(239)ガールズトーク_3
「……イヤだ」
涙声で少年は少女の懇願を拒絶した。
「なんと言われようと嫌だ。あの兄さんは、ボクが作ったんだ。ボクの物だ。ボクのケイコウ兄さんだ。お前なんかに渡さない。ボクのだ、ボクのだ、ボクのだ!」
癇癪を起して非論理的な主張を行う少年ケイスケの姿に、イライラが募るが、努めて論理的且つ理性的に説得すべく、その怒りをぐっと抑え込むアリーシャ。
しかし、それとはまた別の理由で腹の底がザワザワと蠢くが、それも子供の駄々のせいだろうと考える。
「……ねぇ、一つ確認させて。あなたは“この世界”の人たちの構造を知っている?」
突然変わった話題に、質問の意味がよく解っていない少年ケイスケは曖昧に頷いた。
「じゃあ、知ってるはずだよね。この世界に生きる人とアスカは根本的に違うってことを知ってるはずだよね?」
言いながら、少しづつ声が大きくなっていく。
アリーシャの強い付加疑問文に、意図が分からないまま少年ケイスケは慌てて頷く。
--ああ、ムカつく
肉体があれば動悸が激しくなり、頭の奥が冷たくなっていることだろう。そう言った肉体の影響がなくても、心の抑えが利かなくなってきているのを自覚する。論理的であらねばと思うのに、アリーシャにももう止められない。
200年前にこの世界に転生した人物は極東列島に生きたケイスケという前世を持ち、それ故にケイコウと名乗り、弟にケイスケと名付けた。彼は【混沌】の中に存在する元の世界でケイスケと呼ばれた人物を根源としている。
そしてケイコウさんは死んでしまい、その人生において脳に蓄積された記憶や知識等のハードウェアは失われてしまったが、その元となった極東列島のケイスケという根源は変わらず【混沌】の中に残っている。
一方、ケイコウを再生するために魔の領域の【核】と化した少年ケイスケが分解されたケイコウの情報を拾い集めて作り上げたのが極東列島のケイスケの記憶を持つアスカであった。
つまりアスカの持つケイスケの人格は、【混沌】にある根源たるケイスケとは全く別のものだ。文字通り少年ケイスケが作り出した、【混沌】と繋がりを持たない独立した人格だ。
「分かっててとぼけてんの? ケイコウさんのケイスケさん、つまりあなたのお兄さんとアスカのケイスケさんが全くの別人であることを知ってるよね?」
ケイコウとアスカは、同じケイスケという前世(記憶)を持つが、その在り方が全く異なる。
少年ケイスケがケイコウを再生しようとアスカを作り出した当初はそれを知らなかっただろう。しかし神の一柱に上り詰めた今なら、それが判らないはずがない。
「お兄さんへの愛を口にしながら、キミは代替品を求めるのか。そんなの、まるで恋人と瓜二つな他人に愛を語るみたいなものだ。そんなの、ケイコウさんにもアスカにも失礼だ!」
なんだかひどく気分が悪い。
アリーシャは肉体が無いにもかかわらず、胸のムカつきが消えず、ひどくイライラと少年ケイスケを睨み付けた。
「バルバロイ王でケイコウだったケイスケさんと、アスカのケイスケさんは別人だ。素材が一緒でも別の経験をした別の存在だ、一緒くたにするな! ケイコウのケイスケさんを好きならキミの好きにすればいい。でもアスカのケイスケさんはダメだ。あれは、わたしのだ!」
「でも、でも、だって、ボクが作って」
「デモもストもあるか! だったら自分の思い通りになる人形でも作って甘やかしてもらえ!」
「でも、ボクのなのに」
カチン、ときたアリーシャの声音が更に強くなる。
「ケイスケさんは誰のモノでもない、彼自身のものだ、お前の玩具じゃない!」
「ボクが一生懸命作ったのに、横取りしないでよ、ズルいよ」
その言葉に、アリーシャの思考が真っ赤に染まる。
「ケイスケさんのこと、何にも知らないくせに!」
アリーシャの精神の怒りに、奪われたはずの肉体が反応し、気が昂ぶり、心臓の鼓動が早くなり、興奮状態を促す脳内物質が分泌され、アリーシャの激情は更に昂ぶり、いま肉体を支配している少年ケイスケを圧倒する。
「彼は優しくって、でも勘違いして迷走して、すぐにへこたれて、逃げ出して、でもどっかで踏みとどまって、いつも、いつも、わたしを……気遣ってくれた。口ぶりは乱暴で強くて、ヘタレで弱っちいい癖して、いつも守ってくれてた、想ってくれてた、そんな弱くて強いあの人の事を何にも知らない癖に、自分の想い人と似てるからって横取りしないで! あの人はわたしに優しいの。アンタじゃない。わたし、わたし、わたしに優しいの! わたしに優しいあの人を盗らないで。あの人が優しいわたしを盗らないでよ。そんなの、絶対、許さないから! ズルいことするな!」
アリーシャが少年ケイスケから言われた言葉を、そのまま返した。
「知らない、わかんない、そんなのどうでもいい、ボクのだ、ボクが作ったボクの、ボクの、ボクだけの」
「ボク、ボク、ボクって、いっつもは自分だけね。あなたはお兄さんを愛してなんかいない。ただ自分を甘やかしてくれる環境を愛しているだけだ。だったら自分の世界に閉じこもって、妄想で自分を慰めてろ。他人を自分の妄想に巻き込むな!」
「だから、兄さんを想ったんじゃないか、ボクの世界に入って来るな!」
「お兄さんの幸せを願っているってさっきの言葉は嘘か!」
ひぅ、っと少年が息を呑む。
「お兄さんの幸せのために、少しは自分の幸せを我慢しろ! 貰うばっかじゃなく少しは返せ!」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさーい。どうでもいいって言ってるだろ。知ったことか、ボクが幸せでなにが悪い、ボクが気持ちよくってなにがイケない。おまえ、さっき他人の禁忌を侵すなって言ってたじゃないか。おまえこそウソツキだ」
「意味を曲解するな!」
しかしアリーシャの怒声も少年の耳には届いていない。あからさまに耳を塞ぎ、代わりに周囲の灰色の砂漠の中から幾つもの砂の柱が立ち上がり、それが口々にアリーシャを罵る。
「ウソツキ」
「ウソツキ」
「ズルい、ズルい、ズルい」
「フェイク、フェイク、フェイク」
何千、何万という言葉でアリーシャを否定し、その意気を挫いていく。
「何も言い返さないのか」
「ズルいことするな!」
アリーシャが反論するが、その声が多すぎる声に押し流されていく。
「そら、やっぱりおまえが間違っていた。言い返さないのがその証拠だ。おまえが悪い、おまえがウソツキだ、だから、ボクが正しい」
アリーシャの声は、数え切れないほどたくさんの一人の声にかき消され、彼の耳に届かない=言い返していない=自分が正しい、というロジックで自信を深める少年。
「おまえなんか消えちゃえ。おまえの身体はボクが貰ってあげるよ」
沢山の砂がアリーシャに襲い掛かる。灰色の砂。【虚無】の霧や獣の大元、情報を分解して【ナンニモナイ】にする秩序神LEXの眷属。
しかし、前に出した両手に阻まれアリーシャに届かない。
アリーシャの右手には短刀、左手には杖が握られている。その二つが砂の攻撃を防いだのだ。
今度は砂の柱自体がアリーシャに襲い掛かるが、短刀がそれを切り伏せる。
「暴力だ、野蛮、野蛮、野蛮! 対話で不利だから暴力で解決しようとした。おまえの言葉は全部ウソだ、聞くな、耳を貸すな」
「誰に、アピールしてるつもり!」
更に襲い来る砂を杖と短刀で防ぎながら駆け寄り、アリーシャの鉄拳がエルフ少年の姿をしたケイスケの顔面に炸裂した。
吹っ飛び、尻餅をつき、恐怖でアリーシャを見上げ、ひぃ、と短い悲鳴を上げる少年。
「痛い、兄さん助けて、助けて、ボクは“ごみむし”です、だからぶたないで、マァマ、ボクをぶたないで」
母親から“ごみむし”と呼ばれ、兄に救われた元バルバロイの少年は、ガタガタと身体を震わせた。
追撃しようとしたアリーシャの手も思わず止まる。
「……もう!」
うずくまって身体を震わせる少年の横に、アリーシャは肩をすくめて腰を下ろした。
* * *
「……いい加減泣きやみなさいよ、女々しいなぁ」
「ボクの心は女の子だからいいんだもん」
「だもん、って。まあ、いいか」
「……………………」
「……ケイスケさん……あなたが作ったアスカが、いま大変なの。辛い目にあってるんだ。それでも戦ってる。果たしたい目的があるの。彼があなたのお兄さんなのかどうかはこの際置いといて、彼を救いだしたいの。わたしは彼を手伝える。だから、わたしの身体を返して。彼を救いたいの。……協力して」
「手伝ったら、身体、くれる?」
「あげない」
「ズルい」
「ズルくない。なんでそうなるのよ、もう。大体、今のあなたの力だって、わたしの持ってた短刀の力を利用したようなものじゃない。その借り踏み倒した上に、更にわたし自身まで奪おうなんて、酷すぎると思わない? そっちの方がよっぽどズルいよ」
「うううぅ」
少しは自覚したのか、反論もできずに呻く少年ケイスケ。
「それに、手伝ってくれればケイスケさんも少しはあなたを見直すと思うんだ。大体あなた、アスカのケイスケさんとまともに会話した事ないでしょ?」
「うーうーうー」
「都合が悪くなるとそうやって誤魔化すの、幼稚だよ」
「……………………」
「黙り込んで相手が諦めるのを待ってドローに持ち込むのも一緒。反論するか非を認めるかしたら?」
「……ズルい」
「ズルくない。あなたの方がずっとズルいことしてるよ」
「やっぱりズルい」
「どこが?」
「……キミ、頭がいいから。ボク、キミの言ってること、よくわからないよ」
「バカだから解んない、は逃げの言葉だと思うけどな。ああ、でも本当に解らない人もいるからなぁ。できない人にやれって言うのも酷な話だし、むずかしいなぁ」
「ボク、バカなの?」
「自分でそう言ったんじゃない」
「ボクに判るように言わないキミが悪い、アイタッ」
思わず少年の頭をひっぱたくアリーシャ。
「……またぶった」
涙目の少年にむけて、もう一度手を上げるアリーシャと頭を庇う少年。
「……これからどうするつもり? わたしの身体を奪ってもアスカとは会えないよ」
「知ってる。だから一緒になろうとしたのにGAIAに止められた。それに直接干渉はGAIAに禁じられてるし」
「既にそっちにも手を出してたのね。GAIA、ぐっじょぶ。禁じられたのに、わたしの身体を乗っ取ろうとしてるのね。それも立派な干渉じゃないの?」
「まだ止められてないし」
その木で鼻をくくったような態度に思わずイラっとしたアリーシャが、無言で少年を蹴飛ばす。
「……暴力女」
「甘ったれ」
「たれ目」
「軟弱」
「胸デブ」
「……セクハラ」
母親に似て、上の姉には似ていないふくよかな胸を抱きしめながら恥ずかしそうに答えるアリーシャ。一方、言った少年も恥ずかしそうに顔を伏せる。
「……ズルい」
「なにが?」
「女の子は……かわいくって」
「……………………」
「……………………」
「神様みたいなものなんだから、女の子になればいいじゃない」
「……でも、もう、ボク、人間じゃ、ないし」
「それ、多分、あんまし関係ないと思うよ。その……恋をするのに」
エルフ少年の姿をしていた少年ケイスケはパチパチと瞬きしてアリーシャを見つめる。
「……応援、してくれるの?」
「アスカのケイスケさんをモノ扱いせず、キチンと一人のヒトとして扱って、その結果ケイスケさんがあなたを選ぶのなら、わたしがとやかく言うことじゃないでしょ?」
「……じゃあ、お言葉に甘えてキミの身体で女の子に、」
言いかけた少年を思いっきり蹴り飛ばすアリーシャ。
「なんでそうなるのよ!」
「なんで蹴るの!」
「解れ!」
ギャーギャーと騒々しい少女と少女のケンカはいましばらく続いた。
………………………………………
「……キミの言うことはよく解らないよ」
「そんなに難しいこと言ってないでしょ。ケイスケさんの気持ちが大事。わたしの身体を奪ってわたしのフリするのはケイスケさんを騙しているみたいなものなのでダメ」
「兄さんが幸せなら、それでいいんじゃない?」
「だから、偽りの幸せじゃあ意味がないじゃない」
「なんで?」
その言葉に、返答に窮する。
「兄さんと彼が別人なのは分かった。ボクが作ったモノでも彼自身の気持ちが大事ったことも分かった。彼がキミを好きなのも知ってる。でもキミは彼のことが好きなわけじゃないでしょ? だったらボクがキミになって、ボクと彼が幸せになれば万事解決じゃない。大丈夫、キミのやり残したことはボクがやってあげるから、安心して」
「……それじゃあ、わたしはどうなるのよ」
「どうでもいい」
美しいエルフ少年の瞳がアリーシャの方を向くが、それはまるでガラス玉のように、アリーシャを見てはいなかった。
「大丈夫。GAIAに言われてるからキミの****を壊したりしないよ。ただ、キミの肉体が死ぬまで、余所に保管しておくだけ」
それは【義脳】の技術で操り人形にされた【パペット】達と同じだ。
「それに彼の幸せを願うなら、その方がいいよね。だってキミは彼のこと、好きでも何でもないんだもの。このままじゃ彼は失恋しちゃうからね。それはとっても辛いことだから。ね? 彼の幸せのために、キミの身体をボクが使うのが一番いいことだよ、ね?」
「…………………」
言葉が出ない。
エルフの少年という理解できる姿なのに、理解しがたい存在が透けて見える。
「ケイスケさんの目的を手伝えるのはわたしよ」
「ボクの方がずっと力があるし、上手くやれるよ」
--違う、そうじゃない。
「そんな嘘で塗り固めた幸せなんて意味が無い」
「バレなきゃみんな幸せだよ」
--違う、それでもない。
「わたしの身体を盗らないでよ」
「力の差、諦めて」
--違う、まだ足りない。わたしは、
「……わたしだって、」
心が熱い。
「わたしだって、ケイスケさんのこと、好き……なの」
肉体が無いにもかかわらず、まるで心臓が早鐘を打つように思考を熱いモノが満たしていく。
「…………………」
「ケイスケさんが好きなアリーシャはわたしなの。わたしがアスカのケイスケさんを好きなアリーシャなの。盗らないでよ」
「……じゃあ、証明して見せてよ」
少年の瞳がアリーシャの瞳を捉える。
「ケイコウ兄さんとマリア義姉さんは、本当に幸せそうだった。嫉妬しているボクが間違ってると感じるぐらいラブラブだった。だから、」
少年の指がアリーシャに伸び、その右眼をえぐりだした。
「あうぅ」
焼けた鉄棒を突っ込まれたような激痛に身をよじるが、少年の手に捕らわれ逃げられない。
そして形容しがたい異次元の色と形状を持った存在の一部が空いた右の眼孔に潜り込み、瞳の形を作っていく。
「見させてもらうよ、キミの気持ち。身体を奪われたくなかったら、精々ラブラブすればいいさ」
少年の一部を植え付けられたアリーシャの脳裏に、少年の考える具体的な“ラブラブ”が浮かび上がる。
睦み合う一組の男女。男の顔に見覚えは無いが、女性の姿には見覚えがあった。
--マリア先生?
まだ若くて、少し幼さの残る女性の恥じらいと幸福そうな姿に、憧憬と寂寥が湧き上がり、また、その行為にアリーシャの全身が羞恥に赤く染まる。
--証明、って、こ、これをわたしがするのですか?
心中を吹き荒れる混乱した気持ちに眩暈を感じ、アリーシャはそのまま意識を失った。
着地点が決まってるのに、そこに行くまで、なんかやたらと長くなってしまった。弟、話通じなさすぎ。
次回は悪逆の逆塔に舞台を戻します。
最終回まであと何話?




