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モグラに一途な恋をした おやゆび姫のものがたり

作者: なまくら


「 …雪の中であたしが死にかけてたとき、吹雪を押しのけて現れたのがあの人だったの。たくましい腕で抱き上げられたとき、あたしは確信したわ。この人こそ絶対に運命の人なんだって… 」


いっしょうけんめいに語りかける彼女の名は、おやゆび姫。


チューリップの花よりも小さな、それはそれはかわいらしい女の子。


「 あの人は、野ねずみのおばさんが家の外であたしを見つけたってごまかすけど…。 あたし、おぼえてるもの!  絶対死なせないって熱くささやく素敵な声…!  あたしが気絶してると思ってたみたいだけど、体ぜんぶを盾にして、冷たい吹雪からかばい続けてくれた優しさを、あたし、一日だって忘れたことなんてない! だって、夢のように幸せな時間だったもの 」


うっとりと思いだしながら、ツバメに話しかけているさいちゅうです。


旅のとちゅうで雪嵐で遭難したおやゆび姫とツバメは、地下にひろがるモグラの屋敷でやっかいになっているのでした。


おやゆび姫はケガをしているツバメのつばさのほうたいを取りかえると、いつも恋バナをはじめるのでした。


大好きな気持ちをおさえかね、言葉やてぶりだけではものたりず、くるくるまわったり、とんだりはねたり、それはそれはめまぐるしく部屋中を動き回るのです。


ツバメが、ぴーっと鳴きました。


「 ツバメさんもあの人の良さをわかってくれるのね!? 」


とてもまんぞくそうな、おやゆび姫。


でも、ざんねんながら、ちがいます。



「 ぴーっ ( 惚気話(のろけばなし)は、うんざりだ…。何回同じ話すんだよ ) 」



ツバメはこうぎしているのですが、ざんねんなことに彼の言葉は、おやゆび姫にはわからないのでした。


いえ、きっと言葉がわかっても、おやゆび姫には伝わらなかったでしょう。


ほかの言葉が入るすきまがないぐらい、おやゆび姫の心はモグラのことでいっぱいなのでした。


「 ところで、あの人は今なにしてるのかしら 」


「 ぴー…( 知らん 本人に聞け ) 」


ツバメは冷静に最速のかいけつほうを提案しました。


「 もしかして! もしかして! あたしのウェディングドレスを用意している最中だったりして! 」



おやゆび姫はまったく聞いておらず、すごいことを思いついたというふうに、目をかがやかせました。


こうふんして、どたばたとその場で子供のように足ぶみするのでした。


あっけにとられるツバメ。おやゆび姫はすこしだけぼうそうぎみな女の子なのでした。


「 そうだったら! ああ、もし、そうだったら、どうしよう。あたし、幸福すぎて死んでしまうかも! 」


両手をくみあわせ、おやゆび姫は祈るように目をとじました。


しばらく脳内の幸せのよいんにひたっているようでしたが、ばっとツバメのほうをふりむき、


「 ねえ!! プロポーズの返答はどんなのが一番好印象かな!? 」


彼女のあたまのなかで、ラブストーリーは佳境をむかえたもようです。


「 ぴぴー ( はい、喜んでとかでいーんじゃね ) 」


ツバメは軽く受け流しました。いつものことだからです。


「 …あたしも愛しています…。一生大切にしてね…。一緒にずっと歩いてね…。ふたりで愛を積み重ねていきましょう…。うーん、どれが印象に残るだろう… 」


妄想に真剣に悩みこむおやゆび姫。


「 ぴぴーっ!!( おい、妄想暴走娘。そーいうのを取らぬ狸の皮算用というんだ ) 」


「 あー、悩むなあ。だって、結婚記念日のたびに、きっと彼はあたしのプロポーズの返事を思い出すのよ。やっぱりその度にときめいてもらいたいじゃない。プロポーズの返事は女の一大事なのよ 」


おやゆび姫は小さな胸の前で、両手をぎゅっとにぎりしめました。


「 ぴぴっ( あ、そ 俺もう寝ていい ? ) 」


「 応援してくれるのね! ありがとう! 」


「 ぴーっ( はいはい、がんばれがんばれ ) 」


ツバメがあきれはて、ひと寝入りしようと、首をつばさのあいだに入れようとしたそのとき、おやゆび姫とツバメのいる部屋のとびらが、遠慮がちにノックされました。


「 …入っていいかな 」


ひくい、けれどもおだやかな声が、とびらのむこうから問いかけました。


それがだれか、おやゆび姫はすぐにわかりました。


なぜなら、まさに今その人のことを話していたからです。


おやゆび姫のしんぞうが、とくんとくんと高鳴りました。


それから泣きそうな顔になり、おろおろと、


「 ね、ねえ。ツバメさん。あたしの髪、変なことになったりしてないかな。隈とか出来たりしてない? 肌つや大丈夫かな? あー、もう!! なんであたし、イブニングドレス着てなかったの!? 」


一気にまくしたてると、あわてて、どたばたとみなりをととのえる、おやゆび姫。


「 ぴぴ~( 部屋でくつろぐのにイブニングドレス着てる馬鹿がいるわけねーだろ ) 」


ツバメはあきれました。


でも、おやゆび姫にとって、モグラと顔をあわせることは、どんな華やかな舞踏会に出ることよりも一大事なのでした。


「 …おしとやかに、上品に…。だいじょうぶ、あたしはできる子 」



おやゆび姫は自分に言い聞かせ、すーはーすーはー深呼吸して、ん、んとのどのちょうしをととのえ、


「 どうぞ。お入りください 」


と特別なよそゆきの声でお返事したのでした。


「 失礼するよ 」


とびらをあけて入ってきたのは、黒い上品なタキシードをがちがちに着こんだ、この家のあるじの大きなモグラでした。


「 姫よ。少し話をする時間をもらってもよいだろうか 」


「 は、はい 」


おやゆび姫は意気ごみもどこへやら、まっかになって直立不動で返事しました。


「 ぴーぴー。( こ、こいつら 馬鹿だ 思考回路がおんなじだ ) 」


ツバメはしんそこあきれはてました。


モグラが大きな花束までかかえているのを見たからです。


どこの世界に自分の家のいそうろうに話をするのに、タキシードを着て花束をもってくる主人がいるというのでしょうか。


でも、花束をうけとったおやゆび姫はそれどころではありませんでした。


花たばでかくれていた、モグラがこわきに大切そうにかかえているものに気づいたからです。


それは、美しいレースをひんぱんにあしらった、じゅんぱくのウェディングドレスでした。


おやゆび姫は、耳までまっかになり、花束をだきしめたまま、両手で口をおさえ、ふおおおっと言いながらよろよろと後ずさりしました。


目には涙がうかんでいました。


「 ぴぴぴ( おいおい、女の一大事はどこいった。言葉になってないじゃねーの) 」


ツバメはどくづきながらも、嬉しく思いました。


どれだけ、おやゆび姫がモグラを大好きだったのか、よく知っていたからです。


それはモグラも同様のはずでした。


おやゆび姫が目にごみが入って眉をしかめていただけで、からだがどこか悪いのではないか、いやなことがあったのではないかと、一晩じゅう心配で眠れなくなるくらいなのですから。


そして、おやゆび姫のえがおを見ると、モグラも一日じゅうニコニコしているのです。


なので、モグラがまさかその後、こんなことを言い出すとは思ってもみなかったのです。


「 おやゆび姫、南の妖精の国の王子が、あなたを妻にしたいと望んでいる。きっとあなたを幸せにしてくれるはずだ。このウェディングドレスは私からのプレゼントだ 」


おやゆび姫の足元に、取り落とした花束が転がりました。


さっきまで幸運を信じられず見ひらかれていた目は、今は絶望でいっぱいでした。


いくすじもいくすじも ほおを伝わるなみだは、もうよろこびの涙ではありませんでした。


「 ど…どうしたのだ 」


おやゆび姫の涙を見たモグラは、かわいそうなくらいあわてふためきました。


「 すみません。今日は体調が優れないので、お話はまた今度にしていただけますか 」


おやゆび姫は、かろうじて声をしぼりだすと、こわばった笑顔をなんとか浮かべました。


彼女は、心配のあまり出ていくのをしぶるモグラをむりやり追い出すと、ばたんと部屋の扉をしめました。


そして、こらえきれず、扉にしがみつくようにしたまま、ずるずるとひざを床につき、わっと泣きくずれたのです。


ツバメは自分の言葉を おやゆび姫につたえられないことを、今日ほどはがゆく思ったことはありませんでした。


モグラがとてもおやゆび姫を愛していて、その幸せを祈ってこんな選択をしたことを よく知っていたからです。


実際、大好きなおやゆび姫の泣き声を背中ごしに感じたモグラの胸ははりさけそうでした。


彼はノックをしようとして何度もためらい、何十回も声をかけようとしてはうなだれ、やがて足をひきずるようにして、よろよろと通路のやみの中に消えていきました。


けっきょく、おやゆび姫は南の妖精の国の王子のもとに嫁ぐことになりました。


おやゆび姫とモグラはあれから何度も顔をあわせました。


おやゆび姫は表面上は、いつも笑顔でした。


モグラはかわらず親切でしたが、なんどもなんどもなにかを言いかけ、口をつぐみました。


あの日、モグラがもってきたウェディングドレスにとうとうおやゆび姫はそでをとおしませんでした。


モグラもなにも言いませんでした。


二人はぎくしゃくしたまま、時間だけが無情にすぎていきました。


そして、とうとう、おやゆび姫の旅立ちの日がきました。


さんさんとお日さまの光のふりそそぐ日でした。


太陽が苦手なモグラでしたが、出てこなくてもいいと止める おやゆび姫をおしきるように、外に見送りに出てきました。どうしてもおやゆび姫の姿を目にやきつけておきたかったからです。


すっかりつばさの傷のいえたツバメの背にのり、おやゆび姫はモグラと見つめあいました。


「 いろいろとお世話になりました 」


モグラは目をほそめました。 


春のひざしと森の緑の色、さわやかな風、どれも穴ぐらぐらしの自分では、おやゆび姫にはあたえられないもの。


おやゆび姫の金色の髪は、その景色の中で光かがやくようでした


「 やはり君には青空がよく似合う。南の国は花であふれていると聞く。幸せになっておくれ 」


「 モグラさんもいつまでもお元気で 」


そう言って頭を下げると、おやゆび姫はツバメをうながしました。 


ツバメはたしかめるように首をまわして、おやゆび姫を見ました。


「 …いいの。いって」


おやゆび姫は寂しげにほほえみ、うなずきました。


ツバメはためらいがちにつばさをはばたかせました。


ツバメの背にのって天高くまいあがっていくおやゆび姫。


モグラはちぎれるほど手をふって、彼女を見送っています。


おやゆび姫も手をふりかえします。


だんだん離れていく二人の距離。


モグラの姿はもう豆粒のようです。


そのときです。おやゆび姫は意をけっしたようにツバメにたのんだのです。


「 ごめんなさい。ツバメさん。一度だけあの人の上を飛んで 」


ツバメはそくざに旋回してもどりました。


おやゆび姫は大きく息をすいこむと、風切り音にまけないくらい、せいいっぱいの大声でさけびました。


「 あなたを愛してました!! 誰よりも!! ずっと、ずっと…!! 」


こんなに離れてはきっと聞こえないでしょう。でも、言わずにはいられなかったのです。


そして、おやゆび姫は、ツバメの首にしがみつくようにして、つっぷして声をあげて泣いたのでした。


みるみるうちに遠ざかっていくおやゆび姫とツバメ。


空は晴れているのに、立ちつくすモグラのほほにあたるものがありました。


それは空から落ちてきたおやゆび姫の涙でした。


モグラはのろのろとほほをさわり、ぬれた指をぼうぜんと見つめました。


おやゆび姫のさいごの言葉は、奇跡的にモグラの耳にとどいたのです。


モグラが自分がとんでもないあやまちをおかしていたことにようやく気づきました。


でも、そのときには彼のかけがえのない宝物は、はるか空のかなたの点となってしまった後でした。


自分なんかが彼女を愛しているなどと伝えては、きっとおやゆび姫をこまらせてしまう。


そう ためらって気持ちを伝えなかったことを、モグラはどんなに後悔したことか。


でも、すべては手遅れだったのです。


どんなに地面をたたいて号泣しても、おやゆび姫の名前を声が枯れるまで呼んでも。


愛するおやゆび姫は、二度とモグラの手のとどかないところに飛びさってしまったのです。



モグラの言ったとおり、南の妖精の国はとてもいいところでした。


すごしやすい あたたかい気候。 


色とりどりに咲きほこる花々。


その間をとびまわる妖精たちもとても親切でした


王子さまも、王さまも、お后さまも、おやゆび姫にとてもよくしてくれました。


でも、おやゆび姫の心はちっとも晴れませんでした。


どんな美しいものを目にしても、彼女の気持ちはしずんだままでした。


なぜなら、モグラと別れてから、彼女は心のなかで、ずっと泣きつづけていたからです。


でも、ツバメ以外、誰もそのことに気づくことはありませんでした。


おやゆび姫は、いつも無理して笑顔でいたからです。


自分が泣いてはモグラの思いやりを踏みにじることになる。


そう思って我慢していたのです。


「 もうすぐ僕達の結婚式だよ。君もいつも楽しそうで僕も嬉しいよ。おやゆび姫 」


にこにこしているおやゆび姫に、妖精の国の王子は話しかけました。


ツバメはとても見ていられませんでした。 


泣いたり怒ったりめまぐるしく表情をかえる本当のおやゆび姫を知っているツバメからすると、今のおやゆび姫は、まるで笑顔をきざみこんだお人形のようです


そして、あのモグラなら、おやゆび姫の様子がおかしいことにすぐ気づいたはずなのです。


善人ですが、ここの妖精たちは、おやゆび姫の見た目だけしか興味がないのです。


「 とても豪華な結婚式にしよう 」


うかれている王子。


「 お気持ちは嬉しいのですが、私などに勿体無いですわ 」


おやゆび姫は慎ましくほほえみました。


「 ぴーっ( そりゃ、ほんとは落ちこみまくってるもんな。こんな能天気なやつらとお祭り騒ぎなんて気分じゃないよな ) 」


ツバメはおやゆび姫に同情し、そう嫌味を口にせずにはいられませんでした。


しかし、いい人ですが、鈍感な王子さまは おやゆび姫の遠まわしの拒絶には気づきません。


「 お金のことなら心配ないよ。モグラ殿から使い切れないほどの支度金をもらっているのだから 」


おやゆび姫の顔から、きざみこまれた笑みがきえました。


彼女ははじめてそのことを知ったのです。


妖精の国にきてからはじめて笑顔を失ったおやゆび姫。


王子さまは、たいそうびっくりしました。


「 どうしたのだい。いつものようにすてきな笑顔をみせてごらんよ 」


ツバメはもう我慢の限界でした。


あれが素敵な笑顔だって!? ふざけるな!! 


堪忍袋の緒がきれたツバメは、ぐいっと王子とおやゆび姫のあいだにわりこみました。


そして、おやゆび姫をじっと見つめ、語りかけたのです。


「 …本当ノ姫ヲ…ワカッテクレル人…ココ二イナイ…!! 」


ひどいしゃがれ声でした。ツバメののどは言葉をしゃべるようにできていないのです。たちまちのどが裂けて血があふれ出ました。


「 …モグラガ、世界一、姫ヲ愛シテル!! ダカラ、カエロウ!! 幸セ二ナルタメニ!! 姫ガ心カラ笑エルアノ場所二…!! 」


でも、咳きこみながらも、伝えられました。


あのモグラがどんなにかおやゆび姫を愛していたか、


それをよく知っているツバメはずっと後悔していたのです。


自分が言葉をしゃべれて仲をとりもてたのなら、あんなに愛しあっていた二人に、悲しい別れはなかったのではないかと。


だから、ひそかに言葉を練習していたのです。


「 ツバメさん…! 」


おやゆび姫は驚きに目をまるくしていました。


やがて、その目から大粒の涙が まるで真珠のようにぽろぽろとこぼれだしました。


ツバメはうながすようにすっと空に首をむけ、それから、さっと身をかがめました。


おやゆび姫はうなずき、なみだをぬぐうと、きっと顔をあげました。


そして、ツバメのほほに感謝のキスをすると、すばやくツバメの背中にとびのったのです。


「 おやゆび姫…なにを… 」


わけがわからずおたおたしている王子さまを、おやゆび姫は見おろしました。


そして、ツバメの背にのったまま、でも、それはそれは優雅に礼をしたのです。


「 申し訳ありません。王子さま。勝手ながら、この婚約は解消させていただきたいのです 」


「 え? 綺麗な妖精の羽根も、虹の雨露で編んだ最高の祝福をこめた花嫁衣裳も用意してあるんだよ? そして、ゆくゆくはこの何不自由のない常夏の楽園の女王になれるんだ。いったい何が不満なんだい 」


おやゆび姫の行動は王子さまの理解をこえたものでした。


おやゆび姫は静かにかぶりをふりました。


「 いいえ、いいえ、王子さま。あたしにはツバメさんという最高の翼がすでにあります。あたしが涙を流すほど望む花嫁衣裳はごく普通のドレスです 」


あのときのウェディングドレスは、今もまだモグラが持っているはずです


「 こんなに良くしてくれたのに、無礼は重々承知しております。王子さまは夢のように素敵な方。美しくてお話上手で、まるで宝石みたい。きっと星の数ほどの女の子が、あなたに憧れ恋をするでしょう 」


そして、おやゆび姫はほほえみました。


つくりものでない彼女の本当の笑顔でした。


そのあまりの美しさに王子さまは言葉をはっせませんでした。


「 でも、あたしは、不器用で大きくて優しくて無口な、石炭みたいなあの人が好きなの! 心があの人と支え合って生きていきたいって叫ぶの! 暗い洞窟で人生を終えてもかまわない!! 綺麗な宮殿も、花に満たされた国も、どんな宝物も、あの人に比べればなんの価値もないもの!! 」


復活したいつものおやゆび姫に、ツバメはすっかりうれしくなって、のどの痛みも忘れて叫びました。


「 ぴぴーっ !! ( よく言った! それでこそ、暴走娘のおやゆび姫だ! さあ、行こう! ) 」


「 行って! ツバメさん!  私をあの人のところへ!!」


ツバメはうなずき力強くはばたきました。


ぼうぜんと立ちつくす王子さまを残したまま、おやゆび姫とツバメは、まるでときはなたれた矢のような速度で、あっという間に雲のむこうに飛びさったのでした。



いっぽう、おやゆび姫に去られたモグラは、生きる気力をすっかり失っていました。


後悔のあまり食べることもできず、別人のようにやせ細っていました。


彼が今日まで生きのびたのは、おやゆび姫に全財産をゆずる手続きをすませるためだけでした。


そして、すべての手続きをおえたモグラは、お日さまの照りつける戸外で、閉めたとびらに背をあずけ足をなげだして、じっと死をまっていました。


彼はもうつらくってたえられなくって一秒だって生きていたくはなかったのです。


その胸には、おやゆび姫のためにこしらえたウェディングドレスが抱きしめられていました。


おやゆび姫が飛び去った方向を見ながらモグラは死にたかったのです。


あの旅立ちの日よりもずっと強く太陽は輝いています。


モグラはお日様が苦手です。


これだけのお日様の光にさらされれば、すぐに死ねるはずです。


今だってほんのわずかの間に、もうすでに目がほとんど見えなくなっているほどなのです。


死体はきっと獰猛な猛禽類がさらっていってくれるでしょう。


胸のウェディングドレスをぎゅっと抱きしめ、モグラは涙をながしました。


死をむかえた今、思い出すのはおやゆび姫のことばかり。


死ぬまえに一目おやゆび姫にあいたかった、そう思ったのです。


そのとき、ざあっと目のまえが暗くかげりました。


〝ああ、お日さまに殺されるより早く猛禽に食べられるのだな〟


お日さまの光でよく見えなくなった目をしばたかせてモグラはそう思いました。


モグラはウェディングドレスを両手でひろげました。


「 おやゆび姫、怒ったあなたでも、泣いたあなたでも、笑ったあなたでも、もう一度だけあなたが見たかった。あなたのすべてが愛しい。…俺は…妖精の国でなら、あなたはきっと幸せになれると思っていた 」


ウェディングドレスをつかんだモグラの手がふるえました。


おやゆび姫の別れぎわのなみだを思い出したのです。


よかれと思い、大切な人を深く傷つけてしまったことへの後悔。


そして、手をのばせばとどいたかもしれない、自分のほんとうの望み。


死は怖くはありませんでした。


それよりも押しよせるやるせなさで、モグラの胸ははりさけんばかりでした。


そのとき、おやゆび姫の声がきこえたような気がしました。


かけよってくるおやゆび姫の幻までもが、涙の向こうにぼんやりと見えました。


「 …神様、心から感謝いたします。最後に望みを叶えてくれて 」


モグラは、これは神さまが、自分をあわれんで、愛するおやゆび姫の幻を見せてくれてたのだと思いました。


たとえ幻でも、おやゆび姫へのいとしさはあふれて止まりませんでした。


モグラは、つきうごかされるように、ウェディングドレスをかたく抱きしめ、なみだ声でつぶやきました。


「 …おやゆび姫、あなたを愛している!! 世界中の誰よりも、なによりも!! 誰にも渡したくない!! あなたをずっと一番近くで守りたかった!! 俺の手で世界一しあわせにしたかった!! それが本当に俺が望んだことだったんだ…!! 」


モグラは一気に言いおわり、涙をこぼしました。


死をまえにして、モグラはやっとかくしていた自分の本心を口にしたのです


どんなに時間をまきもどして、あのときをやり直したいと願ったことでしょう。


その願いを幻相手とはいえ、かなえることができたのです。


これでもうなにひとつ思いのこすことはありません。


ですが、鋭い猛禽のくちばしも、爪もいつまでたっても、モグラを裂こうとはしませんでした。


ただ春の風が草原をわたっていきます。


それもそのはずです。だって、モグラが話かけていたのは、幻ではなく、ツバメとともにもどってきたおやゆび姫本人だったのですから。モグラが猛禽と勘違いしたのはツバメの影だったのです。


そして、おやゆび姫は どんなにふかい愛をモグラが自分にささげてくれていたかを知ったのでした。


ぽろぽろこぼれる涙は、今度こそ、心からの嬉しさの涙でした。


「 はい!! よろこんで!! 」


おやゆび姫はやっとそれだけ返事すると、泣きながら笑顔で、モグラの胸にとびこみました。


嗚咽がのどのおくから次々あふれ、胸は感情でいっぱいで、その短い言葉を口にするのがせいいっぱいだったのです。


「 ぴーぴーぴーぴー( プロポーズの返事は女の一大事じゃなかったのかよ 今のじゃ、てきとーに言った俺の台詞とおなじじゃねーか ) 」


つばさをひろげてモグラの日よけになりながら、ツバメはぐちを言いました。


でも、いいのです。 


本当にうれしい気持ちは、見つめるだけで、ふれるだけで、相手に伝わるのです。


それがわかっているから、文句を言いながらもツバメの口元はほころんでいるのでした。


おやゆび姫が幻でないとようやく気づいたモグラがわんわん泣いています。


一途な気持ちがやっとむくわれたおやゆび姫も、モグラにしがみついて、負けないくらい大声で泣いています。


ようやく気持ちを確かめあうことが出来たふたりは、もう嬉しくって愛おしくって、子供のように泣かずにはいられないのでした。


恰好いいセリフとも、すてきなお城とも無縁のどろくさい結末。


でも、そのどたばた劇が、ツバメには何より尊いものに思えました。


おやゆび姫とモグラの物語がどうなっていくのか、それは誰にもわかりません。


もともと住む世界が違うふたりです。きっと困難が待ち受けているでしょう。


だけど、不思議とツバメは心配はしていないのでした。


きっと好き合っている今の気持ちを忘れなければ、ふたりはどんな試練ものりこえていけるでしょう。


だって、物語には、むかしから伝わるフィナーレを飾る万能の呪文があるではないですか。


そうです。


恋する女の子は無敵なのです。

お読みいただきありがとうございます!

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[良い点] 全エットちゃんが泣きました。 感動した❗❗
[一言] ほろっと涙が出ました。 温かい物語をありがとうございます。
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