レナの想い
絶賛仕事から帰宅中であります。
こういう時ストックしといて良かったと思う。
「ほら、着いたぞ」
「うー、気持ち悪い……」
肩に担いだレナを降ろしたらそんな事を言い出した。流石に乱暴だったか。
「吐くならトイレで吐け」
「うぅ……ししょーが冷たい」
レナを下ろした俺は床に毛布を敷き、寝る準備をする。
流石にこんなのでも女性だし、床に寝かせるわけにはいかないだろう。
「ししょー」
「今度はなんだ?」
俺はお前の保護者じゃないんだぞまったく……
「脱げない」
「は?」
「力が入らないので鎧が脱げないのです」
「だったらそのまま寝ればいいだろ……」
「このまま寝ると身体が痛いんですー。だから脱がしてください」
「……はぁ」
今日何度目になるだろうか。俺はまた溜息を吐き、レナの元へと向かう。
「で、どうすれば脱げるんだこれ?」
そういえば鎧なんて着た事がないので脱がせ方が分からない。
「胸の下辺りにベルトがあるのでそれを外してくださいー」
「ベルトなんてあるのか……あ、本当だ」
てっきり上から被ってるだけかと思ったが、ちゃんと固定出来るようになってるんだな。
それにしても近くでレナの身体を見る事はなかったので分からなかったが、よくこの細身で鎧なんて着て動けるなと少し感心する。
「ししょーが私の身体を舐め回すように……」
「脱がせろって言ったのお前だろうが!」
人をまるで変態か何かみたいに--とよし、これでベルトは外せたな。
「ベルトが外れたら後はすぽーんと脱げるので持ち上げてくださいー」
「はいはい……」
バンザイをした状態のレナに残念なものを見るような視線を向けた後、両脇から鎧を抱えて持ち上げる。
む、やっぱり結構重量があるな。ってことはレナ自体はそれほど重くはないのか。と失礼な事を考えてしまう。
「はー、やっぱり鎧がないと楽ですねー」
「おっさんかお前は」
大体急所を守る為とは言え、こんな重い鎧なんて着てたら動きにくくないのか?
だったら鎧なんて着ずに動きを早くした方が良い気がするんだが……
「あ、ししょー今なんで鎧なんて着てるんだろうって思ったでしょ?」
「……まあな」
どうやら考えた事が表情に出てしまったらしい。酔っ払いのクセに。
「私も最近になってそれは思うんですけどー、どうしても騎士として着ざるを得ないんですよねー」
「ああ、見た目の問題か」
もちろん機能面としても容易に急所を突かれないという点では重要だと思う。
けれどレナくらいの実力があれば、鎧なんて着ない方がもっと動けるんじゃないかと思ってしまう。
「うー、あっつい」
「あ、おい」
考え事をしている俺を余所に、レナが着ていた衣服を脱ぎ捨てた。
恐らく鎧が皮膚を傷付ける事を防ぐ為に着ていたのだろう。厚手の服が床に落ち、すっかり薄着となったレナがそこにいた。
「はぁ……一応俺も男なんだが。ほら、とっととベッドに横になって寝ろ」
「はーい」
レナがベッドへと向かう間に、脱ぎ捨てられた衣服を畳んでおく。
何故ここまで世話を焼かなければならないのか分からないが、普段から母さん達(一部)が脱ぎ捨てた服を畳むのは日課だったので、つい習慣で動いてしまった。
「ししょー、しーしょー!」
呼ばれたのでレナの方に向き直ると、何故か手招きされていた。なんだよ、まだ何かあるのか?
半ば呆れながら、座ったままの状態でレナの方へと向かう。
「今度は一体なん--」
「つっかまーえた!!」
「むぐっ!」
先ほどまでレナがまったく自分で動く気がなかったせいか、すっかり油断していた俺は頭を抱え込まれ。レナに抱き寄せられてしまう。
鎧を着ている時には分からなかったが、十分立派と呼べる大きさの胸に顔がうずまる体勢になってしまい、顔の両側から柔らかい感触が伝わってくる。
「ねえ師匠」
「む?」
慌てて突き放そうとしたが、急に真面目な声音になったレナの声にピタリと動きを止めてしまう。
「師匠にとって、私達--私は邪魔ですか?」
「急に何を--」
言い出すのか。と言いかけて口を噤む。恐らく聞きたい言葉はそんな言葉じゃないだろう事が分かったから。
「師匠からすれば、私が足手まといな事は分かっています。無理矢理弟子入りなんかして、迷惑だという事も」
「……」
俺の返事を待たずしてレナは言葉を紡いでいく。
分かっている。これは俺に対して問いかけてるんじゃない。きっと独白のようなものなんだろう。
だから何も言わず、レナの言葉を待つ。
「私は最初、師匠の事を憐れんでいました。異世界から召喚されて、戦闘スキルも持たず、この人はどうやって生きていくつもりなんだろうと」
「そうか」
それはなんとなく感じていたし、もはや過去の事なので何も思う事はない。
「そしてその次は軽蔑しました。勝手にいなくなって、勝手に戻ってきて。なんて自分勝手なんだろうと」
「まあ……あの時はすまなかった」
「随分探したんですよ……?」
そういえばその時マルシアとクラウスの二人に出会ったんだったな。その分レナには迷惑をかけたようだが……
「それからあの時、私は師匠に対して怒っていました。何故命の危機なのに平然としているのかと。足手まといと分かっているだろうに、その場に留まっているのかと」
レナが俺に対する気持ちをぶつけてくる。
それにしても俺の印象は最悪だったらしい。無理もないとは思うけど。
「あの時、師匠に弟子入りしようと思ったのも、純粋な気持ちではなかったんです」
「ん? どういうことだ?」
何か打算的な物があったんだろうか? だとしても俺も交換条件を出したわけだから、別に気にする事はないんだけど。
「実は……師匠が何か特別な何かを持っていて、自分を強くする事が出来るんじゃないかと……もしそれを知る事が出来れば自分も強くなれるんじゃないかと」
「ああ、なるほど」
まあそりゃスキルが強さを示すようなこの世界じゃ、戦闘スキルを持っていない俺が自分より強いなんて簡単には納得出来ないだろうしな。
「けどそれは間違いでした。ただ単に師匠は鍛錬のみで強さを得たのだと。それもとても常識では考えられないような内容の鍛錬を積んでいたのだと」
「それはなんとも言えないけどな。俺はその常識ってのが分からないし」
物心ついた時から母さん達に鍛えられてたし、他人と手合わせする機会なんてなかったしな。
だから常識では考えられないって言われても、俺にとっては普通でしかない。
「それを理解した瞬間、私は師匠に憧れるようになりました。戦闘スキルがないのにその強さを身に着けるまで、どれだけ過酷な鍛錬を積んで来たのかを想像して」
レナの口調に熱がこもっていく。
「師匠が追放されたあの日、私は激しく後悔しました。何故師匠が悪者になるのだろう。何故命の恩人を、憧れの人を追い出すような事になってしまったんだろうと」
「何度も言うけど、それはレナのせいじゃない」
今でもレナのせいだとは思っちゃいない。別にアリシアのせいでもない……とは思うが、まあそこは割り切れない部分もあるといえばある。
だけどそれこそ今更だろう。
「そして気付きました。私は師匠と離れたくないのだと。足手まといだとしても一緒に歩んで行きたいのだと」
「はい?」
俺を抱える腕に力が入るのが分かった。おかしい、何故こんな流れになった。
押し付けられた胸から空気を吸い込む感触が伝わってくる。
「師匠、私は……私は師匠を慕っています。だからもう、二度といなくならないでください」
嗚咽交じりにそう、言った。
「それは……」
恐らく、いや--
ここまで言わせておいて恐らく、はないだろう。
間違いなくこれは告白というやつだ。しかもレナが、俺に対して。
確かに今までの行動を振り返ってみれば、レナの発言からその一端は垣間見る事が出来た。
けれど冗談で言っているのか、本気で言っているのかの判断がつかなかったから、特にそれに関して深く考える事はなかった。
だからこそ、ただその場の状況だけで判断して王都を出たわけだが、当然そこにレナの気持ちなんてものは判断材料には入っていない。
だからこそ、彼女はそれに対して傷付いたのだろう。何せ俺は躊躇う素振りさえ見せなかったのだから。
だが今、彼女の想いを聞いた以上はそうはいかない。別にレナを悲しませたいわけではないのだから。
だったら俺はレナが好きなのかと言われると、正直分からない。
今まで誰かが好きだなんて思った事もないし、言われた事だってない。今日が初めてだ。
かといってレナがどうでもいい存在なのかと言われると、そんな事はない。と言える。
半ば成り行きで構築された師弟関係ではあったが、今日レナと再会した時に分かった事だ。
当然何故こんなところにいるのかと、まず驚きがあったが、それでも変わらず師匠と呼んでくれた事は嬉しかった。
なら俺はレナの事をどう想っているのだろうかと、ぐるぐると頭の中で答えのない質問が繰り返される。
「レナ」
「……はい」
だけど彼女にここまで言わせておいて、自分だけ無言を貫くのではあまりに格好がつかないし、何より卑怯だと思った。
「レナがそう想ってくれていたのは嬉しい。だけど俺は今まで人を好きになった事もないし、人に好かれるって事もなかったから、正直言ってどうすれば良いのか分からない」
だから正直に言う。考えた言葉ではなく、今俺が感じている言葉そのものを伝える。
「レナの事は少なからず好ましくは思っている。それは事実だ。だけど愛しているのか、と聞かれるとやっぱり分からない」
「師匠……」
こんな言い方は卑怯なんだろうか。卑怯なんだろうな。
「だから時間が欲しい。そして約束する。今度はレナの気持ちを無視していなくなるような真似はしない」
「ししょぉ……」
これだけははっきり言っておく。
なんだかんだ言ってレナの泣き顔を見るのはごめんだからな。
「だから--むぐっ!!」
唐突に柔らかい感触に口を塞がれる。
目の前にはレナの顔があって……ってこれはもしかして。
俺は自分でも驚くほどに硬直していた。まさかレナがこんな行動に出るとはおも--
にゅるん、と口の中に何かが滑り込んで来る。
一瞬何かと思ったが、ハッと察した俺は硬直から脱してレナを引き剝がし、そして頭をぶっ叩いた。
「ぷはっ! このバカ!!」
「いたっ!! 何するんですか!!」
コイツ舌入れてきやがった!! 何考えてんだ本当に!!
「ああ、俺の初めてがこんな奴に……」
「え!? やった!!」
「やった、じゃない!!」
「あいたっ!!」
喜んでいるレナの頭をもう一度叩く。まったくコイツは……
「良いじゃないですか!! どうせならもう一つの初めても--」
「やっぱりお前黙れ!!」
「私だって初めてなんですから良いじゃないですか!!」
「そこじゃねえよ!?」
ああもう、エミリー母さんには口酸っぱく「常に冷静でいろ」なんて言われてたけど、コイツに関しては思う様にいかない事ばっかりだ。
「むぅ……だったら今日は諦めます。あ、でもだったら一つお願い聞いてください!!」
「でも、もだったら、も意味が分からないんだが……」
ペースが崩されるわ。怒ってばっかりだわ……こんなの母さん達に見られたらいい笑いものだろうな……
「細かい事言わないでください。老けますよ」
「黙れ。で、お願いってなんだよ」
「一緒に寝てください」
「嫌です」
「一晩中泣きますよ?」
「お前……!」
なんという脅し。女って怖い。
先ほどまでレナに泣かれるのは嫌だな。と思っていた俺の心を的確に抉って来る。
「……泣きますよ?」
「ああもう! 横で寝るだけだからな!!」
「はーい!!」
まあ背を向けて寝れば大丈夫だろう……多分。
レナはいそいそと壁際に寄り、ベッドをぽんぽんと叩く。まるで「はよこい」と言わんばかりに。
今までの人生で一番多く吐いたであろうため息を吐き、レナに背を向けてベッドに横たわる。
そしてそれを待っていたかのように、そっと俺の身体に腕が回された。レナの女性らしい柔らかな身体が俺に押し付けられている感触が伝わって来た。
「おいレナ--」
「大丈夫ですよ。今日は何もしません」
耳朶をくすぐるような柔らかい声音でレナが囁いてくる。なんともくすぐったい感じがするが、不快ではないと、そう感じた。
「ねえ師匠、どこにも行かないでくださいね」
「……分かったから早く寝ろ」
「ふふ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ……」
そして背後から聞こえる寝息を確認して、俺も目を閉じる。
--まったく、よく眠れるもんだ。
俺はと言えば、レナの言葉と唇の感触を思い出し、なかなか寝付けずにいるのだった。
書きたかったシーンその一完了であります。
上手く書けてると嬉しい




