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(132)チートアイテム×知識チート

 人語を介する魔物達……魔人……への誤解を解いたアスカは、槍持ち蜥蜴人(ヤンドン)の求婚を振り切り、ドワーフ親父の背中に近づいた。

 (異世界の言葉で)マダムと呼ばれているドワーフ親父は、様々な道具が並ぶ場所の近くで、道具に手を伸ばして掴んでは、放すということを繰り返していた。

『なにやってんだよ』

 言葉が通じる気安さで言葉を掛けながら、ドワーフが放したハンマーに手を伸ばし、ひょいっと持ち上げた。

「! ******!」

 マダムが突然、大声を上げ、びくぅ、っと身体が驚愕に震える。

『あ、触っちゃダメだったか。わりぃ』

 すぐにハンマーを元あった場所に戻した。

 それを見たドワーフがハンマーに手を伸ばし持とうとするが、持ち上がらない。

『そんな重くないだろ?』

 しかし、明らかに体重をかけて持ち上げようとしているが、ハンマーが持ち上がらない。単純な重さの問題では無さそうであった。

 そこに怒声を上げて、魔物達の包囲を抜けたモノトーンの制服の一団が近寄ってきて、魔人たちと道具類の間に割り込んできた。

 その血走った眼と口角を歪めて何かを怒鳴る生の感情をむき出しにした様子に、アスカは思わず恐怖を覚える。

 蜥蜴人もやってきて説得するように言葉を継ぐが、逆効果で更に大声でがなり始め、一切他人の意見に聞く耳を持っていないようだ。

 周囲からはずっと続いていた祝詞のような合唱が一際大きくなっていく。それに押されたように押し寄せた集団は、次々に道具類に手を伸ばしていく。


--殴り倒したらダメかな?


 暴徒によって略奪されてしまうかと思ったがしかし、誰一人として道具を持ち上げることができない。

 業を煮やした一人が魔法を唱え、鋭い光が道具を置いている台を打った。

 避難じみた怒声が上がる。しかし、台には傷一つつかず、道具も無事であった。

『おい、やめろよ』

 制服集団の背後からその襟首をつかみ、無理やり引きずって背後に捨てる。

 仲間らしい近くのヤツが、殴りかかってくるが、むしろその方がやりやすい。剥き出しの人間の感情より、直接暴力の方がまだ、今のアスカにとっては対処しやすいモノであった。

 ヒョイッとそのパンチを避けて、あっさりと投げ飛ばす。リアルでは全く縁が無かったが、今のアスカは体術スキルの助けを借りて、格闘術のエキスパートと化していた。

 だが、具体的な反撃に出たことで、暴徒たちは更に激昂し、次々に呪文を唱え始めた。

 かつて立ち寄った村にて攻撃魔法で殺されかけた記憶から、アスカは考えるより早く行動していた。

 呪文を唱えた側からすると、アスカの姿が掻き消えたように見えただろう。そして次の瞬間には背中に強い衝撃を受け、青空を見つめていた。

 瞬時に5人の男を倒した少女に、暴徒達も思わず後ずさる。

「******!」

 そこに十数騎の騎馬が誰何しながら登場し、道具類と大きな短刀が鎮座する辺りに分け入ってきた。

 よく見ると騎士たちが駆る馬は暗緑色の光を放ち、牙を持ち、ねじくれた四肢を持つ怪物じみた馬(?)であった。

 また騎士たちも兜の中から浮かぶのは眼窩の落ち込んだ死者のそれであり、やはり暗緑色の光を薄っすらと放っている。先ほど誰何した人物は暗緑色の光を纏っていないが、髑髏を意匠した兜を被っている。

 白黒制服のリーダー格らしい男と髑髏の騎士が押し問答のような形になり、その間に立って蜥蜴人が何か言葉を挟むが、それに白黒制服が更に激昂して収拾がつかない。

『まったく、このトンカチが何だってんだよ』

 事情が分からないアスカはヒョイッとハンマーを持ち上げる。

『ん?』

 急に静かになったので周囲を見ると、皆アスカを凝視していた。ドワーフ親父だけが、やれやれ、という風に首を振っている。

『な、なんだよ』

 近くにいた制服男がアスカに手を伸ばしハンマーを取り上げようとする。

『わ、こら、どこ触ってんだ』

 アスカの手からハンマーがポロリと落ちて、手を伸ばした別の男がそれを掴んだ。しかしハンマーはまるで強力な磁力で吸い寄せられるように元の位置に戻っていき、それに引きずられた男が悲鳴と共に手を放す。

 定位置に戻ったハンマーを、制服集団、魔人たち共に凝視した後、ぐるん、と首が動きアスカを見る。

『アスカ』

 ドワーフ親父がアスカを呼び、また周囲の人だかりを退かさせた。

 半円状に囲む制服集団&魔人&髑髏騎士団の視線を受けて道具類の前に立つアスカは途方に暮れてしまう。

『いやいや、マダム親父、俺になにしろってんだよ』

 ドワーフ親父が対語表で示しながら道具を持ち上げようとする。

 『私』『いいえ』

 しかし持ち上がらない。体重をかけているので、振りとかではなく、本当に持ち上がらないのだろう。

 『できる』『?』

 アスカを指さしながら、再度対語表で問う。

『あれか? 選ばれた者だけが扱えるとかそういうことなのか? 聖トンカチ、エクスカリバー、とか』

 言いながら“やっとこ”や各種の“はさみ”やナイフ、縫い針など、道具類を持ち上げたり、ふいごを吹いたりを次々していく。真似した他の者は誰も同じようにできない。アスカだけがそれを使うことができた。

 明らかに白黒制服の男たちは動揺している。

『アスカ、ツクル』『?』

 対語表も使ったマダムの言葉にアスカは少し考える。これらの道具を使って何かを作れということだろう。

 咄嗟に思い付いたのは服飾であった。幸い縫い針はあったし、道具類と一緒に様々な色、太さの縫い糸も用意されていた。

 しかし、これだけのギャラリーを前にそれは地味だな、と頭を捻る。

『できるか判んねぇけど』

 いっちょ派手にやるか、と自分のインベントリから鉄のインゴットを取り出した。

 そして“やっとこ”でインゴットを摘まみ、見よう見まねでインゴットを炉にくべた。

「ほう」

 息を吐くような静かな感嘆の声が広がる。意外なことに白黒制服の一団が誰よりも熱心にアスカと彼女が扱う道具を見つめていた。

 鉄を熱するのにどの程度の時間が必要か判らないが、テレビで見た刀鍛冶の映像を思い出し、鉄の具合を想像すると、それに呼応するようにふいごが独りでに動いて炉の温度が上がり、見る見る内に鉄を灼熱に染めていく。

 しかもそれほどの熱に晒されているにもかかわらず、“やっとこ”に変化はなく、それを持つアスカの手にも熱は伝わってこない。輻射熱も感じるが火傷をするほどではない。

『すげー、魔法の不思議金属ってやつか』

 灼熱の鉄を取り出し、金床に乗せてハンマーを振り下ろすと、甲高い音と共に火花が散り、鉄が少し形を変えていく。

 鉄を熱して柔らかくして叩いて形を整える。

 アスカにとっては当たり前の工程が、物作りを魔法に頼ってきた人々にはまるで奇跡のように見えていた。


 左手の“やっとこ”に握られた灼熱の鉄はまるで左手の延長のように、

 左足はまるで金床その物であるようにその傍らで踏ん張り、

 右手に握ったハンマーが振り下ろされる度に、カァン、カァンという甲高い音が周囲に響いた。


 かつて左足を金床に変え、自らの左腕を贄にして【生贄の短刀(サクリファスナイフ)】を生み出した創世の神、秩序神のごとく、アスカは鉄を打っていった。

 むろんアスカに鍛冶仕事の経験など無く、テレビや創作物を見て覚えた知識だけがよりどころであった。しかしクサリガマを扱い、またスキル中心のキャラクタービルドであるアスカは、高い器用度と知力・知覚力を備えていた。

 当人の能力と、その意思に応じて火力が変わる炉のおかげで、鉄の塊は少しづつアスカの望む形に整えられていった。

 そして焼きを入れたあと、砥石を探すと、すぐ近くにそれを見つけた。先ほどまで確かにその場所には無かったはずだが、誰も気づかない内にそれがあったのだ。

 砥石に水をつけて刃を砥ぎ、またインベントリから素材の革を取り出して裁断機でリボン状に切り、それを持ち手に巻きつけ、最後に糸と針を通して固定する。

 その間、ギャラリーに言葉はない。

『なんちゃってナイフ、かんせ~!』

 周囲のギャラリーの緊張に耐えかねて、お道化た様子で作った不格好なナイフモドキをかかげるが、もちろん誰も笑ってくれない。

 先ほどまで一番激昂し、一番血走った眼をした白い服に黒のアクセサリーを付けた男が前に進み出た。

 しかしその表情にアスカは思わず後ずさる。

 歓喜に震え、涙を流し、這いつくばらんばかりの勢いでアスカの足元に平伏し、何事かブツブツと言い始めたのだ。すると彼の仲間も次々平伏し、その呟きは重なり、祈りの言葉となってアスカとその背後の道具類に対して熱を帯びていった。

 男は這いつくばりながら、両の手の平を上にしてアスカの前に出した。


--ナイフをくれってことかな?


 見よう見まねで作ったナイフは到底人に渡せる代物ではない。アスカは否定の言葉を告げるが通じない。

 もらえないと分かると今度は男はアスカの背後に手をまわし、友好的なそぶり且つ有無も言わさず連れて行こうとするが、マダムや髑髏の騎士まで間に入ってそれは阻止された。

 事情が分からずマダムに問うが、ドワーフ親父も困ったように対語表を示す。

 『話し』『いいえ』

 制服男に話しが通じないという意味か、説明できないという意味かは判らないが、答えが手に入ることは無さそうであった。

『おい』

 業を煮やした……というか面倒になったアスカは大声で注目を集め、対語表を取り出した。

 まずモノトーンの制服集団を指さし、対語表で『行く』『いいえ』を示す。髑髏の騎士に対しても同様だ。そして魔人達を示して『行く』『はい』を示して、ドワーフ親父の背後にそそくさと移動した。

 男はドワーフを呪い殺さんばかりの眼で睨んだ。

 するとドワーフはやはり不思議道具の内、縫い針を持ち上げ掲げて見せてから、ふふん、と制服男を鼻で笑う。

 バカにされた制服男が手を伸ばしてきたので、親父はその手に縫い針を置いた。しかし針は男の手の平に留まることなく元の位置に戻っていった。

 激昂する男に仲間が何事か囁き、その場は退散していった。

『なんだったんだよ、いったい』

 アスカは疲れたようにその場で座り込んだ途端、ドワーフ親父に怒鳴られた。どうやらミニスカで股を開いて座ったせいらしい。

『あー、判ったよ。女の子じゃねぇんだけどな』

 宥めるつもりでドワーフ親父の手に無理やり作り立ての鉄のナイフを置いた。

『やる。色々ありがとな』

 顔を赤くするドワーフ親父とか誰得だよ、と笑いの発作に襲われるアスカ。

 髑髏の騎士が文句ありげな様子であったが、知ったこっちゃない。

『あ、そーだ』

 笑いも一段落したところで、あることを思いついた。


     *    *    *


 【金床】

 神の左足と言われ、世界創世の神話にも登場するこの遺物は、その場所に建てられた金床神殿によって古来より管理されていた。

 しかし、金床神殿並びにその周囲の町に【混沌】を崇拝する異端者が蔓延り、ついには二百年前、神殿を含むその町が【魔の領域】と化してしまい、【金床】もまた一緒に失われてしまった。

 そしていま、アンズーマリーの街に現れた【巨大な混沌】が【神の右腕】の奇跡によって打ち滅ぼされると、その跡には【神の左手】たる【短刀】と、【神の左足】たる【金床】が残された。

 一度は混沌に飲まれながら、【右腕の奇跡】によって新生した者たちこそ、その奇跡を最も間近で見た者たちであった。

 彼らは口をそろえて言う。

「あの奇跡を起こしたのは、赤毛の少女だ」

 少女の姿、傍らにある金床と炉の赤い光、付き従う異形の使い魔たち。

 その姿は異質でありながら

荘厳で、人々はそれぞれの言い方でその時の様子を熱く語っていた。


 そして現在、【金床】は魔人を名乗る【混沌】の魔物達に占拠されていた。彼らは人々が噂する赤毛の少女の使い魔たちである(らしい)。

 それに危機感を覚えたのがアンズーマリー神殿と聖地神殿騎士団『白』である。

 神殿は遺物を失墜した権威の再盛と今後の権益の為に、騎士団は純粋に聖遺物を管理する権利は自分たちにあるという自意識によって、その場に集った。

 しかしそこで新たな【奇跡】を彼らは目にすることとなった。

 聖遺物【金床】を自在に扱い、創世神話の如き御業で短刀を作り出す【聖女】が現れたのだ。


 魔人を従え【神の右腕】の奇跡を起こして【混沌】を討ち滅ぼした【短刀の聖女】

 【金床】を自在に操り、創世の如き創造を為した【金床の聖女】


 人の口に二人の聖女の名が乗るのに時間はかからなかった。

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