平穏な日々
職場で三人もインフルったので日替わり前に家に着かない……
--ポーケポッポー!!
鶏と鳩の鳴き声を混ぜたような声で目が覚めた。
この鳴き声はチキンバトだな。ちなみに味はまんま鶏なんだが、身はコリコリして美味しい。
今日の晩御飯に良いかもしれないな。と思いつつ、目を開くと、目の前にはレナの顔があった。
おかしいな。確か俺背中向けて寝てたはずなんだけど……寝返りでもうったのかな?
と思ったが、よく見たら壁際で寝てたはずのレナが床の方にいる。
これは夜中に起きて位置を変えたのか? それともとてつもなく寝相が悪いんだろうか。上下逆になっているとかなら分かるが……
件のレナはまだグッスリと寝ているようで、起きる気配はない。
スースーと寝息を立てて平和な顔で眠っている。
とりあえずレナを起こさないようにそっと身体を起こそうとして--ガッチリとホールドされてる事に気付いた。
なんとか身体をよじって抜け出そうとするが、とてもレナを起こさずに抜け出す事は出来そうにない。
早速朝一番の溜息を吐く事となった。
いっそ頭でもぶっ叩いて起こしても良かったが、昨日のやり取りを思い出し思い止まる。
正直なところ、俺なんかの何が良いのか今でもよく分かっていない。
今更ながらに恥ずかしさがこみ上げ、顔が僅かに熱くなる感触があった。
「はぁ……まったく」
早くも本日二度目の溜息を吐き、どうしたもんかと思った俺は、なんとなくレナの髪を撫でる。
泥酔したまま、いやもしかしたら酔ったフリだったのかもしれないが、昨日あのまま寝てしまったためか、レナの髪は若干爆発している。
にもかかわらず、触れた髪の毛はサラサラしていて、撫でていて気持ちが良い。いっそ整えてやろうかと、髪を撫で付ける。
「うぬぅ?」
なんとも間抜けな声を出すレナ。どうやら髪で遊んでいる間に起こしてしまったらしい。
「あ、ししょーだ」
「おはようポンコツ」
そこは普通に挨拶すれば良かったと思わなくもないが、レナの髪を撫でていたという恥ずかしさもあり、素直に名前が呼べなかった。
なんともむず痒いような、ホッとするような心地である。
「おはようございますー」
そんな俺の心境を知ってか知らずか、特に何かツッコむでもなく、微笑みながら挨拶を返してくるレナ。
そういえばレナのこういう表情は見た事がなかったな。大体はいつも焦ってるか泣きそうになってるか……うん。俺のせいだな。ちょっとは反省しよう。
まあレナも目を覚ました事だし、そろそろ起き--いや、離して?
「レナ」
「何ですか?」
「起きたなら離せ」
「え? 嫌ですけど」
離すどころか更に密着してくるレナ。いきなり枷が外れたように甘えてくる。
「嫌じゃなくて離せ」
「じゃあおはようのチューをしてくれたら--あいたっ」
「調子に乗るな」
流石にこれ以上は目に余るので鉄拳制裁をしておく。
決して不快というわけではないが、気持ちの整理もついていない状態でただ流されるだけではレナの気持ちに応えた事にはならないと違うと思ったからだ。
「冗談ですよぅ……何もぶたなくても」
「なんだかんだでお前にはコレが一番だからな。ちょうど目も覚めただろう」
困った時の鉄拳頼みである。
「さ、目が覚めたところで朝飯食ってカレンの店に行くぞ。今日も話し合いするんだろ?」
「そうですね。細かいところも詰めていかないといけないので」
酔ってたり寝起きだったりとボケてなければ、なんだかんだで受け答えはしっかりしている。逆に言えばボケている時は酷い。
そうそう昨日のように同室で寝るなんて事はないと思うが、これから気を付けなければいけないかもしれない。主に貞操とか。普通逆だろうよ。
適当に顔を洗い、レナと共に外に出る。
ここの宿は素泊まりしか出来ないので、朝飯を食べるにもいちいち酒場まで行かなくてはいかないのが少し不便だ。
「うう……ちょっと頭がガンガンします」
「それは飲み過ぎだろ」
「師匠がパカパカ殴るからですよ」
なんだその効果音は。殴られた本人にはそう聞こえているんだろうか?
「どっちにしてもお前が悪い」
二人して酒場で朝食をとり、カレンの店に向かう。
流石は商人というべきか、レナとは違って昨日の酒も残していないようだった。
「おはよう、昨日はお楽しみだったようね」
「あ、分かりますか?」
「お前は黙ってろ」
また頭を叩かなければいけないのかと思い、ふと気付く。
そういえば小さい頃にレイラ母さんとの修行で使ったアレがあったはず……
収納空間に手を突っ込み、アレを思い浮かべながら、ガサゴソと目的の物を探す。
緋徹などのように、銘があるものは名前を呼べばすぐ手元に来るが、そうでないものは形を思い浮かべながら見つけるしかない。
「ああ、あったあった」
「師匠、何やってるんですか?」
「いやちょっと探し物をな。もう見つけたから大丈夫だ」
「? 出さないんですか?」
「必要になったら出せるようにしておいたから問題ない」
「それにしても便利よね……その魔法」
商人のように多くの荷物を輸送するような人によっては垂涎モノだろう。
一度教えて欲しいとは言われたが、幼い頃から魔力制御を重ねてようやく使えるようになった魔法ではあるので、教えたとしてもカレンが使えるようになるかは分からない。
魔力制御を始めた年齢が早ければ早いほど、魔力量も増えるだとか、魔力をより身近に感じる事が出来るだとか言われているくらいだしな。
例えるなら音感みたいなものだろうか。
「必要になったら俺が収納するけど?」
「それはありがたいんだけど……アンタの場合はいついなくなるか分からないから預け辛いのよね」
「それに関してはなんとも言えないな」
少なくともこの村に限って言えば、もう十日もしない内に出ていく事になるだろう。
もちろんレナとの約束もあるので、いきなり出て行くような事はしないつもりだが。
レナの方を見てみれば、一瞬顔を伏せたようだったが、俺の視線を感じたのかすぐに顔をあげた。
やはりまた置いて行かれるのかもしれないと不安を感じているのかもしれない。
「まあ旅に出る時はちゃんと事前に言うようにするから」
「それは良い心掛けね。やっぱり昨日何かあったんじゃないの?」
「そうなんですよ。実は--」
早速アレの出番がやってきた。
俺は咄嗟に収納空間に手を突っ込み、アレ--ハリセンを掴み取る。
--スパァンッ!!
と、小気味良い音を立てて、レナの頭に命中する。
「痛いっ!? 師匠それなんですか!?」
「ハリセンだ」
小さい頃はチャンバラごっこのようにこれを使ってレイラ母さんと勝負をしていた。
もっとも時間が経つにつれ、ハリセンは木刀に、木刀は真剣にと凶悪さを増していったのだが……
「やっぱり拳骨よりこっちの方が爽快感もあって良いな」
「私は爽快とは程遠いんですが……」
お前が悪い。
「安心しろ。これはレナ専用ハリセンと名付ける」
「全然嬉しくないですよ!!」
「アンタら朝から人の店の前で何やってんのよ……」
カレンに呆れた目を向けられる。おかしい、別に俺は遊んでいるわけではないのだが。
それからはレナとカレンが話し合いをしている間、俺は店の仕事を片付ける。
なんだかんだで平穏な日々を過ごせているが、それも後数日の事だと思うと少し寂しくも思う。
とは言ってもまだ一週間くらいはあるんだから、この日々を満喫させて貰おう。俺はそう思っていた。
--だがその三日後、唐突に平穏な日々は終わりを告げる事になるとは、この時の俺は思ってもみなかった。
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