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(116)ケイスケとケイコウ、時々ケイコ

『オレは……ダレだ?』


     *    *    *


 デザイン画を拾ったのがキッカケだった。

 浮浪児(バルバロイ)だった自分を拾ってくれたのは都落ちしてきた商売人の夫人(マダム)であった。

「あんた、名前は?」

 俺に名はなかった。いや母……とは呼びたくもないあの女からは「ごみくず」と呼ばれていたが、それを名乗る気にはなれない。

 ふっと、昔のことを思い出した。母親から虐待を受けていた女の子のことを。


--アンタのせいだ!


 おとなしいケイコちゃんの怨嗟の瞳が、記憶の中からオレを責める。

「ケイコ・・・いやケイコウだ。オレの名は鶏口(ケイコウ)だ」 

 贖罪、訣別、宣言、自嘲、決意。様々な意味を込めて、オレはそれを自らの名とした。

 その日からオレ、ケイコウはマダムがデザインした服飾を形にする仕事を請け負った。

 そういう約束で浮浪児の立場を脱し、母から逃れることができた。


--失敗したら元の生活に戻ってしまう


 もう小遣いをくれる父親も、飯を作ってくれる母親もいないのだから……


     *    *    *


 それは苦労の連続だった。

 そもそもこの世界の物理法則は魔法的であり、鋏を入れた途端、布が光となって布が消えてしまうなど、失敗も沢山した。だけど、その分だけ上手くいったときは嬉しかった。

 マダムは自分の夢を語り、やりたいことに邁進し、失敗すればオーバーアクションで嘆き、成功すれば俺を抱きしめてくれた。

 元の世界の母は、家に寄り付かない夫をただ待つことしかせず、引きこもった息子(オレ)を抱えて狂ったように洋裁に没頭していた。

 オレはそんな母から教わった知識と技術でこの世界で生きていくキッカケを掴み、何度も大喧嘩し、それ以上に愛してくれたマダムはいつの頃からかオレを息子と呼ぶようになった。

 母を顧みることなく、母から教わった技術で、マダムから息子と呼ばれる事に鈍い痛みと喜びを感じた。

 何者かになる機会を逸したオレは、この世界では何者かになれるかもしれなかった。


     *    *    *


 ようやく服飾事業が軌道に乗りはじめた。

 豪族相手にその人に合う服をマダムがデザインし、その通りのものを作る一品物のオートクチュールだ。

 びっくりするような値段だが、見栄っ張りの豪族にとって自分のためにデザインされた自分のためだけの服を作らせることが流行になっていた。無論その流行を作り出したのはマダムの手腕だ。

 魔法を使わない事業のため、魔法を使えないバルバロイの雇い入れもこのころから始めた。

 そんなとき、久しぶりに訪れたバルバロイのスラムで生みの親が既に死んでいることを知った。死んで当然と思う一方、ショックを受け、後悔を感じている事に我ながら驚いた。

 だが蠅の集った母親の亡骸に縋りつく幼い子供を見て、そんな感慨は消し飛んだ。

「オレの……弟だ」

 母親によく似た顔立ちなのですぐに分かった。

 やせ細り、衰弱した顔が不思議そうに自分を見上げている。

 水筒から水を飲ませてやり、水でふやかしたパンを口に含ませると、少し顔色が良くなった。

「お前、名前は?」

「……?」

「何て呼ばれている」

「……ごみむし」

「それは名前じゃない。よし、俺がお前に名前を付ける。お前の名は……ケイスケだ。俺はケイコウ、お前の兄だ」

「けーこー? あに?」


     *    *    *


 母の亡骸に縋りついたまま、ゆっくりと死んでいくボクを、ケイコウさまが救い出してくれた。

 魔法ではなく自分の手でボクの身体を洗ってくれ、世話をしてくれ、勉強を教えてくれ、お金を出してステータス魔法も習得させてくれた。

 搾取されていたことにすら気づいていなかったボクは、初めて抱きしめてもらい、初めて暖かくさせてもらった。ボクを救ってくれた、ボクを守ってくれたボクの英雄、ボクの全て。

「こいつは俺の弟だ」

 周囲は義理の弟、弟同然、という意味だと理解し、本当の血縁とは思われていなかった。でもそれでいい。

 ボクはケイコウさまが大好きだ。兄弟じゃ兄さんのお嫁さんになれないから。

 きっとボクは男の身体に女の子の心が入っちゃってるんだ。

 昔兄さんが話してくれた男の子の心を持った宝石の名前のお姫様のお話し。きっとボクが生まれたとき、天使が間違えて女の子の心を入れちゃったんだと思う。

 だから弟じゃなくていい。

 ボクを救ってくれた、ボクを育ててくれた、ボクを愛してくれた、あの人のためならば、ボクは何でもできる、何でもする。


     *    *    *


 ペラペラの安い生地で作ったコスプレの少女は、腫れもの扱いの俺に話しかけてきた。勇気があるのか、危険に対して鈍感なのだろう。

 自分には無い活力を持つ少女は俺の服の出来を誉め、どこで作ってもらったのか、幾らぐらいするかを聞いてきた。

「じ、ぶん、で、……た」

 最初言葉が出なかった。

 あらかじめ準備していない言葉をしゃべる……誰かと会話するのは一体いつぶりだったろう。

「え、なんですか? すみません、もう一度お願いします」

「自分で、作った」

 一語一語、区切るように喋る。

「生地は、余りものだから、タダ」

 すごーい、と素直に感動を示し、ぐいぐい来るその女の子は、自分の分も作って欲しい、もちろんお金は出します、あんまり出せないけどバイトします、と畳駆けてきた。

 彼女の為に服を作り、最初は断ったけど押し切られる形でお金を受け取り、自分が作った服を着て喜ぶ姿を見て、言いようのない満足を覚えた。

 やがて中学生だった子が、高校生になり、大学生になって、少しづつ成長する服のサイズに、よこしまな気持ちよりも成長を喜ぶ気持ちが強かった。

「ケイコさん、ケイコさん」

 俺の作った服を着てオレを呼ぶ、彼女の明るい声が今も耳の奥に残っている。


     *    *    *


「オレなんかのどこが良いんだ。底抜けだぞ、オレは」

「関係ない。それにあなたと一緒になればあなたが作る服を独り占めできるじゃない」

「いや、売りもんだから、独り占めはできないぞ」

 そんな当たり前の返答に、しってるよー、とケラケラ笑う豪族アンズーのお姫様。

 そのグイグイ来る様子に、困惑しながらも熱い気持ちが胸いっぱいに広がった。

「……? どうしたの、突然黙り込んで?」

 きょとん、とした顔で俺を見上げる顔が愛おしくて、つい頬に口づけしたら、彼女の顔は茹でダコみたいに真っ赤になった。

「にゃ、にゃにをにゃさるんですか。今日のけーこー君、おかしぇーですよ」

 慌てまくって舌の回っていない彼女の額にも口づけし、その頭を軽く抱く。

「ありがとう、オレ、すごく幸せだ」

 狼狽で強張っていた彼女の身体から次第に力が抜け、オレに体重を預けてきた。


     *    *    *


 中で色とりどりの光が躍る卵型の宝石をあしらった守護の首飾り(アミュレット)

 豪族アンズーからケイコウ様に贈られた結婚祝いの品。

 ケイコウ様を他人に取られるのが悔しい。

 でもはにかんだ様なケイコウ様の顔を見ると、怒るに怒れないや。

 でもやっぱりちょっと悔しいから、祝いの品を勝手に身に着けてみた。鏡に映る骨ばった顔立ちに華やかな装飾品はやっぱり似合わない。

「もうちょっと可愛い顔だったらよかったのになぁ」

 わかっていた事だけどやっぱりガッカリする。

 【整形(シェイピング)】の魔法はコスト(魔力)も高いし、触媒はもっと高価だから、ボクの稼ぎじゃムリだし、【性転換(トランスセクシャル)】の魔法は噂だけで、実在すらわからない。

「はぁぁ」

 鏡の中の自分が大きくため息を吐く。

 そんな物思いに耽っていたために、兄さんが部屋に入ってくるのに、気が付くのが遅れた。

 慌てて振り返り後悔したが、もう遅い。いたずらしてたのがバレちゃう!

 だがその心配は杞憂だった。怒られるよりもずっと悪いことが起こったのだから。

 守護の首飾りに嵌まった卵型の宝石から光が溢れ、周囲のものがサラサラと砂のように崩れ去っていく。

 一方自分の身体はというと宝石が胸に吸い付くようにとりつき、そこを中心に虚空が広がっていく。そして崩れ去った砂がボクの身体に開いた虚空にどんどん吸い込まれていく。

「ケイスケ!」

 身体が半分崩れながら、それでも逃げることなくケイコウ様がボクに駆け寄ってくる。

 こんな事を言ったらバチが当たるかもしれないけど、それがすっごくうれしかった。でも兄さんの手はボクではなく、ボクの首にかかった首飾りに伸び、それを取ろうとした。


--あ、やっぱり兄さんはボクより、あのお姫様の贈り物の方が大事なんだ


 一瞬でそこまできちんと考えたわけではない。ただ敢えてこの時のボク(ケイスケ)の行動を言葉で表すならそうなる。

 ボクは首飾りに伸びたケイコウ様の手を振り払った。

 驚いたケイコウの顔が見る見る粒となって消え、全てケイスケの胸に開いた虚空に吸い込まれ消えていった。

「い、やああああああああああああああああああああ!」

 あらゆるものを分解し、吸い込んでいく光と穴を抱え、ボクは叫び続けた。


     *    *    *


『オレは……ダレだ?』

 極東列島に住んでいた引きこもりが分解され、転生し、努力し、成長し、恋をして、分解されて死んだ。

 一方オレ(アスカ)も同じ記憶を持ってゲームのアバターとして転生(?)した。

 どちらが本物だ? 引きこもりのケイスケの魂を持つホンモノはどっちだ?


     *    *    *


 どこまでも続く広い広い灰色の砂漠。灰色に見えるが、砂粒一つ一つは、多彩な色をしている。

 その情報の意味を失うほどバラバラにされたがために、全体として灰色に見えるのだ。その砂漠に這いつくばり、匂いを頼りに砂の粒を探し続け、集めていく。一粒づつ……、そしてまた一粒を見つけ……


 ボクの役目は核として新たな【魔の領域】を作り出し、それを維持管理することだった。

 でもそんなの知らない。

 【魔の領域】には何の興味もない。デフォルト設定のまま放置し、ボクはケイコウ様を取り戻すことだけに、その機能の全てを集中させた。


【 マウスとキーボードでゲームキャラを操り、モニターの中のツインテールのミニスカ少女がBOSSのドラゴンに鎖がまのウェポンスキルを放った瞬間、その映像が止まった。】

【「ち、ラグか? 仕事しろ運営」】

【 そう言おうとしたが口が動かない。】

【 目に映る光景がみるみる色を失い、灰色に変わりながらサラサラと砂のように崩れていく。】

【 むろんそれは男の身体も例外ではなく、自分の身体も砂のように崩れて、やがて視界が暗転していった……。】


 時の無い灰色の砂漠で、数え切れぬほどの試行錯誤の末に、バルバロイ王ケイコウの根本となる異世界の情報をかき集め、その記憶を再現に成功した。


     *    *    *


 生贄の短刀(サクリファスナイフ)の助け無しでは、ケイコウ様の身体は複雑すぎて再現できなかった。だから代わりに自分の持つ【魔の領域】の機能を使って作った異世界の分身(アバター)をベースにその内面を再現することにした。

 作業は失敗の連続であったが、無限の砂漠で砂を集めることに比べればずっと効率がいい。歪な失敗作を積み上げながら試行錯誤を続け、ようやく満足できる『ケイコウ様』ができた。


 それは少年の記憶通り、少年の自由にならず、少年の想いを拒絶したが、そんなやり取りすら少年を喜ばせた。

 あの人の分身(アバター)である金髪の少女の姿をした愛しい人の記憶を持つ少年の自信作。


--叩き台はできた

--材料をもっと集めなくちゃ

--再生のための道具も手に入った


 少年の悲願はもうすぐ果たされようとしていた。


     *    *    *


『オレは……ダレでもない』


1時間後にもう一話投稿します

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― 新着の感想 ―
[良い点] 116話かけて回収とは。 某サーガ以来最長です。 すごい。
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