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(19)アリーシャの気持ち

 儀式魔法で脚の傷痕を癒した後、アリーシャは自分で髪を結い、この日のための(何故か沢山ある)可愛いスカート姿で村を歩くと、あちこちから驚きの声が上がる。ちょっと得意げな表情に笑いが漏れるが、事情を知る者は、よかった、よかったと涙ながらに喜んでくれた。


 その姿を遠目に見ていたムティアとカシム。

「リーシャのスカート姿って初めて見た。なんかあったの?」

「足にケガしてたんだって。赤ちゃんの頃の。それが治ったってお母さんが言ってた」

「だからいつもズボン履いてたんだ……」

 それはとても喜ばしいことだったが、ムティアの心は沈んでいた。

「ねぇ、ムティア……」

「あたしはあなたより年上よ。ムティアおねえちゃんって言いなさいっていつも言ってるでしょ」

「やだよ。それにリーちゃんといっしょの時にはそんなこと言わないくせに」

「リーシャはいいの、リーシャは」

「なんだよそれぇ」

 ポンポンと言い合う二人だったが、やがてどちらともなく溜息をついて座り込んだ。

「リーシャ……もうすぐ、いなくなっちゃうんだ」


     *    *    *


 三日後の夜に村の酒場を借り切り、アリーシャの快気祝いとお世話になった人たちへのお礼を兼ねたパーティを行う。その準備と打ち合わせを終え、王妃ブリージダは喜びを隠しきれない表情で屋敷への帰路についていた。

「あの、おーひさま」

 二人の子供が彼女を呼び止める。王都で同じことをやれば投獄されかねないが、ここマテス村では、王妃という名のただの親バカであり、護衛達も特に反応を見せない。

「ムティアにカシム。こんにちは」

「「こんにちは」」

 慌てて二人もそう言って頭を下げる。

「ボクたち聞きたいことがあって」

「リーシャが居なくなっちゃうって本当?」

 ムティアの食い気味の質問に、王妃は頷く。

「リーシャの護衛とかメイドにあたしを雇ってください」

「ぼ、ボクも。リーちゃんのケライになります」

「……むずかしいわね。豪族縁者か、それに近い紹介がないと。あとお父さん、お母さんはいいって言ってるの?」

 その言葉に黙り込む二人を微笑ましいものを見る優しい目で王妃が見つめる。

「アリーシャのことを大事に思ってくれて、今まで仲良くしてくれて、ありがとう」

 そう言い残して王妃たちは歩み去っていく。

「今までじゃない。これからも仲いいもん」

 ムティアは不満げにつぶやいた。


     *    *    *


 ぱしぃ

「リーシャ、ほんとーにいなくなっちゃうの?」

「うん。かかさまが一緒に王都に行こうって」

 ぱしぃ

「リーちゃん、良かったね」

 どこか作ったカシムの言葉に、どこがいいのよ! とムティアが吼えながら正拳突きを繰り出し、カシムが慌ててそれを受ける。

「でもでも、お母さんといっしょならリーちゃんもうれしいでしょ?」

 カシムの足払いでムティアが転がる。


 5、6歳の幼児とは思えない動きの二人。身体に魔力を通すことで、筋力だけでなく頭の回転や反応速度も向上していた。

 アリーシャ達の日課の『奇妙な踊り』がただの遊びでないことは、もはや誰の目にも明らかであり、護衛の騎士なども興味深そうに見物している。


 地面から背中のバネを使った蹴りをカシムの腹に叩きこむムティア。

「あたしは嬉しくない!」

 カシムはその蹴りを後ろに倒れるようにかわし、そのまま転がって立ち上がる。

「大体リーシャはそれでいいの!」

 その言葉にアリーシャは曖昧に笑う。その態度が余計にムティアをイラつかせていた。


     *    *    *


 最近、アリーシャは一人でいることが多く、ぼーっと西の混沌山脈を見つめている。

 いつも一緒にいた二人の友達とも少し距離感があるらしく、貪るように読んでいた本も、ここ数日一度も手を取っていなかった。

 明日は快気祝いのパーティで、それが終わったら王都に出発。

 自分のやりたいこと、すべきことを想うとそれは正しい選択のはずだが、どうしてもそれを自分の中で消化しきれないでいた。

 その日の夜、ベッドに入ったアリーシャの部屋を枕を持ったバルバラが訪れた。

「一緒に寝ましょう?」

 ちょっと照れくさそうな姉に、妹も似た表情を浮かべる。

「誰かと一緒に寝るなんて初めてかも」

 布団の中で人肌の温かさに包まれて、どうでもいいことを話しては、妙に楽しくて二人してクスクスと笑う。

 話しても尽きぬ話が尽きたころ、姉は妹の背をゆっくり撫でながら問う。

「お母様やジョーさんに何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「……」

 泣きそうな表情で押し黙るアリーシャ。

「言いたいことは言わなきゃダメだよ」

「でも……」

 どうして泣きそうになるのか自分でも判らない。

「わたくしもね、ステラと沢山お話ししたわ。その後、ステラについて来てもらって、お母様ともお話ししたの。今まで言いたくても言えなかったことも沢山……」

 背中をさする姉の手。

「王宮だと色んな人の目があるからいっつも緊張しちゃうの。でもここなら言いたいことが自然に出てくるのよね」

「ねーさま……」

「あのね、アリーシャ。あなたは今年いくつになったの?」

「……5歳です」

「もっとワガママ言っていいのよ。まあ、わたくしもあんまり言えないけど、あなたぐらいの時はもっと駄々を捏ねてたと思うわ」

「でも……かかさまが悲しむ」

 自分が泣きそうな癖して、母のことを想う妹。

「それであなたが悲しんだら、私もお母様も悲しいわ。誰でもいいから相談して、ね?」

「……うん」

 妹はもぞもぞと姉に擦り寄って、そのまま眠りについた。


     *    *    *


「ジョー、そうだんがあります」

 姉に手を引かれてアリーシャはジョーの元を訪れ、王都に行きたくないと告げた。

「……ようやく言ってくれましたね。どうしてか教えてくれますか?」

 視線を合わせたジョーに、アリーシャはポツ、ポツと話す。


--王都には行ってみたい

--メイドのことも気になる

--でも、村にいたい

--ムティアとカシムともっと遊びたい

--でもかかさまともいたい

--ねーさまともいたい

--かかさまが嬉しそうで言えない


 感情をコントロールできず、泣きそうな、辛そうな表情で告げる愛し子にジョーは、任せておきなさい、と請け負った。


     *    *    *


 王妃は義理の両親--屋敷の管理人の老夫婦--と共にお茶を飲みながら、アリーシャの引っ越しの件を話していた。

 そこを訪れたアリーシャ、バルバラを伴ったジョーが、お話し中失礼します、と断りを入れてから、

「アリーシャ姫様は王都には行きません。まだこちらに残っていたいそうです」

 ジョーが反論を許さぬよう、早口で一気に言い切る。

 驚愕から立ち直った王妃が、どうして、どうして、と繰り返す。

「王都には興味を持ってますし、例のメイドの件も気にしています。ずっとというわけではありません。ただ、慣れ親しんだ生活や友達と突然引き離されることに混乱しています。もう少し時間が欲しいのです」

 親友の言葉に王妃は思わず、

「わたくしより、お友達の方が大事なの?」

 と口にし、問われたアリーシャが口ごもる。更に言葉を継ごうとする王妃の言葉を老婦が遮る。

「ブリージダさん。そういう質問の仕方を子供にしちゃいけませんよ」

「お言葉ですがお義母様、」

 すは嫁姑戦争勃発かと思われたが、

「ワシも感心せんな」

「お義父様……」

 すかさず援護射撃が出た。

「今のはジディの言い方が悪い」

 残るは愛しい娘が頼り。

「えっと、かかさまは、リーのことを想ってくれて……」

 さすがはアリーシャ、増援部隊到着ですわ。

「子供の都合より、自分の都合を優先することを愛とは言わん」

 増援部隊も一撃で粉砕されてしまいました。

「だって、アリーシャと一緒に年を越したいんですもの」

「アリーシャ姫だって貴方といたくないわけではないのですよ。ただ友達も大事だし、急だからって言ってるのよ。子供の気持ちを考えなさいよ」

 う~、と唸って黙り込む王妃。娘のこととなると普段の淑女然とした態度が一切見えなくなる。


--お母様って視野が狭いというか、結構自己中心的でしたのね


 口には出していないが、バルバラが一番ひどいことを考えていた。

明日も投稿予定

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