(187)樹上にて
「天蓋の指輪かぁ。あん時手に入れとけばよかったよ」
とは、アスカの言だ。無論、スライムに挑んで、中から様々な物品をすくい出してきたときの話だ。
パペット……頭の中に人格を封印され、別の“だれか”によって支配された者……と思われるジョン・スミスを名乗る人物よりアスカが依頼された物品であった。
結論から言えば、それは罠であり、スライムとアスカ、それにアリーシャという神殿にとっての【混沌】を世界の外に放逐するのにその指輪が必要であり、それをアスカ自身に取ってこさせようとしたと考えられる。
だがそれはあくまで、神殿にとっての“コスト削減”に過ぎず、天蓋の指輪は必要数が準備されており、アスカはそれを手に入れなかったが大規模転移は実行された。
「代わりにオムライスをお願いしちゃったもんね」
「ふつーに美味かったけどな」
「だね」
ここ、世界樹に浮遊島が到着して数日が、特に何事もなく過ぎていった。
“下”からの情報で、天蓋を抜けるには天蓋の指輪というレアアイテムが必要であることは判ったが、その入手方法はまだ判っていない。
下に居るブリージダ達に期待するしかなかった。
結局、天蓋の“上”に居る者達にできることは限られていた。
風もないのにさやさやと揺れる世界樹の葉と葉が静かな音を奏でていた。
それに耳を傾けながら、アリーシャ達は、まったりとした時間を過ごしている。
アリーシャはアスカから教わった彼女のアカウント『keisuke』にログインし、ゲームキャラのステータス画面を開いて、そのマクロをいじっていた。
逆にアスカはアリーシャの『NicReed』にログインして、ジョーと会社の打ち合わせをしている。
セザールはマックスと木工細工について何やら熱く語り合っており、ムティアは子供たちに妖精達を巻き込んで遊んでいる。
騎士達は魔法の詠唱の練習を続け、アイテム拾い達やゴライゴウの住人たちは日々の雑事に勤しむ者、魔法の練習をする者、賭け事に興じ怠惰に過ごす者など様々であった。
アリーシャの財で用意された物資で、今のところは食うに困らず、やらなければならない仕事もない。
誰もが暇を持て余していた。
* * *
誰もが暇を持て余していたが、一人だけ例外がいた。
「あー、もう、やりたいことが多すぎて、時間が足りない!」
木の板に手書きで呪術紋を描き、更に【複写】の魔法で呪術紋付きの木片を量産していく。以前、アンズーマリーの街で遍歴商人のピーオ一家と共に作った簡易魔法の品だ。
本来ならば適正化されていない黒檀のインクが無いので、呪術紋を描くことはできない。しかし、適正化されてしまった“普通”のインクでもペンで描くという本来の使い方は可能である。
そして適正化されたアイテムであっても、魔法の【触媒】として使うことはできる。
それを利用して普通のインクで呪術紋を描き、適正化された黒檀のインクを触媒にして【複写】をする、という手順で適正化されたアイテムだけで呪術紋を描く方法をアリーシャは確立し、魔法の品の量産を開始した。
「これは【清潔】、こっちは【食用】、これがみんな大好き【烏麦粥】……別名子供の天敵オートミール」
テンション高めで木片に描かれた簡易魔法の品を次々披露するアリーシャ。魔力を流せば魔法の効果を発揮するので、これがあれば魔法を使えないものでも普通の生活が送れるようになる優れモノだ。
「でも、何回か使うと効果が無くなっちゃうのが難点」
黒檀のインクで描いた呪術紋では効果が長続きせず、製造コストが見合わない。アリーシャが複数持つ魔法の効果を発揮する魔法の杖の代替にはまだまだなり得ない。
黒檀のインクに代わる、魔力を効率よく伝達する素材を探しているが、まだまだ先は長そうであった。
「魔法の品って、こんなに簡単に自作できるモノなのか?」
と、アリーシャの奇矯さに慣れたはずの皆も、魔法の品を前にドヤ顔を決める少女に、呆れたような
視線を向ける。
「おっし、できた。アリーシャ、これでどうだ!」
作業に没頭していたアスカがそう言って自分の作品をアリーシャに見せる。
それはアスカのゲームアイテムである無地の布だったが、表面には呪術紋が描かれている。そしてそれにアスカが高DEXを活かして高速で刺繍を施したのだ。
呪術紋を描いたインクは普通のインクであるが、刺繍に使った糸はゲームアイテムで、なんでも“糸使い”という特殊職用のアイテムだとかで、比較的魔力を流しやすかった。
「うん、問題なさそう。ちょっと使ってみるね」
魔力を流し、呪術紋の回路のチェックをしたアリーシャがテーブルの上に布を広げ、手を充てる。
「【清潔】!」
布に魔力を流して回路を励起させると、触媒の水がアリーシャを包み、服や体の汚れを清めていく。
「成功……だけど、魔力消費が50%ぐらい多いかな。やっぱり魔力の流しにくさが抵抗になって効率が落ちちゃうみたい。でも黒檀のインクより強度はありそうだから長持ちしそう。これも使って、どのくらい保つか教えてください」
と、その布を他の魔法の品と共に騎士達やダナンらに渡す。
魔法の練習をしているとはいえ、やはり使える魔法が限られている。特に魔法の練習をサボりがちな怠惰な者達の体臭が、トラブルの元になったりしていた。
そうした問題解決と長引く浮遊島との生活の質の向上のために、こうして魔法の島の製作にアリーシャが乗り出したわけである。無論、多分に本人の趣味によるところも大きい。
* * *
アリーシャが呪術紋を描く横で、セザールが魔法の練習をしている。
【穿貫】の魔法だ。
魔法の発動そのものはできている。いま彼がやっているのは魔法の効果を超えるための魔法の習熟だ。その魔法を二つ名とする鬼神と呼ばれた英雄のような。
だが、アリーシャは内心、ムリだろう、と考えていた。口にはしないが。
シュラノ・アルトゥールの【穿貫】へのこだわりは狂気と言ってもいい。しかしセザールにはそれが無い。
むしろ探知系魔法や木工細工など、裏方系の方が本人の性質に合っているのだろうと感じる。
努力している男の子の頑張りを、少し嬉しそうに見つめるが、それが叶わないことを思うと、少し悲しくもある。
--言ってあげた方がいいのかな
そんな心配の目でセザールを見つめる。
その視線にはセザールは当然気付いていた。
--恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい、でも練習に集中できない、あ、また失敗した、はずかしー!
セザールはその場で座り込んでしまった。
「どうしたの、セザール。大丈夫?」
「……集中できないからこっち見んな」
「えー」
と非難の声を上げるアリーシャ。
だが、あれ? とすぐに疑問の声に変わった。
「セザール。それ、ちょっと貸して」
セザールが持つ魔法の触媒である細剣。刀身の折れたそれを求められ、少し逡巡するセザール。
「セザール?」
「じゃ、じゃあ、代わりに魔法の杖、貸してくれよ、【穿貫】のやつ」
折れて使えなくなった物を渡された自分と、希少な魔法の品を渡されたアリーシャに、ちょっと思うところのあったセザールは思わずそんな事を言ってしまった。
「うん? いいよ、はい」
しかし、アリーシャは気にせず杖をセザールの手に載せる。
受け取ったセザールは新しいおもちゃを貰った子供のように、杖をまるで細剣のように振るい、魔法を放つ。詠唱に集中しなくていい分、やはり楽だ。
一方のアリーシャは折れた剣を大事そうに撫で、赤みがかった目でそれを見つめ、魔力を通す。
そして折れた剣を手に礼をし、鞘から抜き放ち、構え、丁寧に、慎重に、呪文を詠唱する。
「【穿貫】!」
射程2mの魔法と唱えるとアリーシャの姿は掻き消え、空気を切り裂き、一瞬後には、はるか遠くに立っていた。
その様にはセザールだけでなく、沢山の視線が集まる。騎士ほど驚愕が強い。
アリーシャは再び、詠唱する。
「【穿貫】」
一筋の銀光が空に走り、現れたと思ったら、瞬時に掻き消え、ジグザグの光が灰色の空をバックに幾つも走った。
キン!
静かな金属音が近くでしたと思うと、赤毛の少女がすぐ脇に立ち、折れた剣を鞘に納めていた。
そしてそれをセザールに差し出す。
「セザール。あなたはシュラノ様には、……【穿貫】には成れない」
その言葉にショックを受けたように表情を歪めるセザール。
「あなたはシュラノ・アルトゥールではない。あの方の真似をしても彼には成れない。シュラノ様があなたにこれを渡した意味をもう一度よく考えて」
「意味なんて……折れた剣なんて、使えないゴミじゃないか」
受け取ったモノの価値に目が行って思わずそんな事を言ってしまったセザールの頬をアリーシャが叩く。
そして怒りの籠ったアリーシャの視線にセザールは思わず後ずさる。
「シュラノ様を侮辱しないで! 思い出して、あの方はなんて言ったの?」
--折れた剣。姫を守るために戦い、折れ、もはや使い物にならなくなったもの。これが私だ
「この剣は……シュラノ様、なのか?」
「それだけじゃない。それは【穿貫】そのもの。さっきわたしがやって見せたのは単にその剣の経験を借りただけ」
--大隊長の力、見つける、取り戻す
--情報の意味が無くなるほど分解されても、再生できる
何のことは無い、大隊長の力も経験も、失われてなどいなかった。
彼の狂気とも言える修練において、常にその手には細剣があった。
魔法の品ではない。魔法もかかっていない。だが確かにその細剣は【穿貫】であった。
魔法がかかっていないので魔剣という呼び名は相応しくないが、そうとしか呼びようのない剣。
赤い目を通して、そう定義されていることを読み取ったアリーシャは、それに魔力を通して励起させ、魔剣の力を借りたに過ぎない。
「……俺にもできるか?」
「【穿貫】になることはできない。できるのは魔剣の力を借りることだけ。物真似じゃあ英雄になれないわ、セザール・クロムウェル」
「手厳しいな」
魔剣【穿貫】を受け取り、セザールはそれを腰に差した。
* * *
一方でアリーシャは世界樹の調査にも乗り出していた。
赤い目の力で見通せなくても、できることは沢山ある。
「この葉の形、多分、トネリコだね」
「トネリコの枝って回復魔法の触媒に使うよね」
「うん。多分生命力の象徴なんじゃないかな。
【飛行】の力を借りながら世界樹の梢を散策するアリーシャとムティア。
さわさわとした葉が鳴らす音は耳に心地よく響く。
若芽が芽吹き、殻を被った実も生っているが、アスカの言葉を思い出して手を出すことは控えた。
「これが世界樹の実? へんなの、翅みたいのが付いてる。まっくんみたい」
「翔果っていうんだよ。風に乗って種を広げるの」
二人の唱える魔法を補助しているアリーシャの使い魔である灰色の肉の卵が、うぉん、と身体を震わせて鳴き声(?)で答え、二人して笑う。
最初は驚いたものの、とっくに慣れたムティアは、魔臓のまっくん(仮)をアリーシャのペットとして、そして彼女を補佐する大事な仲間として受け入れていた。
それはともかく、世界樹の実の話だ。
「……風、ないよ?」
「……そうだね」
世界樹の実が落ちても、そもそもここは天蓋の上。実が育つ大地もないのだ。
「この実を植えたら、世界樹が育つのかな?」
「どうだろう。多分だけど、ダメな気だする」
「なんで?」
「実が生って、種が落ちて、育って、また実をつけて……っていう普通の植物じゃないんだと思う。上手く言えないけど、“こういうもの”として作られたような」
作られた、という表現にムティアが顔をしかめる。先日のアスカの話を思い出し、合わせてアリーシャの告白なども記憶からよみがえってきたのだ
--あの子は……向こうの世界で殺されている
身体の芯が冷えるようなあの感覚にムティアは身体を震わせた。他の世界だけではない。この世界でもアリーシャは一度殺され、そして今も命を狙われている。
ムティアはアリーシャの背中をぎゅっと抱きしめた。
「むーちゃん?」
しかし、幼馴染からの応えは無い。ただ、彼女の頬を伝う涙が、アリーシャの髪を濡らす。
「むーちゃん、どうしたの!」
自分を気遣う赤毛で垂れ目の少女の必死な様子に、泣き笑いのような表情でムティアが応える。
「リーシャ、愛してる。神殿だろうが秩序神だろうが、リーシャを傷つけようとするヤツは全部、わたしが殺してやる!」
殺意をたぎらせる幼馴染に、あ、ありがとう、と、ちょっと引き気味にアリーシャが思わず答えるが、すぐに正気に返り、
「むーちゃん! そんなの神官に聞かれたらぁ」
と、自分の事を棚に上げてムティアに注意喚起するアリーシャであった。
* * *
「あれ?」
アリーシャの頭の上でトンガリ帽子の小人さんが首をかしげる。
「どうしたの?」
「あそこ、なんか光った」
小人さんが世界樹の幹の方を指さした。
世界樹の梢は大きく広がり、浮遊島が流れ着き、引っかかった枝葉から幹まで数百メートルは離れている。
その中心付近で何かが光ったという。
アリーシャとムティアは頷き合い、慎重に歩を進めた。
やがて幹が見えてくると、そこに銀色の光が見えた。
「槍?」
それは世界樹の幹に突き立った一本の銀色の槍であった。それも鎖が付いた鎖槍……秩序神を象徴する武器であり、シンボルにもなっている。
近づくにつれ、さわさわという葉のざわめきが強くなり、やがてザワザワと音が高まり、まるで威圧するかのような音圧となって二人を圧倒した。
しかし、アリーシャの視線はその槍に集まり、周囲の音が聞こえていないかのようであった。
「離れよう! なんか怖いよ」
大声でムティアが叫びアリーシャの腕をつかむ。そうしなければ声が届かないほど葉のざわめきは強くなっていた。
いや、そうしなければアリーシャがどこかに行ってしまいそうで怖かったのだ。
アリーシャは一瞬ためらったが、不安に泣き出しそうな幼馴染の顔に、すぐに頷き返した。
* * *
「って、事があったの。リーシャったら危なっかしすぎる!」
ムティアの報告にアスカとセザールは、ああ、と納得の声を上げる。
「銀の鎖槍って、秩序神の象徴だろ。それが世界の外で、しかも天蓋を貫く世界樹に突き立ってるとか……アイツの好奇心を抑えられる自信ある奴、挙手」
セザールの言葉にアスカ、ムティアが腕組みして無言を通す。
「……マックスのおっさんはアイツの命令、何でも聞きそうだから、俺達の誰かアイツについて単独行動させるなよ」
「まあ、警戒した方がいいのは確かだな。ムティア、その槍に近づこうとしたとき、ヤバイと感じたのは単に音だけの話か。それとも別に根拠があるか?」
アスカの問いに、ムティアは自信無さげにかぶりを振る。
「判んない」
「ダウジングは?」
「だから判んないんの! ダウジングは常時発動させてるから、自分の直感なのか、ダウジングの魔法効果か判んないの!」
その場に居合わせ、一番不安を感じ、訳が分からないからこそ二人に相談したのに、詰問されるような言葉にムティアが噛みついた。
「わりい、落ち着けって。今は少しでも情報が欲しいんだ。気を悪くしたなら謝る」
そういって頭を下げるアスカに、ぶちぶち言いながらムティアも声を荒げたことを詫びる。
「……なんにしても俺達3人の誰かが付いてアイツの暴走を監視する。いいな!」
逸る気持ちが口調に現れ、セザールが強い調子で言った。
「そんで、いまアリーシャはどんな様子なんだ?」
当然使い魔で監視していると思ったアスカが二人に訊ねる。
「どうなの?」
「どうなんだ?」
ムティアとセザールが互いに指さし、顔を見合わせる。
「……仲いーな、おまえら」
苦笑しながらアスカが家を急いで出ようとすると、ちょうどマックスと行き会った。
「おう、ちょうどよかった。アリーシャは?」
しかしそれに、慌てた様子のマックスが大きくかぶりを振った。
「一人で世界樹に入っていってしまった。俺では追えないからお前を呼びに来た」
その話を聞いたムティアが悲鳴を上げた時にはアスカはもう走りだしていた。
「フラグ回収、はえーな」
世界樹を目指して。
* * *
「なんでも考え、なんでも知って、なんでもかんでもやってみよー!」
一人で腕を突き上げたアリーシャは、梢を伝って世界樹の枝に飛び乗った。
世界樹の葉は風もないのにさわさわと揺れて心地よい音を立てている。
背後からマックスの気遣う声がするが、だいじょーぶ、だいじょーぶ、と軽く流して先に進む。
世界樹は大きさは別として、その見かけだけは普通の樹木と変わりが無いように見える。つまりは“普通”の樹木なのか、【適正化】されたものなのか、という意味合いでだ。
「実や葉が採取できるならば普通なのかな?」
アスカの反対で禁じていたが、一枚ぐらいいいかな、と葉に手を伸ばし、慌てて引っ込める。
「いやいや、ルールを決めた側がルール破ってたら、誰も守ってくれなくなるじゃない。ダメダメ」
と自分を戒める。
世界樹の麓の街では、自然に落ちてくる葉や実を採集して生計を立て、世界樹自体を傷つける行為は禁忌とされているという。
その土地に住む人々の禁忌を尊重し、それを侵さずに互いの妥協点を探す。前世の仕事での基本であり、習い性はいまもアリーシャを形作る大事な核であり、今も正しいと信じている。違えるつもりは無かった。
自分が乗る太い枝に座り込み、手を当て魔力を送り込む。
--すごく魔力が通りやすい
世界樹に魔力を流し、その中の構造を読み取ることに集中する。だが、その世界樹から返る心地よい反応にアリーシャは陶然とし、その調べに耳を傾けた。
--人間なんて混沌そのものだ
今の浮遊島に居る僅か155名の人たちですらまとまる事の出来ない人間達。自分を含めたそんな者達とは比べ物にならないほど静謐で、心を穏やかにしてくれる時間であった
「斯く在れ、か」
神に定義され、人がそう在るなら、なぜ人は、こうも混沌としているのだろう。
それこそが世界を作ったのが秩序神ではなく混沌の悪魔である証拠ではないだろうか?
しかしそうした疑問も、世界樹から返る魔力の調べに身を委ねると、どうでもいい気がしてくる。
さわさわとした葉の調べは、まるで金属音のような静かな高音としてアリーシャの耳に届き、身の内に返る魔力の波動はまるで意志ある言葉のようにアリーシャの身体を満たし、共鳴していった。
「アリーシャ!」
赤毛の少女の姿を認めたアスカが叱咤するように叫んだ。
しかし、その目の前でアリーシャは、スルリと落ちた。
バランスを崩したのではない。
まるで世界樹の枝など無いかのようにそれをすり抜け落ちていった。下には……何もない。
アスカは考えるよりも先に飛び出し、枝を蹴り、勢いをつけてアリーシャに迫り、その身をキャッチした。
そして鎖がまを振るって枝に鎖を掛けて、何とか落下を免れた。
「ふう」
一息ついたところで、アスカは異常に気が付いた。
* * *
スルリとアリーシャが落下する光景をアスカの背後でセザールとムティアも目撃していた。
そして【天蓋】を突き抜けて落下していくアリーシャをアスカが追い、それを抱き止め、枝に取り付いて一息ついたアスカも、【天蓋】の下にいた。
そして天蓋の上にはアリーシャと一緒に居たはずの小人さんと魔臓が残されていた。
「あれ?」
灰色の肉の卵と抱き合う小人さんが、コテン、と転んでそのまま天蓋の上を滑っていく。
「いけない!」
飛び出したムティアが、スライディングのように小人さん達をすくいあげる。
「むーちゃん!」
我に返ったアリーシャが下から叫ぶ。
「リーシャはそのまま行って! こっちは何とかする。下へ! わたし達を助けに来て!」
「そいつの言うとおりだ、こっちは任せろ。アスカ、アリーシャを頼んだぞ!」
騎獣に飛び乗り、見失わないようムティア達を追うセザールを見送る。
「どうする?」
アスカの問いに、アリーシャは心配そうにムティアが滑っていった方向……混沌山脈があり、その向こうに灰色の砂漠が広がっている方向をしばし見つめていた。
だが、意を決してアスカに顔を向ける。
「行こう!」




