とある王女の休日②
フラグ? ああ、あの斜めにぶっ立てるやつね。
「ふう、今日はよく歩きましたね」
誰ともなくそう呟く。どうも一人でいる事が多いせいか、最近独り言が増えた気がする。
それにしてもあの蜂蜜ベーグルは美味しかった。絶対また食べよう。と一人決意を胸にしたのは言うまでもない。
さて、そろそろ日も暮れる頃だし、お城に戻らなくては--いや、せっかくだからマルシア姉様に顔を見せてからにしよう。
いきなり私が訪問したと知れば、姉様は驚くだろうか。
今からその表情を想像すると、自然と可笑しくなってしまう。何せマルシア姉様の驚く表情などなかなか見る機会はないからだ。
ただ一つだけ懸念もある。それは姉様の婚約者であるクラウス様の事だ。クラウス様は騎士団の千人隊長を務めており、年齢より遥かに若く見える整った容姿で人気も高い。
だが私はどうもあの貴族然とした態度が好きになれないのだ。もちろん、自分もあまり人の事は言えないのも事実ではあるが。
そうこうしている内に、マルシア姉様の屋敷に到着する。自分の足で向かうのは初めてだったので、辿り着けるか正直不安もあったが、意外と覚えているものだ。
「あの、すいません」
「何でしょうか。こちらはマルシア様の屋敷です。申し訳ありませんが誰でも通す訳には参りませんが、お約束などは?」
「あ、えっと私です」
そういえばローブを羽織っているんだったと思い出し、目深に被ったフードを外した。
「あ、貴方はアリシア王女!?」
「しーっ、今日はその、マルシア姉様に会いに来たのです。通ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです!! 失礼致しました!!」
すっかり門番の方を恐縮させてしまった。突然やってきた私が悪いのにな。と少し申し訳ない気持ちになる。
「どうぞお通りください!!」
「ありがとう」
一言お礼を告げ、屋敷の門をくぐる。
それにしても、と屋敷を見上げて思う。あんな事がなければ姉様も王城で一緒に暮らす事が出来たのに、と。
--身体が成長しない呪い
マルシア姉様は過去、魔族が王都に襲来した際に呪いを受けてしまった。
その時には王都中の魔法使いや呪術師、医者も含めて大勢の人がマルシア姉様の呪いを解こうと集まったが、結局呪いを解く事は叶わなかった。
その時にある呪術師が言った言葉が今でも耳に残っている。
--伝説の聖女様の聖術さえあれば
聖女様の伝説は知っている。昔勇者様と共に魔王を倒す旅に同行し、この世界を平和にした後、勇者様の故郷へ共に向かったとの事だ。
それ以降聖女は現れず。聖術自体も伝承としか残っていない。
そして呪いを受けたままのマルシア姉様は、万が一私や父様に呪いが移ってしまってはいけないと、数少ない侍女や執事と共にこの屋敷で暮らしている。
だけど私は諦めるつもりはない。マルシア姉様の呪いはいつか私が--
そこまで考えて、庭の辺りで人の気配がする事に気付いた。姉様がいるのかもしれない。
そう思い、屋敷にはそのまま向かわず、庭に向けて足を運んだ。
「ダメだ。もう一度」
男性の声が聞こえてくる。
クラウス様が来ているのかと思ったが、それよりも若い声だ。どこかで聞いた事があるような気もするが、今日はそんな事を思ってばかりだな。と思うに止まり、それ以上は見れば分かるだろうと歩みを進める。
そして私は目を疑った。何故あの男がここにいるのだろう、と。
そういえば半年前、ユーキ様やアサカ達の通う学校が決まったあの日に、父様に呼ばれて姉様と共にどこかへ行っていた気がする。なるほど、それで姉様と顔見知りになったのか。と一人納得した。
なんとなく顔を合わせたくない気分になり、近くにあった木に隠れて様子を伺う。
件の彼は剣を構えており、対峙しているのは……レナリス? 何故レナリスがこんなところに? 確かに今日は私が休日だから暇を与えたが、何故彼と一緒にいるのだろうか?
私の疑問を余所に、レナリスに向けて彼が剣を振るう。その動きは緩慢で、やはり戦闘スキルがない事が間違いない事を示していた。下手をすれば一般人よりも遅いのではないだろうか。
だが対するレナリスも何故か彼と同じくらいの速度で動いている。合わせるようにお願いでもされたのかもしれない。
当然お互いにゆっくり動いているのだから、レナリスの剣が少し遅れて彼の剣を防ごうと動き出す。が、同じ速度なら先に振り出した剣が到達する方が早いのは当然だ。
彼の剣がレナリスの肩にゆっくりと迫り、そして剣を止め……ない!?
このままではレナリスが斬られてしまう!! そう思った私は慌てて隠れていた木から飛び出す。
「何をしているのですか!!」
いきなり私が飛び出した事に驚いたのか、レナリスがビクッとこちらを振り向き、そして驚く。
だが彼は、その男はあろうことか私を見る事もなく、剣を止めようともしない。剣がレナリスの肩に食い込み、そして血が……
「やめなさい!!」
私は居ても立ってもいられず、彼を突き飛ばした。
そうしてようやくレナリスの肩から剣が離される。
「何を考えているのですか!!」
私は彼を叱責した。当然だ。何の訓練かは知らないが、きっと周りの、ユーキ様達と比べて何も出来ない自分が歯痒くなったとかで、レナリスに訓練をお願いしたのだろう。
それはまだいい。いや、戦闘スキルも持っていないのに、忙しいレナリスの時間を奪った事はそれはそれで腹立たしいが、レナリス自身が承知しているのであればやむを得ないだろう。
だが今のはなんだ? レナリスは王都でも有数の近衛騎士だ。そんな貴重な人材の、ましてや女性の身体を傷付けようなど、常軌を逸しているとしか思えない。
「あんたか、見るだけならともかく、邪魔をするのはちょっと……」
「邪魔ですって!? ならレナリスが貴方に斬られるのを見ていろと!? いくら回復魔法があるとは言っても、傷が無くなるわけではないのですよ!!」
邪魔、邪魔と言った。つまり彼がレナリスを斬ろうとした事は疑いようのない事実だ。あのまま斬られていればとてもじゃないが軽症では済まないだろう。
最悪腕が動かなくなってしまった可能性だってあるのだ。
「レナリス!! 貴方も何故彼にされるがままだったのですか!!」
「ア、アリシア様……いえ、これは修行で……」
「貴方が彼の修行に付き合う必要はありません!! ましてや傷を負うような危険を冒す必要など!!」
ダメだ。感情的になっている。本当にこの男が絡むと王族とかそんな事より、私個人として気に食わない事が起きる。
「誰か!! この男を捕らえなさい!!」
「アリシア様!! 落ち着いてください!!」
「これが落ち着いていられますか!!」
レナリスはなんとか私を宥めようとしてくる。レナリスだって怒ってもいいくらいだ。いや、むしろ逆に斬り伏せても構わないと思っていた。それくらい私は怒っている。
それにしても何故レナリスは彼を庇うような事をするのだろうか。もしかして何か弱みを握られて脅されているのだろうか。
それこそ身体を斬られても文句を言えないくらいに。だとしたらなんて卑怯な男だろう。
私の悲鳴にも近い声を聞きつけ、どうしたのかと門番が駆け付けてくる。
「アリシア様! 何かありましたか!?」
「この男を捕らえなさい!!」
「ええ……?」
最後の声は彼の声だ。困惑したような表情だが、自分が悪い事をしたという自覚が全くもって見られない。私はこの男が非常に危険だと判断した。
抵抗するかと思ったが、門番が彼を拘束する間、特に暴れるでもなく、されるがままになっていた。当然だろう。彼には戦闘スキルがない。抵抗などしても無駄だと判断したのだろう。どうやらそれくらいの分別はあるらしい。
そして門番が彼を後ろ手に拘束したのとを確認して、言い放つ。この男は放っておくわけにはいかない。
「彼は私の近衛であるレナリスを害そうとしました。どのような事情があれ、その罪は当然許される物ではありません」
「ア、アリシア様?」
レナリスが慌てた表情で私の名を呼ぶ。大丈夫、貴方がどのような脅しを受けているかは分からないけど、私が救ってみせる。
「ですが彼は異世界から来た身、その身上を慮って死罪には致しません」
「いやだから」
「貴方は黙っていてください!!」
何か言い訳をしようとしたのだろうが、犯罪者の言葉を聞くつもりはない。
「彼を王都から追放処分とします。勇者様のお仲間に犯罪者が出た事は誠に残念ですがやむを得ません。責任は私が取ります」
「はぁ?」
彼は何を言っているのかという目で私を見る。私もキッと彼を睨み付けた。
そして数秒の時間が経ち、根負けしたのか彼は溜息を吐き。
「はぁ……まあそれで気が済むのならそれでいいさ。で、いつ出て行けばいいんだ?」
「もちろん今すぐです。門番の方には申し訳ありませんが、そのまま王都の外に出て、王都を出たら拘束を解いてください」
「はっ、かしこまりました」
「まったく、挨拶する暇すらないのか」
彼はちらりとレナリスの方を見る。私も釣られてレナリスを見ると、彼女はなんとも申し訳なさそうな表情をして男を見ていた。
何故レナリスがそんな表情をするのだろうか。喜ぶのは確かにどうかとは思うが、普通は安堵した表情を見せてくれると思っていたのに。
だが私は間違った判断をしたとは思っていない。むしろこれでも温情のある処置だと思っている。
それから門番が彼を追放し、戻って来るまでの間にレナリスを労わった。私も簡単な回復魔法なら使えるので、レナリスが斬られてしまった肩を回復魔法で癒す。
だがやはり、傷は塞がり、血は止まっても、その傷の跡は残ったままだった。
「ごめんなさいレナリス。私がもっと早く気付いていれば……」
「いえ……ありがとうございます……」
そのお礼は傷を癒した事だろうか、それとも彼の凶行を止めた事にだろうか。
その後レナリスに脅されていたのかと聞くが、彼女はそれを否定するばかりで、何故レナリスが彼と一緒に居たのかは分からずじまいだった。
そうこうしている間に門番が戻って来たので、私は今日の出来事をマルシア姉様と父様に報告しなければと、レナリスに安静にしているように伝え、その場を後にするのだった。
お正月なので頑張らせて頂いております。
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