28話 大手通信会社社員、鮮度の大切さを知る
そろそろ10万字。
フルフルさんとコーチダルケ大森林でお別れして、ソロモンシティに戻ってきた。
アンチマジックウィドーを撃破した日の翌々日の夜に帰ることになった。
無断欠勤ならぬ、無断閉店である。
こういう時に罪悪感を感じてしまうのは、日本人故なのだろうか?
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「うう……、音化移動って酔うね」
「そ~お?」
自身を音に変えて移動する音化移動。
2回目だったので、1回目よりは冷静に分析してみた。
音速というだけあって、恐らく秒速340メートル近く出ているのだろう。
コーチダルケ大森林はソロモンシティから100キロは離れているらしい。
所要時間は5分ぐらいだった。トンデモナイ移動方法である。
だけど……酔う。何せ移動中は視覚情報がほとんどなくなる。
そして音から実体に戻る手前位から強烈な違和感に襲われる。
「ふう……寝よ」
「おっやすみ~」
音化移動の着地点は僕のベッドの隣にある、音の鳴らないオルゴールだ。
実際には音が鳴ってるらしいんだけど、アムが音を消してるみたい。
我が家の目印用らしい。何のメロディーが鳴っているのやら。
着いた時間が夜だったこともあり、とりあえず寝ることにした。
1階に降りると……仕事してしまいそうだったから。
積極的な現実逃避です。
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「やっぱだめか~……」
いつもより早く起きて、倉庫をチェックする。
生鮮食品系はダメになっていた。まあ、それぐらいか。
気を取り直して、仕入れに出かけることにする。
「それじゃ、行ってくるよ!」
「いってらっしゃ~い」
『CHU♪』
本当に『音玉』で『CHU♪』が飛んでくるんだから笑えるよ。
ちょっと恥ずかしいので、手で振り払う。
さて、小走りでドルゴ商店まで向かう。
この頃ドルゴさんは機嫌がすこぶる良い。
理由は簡単、売り上げがいいからだ。
ソロモンシティ近郊で、モンスタースポーンが発見された時はとんでもなく機嫌が悪かった。
売り上げの一部をモンスタースポーン対策費用として納めないといけないからだ。
こちらとしても仕入金額が値上がりしちゃってかなりきつかった。
それじゃあ、なぜ売り上げが上がったかというと、これもモンスタースポーンが関係する。
実はモンスタースポーンの討伐が上手くいっていないらしい。
国王軍とやらが派遣されて、対処しているんだけどかなり手を焼いているとのことだ。
そのため想定以上の負傷者が出ており、医療品を筆頭に、食材や衣類などかなりの需要が発生している。
その結果、必要とされたのが大量物資配給できる商店だった。
そしてその情報をいち早く掴んだドルゴさんが、誰よりも早く手を上げたってわけだ。
なぜそんなに詳しく知っているかというと、ドルゴさんが自慢気に話してくれたからね。
もう3回は聞いたな。ははは。
まあ、機嫌が良いほうが気楽でいいよ。
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ドルゴさんに罵倒されず、仕入れることが出来た。
僕の店の売り上げもいいし、ドルゴさんの機嫌もいいので罵倒されることは少ない。
「お前も、俺様ぐらいの商売センスがあれば良かったな! ガハハ!」って言われたぐらいだ。
確かにセンスはあると思うよ。稼ぐ嗅覚っていうのかな。
別の支店を任されてる店長と話した時に言ってたんだけど――
「嗅覚がいいんだよ。あの顔見てみろよ。野ブタそっくりだろ」
なんて言ってたな。あれ? あの店長随分と会ってないな……。
気のせいかな。
**
いつも通りに店を開店させ、タルムン商店に行きたいので、18時前に店を閉めた。
何人か「誘拐されたのかと思った!」、「病気だったのか!?」なんて心配してくれた。
気にされるってなんか嬉しいよね。
「さて、今日もお疲れさま」
「えへへ~、お腹空いたね」
「ピザ風バーガー作ったから持って行こうか」
「やたー!」
タルムン商店はピザ好きである。僕も好きになってしまった。
今度……ピザ風バーガーも商品化しようかな。
**
「こんばんは~」
タルムン商店東支店で僕たちは顔パスだ。皆さんフレンドリーだし。
そうそう、最近なんか雰囲気が明るくなった気もするんだよね。
さて、タルムンおじいさんはというと――
『そろそろチャチャイの町が収穫期ですね。ピーー』
「買い付けの準備を進めることも大事だけど、そういう時期は物も売れるから需要のありそうなものを事前にチェックするように、なのね」
『なるほどなるほど。そういえばカゼガー町で塩不足だそうです。フケバー漁港との街道が崖崩れで復興まで時間がかかるらしいです。ピーー』
「ふむ、ちょっと待つのね」
タルムンおじいさんは地図を取り出した。
「ちょっと遠いけど、オケヤー漁港まで売りに行って、その足で塩を仕入れてカゼガー村に届けたらいいのね」
『なるほど! ピーー』
「ちょっと長旅になっちゃうから、手当はつけていいからね」
「ありがとうございます!! それからですね――」
タルムンおじいさんと厩舎の確かエリックさんとのやり取りは続く。
何人かは、その様子を見学している。
僕たちも静かに見学することにした。
**
『ありがとうございましたー!ピーー』
タルムンおじいさんは受話器の方向に前傾姿勢だった姿勢を元に戻した。
「ふう~なのね」
少々疲れたのだろうか? だけど前より元気に見える。背筋が伸びてる感じだ。
「お疲れ様です」
「やっほ、タムちゃん」
「ん?? あら~デンちゃん、アムちゃん」
「お邪魔してます」
「昨日行ったら開いてなくてビックリしたのね」
そっか、昨日は週に1度タルムンおじいさんが卵焼きバーガーを買いに来る日だった。
「あ~……すいません。実はちょいとアルモノを仕入れに」
「えへへ~」
「ん~?」
店を2日も休んで仕入れてきた一品だ。驚くぞ~。
収納魔法いっぱいに詰め込んだアンチマジックウィドーの糸を取り出す。
タルムンおじいさんは目を丸くした。
「こ、これは!? なのね! オ、オイヤー!!」
自席で仕事をしていたオイヤーさんは呼ばれてすぐに立ち上がる。
そして軽やかに駆け足でやってきた。
「おいやおいや、オイヤーをおよびでしょう……おやおや……?」
オイヤーさんも目を丸くしている。
「これは……、アンチマジックウィドーの糸?? はて、いやしかし……」
「オイヤーどう思うのね」
「フム……アンチマジックウィドーの糸と思われますが……、いや質が……良すぎますね。
まるで本物の絹糸のようだ。オイヤー、これほどの一品は見たことがないや~……」
なんかすごい高評価だ。突然変異のアンチマジックウィドーだったからだろうか。
「これを……デン様とアム様が?」
「いぇ~い」
ダブルピースするアム。
結構な大事らしい。理解しているのはオイヤーさんとタルムンおじいさんだけみたいだけど。
「これほどの状態の良い糸は初めて見ました。
普通はもっと繊維が劣化しているんですがね。こちらはまるで……出来立てのようですね」
「出来立てだよ? やっつけて採ってきたから」
「やっつけ……倒してきたのですか!? そんな馬鹿な!?
アンチマジックウィドーが生息するのはかなり深い森ですよ?
生息地だって……ソロモンシティ周辺では見かけた情報さえありませんよ」
うん……深い森に行ってきたからね。
コーチダルケ大森林は100キロ以上離れているし。
オイヤーさんは自身の常識と現実のギャップに目を回す。
だが、あるものはあるんだからしょうがない。
「しかし……確かにそれなら納得の品質ですね……う~~む」
「それでパイプ作れますかね?」
「パ、パイプ!? も、勿論作れますが……勿体ないです! これほどの一品をパイプに使うなんて……」
「そ、そうなんですか?」
「この品質でこれだけの量があれば、かなり優秀な防具を作れますし……。
なにより、アンチマジックウィドーの糸自体は市場に出回らない商品ではございません。
量~は少ないですが、今必死に仕入れているところでございます!
出来れば……純粋に買い取らせていただきたい……ャー」
懇願するようなオイヤーさんの『ャー』。なんか悪い気がしてきた。
「どうしよっか?」
「どっちでもいいよん、デンに任せる~」
「そか。じゃあ、お売りします」
「あああありがとうございます! オイヤー! 全力でアンチマジックウィドーの糸を仕入れますので!!」
**
5日後。
本当にかなりの量のアンチマジックウィドーの糸がタルムン商店に置いてあった。
流石オイヤーさん。仕事が出来るやー。
確かに、僕たちが採ってきたのと比べてみるとかなり品質に差があった。
理由は簡単で、フルフルさんも言ってたけど通常アンチマジックウィドーの糸は巣から移動した場所から採取しているらしい。
アンチマジックウィドーは一定周期で住処を変えるので、残った糸を採取するそうだ。
討伐して獲得する人なんてかなり稀なんだって。
かなり高額でアンチマジックウィドーの糸を買い取って貰っちゃった。
冒険者……ってやっぱり魅力的だなあ。
……無いものねだりか。
僕としては臨時収入を得て、電話の新設もしやすくなった。
なかなか順風満帆である!
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