(128)主役とモブの狭間~主役じゃないよ、チートだよ
『俺、主役じゃなかった』
赤い変形ニンジャ服を纏った金髪ツインテールの少女は、肩を落として呟く。
『誰もが自分の人生の主役……なんていう在り来たりな答えが欲しい訳じゃないよね』
先導する赤いクマはのっしのっしと二足歩行しながら、少年の声で応じる。
独り言のつもりだったボヤキに揶揄するような答えを返され、少女は不貞腐れた顔でそっぽを向き、暫し会話が途絶える。
『……な、なあ、』
しかし、耐えきれなくなった少女--アスカ--が躊躇いがちに声をかけるが、途中で言葉が消えていく。
『なんですか?』
しかしその小さな問いかけを聞き逃さず、クマが続きを促す。
『その、その姿、もしかしてアリーシャの親戚か? アリーシャってワーベアー……とか?』
赤いクマに変じたアリーシャを見ていたので、その同族と当たりを付けて聞いてみる。
『……あの子は兄と慕ってくれてるけど、あの子は間違いなく人間だよ、ボクと違ってね。そうだな、魂を別けた兄妹、ってところかな。ボクらに魂が存在するという前提での比喩表現だけど』
『魂……』
その言葉に黙り込みむアスカの肩で羽の生えた小さな妖精が小首をかしげる。
いま彼らは、アンズーマリー東側の市門に向かっている。その場所にはブリージダに保護されたアリーシャもいるはずだ。
二人の身体能力ならば屋根を駆けていくこともできるが、アスカを落ち着かせるために、先導する赤いクマは敢えてゆっくりと歩きながら市街を抜けていくことにしたのだ。
二人に加え、胸当てを付けた半人鳥が二人のペースに合わせて休み休み付いてくる。クマの翻訳によるとアスカと落ち着いて話しをしたいという。しかし、いまのアスカにその気はなく断ったがそのままついて来ていた。
街のアチコチで上がっていた火の手は既に鎮火していたが、そこかしこで焼け焦げた臭いが残っていた。
そして倒壊した建物に押しつぶされた死体を目にし、アスカが慌てて目を逸らす。
『死体が怖いかい?』
クマの言葉に、当たり前だろ、とアスカ。
『厭うても誰かが処理をしなくちゃならない。葬儀による生存者の心のケアが必要だし、何より放置すれば不衛生だ』
『……………随分、冷めた言い方だな』
『気を悪くしたのなら謝罪するよ。でもボクもアリーシャも前世……って言えばいいのかな。そっちでこれよりヒドイ有様は沢山見て、知って、それに対応してきたからね』
その言葉にアスカが顔を上げる。
『お前も転生者なのか!』
そっち? とクマが苦笑してから、ゆっくりと首を振る。
『よく判らない。そもそも魂のないボクらが輪廻転生したという時点で悪い冗談ですよ』
『魂が、ない? さっきもそんなこと言ってたけど、それってどういう意味だよ!』
クマは、さあ、と小粋に肩をすくめる。クマの癖に妙に様になったジェスチャーであった。
『言いましたよね。判らない、と。少なくとも元の世界でもこの世界でも“魂”を観測したという確かな話は聞いたことが無いですから』
なんとなく誤魔化された気がするが、どこを誤魔化されたのか判らず、アスカは少し間をおいてから別のことを口にする。
『……俺に、魂があると思うか?』
『多分なんと答えても貴方は納得しないでしょう? 観測できないモノの有無を論じることなど無意味です。この問題は論理ではなく感情論ですから。信じたい人が信じればいい』
……じゃあ、なんで、魂が無い、なんてさっき言ったんだ?
ふと感じた疑問は、大声で呼ばわる声にかき消された。
『“ケモミミ”!』
極東列島言語で動物の耳を持つ人間(一般的にカワイイ限定)を表すスラングを叫びながら走ってくる男がいた。使い魔に先導されているので、魔法で探していたのだろう。
「“ケモミミ”!」
唯一憶えた異世界言語で返すアスカ。因みにこれも走り寄る男が作り出した造語である。
その男、自称小説家のミコワイは、興奮した様子でアスカの手を取り、言葉が通じないのも構わずまくし立ててきた。
『だから、言葉判んねえ、って』
『心配していた、無事でよかった、助けてくれてありがとう、アリーシャちゃんは無事か、そのクマの耳触ってもいいか、ということを言ってるね。アリーシャが無事なこととボクの耳が不可触なことは伝えた』
必死にまくし立てる男の姿は、お世辞にもかっこいいとは言えない情けないモノであった。
そんな醜態をさらす男に、中身が四十男のアスカは強く手を握られており、普通に考えれば怖気の振るうシチュエーションであった。
なのに不思議と手を払う気になれない。
『……ミコワイ』
アスカが男の名を呟くと、ミコワイは喋るのをやめてアスカを見つめ、ぎょっとしたように表情を変える。
『あ、あれ?』
アスカの頬に涙が流れていた。
『なんだ、これ。おかしいな、なんで、俺、泣いてんだ。バカみてぇ、バカみてぇ』
袖で乱暴に涙を拭うが、止めどなく流れる涙にアスカは困惑し、恥ずかしそうに顔を下げる。
クマとミコワイが何事か言葉を交わす。
「アスカ」
ミコワイの言葉にも、アスカは顔を上げない。
「アスカ、アリガソ」
片言の極東列島言語にアスカが顔を上げると、情けない男は必死に笑顔を作っていた。
『アスカ、ブヂ、アリガソ、トモダヂ、ブヂ、アリガソ、アスカ、トモダヂ、アリガソ』
その言葉にアスカは再び顔を下げた。
そのリアクションにショックを受けたミコワイがクマに何事か抗議しているが、アスカは込み上がる感情と必死で戦っていた。
--嬉しいとかないから、男相手にときめいてないから、恥ずかしいセリフで羞恥心がストライキしてるだけだから
友達いない歴数十年の男の魂(?)を持つ少女は、胸を締め付ける羞恥心と戦っていた。
それは先ほどまで感じていた過去の自分の失敗にのた打ち回る羞恥心とはまた別の痛みだったが、同時に彼の心を少しだけ軽くしてくれていた。
* * *
赤いクマに連れられて東門についたアスカは、市壁の上で黒髪のイケメンと再会した。
妖精やら鴉やら悪魔やら、なんだかよく判らないモノなど、沢山の幻獣達に囲まれている。
誰かの使い魔だというそれらの幻獣は口々に主人の言葉を伝えていく。黒髪の男は時に宥めるように、時に厳しい言い方で言葉を返し、喧々諤々やっていた。
『会議が躍ってるみたいだな』
『ボクはこれからアリーシャの元に行ってくるからここで待ってて』
『じゃあ。俺も』
『アリーシャは熱を出していま意識がありません。今後のことはアリーシャと相談して決めたいからその後にして欲しい』
要望しているように見せかけながらキッパリと断られてしまった。
『へーへー』
不貞腐れた顔で顔を背けると、忙しそうな黒髪と目が合った。
険しい顔をしていたがアスカと目が合うとホッとしたような柔らかい笑みを浮かべた。
『ちっくしょう、イケメンオーラ出しやがって』
『事実アストリアスさんはかっこいいですからね、それより彼から伝言です。居なくなるのは君の自由だがアリーシャ姫が心配している。せめて顔を合わせて無事を報告してから行きなさい、だそうです。それにはボクも全面的に同意します。アリーシャを悲しませたら貴方はボクの敵になりますからそのつもりでいてください』
牙を剥きながらそう威嚇する赤いクマに、判ってるよ、とやはり不貞腐れた顔でアスカは応じた。
* * *
市門の周囲は、傷ついた人、疲れ切った人、呆然とした人、座り込む人、奇声を上げる人、怒鳴る人、泣き喚く人と様々であった。
そうした中、目の前に光る板を表示させ、何かいじっている人も多く見受けられた。
『あれって、もしかしてステータス画面とか』
アスカがミコワイを振り返ると、ちょうどミコワイもステータス画面を開いているところだった。
『おおぉ~』
感嘆の声を上げ、アスカがその画面を覗き込むが、白い画面が見えるだけで何も見えない。
ミコワイはその画面からまるで手品のように大きめの布を取り出して床に敷いて座り、アスカを手招きした。
ちょっと面はゆいがミコワイの隣に腰を下ろす。
ミコワイは画面からさらに肉の切り身と草の葉を取り出して魔法を唱えると香辛料の効いた串焼きが出来上がった。ご丁寧にお皿に乗っている。
『いや、まて。肉は判るが串と皿はどっから出てきた』
思わず突っ込むが、当然ミコワイは判らず、首をかしげている。
ミコワイは自分も一本取りながら勧めてきたので一本取って頬張る。
『……うまい』
口にしてから思い出したが、昨晩は徹夜した上に夕飯も食いそびれていたため、非常に腹が減っていた。食物を口にしたことでよけいに食欲が刺激されてきた。
ばさぁ、という羽音共に遠巻きに着いて来ていた半人鳥が舞い降りてくる。
慌てて武器を手にする者もいたが、半人鳥は周囲に何かを叫び、しばしの会話の後、戦いになることはなかった。
その半人鳥、名はジャクリーンというらしい彼女は串焼きの御相伴に預かりたいようでミコワイに強請っていた。一方のミコワイは困惑しながらもチラチラと半人鳥の胸元を見て顔を赤くしながら追加の肉を取り出した。
『ん?』
視線を感じたアスカは、近くからこちらを見ている子供と目が合った。
小学生ぐらいと幼稚園児ぐらいの姉弟だろうか。年下の男の子はアスカの手元の串焼きを凝視しているが、女の子がギュッと手を握って放さない。
そして周囲に保護者らしい大人の姿はない。
気になったが、小さな子供に話しかけたら不審者扱いされてしまう、と心にブレーキがかかってアスカが何も言えないでいると、近くで怒号が上がった。
「******、さいれんと****」
意味は解らないが、ミコワイが何かを説明してくれた。危険に備えてアスカは驚異的な脚力で飛び上がり市壁の壁面に掴まり、人並みの向こうの騒ぎに目を向ける。
一方、何気ない動きでとんでもないことをしたアスカに周囲から驚きの視線が集まるが当人は気づいていない。
『あいつら』
風に乗って漂う饐えた臭いとボロを纏った集団と、それに剣や槍を突き付ける普通の身なりの者たち。
一際身体のでかい大男が呪文を唱えると剣は焔を纏った。その炎の剣を振りかぶる姿に双方から悲鳴が上がり、思わずアスカは壁を駆けていき、先ほどの姉弟が目を丸くする。
炎を纏った剣を振り下ろす大男と、魔法の前に為す術もない痩せた男の間に赤い影が滑り込んだ。
「*******!」
アスカは、何事か叫ぶ大男の右の拳を剣の柄ごと握り込み、振り下ろす剣を止めた。
『意味わかんねぇって』
小柄な少女が大男の拳を握りしめ、大男は身動きが取れない。
すかさず大男の左拳がアスカを殴ろうとするが、アスカは男の懐に飛び込みその拳を躱しながらアッサリと大男を投げ飛ばす。
それに大男の仲間らしい周囲の者たちも騒然となり、アスカに武器を向ける。
図らずもボロを纏ったスラムの住人達の盾になる形で立ったアスカに、ギャラリーも固唾を飲んで見守る。
「アスカ~、*****」
『ミコワイ、来るな!』
そこに慌てた様子のミコワイが走ってくると、男たちは警戒のためかミコワイにまで剣を向ける。
『ちっ』
アスカはミコワイに剣を向けた者にクサリガマの鎖を繰り出すと、重い分銅付きチェーンが二人の間の地面を打ち、逸った者が思わずたたらを踏む。
その隙にと、数人の男たちがアスカに掴みかかってくるが、その全てをアスカは軽くいなして投げ飛ばした。
一筋縄ではいかないと、警戒して距離を取った男たちが何事か怒鳴っているが、無論アスカには通じない。かといって事情も分からないまま全員ぶちのめすのも躊躇われる。
言葉が通じないために埒が明かず、双方睨み合いの膠着状態になったところで、躊躇いがちにアスカの裾が引かれた。
男たちを警戒しながらそちらに視線を向けると、先ほどの痩せた男がしきりに頭を下げ、後ろを指す。
ボロを纏った他の者たちも既に立ち去るそぶりを見せていた。
「****、******!」
ボロ達に向かって大男が勝ち誇ったような声音で怒鳴りつける。周りを見回しても大男たちの言動に異論は出ていないようだ。
目の前の者たちからは、こうして近くに居るだけで吐き気をもよおす饐えた臭いを放っている。
ここにいる人たちは昨晩からの混乱の中から、九死に一生得て、だけど普段の生活を破壊され、大事な人を失った。
そんな自分の事だけで精一杯な人たちにとって、彼らのような近くに居るだけで周囲に不快感を与える者は、自らの受けた理不尽に対する怒りを向ける対象としてうってつけなのだろう。
『せめて、言葉が通じれば……』
思わず口にするが、心の奥底がそれを否定する。
--通じたって社会経験のない引きこもりの言葉で人々を説得できるわけがない。
アスカは悔しそうに握り込んだ拳を降ろし、力無くボロ達を見送った。
『ごめんな。やっぱり、俺は……主役になれない』
ふ、と女性が一人振り振り返り、その胸に抱かれた赤ん坊が眼に入る。
力無く虚空を見つめる赤ん坊の瞳とひび割れた唇に、無性に怒りがこみ上げてきた。
勝手に期待してごめん、と控えめに笑う赤毛の女の子。あの子の期待に答えたかった。
『ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!』
突然大声を上げた金髪の少女に視線が集まる。
『なんでなんだよ! おかしいだろ、変だろ、おい、ちょっとまて!』
激情にかられながら、アスカは昨晩の自分の気持ちを思い出し、ボロ達を呼び止めながらブラインドタッチでステータス画面を開く。
『消化によさそうなものっと、これかな』
大量に持つステータスアップ系料理アイテムから野菜スープを次々取り出し、手渡していく。
『とりあえず喰え』
ためらいがちにスープを受け取るが、その匂いに食欲を刺激されたのか、ボロ達はむさぼり始めた。スプーンも付いているがみな手づかみだ。
ぐぅ
小さな音に視線を向けると、先ほどの姉弟の姉の方がお腹を押さえて恥ずかしそうにしている。
アスカはツカツカと二人に近づき、オムライスを取り出し姉に差し出した。
ぐぅ
黄金色のタマゴと紅いケチャップで描かれたハートマークと食欲をそそるチキンライスの匂いに、姉弟だけでなく、周囲の大人たちの腹も鳴る。
美味しそうだが見たことも無い料理とアスカの顔を交互に見ながら、姉は困惑している。因みに弟の視線はオムライスに釘付けだ。
『遠慮しないで喰え。弟とちゃんと分けろよ』
そこミコワイが近づいて、何事か補足した。
意味は解らないが意図は通じたらしく、姉がお皿を受け取り弟に渡すと、スプーンを持つのももどかしいというように食べ始めた。
姉の方がアスカに、
「******、アリガソ」
恥ずかしそうに言ってから一人で食べ過ぎてる弟を軽く叱りながら端に寄って、二人で分け合いながら食べ始めた。
そんな食事に夢中なところに先ほどの大男がボロ達に怒鳴り始めた。しかも繰り返し執拗に怒鳴り続け、ボロ達の表情が歪む。
オムライスを頬張っていた姉弟の表情も見る見る曇っていく。
『飯が不味くなるだろうが!』
アスカが男の顎を掴んで無理やり黙らせる。
イメージとしてはこのまま持ち上げたいところだが、身長差があって持ち上げられない。そこで男の顎を掴んだまま近くの荷馬車の上に飛び乗り、その高度差を利用して顎を掴んでぶら下げてから再度、
『飯が不味くなるだろうが!』
と、言い直した。
そのまま大男を投げ捨て(足から落としたので死なないだろう)てから、ボロ達に近づく。
『お前たちもお前たちだ。きちんとまいんち風呂入ってればもうちっとマシになんだろ。風呂も奢ってやるから一緒に来い』
通じないと分かっているので、安心してぞんざいな口調で話すアスカに、誰もが首をかしげる。
アスカはステータス画面の中のアイテム欄をクリックすると近くの地面が光り出し、そこに花が咲き始める。使い魔の妖精が嬉しそうにその周囲を飛び回り始めた。
『ほら、入れ』
とアスカが手招きするが、誰も動かない。
「**、****」
そこに横からミコワイが滑り込み、地面に咲いた【妖精の輪】に踏み入れるとその姿は掻き消えた。
が、すぐに戻ってくると危険が無いと自ら示し、ボロ達にもそのように伝えてくれた。
『あー、そっか。ミコワイ、ありがと』
「***、アスカ、アリガソ」
ミコワイの人のいい笑顔に、アスカも笑顔となり、ボロを纏ったサイレント達を促す。
先ほど先頭になっていた痩せた男が意を決して妖精の輪に踏み込み、また戻ってきて仲間を連れて次々入って行き、最後にアスカとミコワイも【妖精の輪】に消えていった。
残されたのは、サイレントを追い払ってホッとした空気……ではなく、何とも言えないバツの悪さであった。
* * *
【妖精の輪】をくぐると視界が一転する。
空には先ほどとは明らかに違う青空が広がり、前方には柵が設けられた広い平らな地面があり、背後にも空が広がっている。
遠くにはここと同じような(?)空飛ぶ島がいくつも浮かんで見え、大きなものからは水が滝のように下に降り注いでいる。
その光景に思わず悲鳴を上げるが、リーダー格の呼びかけで地面の方に移動していく。そして最後にミコワイを伴って現れたアスカの先導で、小さな屋敷に近づいていく。
ここは、妖精郷に浮かぶ浮遊島であり、【妖精の輪】を通して出入りできるアスカの本拠地である……但しそれはアスカがプレイしていたゲームの設定上のことであるが。
ミコワイによるとボロを纏ったスラムの住人は【サイレント】と呼ばれているらしく、現在およそ50名ほどがこの浮遊島にやってきていた。
アスカはリーダー格他数名を家の風呂場に連れていった。
シャワーの音にパニックになったり、温水に驚いたりしたが、意図をミコワイが理解してくれたおかげで、彼を通して説明してもらった。
身体を洗う習慣のない彼らに身体を洗わせ、ドロドロになった湯舟を何度も取り換え、結局数時間かかってサイレント達全員を風呂に入れた。
しかし彼らの来ていた服も汚い。ミコワイが試しに【清潔】魔法を掛けてみたが一着当たり数回魔法を掛けなければならず、諦めていた。
『アリーシャの時みたいに装備の貸し出しをしようにもこんだけ人数が居るとな』
そこで試しに装備でも服でもない、単なる素材である布を取り出し、留め具無しで着るサリーのような着方を指導する。
『お、いいんじゃね』
身体を清潔にした上で白い布を纏った様子は、先ほどまでの浮浪者の集団とは思えないほどであった。
昨晩見たときは目がどんよりしていたが、心なしか顔つきも所作も変わったように見える。
リーダー格は跪き、頭を地面に擦り付けんばかりであったが、困ってしまったアスカは止めてくれ、と無理やり立たせた。
リーダーはミコワイと少し話した後、もう一度アスカに頭を下げ、また他のサイレント達も口々に礼を口にしながら? 妖精郷を後にし、スラムに戻っていった。
* * *
『あいつら、大丈夫かな』
一食恵んだだけで、スラムに戻っても次のあてはないだろう。ボロボロの汚い服を後生大事に持ち帰っていたのだ。きっと着る物にも事欠く生活をしているのだろう。
ベッドに横たわって、ぼーっと天井を見上げる。
50人全員を養うわけにはいかない。
食事アイテムはまだまだあるが、かといって無限にあるわけではない。この人数に分け与えていればすぐになくなってしまう。
『“さいれんと”……か。俺のオリジナルが“ばるばろい”だっけか。産業を作り、雇用を生み出してたな。言葉が通じればなぁ、今度、あのクマに相談して……』
いろいろあって身体は勿論、精神的にも疲れたアスカはそのまま睡眠の誘惑に身を委ねていった。
* * *
以前アリーシャをこの場に招待したときや、サイレント達を招き入れるため本拠地の入場制限は解除してある。
サイレント達がさっぱりした姿で無事に戻ってきたのを見た何人かの怖いもの知らずが【妖精の輪】をくぐっていった。
その日は既に日が暮れているにも関わらず広がる青空、空飛ぶ島など、この世のものとも思えない光景に度肝を抜かれて逃げかえってきた。
噂に尾ひれがつくのに、時間はかからなかった。




