(206)ギノウの病院_3
なにをするにも他人まかせ
怠惰なわけじゃない。やりたくてもできないだけ
だから他人を頼るしかない
--気にしなくていいんですよ。これが仕事ですから
そんなことは知っています。でも、それでも、叶うならば……
ありがとう、と言われるヒトになりたい
* * *
一般の患者が立ち入る一階の探索もそこそこに、アリーシャは地階を目指す。そこは関係者以外立ち入り禁止のエリアであった。
そこには非常用の自家発電設備があった。だが、いわゆる燃料を用いたエンジン式のような可動部が無く、アリーシャの目で見ても、どのような理論に基づくか解らない未知の技術であった。
その設備は既に停止しており、始動ボタンを押しても再起動はできなかった。
「マニュアルでもあればいいんだけど」
しかし、この設備の管理者は設備の近くにそれらを常備するような性格ではなかったらしく、近くに見当たらなかった。
地階には職員用の仮眠室や、更衣室、休憩室などもあった。そこには脱ぎかけの服や食べかけのお菓子がそのまま置かれていた。
そこにあったカレンダーによると、どうやら2147年の3月であったらしい。
また、用途の判らない機器が幾つかあったが、その大半はバッテリー切れで作動せず、ランプの付いていたものも、ボタンを押した途端、一瞬明るくなって、そのまま消えた。
そんな中、ある部屋にあったデジタル時計はまだ稼働しており、時間を表示していた。
「こっちの時間とやっぱり全然違うみたいだね」
アリーシャ達が持つステータス画面に表示されている時間は午前9時50分。それに対して、その時計は22時23分を示していた。
「ん? ちょっとそれ、見せてみろ」
アリーシャの手から受け取り、アスカが液晶(?)にあった左右矢印のアイコンをタップすると、表示が切り替わった。
「マジかよ」
時計は、時間だけでなく年月日も表示した。
2245年10月11日、22時24分。
この建物が2147年当時のモノならば、それから100年近い年月が経過していることになる。
* * *
「まあ、ある意味、こんな日常品でも100年バッテリーが保ってたって十分未来技術なんだよな」
「っていうよりオーバースペックでしょ。100年も使わないでしょ、卓上時計なんて、普通」
と、設計の無駄にご不満な様子で、ぷりぷりと文句を垂れた後、突然、ガックリと肩を落とすアリーシャ。
「でも、百年かぁ。大神官がここを訪れたと思ったんだけど、ハズレだったかぁ。残念」
「ま、そう気を落とすなよ。【混沌】がここを見たんだろ? だったらなんか別の意味があるさ。それに、ある意味“向こう”の存在の証拠みたいなもんだしな」
「ん、そうだね。それにアスカが帰るためのヒントになるかも……あれ?」
地階の奥に倉庫があった。備品庫らしく鍵が掛けられていたようだったが、
「壊されてる」
鉄製の扉の鍵穴に、大きな穴が空いている。扉に対して斜め上から開いた穴。
「ドリルとかで開けるなら、まっすぐ開けるはずだよね」
そう言って、アリーシャが呪文を詠唱すると、中空に強い魔力を放つ槍が現れた。
「えい」
可愛らしい声でアリーシャが腕を振り下ろすと、それに合わせて槍が鉄製の扉を貫き、突き刺さる。
鉄の扉を貫通した魔法の槍は、空気に溶けるようにそのまま消えていき、そのあとには斜め上から空いた穴が残った。
「誰か、魔法使いがここに来たんだな」
「うん。何時なのかは判らないけど」
この病院は時の無いこの灰色の砂漠に建っている。しかしそれでも病院の中では時計が百年の時を刻み、時が流れていた。
にもかかわらず、院内で見つかる様々なものが色あせている様子はない。
「向こうの世界から昨日、転移してきましたって言われても違和感ないぐらいだな」
破壊された扉の跡には腐食した様子も無く、元々あった穴と、アリーシャがいま空けた穴の区別がつかないほどであった。
そのため、破壊の様子から、それが行われてからの時間は予想すら事は難しかった。
強引な手段で入った割には備品庫の中に荒らされたような様子はなく、整然と棚が並んでいた。
アスカは、なんだこれ、などとあちこちいじくり回しているが、アリーシャは手に取った物を慎重に元通りに戻しながら見て回る。どこにヒントがあるか判らない状況で、なるべく現場を維持したいと考えたが故であった。しかし、そうして備品室を見て回ったが、特に彼女の目に留まるモノは発見できなかった。
「事務系と、医療設備の消耗部品とかばかりみたいだね」
「このボールペンとか、お土産にいいんじゃね? アリーシャも色々書き物とかするのに便利だろ」
受け取ったボールペンで、試し書きしてみると確かに書きやすい。アスカの言う通り、持って帰ろうかしら、と思ったところで、アリーシャはポツリとつぶやく。
「……なんで、荒らされてないんだろ」
「どういうことだ?」
「ここに魔法を使える誰かが来たのは間違いないよね。でもその人が、例えばトレジャーハンターとかなら、ここは宝の山なわけじゃない? なのに一階も地階も、全然荒らされた様子が無い」
「……何かを探していた?」
「って言う事は、初めからここに目当てのものがあるのを知って来たことになる……荒らされた場所を探そう。そうすれば、ここに来た人物の目的も判る」
* * *
一階に戻ったところで時間を確認すると、12時を過ぎていたので、一度外に出て昼食と休憩を取ることにした。
「立ちっぱなし、歩きっぱなしだったからな。疲れたろ」
「平気。でも座って、脚、伸ばしたいかな」
「マッサージしてやろうか?」
「……エッチ」
「……すまん、セクハラオヤジだな、これじゃ」
少し赤面したアリーシャの非難に、アスカは肩を落とす。
「おかえりなさい。何か見つかりました?」
「今のところ何も。むーちゃん達は?」
出迎えたジェシーに尋ねると、二人とも寝ているという。
「むーちゃん、セザール。お昼にするけど食べられる? それとも寝てる?」
「食う」
「う、ん~、たべるぅ」
ともぞもぞと起きだす二人に、アリーシャは準備し、一緒に食事にした。
「なんか、みつかったぁ?」
少し眠そうな声のムティアに、対した成果は出ていないことを報告する。
「午後から二階から上を見てくつもり」
「二階って、ひぃふぅみぃっと五階もあるじゃない。今日で終わるの?」
「う~ん、どうかな。でも、なんとなくの方針もできたから、そんなにかかんないと思うよ」
「使い魔を飛ばした方がよいのではないですか?」
アリーシャの方針にジェシーが提案する。
「うう~ん、やっぱり自分の眼で見る。使い魔だとちょっとした違和感とかを見逃しそうな気がして」
「ですが、何か危険があったときのことを考えると……」
アリーシャとアスカから託された杖とクサリガマを手元に置いたまま、ジェシーは気づかわしげであった。
「……だったら、フィールドでまず全体を探ってみたら? 隠形魔法かけて隠れてる奴以外はそれで判るでしょ」
「それもそうだね。やってみる」
言うが早いか、アリーシャは自らの魔力を、薄く、広く広げていく。
「……建物の中に動くモノはいないし、中を探れないような魔法の結界も無し。警備ロボットとか期待したけど、いないや」
「居てもさすがにバッテリー切れで動かないだろ」
「その“ロボット”とはなんですか?」
「あー、そうだな、ゴーレムみたいなもんだ。“向こう”の言葉だよ。作られたもの、道具。その中でもヒトみたいに動いたり、喋ったりする、ヒトみたいだけどヒトじゃないものをそう言うんだ」
「なるほど」
とジェシーは納得して首肯するが、セザールとムティアは遠慮がちにアスカを見、また、アリーシャとミハイルは互いに視線を交わした。
「確かに罠替わりに配置されたゴーレムならば、動き出すまで判りませんね。十分に注意してくださいね」
「判ってます。ジェシーさんも、心配してありがとうございます」
「バルバラから聞いていますよ。貴女は自分の身を軽んじすぎると。“これら”を預けたからと言って、自分がいなくても大丈夫、などと思わないように。いいですね」
杖とクサリガマを示しながら念押しするジェシー。
「判っています。自分のスペアが居るから自分が居なくなっても大丈夫、なんて、恐くてできませんよ……もう」
* * *
食事と休憩を挟んで、アスカとアリーシャは再度病院に足を踏み入れた。
一階で、改めて案内表示板を見る。
一階と二階は、内科や小児科、外科、スキャン室など内容が想像できる表記ばかりであった。
「三階以上は入院者用のエリアね。まず二階を一回りしていきましょう」
二階は専門病棟らしく、各部屋をざっと見て回る。
そしてリハビリ室に入ったときに、今まで無かったものがあり、二人は思わず身を固くする。
「人だ!」
倒れた人に二人は急いで駆け寄り助け起こす……が、それは“人”ではなかった。
「ロボット?」
低反発性素材のようなモコモコを纏ったそれは、人型の機械であった。薄緑の白衣を着ており、名札にはヘルパーさん五号とあった。
「リハビリ介助用の看護ロボットってところかな」
「流石にバッテリー切れか」
他にも数体の介護ロボットが居たが、いずれも動く気配はなかった。
二階の幾つかの施錠された部屋では地階の倉庫同様、鍵が壊されていたが、医療機器の操作室だったり、医薬品の保管室だったりで、特段、変わった点はなかった。
興味深い部屋としては、介護ロボットのメンテ室もあったが、そこにも荒らされた様子はなかった。
三階以上は入院病棟で五階には院長室や特別室等があるようであった。
「院長室を先に見に行かねぇか? なんかあるなら親玉の部屋だろう」
「親玉って。まあ、一理あるけどね」
アスカの提案を入れて階段を上り、五階の廊下に出ると、すぐに違和感に気付いた。
「区画されてるね」
一般病棟から階段で上がって出たエリアには、いくつかの入院室が並び、院長室の文字も見えた。
だが、廊下の先を塞ぐように扉があり、一般の人が立ち入れないよう隔てられていた。
五階の平面図にも、その場所が何なのかは記載されていなかった。
「怪しいな」
「怪しいね」
その扉は、破壊されていた。
破壊された扉の向こう、廊下の片側には幾つかの病室が並んでいた。覗いてみると、点滴や様々な測定機器が並んでいるが、部屋自体は普通の病室に見えたし、特別豪華なわけでもなかった。
そして、廊下のもう片方には三つの扉があった。
一つは機械室。かなりの広さを持っている。
そして機械室を挟むようにある部屋はそれぞれ、特別義肢調整室1、2とあった。
そして、いずれの扉の鍵も破壊されていた。
二人は頷き合い、まずは一番手前にあった特別義肢調整室2の扉を、警戒しながらゆっくりと開けた。
* * *
唐突に覚醒した。
タイマーを確認したが、設定した時間にはまだ達していない。ということは、なんらかの条件が満たされたのだろう。
わずかなタイムラグの後、外部感覚器官が作動する。
--話し声?
耳を澄ませるが、声を潜めているらしく、内容までは聞き取れない。それに会話のトーンやテンポから、外国語らしいと見当をつける。
--あの時と同じだ。
だが、あの時とは違う。
このチャンスを逃すわけにはいかない……
* * *
特別義肢調整室の中は外から窺えないようパーテーションで仕切られ、奥は暗い。
不意打ちが無いことを確認してからアリーシャは【明かり】を唱え、彼女の近くに魔法の明かりが浮かび周囲を照らす。
パーテーションで室内は幾つかに区画されている。
「なんだこりゃあ」
2m四方ほどの大きさの個室の中では椅子に人が拘束されていた。
アスカの脳裏には一瞬、シルヴァニシアで見た拷問室の光景が浮かび、アスカは思わず顔を顰める。
しかしよく見ると、椅子はただの拘束具ではなかった。
その椅子を構成するカバーが外され、中からは用途不明の機械が見え、アチコチから配線が飛び出していた。そしてその椅子には金属製の手かせや足かせがあり、その椅子に座らされた人物を拘束していた。
そしてその人もまた、“人”ではなかった。
「これ、さっきの介護“ロボット”か?」
拘束されたその人は、人間のような人工皮膚の下から機械が覗いていた。ロボットだ。
先の介護ロボットはわざと人間らしくないデザインにされていたが、こちらは人間により近いフォルムを持っていた。
そして、このロボットの身体のアチコチが分解され、頭を切り開かれていた。周囲には切り裂かれた人工皮膚や頭皮が散乱している。元は人間同様の姿をしていたであろうロボットをここまで躊躇なく破壊できることに、アスカはブルリと身体を震わせる。
アリーシャは、不快感を隠さぬ様子で目を細め、だが躊躇なく、破壊された人型機械を検分する。
「頭にも胴体にも脳とかの生体があった形跡はない。機械の身体を持った人間じゃなくて、文字通りの“ロボット”みたいだね。これも介護“ロボット”なのかな?」
『“ロボット”、違う』
突然第三者から声がかけられ、アリーシャ達は慌てて振り向き、警戒する。
声はアリーシャ達の入った個室の斜め前の、別の個室から聞こえた。
『はろーエブリワン、わたし**ロボット***違う**ギノウ****』
イントネーションに違和感があり、また単語の言い回しに意味不明な部分もあったが、それは間違いなく、極東列島言語であった。
その個室には、先ほどと同じような椅子があり、それに拘束された人型機械でいた。
それが女性の声で更に言葉を次ぐ。
『YOUたち**誰。てるみーほわい。ここどこ』
『一体何があったのですか?』
アリーシャが極東列島言語で尋ねかえす。
『言葉*る。ぐじょ。古文、苦手。YOUスピーク**古い』
『そっちが新しすぎんだよ』
思わずアスカがツッコんだ。
『拙者*、言って**アンダスタン申すや』
『何とか解ります。わたしはアリーシャ。彼女はアスカです。あなたは?』
『あいむリョーコ。極東列島人』
人工皮膚を持たない機械剥き出しの人型機械は、そう自己紹介した。




