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23話 大手通信会社社員、異世界に電話を導入する

 いやはや、電話1本開通まで3週間近くかかってしまった。

 でも初めが肝心だと思うんだ。1本目が上手くいけば今後の増設はしやすいと思うし。


 てなわけで、今日は開通式だ。

 と言ってもささやかな感じで、日時報告ってやつをやってみようってことだ。



 時刻は17時。

 今日はお店を早めに切り上げてタルムン商店にやってきた。

 まあ殆ど毎日来てたんだけどさ。


 電話が配置されている待合室で待機する。

 形も黒電話みたいにしたかったんだけど、そこまでこだわる時間は無かった。


(しかし、存在感のある電話だなあ……)


 正直サイズもかなり大きい。受話器は高さ50センチ、横幅30センチある。

 四角柱型にしたので受話器というか、大きいスピーカーっぽいね。


 受話器の上部はスピーカー役割になっていて、中に『演奏』魔方陣が仕込まれている。

 相手側から来た『譜面玉』を音に変換して聞きやすい声が聞こえるようになっている。


 受話器の下部には『譜面』魔方陣が搭載されている。

 喋った声をしっかり『譜面玉』に変換できるように、魔方陣を露出させてある。


 つまり大きいけど一応『受』と『話』を備えた受話器になっているわけだ。

 パイプに直結しているので動かせないから、ある意味本当の固定電話と言える。


 

 さて電話の前の一番良い席にタルムンおじいさん。その隣に僕とアムが並んで座る。

 その時を今か今かと待ちわびている状態だ。


 後ろを振り返ると20人以上がザワザワしている。みんな楽しみにしているんだね。

 僕も楽しみにしてるけど、半分以上は緊張と不安かな。

 テストを重ねて、万全の状態でリリースしたと思ってる。

 だけど、リリース直後は失敗がつきものだ。僕はギュッとこぶしを握る。


 そんな強張った僕の頬をアムがグリグリこね回してきた。


「ぷぷー、なに緊張してるの~?」


「や、やめてよ。緊張ぐらいするさ」


「なんで~?」


「いや……失敗するかもしれないだろ」


「だいじょぶだよ」


「そうかな?」


「うん、あんなけちゃんとやったし」


 確かに念には念を入れて検証した。

 特にアムは嫌な顔一つせず毎日付き合ってくれた。


「そうだよな……」


「そ~そ~」


 不安は今のところ無い。

 かなり長距離にでもしない限り、新しい通信網を引くことも出来るはず。

 大丈夫なはずだ。


「よーし」


「ふふ」


 後は待つだけだ!



**


 5分後。


『トゥルルルルル♪』


 着信音が鳴った。ちなみにこれはアムの声だ。

 アムの声をベースに、調整して機械音に近づけた。

 アムはシンセサイザーにもなれそうだね。


「さ、どうぞ。タルムンおじいさん」


「うむ……なのね」


「ドキドキ~」


 緊張した面持ちでタルムンおじいさんは、受話器の『話』の部分に顔を近づけた。


 僕も緊張する。アムは僕の左腕に巻き付いている。

 観客の皆さんの緊張も伝わってくる。


「もしもし、こちらタルムンなのね」


 『もしもし』は僕が事前に伝えておいた。伝統的な電話の使い方だと。

 自分でやらせておいてなんだけど、電話っぽい発声を久しぶりに聞いたな。

 上手く厩舎側に届いただろうか?


 そして……受話器にみんなが注目する。

 届いた『譜面玉』を『演奏』魔法陣が声に変換し、声が流れてくるはずだ。


 タルムンさんが喋ってから3秒後ぐらいにスピーカーが紫色に発光した。

 3秒が10秒ぐらいに感じたのは、相対性理論が関係しているんだろうか?


『あ~、こちら厩舎、エリックです。ピ――』


 予定通り厩舎のエリックさんからの声が聞こえた。ピー音もバッチリだ。

 観客たちから歓声が上がる。僕は感動して涙が出そうになった。


「デンー! やったねー!」


 左手に絡み付いていたアムは僕の体に絡み付いてきた。


「うん、良かった。良かった……」


 もう涙腺が決壊寸前だった。斜め上を見ていないと涙がこぼれてしまう。


 そんな中、タルムンおじいさんは淡々と電話を使いこなす。


「それじゃあ今日の開通テストは終わりなのね。明日からは何かあれば報告宜しくなのね」


 後ろの歓声は確実に『譜面玉』に記録されてしまっただろうな。

 なんて冷静に考える自分がいた。


『わかりましたー。明日から宜しくお願いします。ピ――』


「ありがとうなのね」


 これにて開通テストは完了した。


 タルムンおじいさんは、前屈みになっていた姿勢を元に戻した。

 そして立ち上がった。立ち上がっても座ってる僕と同じぐらいの目線だ。

 僕の目を見る。その視線は愛情に溢れていた――


「デンちゃん。本当にありがとうなのね。これで仕事が出来るのね。本当に――ありがとう」


 思いの籠った言葉とともに親愛なる右手を出すタルムンおじいさん。


 僕はすぐ立ち上がり、手を握りしめた。


「こちらこそお役に立てて光栄です。その……えっと……うえ~っとですね」


 人生で初めて、涙腺が決壊した。本当に決壊したダムのようだと思う。

 涙が止まらない。


 追い打ちするかのようにタルムン商店の人達が歓声と拍手を。

 僕の両目は壊れた涙製造機に。


 そこからは打ち上げムードになり、ピザを食べお酒を飲んだ。

 僕は人生で初めて祝杯を挙げた。こんなに幸せなお酒は初めてだった。



 そうそう、電話が初仕事をした。


『ええ~っと、はい、こちらエリックです。ピ――』


「あ、タルムンなのね。お疲れさま」


『えっと、どうなされました? ピ――』


「こっちで今、打ち上げをやってるのね。今回は色々協力してもらったから、そっちでも何か振る舞って欲しいのね」


『えっと、いいんですか? ピ――』


「私にツケておいていいから、盛大にやるのね。

 家に帰りたい人もいるだろうから、持ち帰れるようにピザが良いと思うのね」


『あ、ありがとうございます!』『会長! あざっす!』『ごちんなりまーす! ピ――』


 確実に若い衆が2人混じったね。


「お酒はほどほどになのね。それじゃあなのね」


 なかなか良い電話の使い方だったんではないだろうか。



**


 打ち上げが終わりヘベレケ気味になった僕は、鼻歌混じりで家に帰る。


「ふんふんふ~~ん」


「ご機嫌~」


「ははは」


 なんか達成感がある。まあ……今後の運用に関しては課題もあるんだけど。

 とにもかくにも、最初の1つが完成したのは大きい。何事も一歩からだ。


「アムも付き合わせちゃってありがとな~」


「えへへ」


「なんかお礼しないとね」


 アムの力が無ければ電話作成に着手することもなかった。

 本当に救いの神だよ。――悪魔だけどさ。


「え~、じゃあ~」


 トコトコ近寄ってきて、口を突き出すアム。

 こ、これは。まさか。


「チゥ~」


 ど、どうしよう。

 周りは誰もいない。流石に……引き下がれない。


 僕はアムの両肩に手を掛ける。


「ドキドキ」


 目を閉じて、軽く口を突き出すアムは可愛い。

 息が荒くなっているのはお酒以外の理由も大きいだろう。


「よし……!」


 唇の位置を脳内に叩き込む。

 そして目を閉じて顔を近づける。


 キスってのは久しぶりだと緊張するな。

 流石に歯がぶつかるなんてことはしないだろうけど。

 しかし……こんなに酔ってる中、キスするのは初めてかもしれない。


 慎重に。シンチョウニ。


 唇が唇に触れ合った。

 ああ、なんて柔らかいんだろう。


 幸せだなあ……。

 そこで記憶が途切れた――。



**アム視点**


「ってオイー!

 デンー! そこは肩だよー! 唇はコッチダヨー!

 あー、崩れ落ちちゃったよー! モー!」


 ……幸せそうに寝てるなー。こんな道の真ん中で寝ちゃダメなのにね、ぷふ。


「しょうがないっか!」


 デン頑張ってたもんね。


「よっと」


 ナデナデしてあげよう。あとほっぺにチュー、えへへ。

 さてさてどうしようかな~、お家はあっちだし~。

 ん~、オルゴールオルゴール……オルゴールは……あ、これだ。


 ふふふ~、こんな時のためにずーっと鳴り続けるオルゴールをデンのベッドの横に置いてあるんだ~。

 普段は音が鳴らないように、魔力で抑えてるんだけど。


「この距離なら魔力も問題ないかな~。よっと」


 久しぶりだからちょっぴり不安だけど、デンと一緒なら大丈夫。


「よっと」


 『音化移動』――


**


「ふう」


 やっぱ疲れるなー。魔力いっぱい使っちゃった。


「お休みなさい」




**デン視点**


 翌朝。


「おはよー」


「おは~」


 昨日の記憶が無い……。どうやって家まで帰ってきたのだろう。


「ねえ、僕って昨日どうやって帰ってきたの?」


「ん~? フツーに帰ってきたよ」


「そっか」


「そそ」


 大事なことを忘れているような気がするが……まあいいか。



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