(180)チャット三昧 その1
短いです
「いー天気だ」
こんなにゆっくりと空を見上げたのはいつ以来だろう。
まだ肌寒さは残るが冬の寒さも随分と和らぎ、陽の光に春の温かさが感じられる。
まだ雪に覆われているが、アチコチから地面が覗き、緑の芽吹きも見られた。
視界一杯に広がる青空と白い雲。
不意に視界に影が差した。
「なにをなさっているのですか?」
「なにもしていない」
「では、少しお話しませんか?」
「なにもしていない、をしている」
ワザと面倒な返答を返す。
これで呆れて、離れてくれればいいのに。
しかしその期待に反して、声の主は布を敷き、すぐ隣に腰かけた。
視界の隅に、風に軽く煽られた赤毛が揺れる。
何故だかひどく落ち着かない。
今の自分には何もやることが無い。
やらなければならないことがあったはずだが、それももはや遠い。
* * *
『斯く在れ』として魔王に創られた黒騎士は、魔王が消えたことで目的を失った。
そしてスライムと化した魔王が転移で消え、またそのスライム自体も消滅したことを直感で感じ、存在意義も失ってしまった。
手持無沙汰だったので、大規模転移で混乱したゴライゴウで救助の手伝いやガレキの片づけなどを行ったが、既に2週間以上が過ぎて、やることもほとんどなくなり、また、その暇つぶしにも飽きた。
「お前が氾濫を起こしたのか」
騎士団長を名乗る見覚えのある男が詰問してきたりもした。剣を抜いてはいないが、強い殺気を感じる。
--適当に答えて、わざと斬られて終わりにしようか?
そんなシニカルな気持ちも湧き上がるが、男の真っ直ぐな視線に、その気も失せる。
こういう生真面目な奴は嫌いじゃない。憧憬の念すら覚える。
「そういう事にしろ、という命令を受けてはいたが、興業が無くなってしまったので、お役御免だ」
命令だからそうしていたが、その意味が失われたのだ。ならばわざわざ隠し立てする義理もない。
「聞き方を変えよう。岩巨人以外の各地の氾濫も魔王の仕業か」
「そうらしいな」
「では魔王の目的はなんだ」
「さあな。俺にグリゴリを名乗らせたのは、王国を混乱させるためだと言っていた。だが、混乱させてどうする、ってことまでは知らん。そいつは魔王より、プロデューサーの方がこだわっていたな」
各地の魔の領域に干渉し、故意に氾濫を起こす。それは魔王の仕業だが、それもプロデューサーの意見に魔王が踊らされていた節もある。
「その【プロデューサー】というのは、こいつか?」
騎士団長の持つ鏡が一人の人物の姿を浮かび上がらせる。
年甲斐もなく妙に若っぽい服を纏った中年の男だ。タイトルを付けるならば、自称・伊達男、と言ったところだろうか。
「ああ、コイツだ。どうにも話し方が鼻に突くヤツだったな」
「……協力、感謝する」
騎士団長はそのまま、足早に立ち去っていった。
「まあ、もうどうでもいいか」
* * *
「まあ、もうどうでもいいか」
「何がですか?」
現実逃避の為にしばし過去に思いを馳せていたが、つい漏れた独り言に、横に座る女性がすかさず訪ねてくる。
そのテンポが心地よい。
「なんでもない。今さら考えても過去は変わらない」
「ですが、未来を変えることはできるでしょう?」
「俺の存在理由がないのだ。今さら未来など……」
ついつい、シニカルな言動をしてしまう。悪い癖だ。上に立つ者がこれでは良くない……なんのことだ?
「理由が失われたのなら、別の事をされるのも自由ではありませんか?」
「存在し続ける理由がない」
「つまり……死にたいのですか?」
直接的な女の言葉に思わず吹き出す。
「そうではない……いや、そうなのかもしれないな」
黒騎士は上半身を起こす。一瞬だけ横に座る女の顔が視界の隅をかすめるが、故意に意識をそちらに向けない。
「俺は目的を持って創られた者だ。その目的が失われても、存在し続けていいのか、疑問がある」
「理由が無ければ生きていてはいけないのですか?」
「目的を達成できない道具に、書けないペンに、鳴らない楽器に、存在価値はない」
しばし、二人の間に沈黙が落ちる。
「……その子は、生まれたときから、いいえ、生まれる前から目的を与えられていました」
「……………………」
女が突然関係のない話を始めた。しかし黒騎士は黙って耳を傾ける。
「男だったら力を付けて家を継ぐ。女だったら父の選んだ男との間に子を為す。その子は女の子でした。だから、恋などというのは夢物語で、父の言う事に従い続けるだけのお人形であることが、その子の存在理由でした。でもね」
そこで女がウフフ、と笑う。
「父の選んだ男は、わたくしに選べというのよ。驚きましたわ。だって、自分で何かを決めていい、なんてはじめて言われたんですもの」
「それは当然のことだ。結婚は本来、愛し合う者同士がするものだ」
「結婚は本来、家同士がするものですよ?」
「そんな価値観、クソくらえだ」
「まあ」
その下品な物言いに、女性は非難の混じった声を上げる。
「……失礼。生まれが下品なもので」
それが魔王に創られた事を言っているのか、別の意味があるのか、言っている当人にも解らなかった。
「ええ。言い方はともあれ、おっしゃっていることはその通りですわ。今ではわたくしもそう思っております。ですから、」
そこで女は身体をくねらせ、覗き込んできた。
視界一杯に広がる茶色の瞳と、悪戯っぽい笑みと赤毛に目を奪われる。
「ですからそんな、生み出された理由なんて“クソくらえ”な考えなどに捕らわれず、ご自分のやりたいことをされたらいかがですか?」
しかし、それに応えはない。
* * *
性急すぎたかしら?
女性は兜を被った黒騎士を見つめながら、反応のない相手に不安を覚える。
しかし、黒騎士の兜の隙間から、あ、とか、う、とか、言葉にならない声が漏れている。
と、おもむろに黒騎士が脛を地面に着ける奇妙な姿勢を取った。ここではない世界で『正座』と呼ばれる姿勢だ。
鎧を着て、こんなこともできるのかしら?
明後日の方向の感想を抱くブリージダに黒騎士が裏返った声をあげる。
「一目ぼれだ。結婚してくれ」
「まあ」
思わず喜色を込めて応じる女性。
「お気持ちは嬉しわ。ですがあいにく、わたくしは既に結婚しておりますの」
「その男が羨ましい。代われるものなら代わりたいものだ」
「あら、お上手。でももしかしたら、変われるかもしれませんよ? あなた次第ですけども」
「それはどういう?」
まるで少年のような黒騎士の性急さに、女性は余裕を持ってゆっくりと応じる。
「……貴方、お名前は?」
「黒騎士だ」
「それは名前ではないわ」
「俺を作った存在にそう名付けられた。だからこれが俺の名前だ」
「はたしてそうかしら? 貴方の中に別の名はないのかしら?」
「別の……名前? ……わからない、あるような気もする。『狂王グリゴリ』、いやこれは役割の名前だ。俺の名ではない」
頭を抱えて、まるでイヤイヤをするように身体を揺する黒騎士に、
「いいわ、ムリをしないで。また、お話をしてくださる?」
「喜んで!」
その前のめりな返答に女性は微笑み、黒騎士と別れた。
* * *
--以上!
--ととさまぁ
ブリージダの報告にアリーシャは反応に困っていた。
「両親のコイバナ、チャットで聞かされても反応に困るよな」
「そう、まさにそれ!」
1時間後に次話投稿予定




