(199)世界樹の(理不尽な)怒り
世界樹を模した大樹と、それから変じた銀の鎖槍に白銀の蛇と暗銀の蛇との戦いは、謎の二人の人物の加勢で何とか退けることができた。
「なんとかなったぁ」
思わず漏れ出す愚痴めいた嘆息。そのまま座り込みたい気持ちを我慢して、アスカは加勢してくれた二人に近づく。
腕を後ろで組んだ好々爺然とした山羊髭の老人と、両手剣を軽々と肩に担いだ目のやり場に困る女性……金属製の鎧を着ているのだが、その防護範囲が胸と下腹部しか覆っていない。いわゆるビキニアーマーなのだ。
「どこの誰かは知らないが助かった。礼を言う」
「なに、ワシらも頼まれて来たにすぎん。それに許可を貰ったとはいえ、おぬしのモノを勝手に使わせてもらっておるからの」
「どういう意味だ?」
「ワシらはおぬしが救い出し、守っていた模倣人形じゃよ。この身体はつい先ほどまでミズ・チエコであり、今もおぬしの所有するモノじゃからの。この身体を使うには、おぬしの許可がいる」
「よく判んねぇな」
「ワシらにもよう判らん。というよりなんとなく判っておることを言葉にして説明するのはわしらの特性ではないでな。そういうのが得意なアバターは別におるで、そいつらに聞いてくれ」
言いたいことだけ言った老人の姿は消え、後には球体関節の人間大の人形が二体が残り、ゴロン、と転がる。更にその側には白銀の翼ある蛇と暗銀色の巨蛇の死体が横たわっている。
“誰か”が助けてくれたことは判る。それでなくても他人から借りてばかりの自分に、それを返す機会は果たして訪れるのかほとほと疑問であった。
「さて、どうすっかな」
気を取り直して改めて周囲を見回す。
通常の魔物の死体であれば、生贄の短刀を突き刺して、ドロップアイテムを拾うところだが、明らかに魔の領域に直接干渉できる存在……おそらくは秩序神LEXの化身相手に、それでいいのかと判断に迷う。
とりあえず、すぐに消えてしまう訳はないので、後回しにすることにした。
じゃらら
アスカの動きに合わせて腕の鎖が小さく鳴った。左手の枷に繋がった4本の鎖であった。
「母さんは?」
先ほどまで母の姿をしていた四肢の無いシミュテクラウが無造作に転がっていた。抱き上げると球体関節の首がカクン、と曲がり頭が下がる。
拘束を解く際、いつの間にか握られていたクサリガマ。あれは母の左腕だったのだ。そしてアスカの危機に更に三本……母の四肢を代償にアスカに与えられた鉄球、枷、そして槍のついた鎖。それはアスカの左手首に嵌まった枷に繋がっていた。
「罪の象徴、か」
科せられた重荷……ではない。むしろ果たさねばならぬ責務から逃げ続けた自責の枷があることに、逆に安心を憶える。
「こうでもしないとオレ、すぐ逃げようとするからな」
自分の性格を自嘲気味に評して、アスカは母だったシミュテクラウを背負い、紐で縛る。つい先ほど、そのせいで危機に陥ったのだが、一人ぐらいなら、と自分に言い訳する。
元の世界では母を背負ったことなど無く、ここ何年も触れたことすらないことを意識し、後悔とも焦りともつかない、ザラザラとした感情が湧き上がる。
続いてケイコちゃんとチャコちゃんであり、山羊髭の拳法家であり、ビキニアーマーの女戦士だった二体のシミュテクラウに近づき、ありがとうな、と何とはなしに手を合わせる。
視界の隅で、何かが動いたので慌てて振り返る。
「そうか。コイツを忘れてた」
銀の槍が突き立っていた部屋の中心付近に黒いネバネバとした腐臭を放つ存在が目に入った。初めは抱えられる程度の大きさであったはずだが、それが少しづつ大きくなっていた。
世界樹を模した巨樹の麓にあったシルヴァニシアの街を模したミニチュアはいつの間にか消えている。おそらくシミュテクラウと同じような、魔の領域の演出のための幻影のような物だったのだろう。
そしてそれは、部屋を囲む荘厳さも同様であった。
煌びやかな装飾は消え、粗雑な石で組まれた地下迷宮へと変じていった。戻っていったというべきだろうか。
「金メッキで誤魔化してた化けの皮が剥がれたって感じか」
この魔の領域【咎人の処刑場】でずっと感じていた罪を責め立てる“正義”の押しつけがましさに辟易していたアスカは、皮肉気に吐き捨てる。
「罪を裁く、法を執行する、罪に罰を与える。それはいいさ。でも、お前のやってたことは罰のための罰だ。罰を与えることが目的になってた。だから、これはその報いだ」
アスカが白銀の翼ある蛇の死体に生贄の短刀を突き立てた。
それは一瞬、抗う様に身を震わせた。
「アリーシャ?」
気配を感じてアスカが周囲を見回すが、赤毛の少女の姿は無かった。そして視界を戻した時、白銀の蛇の姿は消えていた。
「なにがなんだか」
「判る範囲で説明するよ」
この場にいるはずのない者の声に、アスカは慌てて振り向いた。
* * *
城中に入り込んでいた全ての葉の蛇を飲み込んだアリーシャの肉体が、まるで自分自身を飲み込むようにして消えてしまった。
我に返ったジェシーはすぐさま探知の魔法を唱えたが、何の反応も帰らず、その行方が追えない。
アリーシャを目指して隠れ潜んでいた葉の蛇が集まって来た動きは、当然シルヴァニシアの騎士たちは捉え、対応に動いていた。しかしそれが全て消えたというのは、喜ばしいことではあったが、不気味でもあった。
『ナニガアッタ!』
使い魔を通して発せられた女王の言葉に、困惑が混じっているのは当然のことであろう。目の前で目撃したジェシーですら信じられないのだから。
だからであろう。虚飾もなく、ただ見たままにジェシーは報告した。
「アリーシャさんが……消えました。葉の蛇を集め、飲み込み、一緒に点となって消えてしまいました」
「それは、どういうこと?」
すぐ近くから掛けられた言葉に、ジェシーは暗い気持ちで振り返った。
「アリーシャが消えたって、どういうこと、ジェシー」
バルバラの蒼白な顔から目を逸らしたい欲求を我慢しながら、ジェシーは女王とバルバラに詳しい状況の報告を行った。
* * *
程なく夜が明け、東の空から神の心臓たる太陽が昇った。新しい一日の始まりだ。
しかし、世界樹が多くの葉を降らし、また葉の蛇が活性化する時でもあり、今のシルヴァニシアにとってそれは、絶望を再認する時間でもあった。
今日も夜明けと共に世界樹が胎動し、人々は揺れを感じる。しかし、この日はいつもとは違っていた。
胎動が一度で収まらず、どぉん、どぉん、と何度も揺れを感じる。建物も物も揺れず、何も倒れないが、人だけが感じる揺れが何度も人々を揺さぶった。
「神様」
祈りを捧げる者、絶望し膝を抱える者、そして意味もなく怒鳴り散らす者、誰かのせいにする者、奇声を上げる者がキッカケとなって諍う者達の喧騒が広がっていった。
胎動に呼応するように結界の向こうで蠢く葉の蛇がうねり、渦を巻き、その渦がまるで一匹の蛇であるかのように結界に巻き付き、その数は陽の光を遮るほどであった。
陽の光の届かぬ暗闇の中、何度も何度も打ち鳴らされる世界樹の胎動に、人々は諍う気力すら無くしていき、意気を消沈させていった。
「まだ終わりではない!」
凛とした声が城のアチコチで響く。シルヴァニシアを統べる森の女王だ。
黒檀のような黒い肌にサファイアのように青く輝く瞳で、まるで小玉西瓜のような型崩れせぬ胸を震わせ、自信に満ち溢れた姿が城内のアチコチにあった。
玉座に座した女王の両の眼はサファイアのように青い。だが、その右の瞳は鉱物めいた強い青色であり、そこに注がれた魔力が女王に見えぬものを見せる。
女王の右眼に埋め込まれた真実の眼と呼ばれる伝説級の魔法の品だ。それを通して、多くの自分の複製であるホムンクルスを通して視、その口を操り人々を鼓舞する。
無論、根拠もない言葉だけで信じられるほど人々の絶望は甘くはない。
「根拠ならある。アレを見よ!」
黒い腕を振りかざし、女王は城壁の上から結界の外を指し示す。
蠢く巨大な葉の蛇はまるで鎖のように縦横に蠢き躍るが、一瞬それが切り裂かれ、陽の光が差した。
「戦ってる?」
一度や二度ではない。視界を覆う葉の蛇の暗闇の向こうで、何者かが戦い、そしてそれに呼応するように世界樹が胎動を繰り返していた。
それは絶望した人々にわずかな希望を灯した。しかし人々を鼓舞した、その言葉とは裏腹に女王自身は内心複雑な気持ちを抱えていた。
世界樹という“祟り神”に祈りと身を捧げ、世界樹を怒らせぬよう守って来た巫女として、世界樹と戦うモノの存在を認めるわけにはいかない。
それは更なる怒りを招くことに繋がるのだから。
「その怒りが、その“何者か”に向いてくれるなら良いが、そうはなるまい」
世界樹の怒りに“誰が”はあまり関係が無い。原因となった者が呪われようが、死のうが、難を逃れようが関係なく、世界樹の麓には災禍が襲い掛かる。
それを理不尽と感じても、コミュニケーションの取れぬ大いなる存在を前にどうすることもできない。ただ真実を見通す魔法の品で、世界樹の意識というか気持ちのようなものを漠然と読み取り、それを刺激しないようにすることしかできはしない。
それこそがシルヴァニシアの女王の役目であり、世界樹の巫女の役目であった。
今、世界樹は怒りに何度も身を震わせている。少なくとも女王はそれを“怒り”と感じていた。
「世界樹を“何者か”が怒らせた。その怒りもまた、我らで受け止めねばならぬのか」
状況の理不尽さに嘆息したくなる。
--アンフェア野郎!
まるで女王の心を代弁するかのように、世界樹とは別の、何者かの思念が女王の右の眼を打った。
結界の向こうで蠢く葉の蛇は連なり、捩じれ、まるで鎖のようであった。さらさらと鳴る葉擦れの音は何時しか耳障りな金属音となり、まるで鎖が鳴るようなジャラジャラという音が城を揺さぶった。
「一つ、二つ……みっつ、いや、三人か?」
白銀と暗銀に轟く鎖が、時おり薄れて陽光が覗く。その薄れ方が三種類あり、世界樹と戦う三人の“何者か”を幻視する。それは赤い服のようでもあり、赤髪にも感じられた。
いつの間にか城壁の上には多くの人たちが上がってきて、呆然と暗い空を見上げていた。通常、城壁の上は避難してきた一般市民の立ち入りを制限されていたが、騎士達も止める様子が無い。
「陛下、一体何が」
ジェシーとジョアン、それにバルバラも女王の元にやってきた。
「白銀と暗銀の鎖と戦う三人じゃ」
真実の眼を持たないジェシー達は女王の言葉を理解できず、時たま薄くなる蠢く葉の蛇に覆われた空を見上げる。
「銀の鎖……秩序神ですか?」
女王の言葉にバルバラが問うが、女王は、判らぬ、と頭を振る。
無論それを連想しないわけではない。だが世界樹を最優先とし、秩序神神殿を軽んじて来た世界樹の巫女として、それは簡単に答えられる問題ではなかった。
その時、葉の蛇に覆われた空を一条の光が貫いた。刃の煌めきだ。
それは城から少し離れた場所に突き立ったが、一瞬後には葉の蛇に覆われ、見えなくなった。
「今の場所、抜け道の辺りです」
それは同時に魔の領域【咎人の処刑場】を示す場所でもあった
。
ジェシーの言葉に森の女王は、ふと、思い出した。
「……赤衣の半神はまだ戻らぬか?」
「実は少し前、拘束具の反応が消えました。死んだのか拘束を外したのかは判りません」
刑罰として嵌められた拘束の腕輪のことだ。ジョアンの返答に、聖女殿は、とアリーシャの事を重ねて問うが、そちらも反応が無いという。
「空が!」
誰かの叫びに視線を向けると、葉の蛇に覆い隠されていた青い空と陽の光が覗いた。結界に絡みついていた葉の蛇が、ゆっくりと結界から離れていくのだ。
鎖のように絡まった葉の蛇が、まるで鎖のように束ねられ、そのまま天へと昇っていく。天蓋を抜け、まるで世界樹の梢に還るように。
そうして開けていく視界の中、先ほど光が突き立った辺りに、黒いモノが姿を現した。
まるでタールのようなネバネバとした、見る者に不快と不安を与えるまるで“罪”そのものであるかのような嫌悪をもよおすおぞましい存在。
だが、その罪に光が降り注ぎ、少しづつ薄れていく。
それは秩序神の心臓たる陽の光であり、世界樹の梢を通した木漏れ日であり、そして世界樹の幹自体が発する光であった。
そして天へと昇った葉の蛇は、再度天蓋を抜けて天から降ってきた。ドーナツ型をした結界の内側、世界樹の幹にそって。
城の外側に現れた“罪”と、城の内側に降り注ぐ束ねられた葉の蛇。人々は、戸惑い、双方の間で意識をさ迷わせた。
「陛下! 結界内に侵入者です」
監視の騎士が報告を上げてくる。城の結界の内側、世界樹に誰も近づけぬために張られた結界に“何者か”が入り込んだという。だがそこは、束ねられた葉の蛇がまさに今、天から降って来ている最中であった。
だが、女王の右の眼は、結界の向こうに信じがたいモノを見た。
そして、同時に、結界の外に現れた“罪”の正体も見通した。
「半神、そして世界樹……いや、聖女?」
人々は目撃した。光によって清められていく“罪”の中から一艘の船が現れ、宙に浮かび上がるのを。
人々は目撃した。葉の蛇が光を放つ世界樹の幹に吸い込まれていくのを。
人々は刮目した。船の上に立つ赤衣の少女の姿を。
人々は刮目した。葉の蛇を飲みこんだ光から現れた赤毛の少女の姿を。
そして人々は瞠目した。赤衣の少女が持つ銀の鎖槍に。
そして人々は瞠目した。赤毛の少女が持つ銀の鎖槍に。
* * *
それを目にした瞬間、バルバラは弾かれたように走りだした。
シルヴァニシアの城内に避難していた市民の大半は城壁に上り、城内に人影はほとんどない。
--コッチ
数えるほどしか来た事の無いその場所を駆ける。だが迷うことは無い。何故ならば先導してくれる者がいるのだから。
結界は今も生きている。しかし、まるで誰かが悪戯したかのように、バルバラが通り抜ける一瞬だけ結界が不安定になり、彼女の通行を妨げることはなかった。
--マッスグ
世界樹を囲う壁の中に出た。この先に迷路のような結界が続くはずであったが、先導は真っ直ぐ進み、バルバラもまた真っ直ぐに世界樹の幹を目指した。
「アリーシャ!」
「ほえ? ねーさま?」
寝ぼけたような表情の妹を、寝ぐせのような髪の姉は抱きしめた。
--ワタシ、グッジョブ
--ワタクシノ、オカゲデショウ
バルバラの頭の上でドヤ顔をしている羽根妖精に、どこからか妖精女王がツッコミを入れた。
* * *
世界樹の幹より現れた赤毛の少女にしてバルバラの妹……言うまでもなくアリーシャは、姉の腕の中でそのまま寝入ってしまった。
バルバラを追ってきた女王たちが起こそうとしたが、全く起きる様子が無く、昏睡と言ってもいい状態であった。
シルヴァニシアの街を覆っていた葉の蛇は全て消え失せたように見えたが、騎士達による調査団が組織された。
だが、街の外に避難していた市民たちが我先に街に戻ってきてしまい、なし崩しで城内に避難していた市民達も解放され、街に喧騒が戻った。
結局、葉の蛇は発見されず、新たにその被害にあう者もいないことが確認された。
そして魔の領域【咎人の処刑場】から飛び立った船とその乗員である赤衣の半神アスカは、丁重にシルヴァニシアの城に連れてこられ、歓待された。
その後目覚めたアリーシャとアスカ、それにシルヴァニシアの女王らの間でどのような話が行われたのかは知れない。
そうした誰知らぬ会話が一つ。
「アリーシャ。相談がある」
「どうしたの、改まって?」
「オレ、元の世界に戻りたい。アスカじゃなくて、ケイスケに戻りたい。どうしたらいいかな」
* * *
魔の領域【咎人の処刑場】は消滅し、ただの抜け道に戻っていた。
それに関しては、こんな噂がある。
葉の蛇が消え去り、調査の騎士が派遣されたり、市民が勝手に戻ったりして街が騒然としていたころ、その抜け道を通って数千の人が街の外に出てきたのだという。
避難民と思われたが、奇妙なファッションの者が多く、人に在らざる姿をした者もいたという。
だが、城に避難していた市民が抜け道を通って避難したという事実はない。しかし、数千という数は数え間違いや見間違いで済む数ではない。
結局これは、根拠のない怪談の類として人々に記憶された。
先週何でアップしなかったって? そんな昔の事は忘れたぜ
今後のアップ予定? そんな先の事はわからねぇぜ
しごとはだいじだYOー、でもそれ以上に、じぶんがだいじだYOー




