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(108)巨大な混沌_4

これまでのあらすじ

 遂に現れた神託に謳われた巨大な混沌。

 それは無数の触手を生やした翡翠の竜(ジェイドドラゴン)であった。アンズーマリーの街に降り立った【混沌】に、聖地神殿の四聖騎士団『白』が攻撃を開始する。

 一方、緑の竜(フォレストドラゴン)を追ってきたアスカは、巨大なドラゴンの姿に怖気づき戦線離脱、逃げた先で【魔法が使えないもの(サイレント)】のスラムを発見する。

 アスカと別れたアリーシャ(クマ)は、ドラゴンが放つ魔力からそれがアリーシャ(生)であると知り、その導きによって、逃げ遅れたアンズー族長ピルゼンと邂逅した。


 魔の領域から生み出される物資はこの世界の人間が生存するために欠かすことのできない恩恵である。

 魔の領域から算出される恩恵の多くは魔物の死体から入手できるドロップアイテムであり、それを得るためには【生贄の短刀(サクリファスナイフ)】が不可欠である。

 ここでもまた無から有が生み出されている。

 一つの例を挙げる。森型の魔の領域で多く見られる魔狼(ダイアウルフ)という魔物がいる。このドロップアイテムとして『魔狼の腕輪』というレアアイテムがある。

 その腕輪を構成する金属がどのように生み出されたのかは勿論だが、その形状を決める情報は何処からもたらされたのか。

 何処か、または何者かからドロップアイテムの【情報】が世界に与えられていることは間違いない。


『人の生産魔力と社会の必要魔力から見た魔の領域の経済に対する功罪についての考察』より抜粋


     *    *    *


 触手の攻撃に晒され、身動きの取れない防衛陣(トーチカ)の中。

「こんにちは。指揮官はどなたですか?」

 赤い熊の毛皮を纏った赤毛の女の子が、威厳すら感じさせる所作で周囲を見回した。

「俺だ」

 指揮官を問う赤毛の女の子に装飾品と族長の地位を表す簡易冠を付けた男、豪族アンズーの族長ピルゼンが名乗り出た。

 防衛陣の中に立て籠もった多くの城の使用人らは勿論、今も触手の攻撃に耐える防衛陣の維持を担う騎士たちもまた、闖入者の動向に注目していた。

「あ、ちょっと待って」

 だが女の子は名乗り出た族長に待ったをかけて、離れた場所で呆然としている負傷者に近づいていった。

 その騎士の右腕はすでになく、見ている間にも患部が次々と砂のように崩れていき、分解は肩にまで及んでいた。

「どなたか、【治癒(ヒーリング)】を」

「無理だ。混沌の魔物の傷は癒すことができない」

 そんな基本的なことも知らない子供に振り回されることに苛立った騎士が吐き捨てる。

 子供は小さく呟き、何度か頷くと、もう一度、

「【治癒(ヒーリング)】を。このままでは手遅れになります」

「治癒士、やってみよ」

 族長ピルゼンの言葉に、しぶしぶ治癒士が動く。

「直接ではなく、私の背中にかけてください。わたしを通して彼に魔法をかけるイメージで」

「そんなやり方は聞いたこともない」

「分解の傷を癒すやり方も聞いたことがないでしょう? ぶっつけ本番、ダメで元々。早く」

 自信無さげに逡巡する若い治癒士の代わりに、神官が進み出た。

「私がやりましょう」

「お願いします」

 老境に達した神官がトネリコの枝(触媒)を手に、毛皮の背に手を当て、女の子は騎士の患部に躊躇なく手を当てた。

 分解し続ける患部に触れると、その分解が伝染するかもしれないと、誰も触れようとしなかった。そこに躊躇いもなく触れた子供に、短い悲鳴と静かな感嘆の息が漏れる。

 女の子は左手を患部に当て、更に、

「左手をよく見せてください」

 近くにいた同僚が、騎士の裾をまくり、よく見えるようにしてくれた。女の子がその手を右手で握りしめる。

「……憶えた。【治癒】をお願いします」

 神官が呪文を唱え始めると足元から魔力が注ぎ込まれ、高まっていった、

「こ、これは」

 神官は自らに注がれる魔力が目の前の女の子の魔力と同質であることに気が付く。しかしその魔力は目の前の娘から出ているのではなく、別の場所から注ぎ込まれている。

「いったいこれは、何が起きている」

「集中を切らさないで」

 子供の注意に身を引き締めなおし、呪文に集中する。


 【治癒(ヒーリング)】や【再生(リジェネレーション)】の魔法は、対象の肉体を()の状態に戻す魔法だ。そのため、『元の状態』が判らなければ魔法は失敗する。

 通常ならば傷を負っても元の状態の『情報』が存在し、その情報を元に『元の状態』に戻していく。

 だから『情報の意味』が無くなるほど分解されてしまうと、『元の状態』という『情報』も失われ、魔法が失敗してしまう。


 モト、ウデ、ジョウホウ、ナシ、デモ

「人間の細胞、骨、筋肉の付き方、その情報(知識)をわたし達は知っている」

 ヒダリ、ウデ、コピー、ミギ、ヨソウ、サイゲン

「失われた情報は戻らない。だったら」

 テキトウ、ツクル

「適当ゆーな」


 肩に触れた手から注がれる癒しの魔力が、()()()()()与えられた情報を元にして失われた部位を覆い、傷を塞いでいく。

「いてぇ」

 今まで呆然としていた騎士がいきなり、痛みを訴える。

 【治癒】の魔法では失われた右腕を再生することはできないが、傷を塞ぎ、分解も止まった。

「痛いのは『分解』が『普通の怪我』に変わったから、痛くて当然。生き延びたら【再生】の魔法を試してみて。上手くいけば腕が生えてくると思うよ。元通り……て訳にはいかないけど」

「また、剣を握れるのか?」

「鍛えなおしが必要だと思う。多分、今の左手並み。わたしも初めてだから自信ないけど」

「ありがとう!」

 騎士の感謝の声に防衛陣の中で歓声が上がった。


「すみません、お待たせしました」

 素肌の上に直接毛皮のコートを着ている浮浪児同然の姿をした女の子が、大豪族アンズーの族長ピルゼンに優雅にお辞儀(カーテシー)を見せる。

「わが騎士の命を救ってくれたのだ。むしろこちらが礼を言わねばならん」

「ではご褒美をおねだりしようかしら……無事に脱出できたら」

「そうだな、望む褒美をやろう……無事に脱出できたらな」

 女の子はニコリと、族長はニヤリと笑う。

「そういえば何と呼べばよい?」

 族長の言葉に、女の子が少し考える。

「触手の攻撃を無効化して、ここに居る全員に脱出のチャンスを与える方法がわたしにはあります」

 突然変わった話題に、族長は答えず、視線で続きを促す。

「それを実践するに当たって条件が一つあります」

「遠慮せず言え」

 と族長。

「皆さんにとって常識外のことが起きても、いちいち異端(コンタミ)だとか、混沌(ケイオス)だとか騒がないでください。今は手段を選んでいる状態ではないでしょう?」

「判りました。その条件、アンズーマリー神殿の神殿長である私が、秩序神の名の元に認め、誓いましょう」

 先ほど治癒を行った神官が、真っ先にそう宣誓し、族長もそれに同意する。

「ありがとうございます……わたしの名はアリーシャです。底抜け姫と呼ばれ、今は混沌姫などとも呼ばれております」

 彼女を混沌と認定した二人の人物、アンズーの族長とアンズーマリーの神殿長に、赤毛の少女はニッコリと微笑んだ。


     *    *    *


 アスカが【妖精の輪(フェアリーサークル)】を使用すると目の前の地面に直径1mほどの花の輪が咲いた。

 そしてその中に光と共に身長30cmぐらいのトンボみたいな翅をもった妖精と、それよりずっと小さなトンガリ帽子の小人が姿を現した。小人は自分の胴体ぐらいある卵型の宝石を重そうに背負っている。 

「ふう、アリーシャちゃんが妖精郷に居たからそっち行ったのに、居ないんだもん、びっくりしたよ。ねえねえ、アリーシャちゃん、どこですか?」

 小人がアスカを見上げて問いかけてくるが言葉の意味が解らない。横の妖精は喋らないが、期待するような表情で一緒に見つめてくる。

 一方、話しかけられたアスカは、すげー、妖精だ、小人だ、と興奮し、妖精に手を伸ばしたら露骨に避けられ、小人に手を蹴られた。

「む~、お話しの通じないヒトか。人間だからしょうがないか」

 小人さんは嘆息し、これからどうしようか思案する。

 通常妖精の声は人には聞こえない。その為、周囲のスラムの住人(サイレント)達には小人さんの声は聞こえず、アスカが一人で喋っているように見えていた。

 一方アスカには小人さんの声は聞こえていたが、その意味が理解できないでいたので、小人さんはアスカに声が届いていない、と勘違いしたのだ。

『わりぃ、わりぃ。お前ら、アリーシャの知り合いか?』

 蹴られた手をさすりながらアスカが話しかけると、二人はびっくりしてアスカを見直した。

「ボクの声が聞こえてるんですか?」

『わりぃ、意味わかんねーや。でもアリーシャなら多分あっちだぜ』

 ()()()()()を強調して言いながらアスカが街の中の方を指差すと、妖精と小人はまるで壁の向こうが見えるかのようにそちらを凝視し、二人そろって嬉しそうに笑う。

「みつけた~、アリーシャちゃん見つけたぁ」

 妖精と小人は手を取ってくるくると何回か回った後、妖精は、バイバイ、と手を振って壁を越えて跳んで行ってしまった。置いて行かれた小人さんも、待ってよ~、とその後を追うが背中の宝石が重そうで、ヨタヨタと歩く。

 するとその身体をアスカがヒョイッと持ち上げ、一気に市壁の上に跳んだ。

「あれ?」

『ついでだ。送って行ってやるよ。()()()()()はどっちだ』

 意図が通じたのか、小人さんはある方向を指さした。

『おいおいマジかよ』

 小人さんの指はまっすぐ、ドラゴンを指さしていた。

『いやいや、ちょっと待ってよ小人さん』

 一度逃げ出したのに、ドラゴンにまっすぐツッコむとか、『いいえ』を選択しても強制的にイベントが進むクソゲーですか、現実ですね、はい。現実である以上、イベント無視(ぶっち)も可能。

『すまん、持病のシャクが……シャクってなんだろ、っておい。だいじょーぶか』

 アスカがドラゴンに対して逡巡している間に、手の中の小人さんの様子もおかしくなっていた。

 ドラゴンを見つめ、ここにはいない誰かと会話しているようだ。

『もしも~し、小人さ~ん?』

「ごめ~ん。ちょっと呼ばれたんで行ってくる。おばちゃん預かっといて」

 小人さんがそう言うとアスカの手の平の上、小人さんの足元に黒いシミが広がり、その中に溶けるように小人さんの小さな身体が沈み、そのまま消えていった。

 後にはほのかなインクのにおいと、小人さんが背負っていた卵型の宝石だけが残った。

『いや、意味わかんねーし』


     *    *    *


 どこまでも続く果てしない灰色の砂漠。

 そこに這いつくばり、少年は探していた。あの人のカケラを、香り(フレグランス)だけを頼りに、一粒づつ。

 少年は【無】から【有】を生み出すことができた。

 穴の底から【力】が湧き出し、その力に【情報】を与えることで、何でも生み出すことができた。

 最初は力の使い方が判らず、デフォルト通りの物が出来上がった。

 しかしその使い方を習得した後は、本来の使い方ではなく、穴の向こう側に意識を向け、穴に吸い込まれたあの人を探し始めた。

 時の流れが存在しない灰色の砂漠。

 少年は無から有を生み出す力で、一番よく知っているモノ(自分)を作り出した。

 そして少年は二人になって、あの人を探し続けた。

 やがて少年は四人になり、十六人になり、千人を数え、十兆を超えて増え続け、探し続けた。

 ただ、あの人の香りのする砂の粒を這いつくばって拾い集めた。

 バラバラに分解されたあの人を再生するために。

 時の流れが存在しない空間で、ただそれだけを想って。

 約一か月ぶりの投稿&2週間ぶりのお休みだイェイ!

 しかも2連休ですよ、2連休~ 明日は朝寝坊できる~ ・・・・以上のコメントは7/18現在のものでしたが、これはウソだ! 明日もお仕事行ってきま~すw

 ダイジョーブ、これさえ超えれば峠を越えて、投稿ペースが元に戻る・・・・はずです。

 相変わらず次回はなりゆきでw

 ではでは

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