五話 『終戦』
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宙を舞う回転のかかった剣は地面に落ち、甲高い音を鳴らしながら不規則な跳ねを繰り返し、勢いづいた剣は滑り、ニースの足元近くで静止した。
周囲の野次から悲鳴ともに怯えるような声が聞こえるが、ハルトは気に留めず、ニースに向って地面を蹴る。
「ヒィィィィッ! 来るな! 来るなアアアァァァァァァァァッッ!」
ニースは我武者羅に《ファイアボール》を連発する。だが、火球は回避するか『相殺スキル』によって抑制され、残ったのは無邪気な笑みを向けたハルトだった。
「ま、待て! 降参する! 降参するから殺さないでくれ!」
後退るニースの間合いに、ハルトは入り込んだ。そして、ザルに使用した技同様、《ブレイズ・ロア》が発動し、炎の剣はニースに真っ直ぐ向かう。
「待……って――」
最後の命乞いは言葉にならなかったニース。彼の脳裏には『死』の文字だけが浮かび、味わったことのない恐怖に飲み込まれた。
だが、ハルトの剣はニースには届かなかった。
炎の剣が叩き込まれる瞬間、ニースとハルトの間に何者かが入り込み、《ブレイズ・ロア》が甲高い金属音とともに相殺された。
「えっ……」
ハルトは一瞬なにが起きたのか理解できなかった。相殺された衝撃によってハルトの身体は後方へ吹っ飛ばされてしまう。ただの相殺ではなかった。尋常ではない力。それはレベル差を物語っているような力だった。横やりを入れてきたのはただの人ではない。
次の瞬間、ハルトの背中に強い衝撃が襲った。硬いなにかにぶつかった音がした。金属の板のようなものに打ちつけられるようだった。
吹っ飛んだ勢いが死んで足がつくようになったと思ったら、急に身体が何者かによって拘束され、動けなくなった。
ハルトは必死になって抵抗するが尋常な力には敵わなかった。それでもハルトはニースを倒すために、なにがなんでも拘束を解こうとする。
「君、落ち着くんだ。周りを見ろ」
「えっ……」
爽やかな男の声が聞こえ、ハルトは声の主に振り向く。そこには背中に打ち付けたであろう盾と、茶色の短髪に緑の瞳が印象的な二十代前半の男がいた。
そして、言われるがまま周囲を見渡すと、正面には怯えるニースとその隣にはハルトの技を相殺したであろう女性が立っていた。横には腰を抜かしてへたり込んでいる少女の姿があった。相手が戦意喪失だと理解したハルトは身体に入り切っていた力を抜く。少しずつ脳が鮮明になっていくにつれ、息苦しさを感じて急いで息を整える。
「大分、落ち着いようだね。離すよ?」
男の拘束が解かれると、ハルトの身体は重力の赴くまま膝を崩す。気を抜いたせいか、身体には力が入らない。剣を強く握りしめたせいか、指の関節を動かすと痺れる感覚があった。そして重くも感じた。痛みという概念がほぼないせいか変な感覚だ。
「双方、武器を収めたと見て話を進めよう。我ら『神風騎士団』が取り仕切る! 総員、事情聴取と被害報告を怠るな! かかれ!」
ニースのほうにいた女性がそう叫び、待機していたであろう騎士数名は啓礼し、散り散りになり、一人の騎士はこちらに向かってくる。
「君、大丈夫かい? 今回復させるからね」
白いローブを身にまとう青年がハルトに優しく声をかける。
「そこのお嬢ちゃんも回復させるからこっちに来てもらえる?」
「……いえ、わたしはノーダメージです。彼が一番ケガしてるのでお願いします」
「わかった。それじゃ、あとでスタミナポーションを渡すから」
青年はそう言うとハルトに手をかざし、回復魔法を使用する。
ハルトの身体は緑色の淡い光に包まれる。すると、少しずつ身体の気怠さがなくなっていき、少しずつ回復していたHPバーが徐々に緑色ゲージまで回復し、消費して枯渇気味だったMPも自然回復だが回復し、結果的に全回復した。
「……、あ、ありがとうございます」
ハルトはぎこちなくお礼を言うと、青年は笑って少女にポーションらしき瓶を渡して、霊魂が二つほど浮遊する場所に向っていった。
一段落したことを再確認したハルトは一息つく。
「君、名前はなんというんだい?」
先程、拘束してきた男がハルトに声を声をかける。
「え? ……ハルト、ハルト=ナギハラ」
「ハルト君か。僕はフリッツ。気軽にそう呼んでくれ」
「わかった。フリッツ」
「そちらの君も、僕のことは気軽に呼んで構わないからね」
フリッツは少女にもそう言う。
「………………」
だけど、少女からの応答はない。
「ん? どうかしたか?」
ハルトは異変に気づき、少女に問いかける。
「うぅ……あッ!」
少女は呻き声を上げると、苦しそうに縮こまる。
「おい、大丈夫、か……」
急いで近づき、背中を揺すろうと手を伸ばしたところで反応があった。だけど、それは言葉ではない。少女の身体が反応を見せた。そして、身体が変化を始めたのだ。
長い茶髪は根元から白く染まっていき、狐のような大きな耳が生え、腰あたりから先っぽが黒いフワフワした白い尻尾が生えてきた。
少女の辛そうな顔を横で見ながら、ハルトは目を見開いて驚いた。
初めて見る光景と存在。人間の容姿でありながら狐のような耳と尻尾を持つ種族。この異世界に降り立って初めて出会う、亜人だった。
「……、えっ?」
変化が終わり、一息つくと目を開ける。先程まで茶色だった瞳は宝石のような緑色に変わった瞳で周りを見渡し、自分の尻尾や髪の色を見て、恐る恐る自分の耳を触れる。
現状で自分の身になにが起きたのかを悟った少女は、
「あっ……ああ……、ああ!」
震えて涙を潤ませながら動揺する。
「……ッ!」
反射的にハルトは装備しているグレーケープを少女に隠れるように頭から被せた。動揺していた少女だが、布を被せられたことに気づき、ハルトのほうを向く。
今の状態でハルトの咄嗟の行動に理解が追いついていないのだろう。ハルトは少し考えつつも照れくさそうに笑うと、少女は安心して脱力する。
ハルトも一安心したが、周りのざわつき始めたのだ。おそらく、亜人という存在が関係しているだろう。野次たちの目線がハルトたち……いや、少女だけに向けられている。グレーケープは上半身のみのローブだ。当然、頭から被ればその分見えるわけで、尻尾は丸見えの状態だ。
「一旦、ここから離れよう」
初めて会うフリッツだが、状況を理解してくれたらしく場所を提案してくれる。そこからの移動は速やかに行われ、野次の多い広場から人気のない裏路地に移動した。
「もう! 一人で突っ込んでいくなんて危な過ぎます! わたしがどれだけ心配したと思ってるんですか! ハルト君が死にそうになった時はヒヤヒヤしましたよ!」
「ごめんよ……。女の子が危なかったから、つい反射的に動いてしまいまして……」
「言いわけ無用っ!」
「はい、ごめんなさい……」
移動の途中。少女を助けるために必死だったせいでピュアの存在をすっかり忘れてしまっていたハルトは、彼女に捕まって説教を受けていた。
「はあ……、でも無事で良かったです。記憶保持者は人を傷つけたり、自らを傷つけられると気が動転して、最終的に精神的に病んでじゃってこの世界に馴染めなくなった者も少なくないです。ハルト君のトラウマにならなくてホントによかったよ」
「トラウマ……」
ピュアに言われてみれば、ハルトにとって初めて人を斬った。そして斬られた。現実のような感触と感覚。それをじかに受けても、今は正常に活動できている。あれだけの絶望と恐怖を体験したのにも関わらず、ハルトは平然としている。ピュアの知っている記憶保持者の情報と同じ、動転していたのに。なのに今のハルトは、野次の中から聞こえてきた言葉で、自分の価値観の中で溢れた恐怖心を克服し、戦えるほどにまで急成長した。
「あっ、だからって調子に乗らないことだよ」
「はい……、善処します」
「……。ホントにわかってるのかなぁ? まあ、いいか。ハルト君の無事を確認して安心できたわけだし、わたしはそろそろいくよ」
「ああ、今日は本当にありがとう」
「うん。なにかあったらわたしを頼ってね。それじゃ」
ピュアは手を振ってハルトの元を去っていく。去る背中をハルトは手を振りながら見送り、ピュアの姿が見えなくなるのを確認し、苦笑してフリッツのいる場所に戻る。
「おかえり、随分お叱りを受けたようだね」
「ええ、これを機にあまり無茶をしないようにします」
「良い心がけだけど、あまり、とついている時点で説得力がない気がしますけどね」
「あはは……」
フリッツの言葉にハルトは苦笑する。
「………………」
少女は狐耳になってからというものの、俯いたままなにも喋らなかった。
ハルトはその姿を見つめていると、視線に気づいたのか少女が振り向いて、
「ありがとう。そして、ごめんなさい……、迷惑かけちゃって」
苦笑しながらに謝罪する。
その言葉は、おそらく今の状況に巻き込んだことと先程のザルとの抗争に巻き込んでしまったことに対しての謝罪だろう。ハルトからしてみれば『ん?』という馬鹿みたいな反応をするほどに気にしていない。それより、酷く落ち込んでいるような少女をどう慰めればいいのかと考えてしまう。ハルトは考えたのちに、ふと目に入ったものに手を伸ばし、軽く摘まんでみた。
「ひぁっ!」
「うおぅ!?」
「な、なに!?」
少女のフワフワした耳を摘まんだ瞬間、耳を振って逃げ、赤面してハルトを見る。
これはやってしまった、と思ったハルトは苦笑して口を開ける。
「ごめんごめん。ちょっと気になっちゃってね」
「もう、耳は敏感なんでやめてください」
「ゴメンって。でも沈んだ気持ちはなくなっただろ?」
「それでも耳、は……」
返答しようとする少女はハルトの顔を見て途中で言葉が途切れる。
「俺は気にしてないから安心しなよ。助けたいから助けた。だたそれだけだから。この場合、横やりを入れた俺の責任だしさ」
「………………」
屈託のない笑顔で言うハルト。少女は言おうと用意していたはずの言葉を忘れてしまい、ハルトの笑顔をただ見つめるしかできなかった。
「フリッツ様。ご用意できました」
すると、今までどこかにいっていたであろう女性が現れてフリッツに報告する。
「わかった。それじゃ彼女をお願いします」
「承知いたしました。――さあ、こちらに」
女性はフリッツに頭を下げると、少女を連れてこの場から去っていく。二人の姿が見えなくなるまで見送り、フリッツはハルトに向いて微笑する。
「さて、ようやく二人になったね」
「ん? ホモ?」
「そういう展開を望んでいたんだったらすまないね。結構、真面目な話なんだがね」
「すんません……。――で、真面目な話ってなんですか? そろそろ日が暮れるんで宿を探したいのですが。できれば早めに終わらしたいのですが」
ハルトは淡々と言う。そんなハルトに対してフリッツは口を開ける。
「話ならすぐに終わりますから安心してください。――ところで、この世界に来て間もないというのに、どうしてお金を持っているのですか? 見るからにあなたは、登録をしてなさそうですし、金銭を受け取るようなことをしていない。そのお金は、いったいどこで手に入れたのですか?」
「お金? ああ……」
フリッツの問いにハルトは目を泳がす。
この世界に来る頃、ハルトが自分の本体を作成時、武器を購入する欄があった。そのときの残りカスのような金額がなぜか残っていたのだ。あの場でしか使えなかった通貨がこの世界のお金に変換されたようで手元に残っている。なぜ残っているのか疑問だが、それとザルを倒した際に手に入れたお金を合計すると宿賃程度にはなるだろうという話だ。
「さっきザルを倒したときに手に入れたお金があるからさ。宿程度にはなるかなぁ、って思ってね。多分だけど一番安い宿にようやく泊まれる程度のお金だけどね」
ハルトは経済的余裕がないことに苦笑し、弱々しく溜息をつく。
「なるほどね。それなら帰り際に良い宿を紹介してあげるよ」
「マジで! 超助かるよ」
突然の申し出にハルトは喜んだ。危うく落下死しかけたり、首を突っ込んで荒くれの剣士に殺されかけたりと今日は散々な一日を送ったハルトだったが、なんだかんだで運が回ってきたようで結果往来だ。
「だけどその前に、君には話しておきたいことがあってね」
しかしその喜びは、フリッツが次に放った言葉で消え去った。
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