性格であったか思い出せる。こんな時こういう返事をするなって想像できる。でもちょっと前みたいに、それが同時に沢山いるような並列処理ができなくなっていた。

 普通の人間ならばある種当然のことであったが、アリーシャにとっては初めてのことで、その事実を受け入れられず、()()()()()()()()()にアリーシャは、寂しくて泣いた。


 バルバラが妹の部屋にお見舞いに行くと、意識を失ったままだった妹が半身を起こしていた。

「アリーシャ!」

 喜びを隠しきれずに駆け寄ったが、妹の顔を見て戸惑う。

「アリーシャ、どうしたの、どこか痛いの?」

 とても悲しそうな顔で、妹は泣いていた。

「ねえさまぁ……にいさまが、みんなが、いなくなっちゃったぁ」

 自分に抱きつき、わんわん泣く妹になんて言って慰めていいか判らず、ただ、その背中をさすり続けた。


 アリーシャが目を覚ましたとの知らせに、彼女を直接知る者たちは喜んだが、実際に会うとその変化に皆困惑した。

 言動が幼くなり、寂しがり屋になり、わがままを言うようになり、一人で寝るのを嫌がるようになっていた。

 記憶を無くしているわけではなく、基本的な性格はアリーシャのままであったし、年相応になったとも言えるが、周囲は戸惑いを隠せなかった。


     *    *    *


 それは市民の不安を増大させる事件であった。

 豪族の縁者の屋敷に【底抜け姫】が不法侵入し、その家の客人の妊婦に乱暴し、危うく流産するところだった。更に王妃まで加わって屋敷の主人に重傷を負わせたという。

 そんな噂が王都を席巻し、大事な時期に無責任な王妃への不信の声が上がり、底抜け姫を廃嫡すべきとの声も高まった。が、しかし、

「いやいや、ちょっと待て。それはおかしいぞ」

 すぐにそれを否定する別の噂が広まっていった。

 最初の噂があまりにめちゃくちゃなことに腹を立てた目撃者たちが積極的に発言したことで、最初の噂はすぐに下火となり、真実に近い話しが市民たちに伝わるようになっていった。


曰く、少女を虐待し孕ませた者達が告発され、逆上して少女を誘拐した。

曰く、それをたった六歳の【底抜け姫】が居場所を割り出し、単身乗り込み奪還。

曰く、毒を飲まされ流産した赤ん坊を蘇生させた。

曰く、赤ん坊を殺そうとした誘拐犯に挑み、それを撃退。

曰く、自身も重傷を負って意識不明だったが、先日目覚めた


 底抜けであることを除けば、嵩にかかった権力者の悪漢を小さい女の子(ヒーロー)が知恵と勇気で戦い、弱いもの(ヒロイン)を救い出す痛快ストーリーで、市民たちは好んで語り種にしていた。

明日も投稿予定。次回でニナ編終わり

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