決定
おっさんとの会話後編です。
いきなり学院に通うのではなく、冒険者になれと言い出したゲイルに思わずツッコミを入れてしまう。
「まあ待て、これはお主の為でもあるんじゃ」
「俺の為?」
俺の為と言われても全くピンと来ない。
「お父様、何故学院に通うのではなく、冒険者になる事がソータくんの為になるんでしょうか?」
どうやらマルシアも理解が出来なかったらしい。
「うむ、それはまず学院について話した方がいいじゃろうの」
「学院って王立の学院ってやつ?」
「そうじゃ」
俺からすれば元の世界の学校しか思い浮かばないけど、何か違うんだろうか。
「王立学院はの、その門を広く開き、平民でも通えるように税金によって賄っておる」
その辺は学校と同じだな。
「但し、税金とは言え、元はと言えば自分達の稼いだ金でもある。つまりじゃ」
「つまり?」
「税金を多く収めた者が優遇されるべき。そういう風潮もあるのじゃよ」
それってつまり、より上位の貴族が優遇されてるって事か?
「もちろん儂としてはそのような風潮を見逃すわけにはいかん。じゃが学院を一歩出れば結局貴族と平民という格差は付いて回る」
「要するに、学院内で対等とは言っても、学院以外での立場があるから、学院内でも平民は貴族に逆らえないし、貴族は平民を下に見るって事か」
「話が早いの、そういうことじゃ」
「で、それが何で俺の為になるんだ?」
恐らくクラウスが最初にとった態度のような貴族が実際にいるんだろう。で、そういう輩が学院にもいる。という事までは分かった。
でも平民だっているわけだし、貴族に関わらなければ問題ないんじゃないのか?
「これは儂の想像もあるが、お主が学院に入学した場合、間違いなく貴族連中に目を付けられる事になるじゃろうな」
「なんで!?」
関わらなければいいんじゃないのか?
「貴族とは何より家柄を重んじる。外に出ても恥ずかしくないようにの」
「それが何か?」
「つまり幼少期より剣術や魔法などの教育を受けておる。そして平民は環境に恵まれた者でもない限り、学院に入ってから学ぶ者が大半じゃ」
「ふむふむ」
「で、お主はクラウスを倒す程の技量を持っておる。そして見た目は、というよりもこの世界に来たばかりじゃし、爵位もない以上は平民と同じ扱いとなる」
あ、なるほどな。ようやく話の展開が読めて来たぞ。
「って事は俺が実技やら模擬戦やらで、その貴族達より良い成果を残してしまった場合、目の上のたんこぶになるって事?」
「その通りじゃ。平民を下に見るような輩は、まず間違いなくお主に対して何らかの行為を働くと思われる」
「でもそれって取り締まればいいんじゃ?」
「態度を表に出さず、人を使われた場合は分からんじゃろう。もちろんその使われた者達が口を割ったとしても、証拠がない以上は罪には問えん。じゃからお主の身の安全の為にも、出来れば学院に通うのは止めた方が良いと思ったわけじゃ」
それもそうか……うーん、でもなんか釈然としないな。
「それにお主ほどの実力があれば、冒険者として功績を挙げる事もそう難しい事ではなかろう」
「なるほどな、とりあえず理由は分かったよ」
「分かってくれたか。なら……」
「だが断る」
「なんでそうなるんじゃ!?」
いや、ゲイルには感謝はしている。国王でありながら、俺個人の事を心配してくれたんだろうしな。
でもなんというか、貴族だ平民だってのも気に食わないし、何より他の平民が苦労しているのに、俺だけそれを避けて楽するってのも何か違う気もするしな。まあそもそもいきなり召喚されてるわけだから、これ以上苦労を背負いこむ必要もないっちゃないんだけど……
「なんか話聞いてから決めるのって逃げてるみたいで釈然としない」
「ぬう……昨日話した感じでは、面倒事は嫌いなようじゃったから先に話しておいたんじゃが……外したか」
「そりゃ面倒な事なんて避けて通れるなら避けた方がいい。だけどそれは人に言われたからってんじゃ逃げたのと同じだし、何より格差があるのは仕方ないかもだけど、それを理由に差別されてるのが気に食わない」
「ソータくん、ですが」
「いいんだマルシア。俺やっぱり学院に通う事にする。これは俺が決めた事だし、仮にさっきゲイルが言ったように、貴族連中に目を付けられたって構わない」
「すまんの、かえって余計な情報を与えてしもうたか」
「いやゲイルが謝る事じゃない。むしろ俺の事を考えてくれたのはありがたいし。俺が納得出来なかっただけだよ」
別に学院を変えるとかそういうつもりはないが、もしかしたら良い奴だっているかもしれないわけだし。全部が全部悲観的である必要はないだろう。
「分かった。本人が決めた事であれば儂が言う事はない」
「あ、でも冒険者って学院に通いながらでもなれるもんなのか?」
それはそれで気になったので聞いておく。
「それは問題ない。お主が希望するのであればそれも良いじゃろう。じゃが冒険者として登録出来るかは分からぬ」
「あれ? なんで?」
「通常であればギルドの受付にステータスを見せ、戦闘スキルがあるかを確認する必要があるんじゃが……」
「俺はスキルがないから門前払いにされる可能性もあると」
「その通りじゃ、スキルは魔物と対峙しても生き残れるかどうかの基準にもなっておるからのう」
要するに元の世界で言う資格みたいな扱いもされてるのか。
「まあお主の事じゃ、その辺はなんとかなるじゃろう」
「とりあえず行ってはみる事にする。ダメならダメで仕方ないか」
「それにギルドは冒険者ギルドだけではない。魔術師ギルドや錬金ギルドなんかもあるしのう」
「そんなにあるのか!!」
「じゃが基本的には冒険者ギルドと同じく、適正があるかをスキルで判断するからの。お主の場合は……料理ギルドか従者ギルドなら問題なく受け入れてくれるじゃろう」
「ええ……」
いや、確かにそっち寄りのスキルだけどね……
「ところで従者ギルドって?」
「いわゆるメイドや執事といった従者を育成したり、派遣したりするギルドじゃな」
あ、なるほど、ひっくるめて従者って扱いなのね。
「まあそれはおいおい考えるが良いじゃろう。まずは学院の件じゃが、王立学院に通う事で良いんじゃな?」
「ああ、それでいいよ」
「分かった。ではそれで手配させよう。で、あれば一つだけ忠告しておくぞ」
「ん? 貴族の事?」
さっき話を聞いた以外にも何かあるんだろうか。
「アリシアには手を出すなよ? いいか? 絶対だぞ?」
何その押すなよみたいなノリ。変なフラグ立てるの止めて欲しいんだが。
「いや、マルシアにも手を出した覚えはないぞ? っていうかなんでアリシア?」
「今年からアリシアも王立学院に通っておるからじゃ」
あ、俺達と同じくらいの年齢だと思ったら、やっぱりそうなのか。っていうか王族も通う学院なのか……
「ってことは同級生か。まあ先輩として頼る事はあるかもしれないけど、別に手を出そうなんて思っちゃいないよ」
「絶対じゃな!?」
それ以上旗を立てるのは止めろ。
「それに俺以外だって勇者候補がいっぱいいるじゃないか。それこそ俺を選ぶ必要性を感じない」
「まあそれはそうなんじゃが……まあ良い。こればかりは気にしても仕方がないの……」
それにしても本当にコイツが国王で大丈夫なのか? いや個人的には良い人だと思うけど、為政者としては人が良すぎるんじゃないだろうか?
「で、もう話は終わり?」
「うむ、以上じゃ。では王立学院に通う生徒は基本的に寮住まいとなる。そこまではマルシアに案内させよう」
あれ? なんでマルシアに? 俺の案内なんて誰でもいいんじゃないのかな。
「いいんじゃ。これはお主が王族と関わりがある事を見せつけておく狙いもあるからの。保険じゃ保険」
「あ、なるほど」
俺には全然思いつかなかった。よくそんな事思いつくな。
「ではマルシア。頼んだぞ」
「はい、お父様。それではソータくん、行きましょうか」
「あ、ああ頼む。他の奴等は?」
「もうとっくに各々の部屋に向かっておる頃じゃ。お主と違って個別に話をさせておるわけではないからの」
「了解。じゃあマルシア、よろしくな」
「はい、行きましょうソータくん」
俺はマルシアに続いて部屋を出た。
「それにしても……」
「ん?」
外に向かう廊下を歩きながら、マルシアが俺に声をかけてきた。
「お父様や私が王族と分かっても、ソータくんは変わらないままなんですね。特にお父様なんてこの国の王なんですよ?」
「ああ、そんな事か」
「そんな事……なんでしょうか」
マルシアは少し首を傾げ、疑問を口にした。
「そんな事だよ。だって別に無礼者!! とか言われなかったし。何よりゲイルもマルシアもそういうのあんまり好きそうじゃないしな」
「それはまあ……確かにそうですが。なんというかソータくんは凄いですね」
「別に凄くはないよ。それこそゲイルやマルシアの方がよっぽど凄いじゃないか。何せこの国のトップなわけだし」
「そうと分かっていながら、自然体のままのソータさんの方が凄いと思います」
「いや俺なんかより……」
「いえいえ私より……」
マルシアとお互いどっちが凄いかを譲り合うという、よく分からない勝負をしながら、俺は今日から住む事になる寮へと向かった。
序盤という事もあって日常的なお話がもうちょっと続きます。
 




