六話 『世界の本来の姿』
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長話をしていたせいか空は朱色に染まっていた。人気のない路地裏に燃え盛るような太陽の光が射し、道に二人の影を造る。
「それじゃ、ハルト君。君と話せて良かった」
「あ、ああ……俺もだよ。いろいろ教えてくれてありがとう」
「宿はさっき教えたとおりだから、いってみるといい」
「ああ……」
「それと、気長に待っているから、良い返事を期待してるよ。そのときはまた」
フリッツはそう言い、ハルトの元を去っていく。
その姿を見送りながら、朱色の光が射し込む路地裏でハルトは立ち尽くす。フリッツが去っていった方向を見つめ、先程フリッツに言われたことを思い返していた。
「………………」
「ちょっと、そこのお主」
後ろから誰かに声をかけられ、ハルトは踵を返す。
すると、そこには女性がいた。年上か、あるいは同年代のような顔立ち。深紅の瞳にフワフワとした癖毛の白髪。ハルトと同じレザーシリーズを身を包んでいる。少女にしては男が見惚れてしまうくらいの大人の魅力を漂わせていた。俗にいう美少女だ。
これにはハルトも目を見開いて驚くが、一瞬にしてジト目へと変わる。
「なんでしょうか?」
ハルトの平然とした返答に、少女は少し驚いた表情を見せるが、すぐに大人の女性のような艶かしい笑みを見せる。
「いやなに……その……、ワシなっ、記憶保持者って言って……」
「うん」
「ここに疑似転生する前、生前の記憶を持っているんだ……」
「うん」
「それで、だ……。一目でわかったんだ!」
急に笑みが消え、少女は顔をほんのりと赤くなる。
「なにを?」
「お主は記憶が消えているからわからないと思うが……」
「うん」
少女は口を噤み、顔が徐々に真っ赤になっていき、恥ずかしそうに身体をモジモジさせる。言いたいけど言うまで勇気が必要そうな様子だった。だけど、数秒して決心がついたのか、少女はハルトを真っ直ぐ見て、
「お主はっ……ワシの恋人なんだっ!」
溜めに溜めた言葉が放たれた。
「……。え、えぇっ!? そうなの!?」
これにはハルトは驚く。脳ミソの奥底に眠る記憶を呼び起こしても、検索に引っかからないくらいに女性と縁がなかったハルトにとって、目の前の少女の発現は衝撃だった。
「そうだっ、そうなのだ」
恥ずかしそうにハルトの言葉を肯定する少女。勘違いの可能性もあるのだが、そんな感じがしない。相手は曖昧というより確信を持ってハルトに接している。だけどハルトにはそんな記憶もないのだ。どう返答したらいいのか正直困ってしまう。
ハルトが返答に困っていると、
「だから……また、ワシと恋人になってほしいのだ。こんな世界に来てしまって、お主には記憶がない状態でこんなこと言っても戸惑うだけだろうけど……。もう一度っ、友達からでもいいからっ! ワシと恋人になってほしい!」
少女の勢いに、ハルトは思わず後退ってしまう。内心では戸惑う以前に驚愕している。記憶がある状態で記憶がないと言われ、生前の明るい人生の中で素敵な女性に出会ったのは死ぬ寸前以外では絶対にいない。ゲームで女性プレイヤーにも出会うが、電子世界は結局皮を被ったなにかなのでカウント対象ではない。
つまり、人間違いだ。それかまたべつの。
ハルトは一息して、少女に近づく。
「そう、なのか。君の気持ちを聞かせてくれてありがとう。だけど、本当に君のことがわからない。すぐにその告白には答えられない……」
だが勘違いとはいえ、やはり悪ノリというのはやってしまう。
少女は俯くハルトの手を取り、もう片方の手を添える。
「……いいの。急にこんなこと言われても答えが出るわけじゃないものね。無理なこと言ってごめんね。……でも、前の君と約束しちゃったから」
「約束?」
「うん。前世にオンラインゲームって娯楽があってね。別世界を疑似体験できる遊びなんだけど、そこで一緒に冒険しようね、って約束したの。だから、このファンタジー溢れた世界で一緒に冒険したい! 告白はあとでもいいから、一緒に、冒険……」
そこまで言って少女は言葉を止める。わかっているのだろう。自分が無理を言っていることくらい。だから、次の言葉をためらってしまっている。
「前世の俺が言っていたならさ。一緒に冒険にいこうぜ。これからの話、多分一人じゃこの世界は無理っぽそうだから仲間を集めようと思ってたんだ。――一緒についてきてくれるなら嬉しい。どう、かな?」
「い、いいのか!? か、彼女らしいことできないけど」
「いや仲間としてだからね?」
「す、すまない……舞い上がってしまった……。仲間として一緒に、冒険できるならワシは喜んでついていくぞ。これからよろしく頼む」
「ああ、これからよろしく」
「でも、本当にいいのか? これじゃワシのワガママに付き合ってもらう形になってしまうが。本当に嫌なら今の話取り消してもいいんだぞ?」
「今更なに言ってんだよ。約束したじゃんか」
「ん? 約束?」
「ああ、真っ暗い空間で約束したじゃん。閻華さん?」
ハルトがそう言い放つと少女は固まった。
「……な、なんのことだろうか?」
「その反応で確信したよ、閻華。――髪。長くしたんだな」
疑り深い眼差しを向けるハルトがそう言うと少女は沈黙する。
「あ、すまない。用事を思い出しーー」
「逃すか」
少女は逃げようとするが、手を取っていたことが仇となり、ハルトに握られてしまった。引き離そうと強めに引くが解くことはできなかった。ハルトの異常な力に少女は驚きを隠せなかった。それもそうだ。少女とハルトではLv.1の差もあり、パラメーターさえもハルトのほうが上だ。単純には解けない。
完全に逃げ場を失ったことを察した少女は、諦めるかのように溜息を吐き、バツが悪そうにハルトと目を合わせ、
「……。今しがたぶりだな、ハルト。お主の言うとおりワシは閻華だ」
自分が閻華だと認める。
「本当にさっきぶりだな。先程は落としてくれてありがとう」
「あぁ、いや……あれは不可抗力でだな。それより、よくワシが閻華だとわかったな」
落とした理由までは喋る気は一切内容で、強引に話を切り替えた。
本当なら落とした理由を聞きたいハルトだが、今はその気にはなれず、閻華の流れに沿って自分も切り替える。
「そりゃ、髪以外まったく変わってないんだから一発でわかるさ」
ハルトはそう言いながら、呆れた表情を浮かべて言葉を続ける。
「それにしても、いきなり彼女発言からの猛アタックはどうかと思うんですが? もうちょっとシナリオを凝ったほうがいい。エロゲだったら批判殺到炎上の嵐ですよ?」
「なぜエロゲで例えたのかは疑問だが……仕方がないだろ。男とは一度も付き合ったことなかったし、どうすればいいのかわからなかったのだ。とりあえず猛進するか、と」
その発言にハルトは呆れるを通り越して逆に尊敬してしまう。
もっと処女力発揮しろよ、と童貞のハルトが思っても意味がないのだが、童貞だからこそゲームで培った恋愛知識なら閻華には負けない、とだけ思いたい。
ハルトは溜息を吐いて、気持ちを切り替える。
「まあ、ボロクソに言いたいところだけど、今はそれどころじゃない。――閻華、話したいからさ。どこか一目を凌げる場所知らないか?」
「………………。わかった。ついてくるといい」
真剣な声音のハルトに、閻華はなにかを汲み取ってくれたのか、顔色も変えず、なにも聞かずに了承してくれた。
それから、閻華に連れられて街の端に移動した。そこは建造物がなく、腰くらいの高さしかない石の塀が道に沿って続いており、人一人いない場所だった。
「ここだったら誰にも聞かれることはないだろう」
閻華はそう言って石の塀に軽く跳躍して腰掛ける。ハルトもそれに便乗して石の塀に寄りかかる。座ろうかとハルトは思っていたが、先程の戦闘が終わってからというもの、回復魔法をかけてくれたせいか身体が以上に軽かった。
「で? ハルトはなにが聞きたいんだ?」
「えっ?」
突然の閻華からの言葉に思わず驚く。
「お主から話がしたいと言ったのだろ。まあ、色々と聞きたいのはわかる。もうお主が記憶保持者の時点で隠す必要もなくなったわけだからな。と言っても本当に言えないものは言えないがな。まあ、おそらくお主の抱えてる疑問にはすべて答えられるはずだ」
「……。ははっ、意外な言葉だな。すんなり了承してくれるとは思わなかったよ」
「簡単に断ることはできるが、先程の戦闘を見てるとな。ちと危ないと感じてな」
「やっぱりあの時いたんだな。俺が殺される瞬間に叫んだのも閻華だったんだな」
「野次の間から微かにな。あの時は思わず叫んでしまった。お主が殺されるところなんて見たくなかったからな」
閻華は淡々と言う。たとえ死んでいようと約束を交わした者が殺される瞬間など見たくなかった。だからこそ――
「本来ならやってはいけないことをしてしまった」
「やってはいけないこと?」
「ああ。でも、お主は記憶保持者だったから意味はないんだがな。まあ、それは置いといてだ。今はお主の疑問に答えないとな。なにから聞きたい?」
「ああ、それじゃ――」
ハルトは閻華に疑問に思っていることをすべて話した。思わず一遍に言ってしまい、質問攻めのような形になってしまったが、閻華は顔色変えずに淡々と話してくれた。
「まず最初に、記憶保持者のことだが、本来なら記憶を消され、異世界に干渉して疑似転生するのだが、まれに記憶を持って世界に干渉されずに疑似転生する者がいるのだ。原因は知らんが、こちら側の見解では希少な血液型の人、ということで納得している」
「まれに見る珍しい血液型、ね。そういえば、今日その記憶保持者にあったな」
「そりゃ、いるだろうな。この世界の人口はお主のいた世界の人口を軽々と超すのだからな。街に二、三人……いや、もう少しいると考えたほうがいいだろう」
「そんなにいるのか」
ハルトは驚きつつも次の質問、次の質問の回答を聞いていった。どれも驚きの連続だった。仮想と現実の境界線が崩れ去っており、本来なら悪と言うべきものすら、この世界では当たり前のことのように受けて止めていた。
質問が後半につれ、段々とハルトは息を飲んだ。
「この世界は元々、天国と地獄の事情によって造られたわけではない。名もなき神がいつ創ったのか知らんが、最初からカラッポの不思議な世界でな。だからこの世界を原点に死者を疑似転生させ、転生を待つ役割を得た世界とした。具体的に造ったというなれば、お主も持ってる意思で表示できるウインドウ諸々くらいか」
「これのことか」
ハルトはメニューウィンドウを可視化させて閻華に見せる
「そう、ワシらはそれを《システム》と呼んでいる」
「……システム」
「大方ゲームのメニュー画面と変わらんが、お主の世界の作品で言う異世界モノ。つまり唯一この世界でのチート能力だ。鍛錬を積み重ねていけばどんどん強くなっていく。――まあ、自ら強くなろうと思わなきゃ意味がないがな。レベルが上がってもステータス上昇には個人差があるし、獲得した力をどう消化していくが変わっていくし、楽して強くなれるほど甘くはないがな。はっはっはっ!」
チート能力と言っておきながら萎えるような欠点を、閻華は笑いながらズバズバと言っていく。なんとも現実的なチート能力だな、とハルトは思いながら、努力することが大っ嫌いな人がこれを知ったらどう思うかを考えてしまった。
「それチートなのか?」
閻華の話を聞いたうえで、ハルトは指摘する。
「鍛錬してレベルアップすれば国一つ滅ぼせる力を手に入るのにか?」
「……。すみません。まごうことなきチート能力でございます」
意図も簡単にハルトは論破されてしまった。考えてもみれば、ゲームのように成長していくのだから、超人となりうる素質を獲得しているも当然。その事実があるだけで、レベルアップ、つまり一個人としての成長こそがチート能力なのだ。
人の能力を軽々と超えてしまう力は、チート能力と言っても過言ではない。それを考えると安易な発言をしてしまったハルトは後悔した。
「そう謝るな。今は無知なのだから仕方がない。まあ、お主の知っているものより、ちと便利すぎるから使いかたには気をつけるようだがな」
「便利過ぎる? そんなにヤバいのか?」
「言葉どおりのことだ。お主はまだ深くは追求していないようだから危険ではないがな。今度教えてやろう。良い勉強にはなるはずだ」
メニューウィンドウだけで危険が発生することなんて、前世で体験したことのないハルトからすればありえないことだ。バグかなにかと思ったが、閻華の口振りからすると、おそらくバグではない。まずこの世界にバグというのは存在するのかも怪しい。
だが、わからないモノはわからない。原理など予想したところで所詮は子供の妄想。このことは頭の隅にでも置いておこうとハルトは思った。
「そして最後の質問なのだが……。ちとお主には答え辛い話だが、これはしっかりキモに命じたほうがいい」
その言葉にハルトは小首を傾げた。
「この世界では死の概念がない。この言葉に嘘はない。しかしながら、この世界ならではの死という概念はあるのだ」
瞬間、ハルトの心臓が大きく波打つ音がした。
「……死ぬ、って言うのか、この世界でも。……いやでも待ってくれ、死んでも生き返るんだろ? この世界なら。現にさっき俺が倒したヤツも生き返ったじゃないか」
「確かにな。あの男は運良く蘇生できた」
「運良く? そりゃゲームの混じった世界なんだからな。蘇生できて当然なん、じゃ……」
そう言い切ろうとした瞬間、ハルトはあることに気づく。閻華の言葉を聞いていたのに、それを間近で見ていたのにも関わらず、なぜそのことに気づかなかったのか、自分が不思議でならなかった。
ハルトの表情が変わったことに気づいた閻華は、
「気づき新たな疑問ができたお主に、この回答に上乗せして答えよう」
不敵に笑いながらに言った。
その閻華の言葉に、ハルトは生唾を飲み込みながら耳を傾ける。
「先程も言った蘇生できて当然、なんじゃない。術があるから当然なのだ。マナ……お主の世界では魔力と言ったものに分類され、どの世界にも共通して存在する力なのだ。お主のいた世界とかはなぜか魔力を感じられないようだが、これも実在するものだ。そもそもこの世界の土台となっているのは実在する世界。仮想と現実が混合する世界だとしてもその事実は変わらない。我々の言っている仮想とは、ゲームで言う魂と身体を担うアバター、そしてシステム。つまりこの世界に存在する生命自体、人類自体が仮想であり、実在する存在だ。性質は違えど、この世界ではお主たちはまごうことなき生者。姿形、考えかたは人間そのものだ。まあ、簡単に言えば造りは違うだけの人間だ。――肉と骨でできてるか、霊魂だけでできてるか、の違いだけだ」
閻華は石の塀を飛び降りて、ハルトに近づいて話を続ける。
「お主らは魂だけでできてるが、果実で例えるなら、種子が魂で、それを中心に覆う果肉はマナを凝縮してできた身体。まあ、身体はマナとはいえちょっと錬金に近くてな。物質の生成によって肉体構造を造り上げている。ゆえに生命の終わりも存在するようになる。普通なら肉体の損傷、衰弱によって死ぬが、この世界では他の世界同様に死んでも何事もなかったかのように生き返ってしまう」
「それじゃ、前振りを言っただけで運良く蘇生できた説明になってな――」
瞬間、ハルトの口を閻華は指で制止させ、言葉を続ける。
「その前振りが大事なんだ。お主が倒したヤツだが、あのときは魂の具現化が保てなくなって魂だけになっていたが、あの時点ではまだ生きていたのだ。――ここまで言えばもうなんとなく答えはわかるだろ?」
閻華がそう言うと、ハルトは口を開いた。
「魂が消えた瞬間が、死……」
ハルトの答えを聞いた閻華は踵を返して少し足を進ませて言う。
「……そう、だがそれでは死とは言わない。結局生き返るのだからな。」
閻華は足を止めると、また踵を返しハルトと目を合わせる。
「死による記憶の消失が、この世界の本当の死だ――」
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