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(166)児戯_2

「あーもう、めちゃくちゃだよ。なんで魔王様出てきてんのさ。四天王だって揃ってないし、決め台詞も決めなきゃだし、……ああ、黒騎士まで。ダメじゃん! 全部グリゴリのせいにして王国乗っ取る段取りがパーじゃんかよ」

 水晶球を通して視るその光景に、貧乏ゆすりをしながら爪を噛んだ。


     *    *    *


 黒騎士とドレス姿の妖艶な笑みを浮かべた女性を、王国騎士が取り囲む。

 竜を模したフルフェイスの兜に黒い鎧、そして黒い翼を持ち、その大半は黒色であったが所々、焔を思わせる暗赤色の光を放つ黒騎士。

 しかし黒騎士の戦い方は王国騎士達にとって見慣れたものであったため困惑が広がっている。

 グリゴリ王。

 自らが剣を捧げた主に酷似した戦い方と立ち振る舞い、そしてつい先ほど同僚の騎士が魔物に変化させられた事実に、騎士達の剣はどうしても鈍っていた。

 また、ドレス姿の女性も一部の者は見知っていた。

 アリーシャ姫の護衛隊の隊長を務めるアーノルド・バッコ騎士卿もその一人であった。

「マリア、か?」

 アンズーマリーでの巨大な混沌との戦いの後、行方知れずであったアリーシャ(とニナ)の戦闘の師にして年齢不詳の高級娼婦。

 以前と変わらぬ姿で、真冬の屋外にも関わらずドレス姿でいる。違いがあるとすれば首に巻いた包帯であったが、発声に問題がある様子はなかった。

 そして意識を失い、黒騎士に荷物のように担がれた自称、魔王ケルシュタインの金髪の青年。


 包囲する王国騎士とその先頭に立つ底抜け姫アリーシャが三人と対峙した。


     *    *    *


 黒騎士は肩に担ぎ上げた魔王様と傍らのドレスの女、そして十重(とえ)二十重(はたえ)に取り囲む騎士達を見回す。

 黒騎士は思った……これからどうしようか、と。

 魔王様の命令で、魔王様の警護をしていたが、それは本来の役目ではない。やることがないので、「強者っぽさを出しながら僕の斜め後ろに立って僕を守れ」、との命令に従っていた。

 しかし目の前から突然主が消えたので、その斜め後ろに立つために追って出てきたにすぎない。

 そしていま、魔王様をお守りしているが、この後どうすればいいのか、何も思い浮かばない。

「宅の坊やがお邪魔しました。今日のところはお暇させていただきますわ。では、みなさま、御機嫌よう」

 仲間の女がそう嘯く。なるほど。だが、

「アイツハ、イイノカ?」

 黒騎士の指が赤毛の少女を指す。

「ああ、そういえばそうね。坊やのお嫁さんを連れて帰らないと。お前たち、坊やを運んでちょうだい」

 パンパン、と使用人を呼ぶように女が手を打つと二体の使い魔……山羊の頭を持った執事と上半身裸の大男……が現れ、黒騎士から魔王を受け取る。

 そして黒騎士は無造作に目標である少女に近づき、手を差し出す。

「来イ」

 だが黒騎士との間に数名の騎士が立って、少女の盾となる。

「未熟」

 黒騎士の翼から次々剣が飛び出し、騎士達に襲い掛かる。

 それは使い魔のように自立的に動く飛ぶ剣であったが、同時に黒騎士の身体の一部であり、その剣技は黒騎士の技量に準じている。

 勿論、本人のそれよりは幾分劣るが、それでも黒騎士の七割程度の技量の剣士が数十人、連携しているようなものだ。

 並みの騎士では足止めにもならない。

 周囲では飛ぶ剣で傷を負った騎士が多数、倒れ、膝を突いている。

 負傷者は同僚の騎士の手によって後退させられており、幸いまだ死者は出ていないが、このままでは遠からず被害を出すことになるだろう。

「死ネ」

 未熟な若い騎士を串刺しにすべく飛んだ剣がピタリと止まった。

 若い騎士の前に両手を広げて、赤毛の少女が立ちふさがったのだ。


     *    *    *


「ドケ」

「わたしを連れて行きたければ連れて行けばいいでしょう。その代わりみんなは見逃してあげて」

「お、お前は、またそんなこと言って。退け! 俺がお前を守るんだ」

「退かない!」

 庇われた若い騎士が怒鳴るが、少女はかすれた声で精いっぱい大きな声で抗弁する。

 そして、赤毛の少女は黒騎士を見つめる。

「ととさま、なのでしょう? みんなを、王国の騎士を、民をその手で傷つけたら、ととさまが苦しむ。だから止めて。わたしはどうなっても良いから」

「あほう! グリゴリ王の為にお前が犠牲になったら王様が苦しむのが判んねーのか、おたんこなす!

「ととさまは……グリゴリ王はこの国に必要な方。わたし、いや底抜けで異端で王国の『装置』の犠牲で国王が救えるなら、安い取引だ。さあ、どうだ」


     *    *    *


 傷を負った護衛騎士のセザール・クロムウェルと、その前に立って盾となる護衛対象のアリーシャ姫。主客逆転したその状況に、黒騎士と二人の周囲にだけ、暫しの静寂が生まれた。

 しかしその周囲では黒騎士の使い魔である剣が縦横に飛び回り、被害を増やしていく。

「……オ前ハ、連レテイク。他ハ、イラナイ」

 黒騎士はアリーシャに手を延ばすが、飛ぶ剣を止める様子はなかった。


「爆裂スーパーファイナルスマ~ッシュ!」


 上空からそんな叫びと共に、黒騎士を炎が襲う。

「フン!」


 ガキン!


 黒騎士はそれを手にした剣で受け、周囲に炎が飛ぶ。しかし炎を纏った剣を受けた黒騎士の剣は折られ、剣先が飛んで近くの地面に突き刺さる。

「う、そ……」

 突然現れ、アリーシャと黒騎士の間に立った人物に、アリーシャは驚きの声を上げる。

「まだまだぁ!」

 攻撃の主は炎を纏わせた剣を両手で持ち、黒騎士に剣戟を加える。黒騎士の肩ぐらいの身長しかない小さな相手の剣は、黒騎士の目から見て基本のなっていない素人の剣であった。しかし、

「速イ」

 肉体強化魔法だけではない驚異的な身体能力で技術の差を埋めてくる小さな剣士の攻撃に、折れた剣を捨て、翼と体術だけで対処する黒騎士。

 しかも魔法で剣に宿らせた炎には、尋常ではない魔力が込められ、剣であり盾にもなる黒騎士の翼に傷を与えていく。

「ダガ、コレデ!」

「後ろ!」

 完全な死角から飛ぶ剣が襲い掛かり、アリーシャが警戒の叫びを上げる。

 しかし、小さな影はまるで最初から判っていたかのように体を捻って背後からの攻撃を躱す。

 一回だけの偶然ではない。

 黒騎士の操る剣雨を死角からの攻撃も含め、全てギリギリでよけていく。

「なんなんだ、あの娘は」

 回復魔法で傷を塞いだセザールはアリーシャの盾になりながら、目の前で繰り広げられる黒騎士と炎の剣を持つ少女の一騎打ちにうめき声を上げる。

 しかし、それも長くは続かなかった。

「ナルホド、ソノ歳デ見事。ダガ……」

 新たな剣を握る黒騎士。

「剣ガ!」

 黒騎士の剣が少女のそれを弾き飛ばした。

「未熟!」

 どれほど身体能力に優れていようと剣術においてはやはり素人。黒騎士は勝利を確信する。しかし、


 どん!


 一瞬後に黒騎士は自らの迂闊さを恥じる。

 剣を弾き飛ばした瞬間の僅かな気の緩みの隙を突かれ、懐に飛び込んだ少女の掌底が黒騎士の臓腑に衝撃を与えた。

 手足に力が入らず、膝を突いた黒騎士の首の後ろに少女の回し蹴りが入り、その勢いのまま黒騎士の兜を地面に叩きつける。

「リーシャに手ぇ出す奴は、わたしが許さない!」

「むーちゃん!」

 炎の剣を持つ少女、マテス村のムティアにアリーシャは飛びつくように抱きついた。


     *    *    *


「なにやってるのよ、情けない」

 倒れた黒騎士の近くに、ドレス姿の女が降り立ち、その脇腹を蹴飛ばす。

 とは言いながらも、女の方もさすがに多勢に無勢でドレスがボロボロになり、あちこち傷を負っている。その女に対し、追撃が加えられるが、飛ぶ剣が攻撃魔法を叩き落としていく。

「ウウ、一瞬意識ガ飛ンダ」

 黒騎士が頭を振りながら、ゆっくりと立ち上がる。その間、女のドレスの先がまるで鞭か触手のように動き、飛ぶ剣と共に攻撃を防いでいく。

「仕方が無いわ。お嫁さんはまた今度にしましょう。またね、お嬢さん」

「逃がすわけが無いでしょう」

 市街の不死を討伐して戻った騎士団長クロムウェルが包囲され、逃げ場のない黒騎士と女に剣を向ける。

氾濫(スタンピード)】について話してもらうぞ……無理やりにでもな」

 豪族シグルドの族長ブルギが続く。

「……それをして何人死ぬかしら? 自らが仕える王の手にかかって死にたい王国騎士はくればいいわ。主従で血みどろの戦いを演じなさいな、どちらが死んでも面白い見ものになりそうね」

 騎士を従えたシグルドのブルギの言葉に、ドレスの女が妖艶な笑みを浮かべながら煽る。これまで王に似ている、とは思っていてもハッキリと相手からそれに言及されたことで騎士達に動揺が広がる。

「……例えグリゴリであっても関係ない」

「……いいわ、では、殺し合いましょう」

 妖艶にして壮絶な笑みを浮かべて、ドレスの女が嗤う。


「……させないって言ってるでしょう。グリゴリ王にも、王国の騎士にも、民にも手を出さないで!」

 王国騎士と黒騎士達の間にアリーシャが入り、両手を開く。

「わたしが、」

「犠牲になればいい、ってか?」

 ゴキッ、という鈍い音が響き、半裸の大男風の使い魔の腕が折られ、担いでいた魔王を取り落とした。

 それをひょいっと担ぎ上げた小さな影が、身軽に跳びのき、アリーシャの横に立つ。

「よお、魔王様の命が惜しければ、大人しく降参しな」

 意識のない金髪青年の背後から、鎌の刃を喉にあて、金髪ツインテールの少女がにやりと嗤った。


     *    *    *


「人質トハ卑怯ナ! 恥ヲ知レ!」

「坊や、ぼうや~、坊やを返して、人でなし!」

 魔王を人質に取られたドレスの女が悲痛な叫びを上げる。また、王国の騎士達も、

「何者だ、道化か?」

「例の【金床の聖女】……レッドデーモンだ」

「人質とは……卑怯な」

「あ、あれぇ?」

 鎌を手にした少女……言わずと知れたニンジャガール・アスカは、助太刀したはずなのに否定的な目で見られて大げさに首をかしげる。

「卑怯でもなんでも、これが一番効率的じゃないか。洗脳されてるっぽい王様も武装解除させられるし、被害も出ないし、無論、コイツだって殺すつもりはないし、なんだよ、なんだよ、ちくしょうめ」

 大声で反論する意気地のないアスカは、ぶちぶちと口の中だけで反論するが、すぐ近くに居るアリーシャの耳にすら届かない。

「ひきょーが、なんだ!」

 声に魔力を乗せ、腕組みしたムティアが吠える。

「正義のためなら全ての手段が正しい! byヘンリル」

 生きるか死ぬかの戦場で、子供向け冒険活劇の主人公の台詞を引用する少女ムティア(15歳)。

「いや、それもどーかと」

 アスカは独り言ちるが、いやいや、と首を振り黒騎士達を睨み付ける。

「事情はよく判んねぇけど、魔物の氾濫にも関係してるみたいだし、アリーシャを傷つけようとした、お前たちは敵だ。敵の事情なんか知ったことか。降服しろ」

 なるべく荒々しく聞こえるように大声を張ったアスカに、黒騎士は剣を捨て、ドレスの女は両手を上げた。


     *    *    *


 何かが聞こえる。

 魔法によって強制的に活動を抑制され途絶えていた思考が、ゆっくりと回復していく。

 耳は正常に働き、捉えた音を電気信号に変えて脳に伝えていく。しかしその信号の意味を理解する脳はまだ本調子ではない。

 だが、少しづつ状況が判ってきた。


 人質、敗北


 仲間が人質に取られるのはいい。それを救いだすのが主人公(ヒーロー)の役目だ。

 救いだせなくてもいい。それは主人公の葛藤のドラマとなるのだから。

 苦戦もいい。最後に勝てばいいのだから。


 だが、しかし、


 主人公が人質に取られて仲間が降伏するなど、言い訳しようもなく格好悪い。

 女主人公(ヒロイン)ならば、それも良いだろう。だが主人公(ヒーロー)でそれはあり得ない。


 そもそも、魔王なのだ、僕は。

 畏怖され、絶対的な力で、無双するのだ。

 神の力(チート)チート(ズル)するのだ。

 苦戦しても負けないのだ。

 完璧で、傷一つなく、負ける確率はゼロパーセントで、絶対で、完璧で、100パーセントで、完璧なのが、今の僕だ。

 そうした。なのに、そうならなかった。


「いらない」


 完璧な自分の予定に水を差されたケルシュは、途端にやる気を失った。


     *    *    *


 アスカが掴む青年の感触が突然、不確かなものになった。

 慌てて手元を見ると、昏睡していた金髪の青年の姿は崩れ、ブヨブヨとしたスライム上のモノに変化していた。

「うっわ、きもちわりぃ、スキル【縮地(ショートテレポート)】」

 アスカは元魔王のスライムから脱出し、呆然としたアリーシャを担ぎ上げて包囲する騎士達の元まで駆けた。

 様々に色と姿を変えるスライムは、少しづつ広がっていた。

「攻撃!」

 騎士団長の命令で魔法が撃ち込まれていく。しかし、魔法を受ける度にスライムは動きを活発化させ、その大きさを増やしていった。

「魔王の正体はスライムだったのか?」

 アスカの言葉に、アリーシャが違う、と首を振る。

 スライムは、様々に形を変え、色を変えている。その一点を凝視すれば、そこに意味がありそうに思え、理解できそうな気がする。

 しかし総体としてみればあまりに雑多で取り止めもなく、不定形で、ランダムであった。

 アリーシャはそれに見覚えがあった。

「あれは【ナニカ】……【混沌】だ」

 スライムの中の、赤い眼が嗤った。


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