王女と女騎士
ある日の会話
「それではアリシア様、失礼します」
勤務終了の時間を迎え、私は自分の主であるアリシア様に帰宅の旨を告げる。この後は師匠と二人っきりで修行の時間だ。
師匠に弟子入りしてからというもの、はや三か月が経とうとしている。一向に師匠との差が縮まる様子がないどころか、その実力に触れれば触れるほど、その差に愕然としてしまうのだが、それでも着実に実力は上がっていると思う。
ただその修行の内容は厳しい。女だからといって手加減してくれているようには思えないし、首以外は平気で斬り落としてくる事も少なくない。だがそれも後で治してくれるのだから、結局のところ問題はないのだ。問題はないのだが、仮にも年頃の女性を平気で斬り刻む師匠は鬼だと思う。
師匠と修行を共にする様になってから、師匠が武器を振るうところを見せて貰う機会が増えた。
一流の剣士が剣を振るう姿は舞いの様だとよく表現されるが、師匠のそれには全くと言っていいほど飾り気がない。むしろ無骨と言っていいだろう。必要以外を徹底的に削ぎ落した相手を殺す為だけの剣。私が師匠の剣を見て抱いた印象がそれだ。
それこそ目の前のアリシア様と同年代ほどしかない師匠が、何故そのような剣術を使えるのかは分からない。師匠は「母に習った」と言っていたが、一体師匠のお母様は何者なのだろうか--と、そんな事よりも早く師匠のところに向かわなくては。
「ええ、お疲れ様。それにしてもレナリス、最近機嫌が良いようだけど、何か良い事でも?」
「そ、そうでしょうか? 特に何があったという訳ではないのですが……」
「以前と比べて勇者様達に対しても面倒見が良くなったと評判よ?」
アリシア様ごめんなさい。それは師匠に言われているからです。
「それはその……彼等を指導する事で、自分の足りないところが見えてくるはずだと……」
「まあ! レナリスがそんな事まで考えていたなんて!! 騎士の鏡ね!!」
「いえ、それほどでも……」
アリシア様から尊敬の眼差しを向けられる。別に嘘を吐いているわけでもないが、その視線の眩しさになんとなく後ろめたさを感じてしまう。
「おかげで勇者様達も着実に強くなっています。貴方のおかげでね」
「もったいないお言葉です」
元々私は勇者達に対してそこまで面倒を見るつもりなどなかったので、おかげ、というのであれば師匠のおかげだろう。
「まあ……一名を除いて、ですけど」
「?」
程度の差はあれ、異世界から来た勇者達は指導の甲斐あってか、はたまたそのスキルの恩恵か、本人の資質によるものかは分からないが、傍から見れば劇的な速度で成長している。当然全員が全員急激な成長をしているという訳ではないが、特に問題がある者はいなかった気はするが。
「ほら、貴方が教えていない人が一人いるでしょう? 私と同じく学院に通っているあの……」
「アリシアと同じ学院の? --ああ、ししょ……ソータ様ですね」
危ない危ない、危うく師匠と呼んでしまうところだった。アリシア様にバレてしまったらきっと師匠に叱られてしまう。というか破門されてしまうに違いない。
確かに私が剣を教える場に師匠は来ない。というか来る必要はないし、それこそ私なんかが人に剣を教えている姿を師匠に見られるのは非常に恥ずかしい。
「確かに戦闘スキルを持っていない以上、戦場に赴く必要はありません。ですが最低限剣を覚えようという気概くらいはあっても良いとは思いませんか? しかも聞けばあのアサカの兄だというではありませんか。まったく、信じられません!!」
アリシア様は不機嫌を隠そうともせずに訥々と語る。師匠、貴方一体何したんですか……
「確かにアサカは天才ですからね。あの勇者殿--ユーキと言いましたか。全くもって比べものにならないほど」
「スキルを見た時も驚愕しましたが、実際に模擬戦をした中でも、騎士を圧倒したのは彼女だけ。だからこそあの演習には同行していませんでしたが、アサカがいれば、貴方を危険に晒さずとも、例の魔族も倒せたのではないかと思っています」
「恐らくその通りだと思います」
アサカは強い。それはここ最近、剣の指導をする時にも感じていたことだ。私よりも、兄様よりも遥かに上の実力を持っていると思われる。
それもそのはず、ユーキなどは複数のスキルを持つホルダーではあるが、まだこちらの世界に来たばかりという事もあり、総じてそのスキルレベルは低い。
だがアサカは最初からスキルが高レベルだったのだ。確かその時見たステータスは……
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名前:浅倉朝香
年齢:16歳
性別:女
種族:人族
スキル:<剣術Lv8><光魔法Lv3><雷魔法Lv4><火魔法Lv6><水魔法Lv8><風魔法Lv8><地魔法Lv7><身体強化Lv5>
称号:<勇者>
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こんな感じだったと思う。しかもユーキとは違い、既に称号に<勇者>が表示されていた事から、本来召喚されるべきだった勇者はアサカだったのだろう。
そしてアサカとアリシア様は非常に仲が良い。だから兄である師匠の話も当然話題に上る事もあるのだろう。
師匠の話……私も聞きたい。
「まあ良いのです。アサカがいるのなら、あの兄のような人物が一人くらいいても、十分お釣りがくるのですから」
「アッハイ」
師匠とアサカ、兄妹だというのなら、同じ環境で育ってきたはずだ。だから師匠に関してもアサカと同じようにスキルを持っていてもおかしくないはずだ。実際その実力が物語っている。
だが何故師匠には戦闘スキルがないのだろうか? 今更ではあるが気になってしまう。
そういえば師匠の称号欄は見たことがない。本当にないのか、隠しているかは分からないが、見せてくれるようにお願いしてみよう。
「……すいません。レナリス、愚痴になってしまいました」
「いえ、アリシア様は何でも抱え込み過ぎです。お話ならいくらでも聞かせて貰いますよ」
「ありがとう、レナリス」
そう言ってふわりと柔らかい微笑みを浮かべるアリシア様。そういえば最近アリシア様はあまり感情を表に出さなくなっていた気がする。笑顔を見るのも久しぶりだ。アリシア様に仕える騎士として、何か出来ることがあれば良いのだが……
と、考えて軽く首を横に振る。--やめておこう。王族の抱える問題に首を突っ込むなど、一介の騎士に許される事ではない。
それが自分の本心なのか? と心のどこかで声が聞こえた気がした。けれど今はその声は聞こえなかったフリをする。
「それではアリシア様、私はこれで」
「ええ、また明日」
アリシア様に別れを告げ、師匠の下へ向かう。ついでだから師匠はどう思うかを聞いてみよう。
そう思ってから、まったく自分は師匠になんでも頼るようになってしまっているな。と人知れず苦笑する。
--だがそれも悪くない。
師匠はどう思っているかは分からないが、私にとっては兄様以外に初めて頼れる人が出来たのだ。だから少しくらい図々しくても良いだろう?
誰ともなく言い訳しながら日が暮れ始めた王都を歩く。顔を照らす夕焼けのせいだろうか、頬が少し熱くなるのを感じていた。
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