(2)覚醒
なぜ?
最初に考えたのはそれだった。
頭の奥がほんわかと温かくなり、それによって意識が覚醒し、自分がまだ思考できることに疑問を覚えた。
暖かいモノが頭にある間だけ、色々なことを思い出せる。
色んな人たち、様々な人種、職場の同僚、色々な現場。
そんな中、懐かしさを感じるのはその黒い瞳、黒い髪の極東列島人のおじさん達だ。きっと自分はおじさんたちと同じ出身なんだろう。
いろんなことを思い出しては忘れていく。
でも自分がどんなだったか覚えていない。
ぼうっとして、あまり考えられない。
頭の中の温かいものがゆっくりと引いていくとともに、再び意識は遠のいていった。
* * *
そんなことが何度か続いたと思う。
温かいものと共に意識が覚醒したとき、認識できる唯一のもの、即ち自分の身体に意識を向けると、お腹と頭にだれかの手が添えられ、ヘソから暖かいモノが注ぎ込まれていることが判った。
暖かいモノはヘソの下あたりで少し留まった後、ゆっくりと昇り、頭を巡り、またヘソの下に戻っていく。
頭に添えられていた手が離れ、指先を軽くつまむと、今度はヘソから指先を通ってまたヘソへと暖かいモノが巡っていく。
ヘソから頭を巡ってヘソに戻る。次いでヘソから指先、ヘソから足先、ヘソから心臓と、身体中を暖かいモノが循環していく。
その暖かいモノが頭を通ったことで、「自分」は意識を取り戻したのだとと思う。
眼を開けて周囲を見るが、視界がはっきりせず、ぼんやりしている。
何か動くものがあるので、その明暗の変化を眼で追うと、賑やかな声が聞こえるが、うまく聞き取れない。
いま自分がどんな状態なのか少しづつ判ってきた。
* * *
暖かいモノが巡った後も、その場所には少しそのモノが残っている感覚がある。
頭の中にそのモノがある間だけ自分の意識があり、しばらくしてそれが拡散すると、眠るように意識を失っていく。
この儀式?は、感覚的に一日一回程度行われるが、その施術者は一人ではないようだ。
心地よい暖かさがゆっくりと身体中を巡ることもあれば、熱かったり冷たかったりしたものが乱暴に体の中を流れる時もあった。その時は必死に拒絶する。まるで拷問だ。
乱暴な時は断続的且つ短時間に覚醒と失神を繰り返すような感じだが、丁寧な時はゆっくりと覚醒し、ゆっくりと眠りにつける。
ぼんやりとした視界の中、自分を優しそうに見つめる黒い瞳を感じながら眠りにつくのは、とても懐かしい気持ちになり、とても心が安らいだ。
* * *
日を追うごとにヘソの下で暖かい何かが留まる時間が長くなり、その分覚醒していられる時間も伸びてきた。
そんな何度目かの儀式の際に自分の意識を取り戻したのだろう。
自分が働いていた世界にはこんな技術はない(と言うことになっていた)が、記憶には該当するものがあった。
これって前世で愛読していた異世界転生物のパターンA(適当)ですね。赤ん坊のころから魔力鍛えて、魔力容量絶大で、俺TUEEEEEEEっ、ってヤツですか?
と、なると最近少しづつ大きく(というか深く)なってる、ヘソの下の魔力(仮)溜まりが魔力容量ということですね、判ります。
俄然テンション上がってきたぁぁぁ。
いや、まて。施術者がいる以上、この世界では当たり前の技術として赤ん坊のころから魔力増強が図られているってことか。
自分だけのチートは無理かぁ。でも魔法があるって点だけで、十分に滾ってくるぜ。
そうそう、俺はどうやら赤ん坊らしい。
らしい、っていうのは目は開いているが、まだぼんやりとしか周りが見えていないからだ。
物を見るハードウェアが正常でも、それを処理するソフトウェア(脳)の最適化がまだできていない事から、生まれて間もないのだろう。
暖かいモノ……とりあえず「魔力(仮)」でいいか……が頭に残っている間だけ俺として思考できる。
この儀式後のわずかな時間を使って、今後の方針を決めてしまおう。
まず最優先は魔力操作を自分でできるようになることだ。
そうでないと自由に俺として思考できず、何をするにも不都合がある。
二つ目は現状把握。
寒い思いやひもじい思いをしていないことから、生活に困らない程度の家に生まれたということだな。魔力容量を鍛えてもらっているから、それなりに豊かな家に生まれたみたいだ。それだけでもラッキー♪
異世界転生の定番としてきっと貴族家に違いない。きっとそうだ。そうだといいな、そうだよね?
そうなると後は幼馴染の女の子とメイドと勝気な親戚(または許婚)と奴隷幼女と、ぐぇふぇふぇふぇ。
まあお楽しみは10数年後に取っておいて、魔力量チートは無理でも、俺には前世知識がある。
魔法でできることを知り、それに科学知識や科学化学技術を組み合わせれば、魔法の効率化や新魔法の開発とか夢が広がる。
となると魔法学園は外せないな。
学校とか行ったことないから、すっごい憧れるぜ。
……あれ?
学校に行ったことがない?
そう……だっけ、かな?
前世の記憶に意識を向けている間に、時間切れとなり俺の意識はゆっくりと沈んでいった。
明日、次話投稿予定。