四話 『ブレイズ・ロア』
アクセスありがとうございます。
ハルトは地面を思い切り蹴り、ザルとの距離を一気に縮め、右手の剣を叩き込む。躊躇のないその一撃は完全にザルを捉えていた。だが、剣は相手の盾により塞がれる。
だけどそれは想定の範囲内。防がれるのは盾持ちなら尚更だ。ハルトは次に左手の剣を繰り出す。次に右の剣、左の剣と交互に連撃を叩き込んでいく。すべてザルの盾に吸い込まれ、塞がれてしまう。けど、それでよかった。
剣と盾を持ち、攻撃と防御の両方を扱えるザルに対して、ハルトは二刀流、防御を捨てた攻撃特化型だ。盾がある分、攻撃特化の相手の隙を見つけ、反撃することもできる。耐えるほどの力と技量があれば攻撃特化型は不利だ。
だが、それは攻撃に耐えられればの話だ。ザルとのレベル差はそれほどではないとハルトの中では確定していた。おそらくLv.2差。それを考えれば盾を押し切ることも可能だ。ならやることは一つ。攻撃特化の真骨頂、攻撃で押し切ること。完全なゲームならまだしも、この世界は現実だ。ゲームのようにはいかない。
「……畜生! やたらめったに斬りかかりやがって!」
ハルトを甚振り、優越感に浸っていたザル。だけど、弱り切っていたハルトは立ち上がり、連撃を繰り出され、盾で守ることしかできない悪循環にザルは腹を立てていた。
「クソが! 《エンチャント・ブレード》ッ!」
苛立ちが頂点に達したはザルの技を繰り出す。剣は白い光に包まれ、普通の振りより遥かに早い速度の剣がハルトに向って水平に振るう。
しかしハルトはスライディングし、水平に繰り出されたエンチャント・ブレードを潜り、ザルの懐に入り込む。
「なっ!」
不意を突かれたザルは反射的に盾を構えるが、ハルトの剣により弾かれて胴体を晒す。慌てて防御に回した結果、上手く防御することができなかった。
「もらった」
ザルの不意を突くことに成功し、笑みを浮かべるハルト。ザルは技を繰り出したこともあり、すぐに次の手を繰り出すことはできない。
ハルトは胴体目掛けて突きの構えをする。
「くっ! お遊びはここまでだ! ニース!」
ハルトが突きを出そうとした瞬間、横から火の玉が飛んでくる。
すぐに気づいたハルトはザルとの距離を取って回避する。
「ちっ、外れたか。勘が鋭いガキだ」
ザルの数メートル後方で待機していた魔法使いの男、ニースが舌打ちをして悪態をつく。
ニースと呼ばれた男を視認したハルトは、
「おい、ここは正々堂々とやる流れじゃないのか?」
ザルに向けて言う。
「流れとか関係ねぇ。言ってないことに従う義理はねぇよ。そっちもその女と一緒に戦っても良いぜぇ? まあ結局、腰抜かした女なんてすぐに死んで俺たちの経験値になるのがオチだけどよぅ。それでもいいなら、どうぞぅ、来ていいぜぇ」
「……そう、かい――ッッ!」
「――ッ!」
馬鹿みたいなことを言うザルに、一気に距離を詰めて斬りかかるハルト。不意を突かれたようで、ザルの胴体に一撃入れることに成功し、クリティカルヒットを叩き出す。
「くっ、ニース! 回復だ!」
ザルが叫ぶと後方のニースが構える。
「ザルは大袈裟だな。《ヒール》――ッ!」
「うるっせぇな」
ニースの《ヒール》が発動し、淡い緑光がザルの身体を包み込み、HPが回復する。
相手のHPが見えない分、どれぐらい回復したのかわからない。けど、外部の傷がすべて消えたのは全回復に近い。
そう考えるとハルトは難しい表情を浮かべた。
「きりがないな……」
どれだけ攻撃を入れても後方のニースに回復されてしまう。それが続けばいくらゲーム要素が強いこの世界でも、現実的にステータスだけで考えるとハルトの体力が持たない。
たとえニースのMPが切れても、ザルが壁になっているかぎり問題なくアイテムで回復できる。今の現状を打開できない以上、ハルトに勝ち目はない。
ザルのHPを、マースの回復が追いつかないほど、ごっそり持っていけるような攻撃をしないかぎり倒せない。ザルのような《エンチャント・ブレード》のような技を持っていれば、ハルトにも勝機はある。
しかし現状、ザルのような技を持っていないハルトは、万全を期さないまま、というよりも疑似転生して、なにも知らないまま無謀な戦いをしている状態だ。
爆弾でもあればいいのだが……、とハルトは思いながらザルの攻撃を受け止める。
「君! 戦いながらでもいいから聞いて!」
「……、え? どしたの」
ハルトが悩んでいると、後方で見守っていた少女からの声に反応し、振り向くと同時にザルの剣を受け流して蹴り飛ばす。
「君がアイツと同等に戦えるようにチュートリアルするからそのとおりにして!」
「ッ! わかった!」
突然の助太刀に驚いたが、少女を信用して耳を傾ける。
ザルは二度目の蹴り飛ばしを予測できなかったようで受け身も取れずに地面で蹲っている。これなら余裕でチュートリアルができる。
「まず、メニューウインドウを開いて!」
「あいよ」
ハルトは少女に支持どおりにメニューウインドウを開く。
「それでアバターを選択してスキルを選択。そこにスキル習得があるから、その中から表示されてる『武器専用魔法スキル』と『相殺スキル』を選択して!」
「えっと……、『武器専用魔法スキル』と『相殺スキル』、っと」
いつ習得したのか知らないが、ハルトは言われるように表記されている二つを見る。
「させるかよ! 《ファイアボール》ッ!」
必死にメニューウインドウからスキルを探していると、ニースが邪魔しようと火球をハルトに向けて放ってくる。
ザルが攻撃できない間、ニースが変わりに攻撃してくるかもしれない、と予測していたハルトは二本の剣を納刀し、腰のホルスターから二丁引き抜き、構えて火球に発砲する。
火薬が爆発するような音とはまた違う発砲音とともに通常の弾丸より一、二回り大きい光弾が発射され、火球に着弾する。そして火球は着弾し、爆炎ともに消失する。それを確認したハルトはすぐに数発、ニースに向けて発砲する。
ニースは反応に遅れ、咄嗟に胴体を腕で覆い、回避せずに光弾を真面に受けた。
「避けないのか。なら!」
固まっているのなら、と考えたハルトは数発撃ち、ニースに当てていく。〝一式マジックガン〟はMPを消費して使う武器である。MPは自然回復するため、半分以上消費するまで撃っていく。そして、光弾は上半身を上るように着弾していき、ついに頭をかすめてクリティカルヒットを出した。
ニースは膝を崩して、杖の先が地面に着く。いわゆるスタン状態になったのだろう。この世界でのスタンの基準はわからないが、怯んでいるのは確かだ。
「よし、これなら」
銃を構えたまま、中途半端にしていたメニューウインドウを意識操作で『武器専用魔法スキル』と『相殺スキル』を選択して習得する。
「習得できたよ」
「そしたら、スキルスロットを選択してバトルスロットを選んで」
「え? このメインスロットじゃないの?」
「スロットは全部で三つ存在するの。バトルスロットは戦いで役に立つスキルをセットする場所。戦いとなる基礎スキルの根源だと思って。そこにさっき習得したスキルをセットすればアイツらに対抗できる!」
ハルトは言われるとおりにスキルをセットし、決定ボタンの○を押す。スキルがスロットに固定されるのを確認し、
「オーケー。セット完了!」
少女にすべての工程が終了したことを知らせる。
「あとは、感覚でわかると思う」
「感覚って、いきなり大雑把過ぎひん?」
「イメージ! イメージが重要になってくる。弾きたいなら弾くイメージをすれば『相殺スキル』は発動する。ほかのスキルも同じ用量ですれば使えるよ。あと一つ、体内のマナを感じ取って自らの意思で操作するの。その両方ができればスキルは必ず発動するから!」
「操作する、って言ってもさ……。ぁ……」
なにかを思いつかなのようにハルトは目を瞑る。すると、体内でよくわからないエネルギーが流れていることに気づく。ハルトは、これがあの子が言っていた魔力か、となんとなくだが初めて感じ取る得体のしれないモノを理解した。
銃をホルスターに戻し、剣を引き抜く。
「なに目ぇ瞑ってんだ! 俺が動けないとからって余裕こきやがって! 《エンチャント・ブレード》――ッッ!」
ハルトが視界を遮断している間、蹲っていたザルは起き上がり、技を発動させ、大きく振りかぶって一気に距離を縮めてくる。
「早くスキルを発動して!」
少女は焦りながらハルトに叫んだ。
「初心者がすぐに発動できっかよ! もらったあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
勝利を確信したザルは口の端を吊り上げて笑う。ザルの剣は確実にハルトを捉え、胴体目掛けて振り降ろす。
だが、剣はハルトの胴体を斬ることはなかった。
「あとは……、イメージ!」
ハルトは目を開けて、剣を剣で弾き飛ばすイメージをする。身体中にマナを行き渡らせ、剣にマナを凝縮させるように集中させていく。すると、剣は淡い緑色の光に包まれ、なにかが溜まる感覚が伝わってきた。これは、『相殺スキル』が発動した合図だ。
その状態を保ったまま、ハルトは剣を振り上げた。
瞬間、剣がぶつかり合うと甲高い金属音とともに、ザルの剣が弾き飛ばされる。
「なっ!」
剣とともに上半身も持っていかれ、体制を崩して後ろに数歩ほど下がった。
「て、てめぇ!」
「なるほど、これが『相殺スキル』か」
鬼のような形相をしているザルをおいて、ハルトは一人で納得していた。
この『相殺スキル』を発動させ、相手の攻撃を弾くと相手の隙を作るだけでなく、自分に返ってくる衝撃がほぼない。そして、発動後の硬直が一切なく、次の攻撃に繋げやすい。
現にハルトは、追撃をザルの胴体に叩き込み、クリティカルヒットを出した。
「くっ!」
ザルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、後方へ後ずさり、
「ニース! 回復だ!」
「おうよ! 《ヒール》ッ!」
削ったHPは回復され、振り出しに戻ったハルトは溜息を吐いた。けど、ハルトは剣を構えてザルに向って走り出した。
瞬間、ハルトの視界にウインドウが表示される。
『スキル習得により、技の使用可能となりました』
無機質な女性の声が知らせてくれる。
それを聞いたハルトは笑みを浮かべ、勢いに乗ったまま止まる。多少、走った勢いはあるため地面を滑るが、剣を後方に構え、完全に止まると同時に、技を発動させる。
「《キリングエアー》――ッ!」
剣は白い光りに包まれ、溜まるのを感じたハルトは渾身の力を籠め、水平に振り払う。光は軌跡を描くと同時に剣から離れ、鋭利な斬撃となってザルへ飛翔する。
「なっ!」
斬撃が飛んでくるとは思わず、驚いたザルは咄嗟に盾で防ぐ。だが、その衝撃は強く、ザルは体制を崩れ、同時に盾の耐久値がなくなって壊れてしまった。
「すごい……」
今起きた光景に少女は呆然と見るだけだった。
「嘘だろ……初心者が。ましてや、今日降り立って間もない無知のクソガキが、なんで!」
ザルは自分に起きた状況に理解が追い着いていなかったが、ニースだけは驚愕した面持ちでハルトに震える指をさし、
「なんで無知の初心者が、飛翔剣を使えるんだ! 『武器専用魔法スキル』の中でも中級クラス……いや、中級クラスでも習得するのでも一苦労の技だぞ! なぜ使える!」
今まで落ち着いた口調とは思えない絶叫をする。
「なんで、って言われても、スキルを習得したら急に『使用可能になりました』ってシステムが教えてくれたんだけど?」
「嘘だろ……最初から、飛翔の技を持っていただと……ありえないありえない! おまえみたいな初心者が使えるはずがないんだ! 貴様は一体何者なんだ!?」
「何者って言われても。降り立ってすぐの初心者剣士のハルトですが?」
ニースが驚く意味が理解できないハルトは首を傾げる。
飛ぶ斬撃はハルトのいた世界では、世界一の剣豪になる夢を持つ剣士が普通に使っている技だ。それほど珍しい技でもない。
「記憶保持者のくせにっ! さっきまで小鹿みたいに怯えていたくせにッ!」
「飛翔剣がなんだ! こっちが先に倒しちまえば良い話だろうがあああぁぁぁぁッ!」
ザルはなりふり構わずに突進する。
「待て、ザル!」
ニースは呼び止めようと叫んだが遅かった。
ハルトの間合いにザルが入り込んだ瞬間、
「《ブレイズ・ロア》――ッッ!」
剣は炎に包まれ、ザルが剣を振りかぶってガラ空きになった胴体に、三角形を描くように叩き込んだ。見事に三連撃が決まり、ザルの胴体に雑な三角形が刻まれる。
「……火属性の技まで!」
「火属性だからなんだ!」
ザルはヤケになり、もはやニースの言葉にも耳を貸さない。斬られた場所から火を漏らしながら、怯む身体を強引に立て直して斬りかかった。
瞬間、ザルの胴体に刻まれた炎が爆発した。
ザルは苦悶の声を漏らし、爆炎とともに後方にのけぞる。
「待ってろ、ザル。今回復を――」
「もう手遅れだよ」
ニースの言葉をハルトは遮って冷淡に言う。そして、完全にガラ空きになったザルの胴体に二刀の連続攻撃を叩き込んでいく。
「あがぁ!? ――あぁあ……がはぁっ! ……ぐおぉ! あがぁっ……」
ザルは身動きが取れず次々とクリティカルヒットを叩き出す。なんとか盾を向けようとするがハルトに剣で弾かれ、剣すらも弾かれて宙を舞う。そして、最後の一撃を入れると同時にザルの身体は光り、絶叫とともに霧散する。
そこに残ったのは、ザルのモノであろう一つの霊魂だった。
読んでくださりありがとうございます。