三話 『境界の欠落』
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ハルトとザルの斬撃がぶつかり合い、甲高い金属音が響く。二人は即座に距離を取り、再度距離を縮め、次の一手を繰り出す。
先手をザルに許してしまうが、ハルトはなんとか攻撃を剣で防ぎ、もう片方の剣で攻撃する。しかしザルの持つ盾によって斬撃は防がれてしまう。それの繰り返しである。
何度か剣を振る方向を変えて叩き込むがすべてザルの盾に防がれる。刺突も繰り出してみるもハルトの攻撃はすべてザルの盾で防がれてしまった。
ここで一つ言えることがあれば、ハルトはザルに押されているということだ。
「おいおい、そんなもんか? そんなんじゃ俺は倒せないぜぇ!」
ザルは、ハルトの弱さを知った瞬間、まるで勝ったかのような笑みを浮かべた。そして、ザルの攻撃が荒波のようにハルトに襲いかかる。
「……せあっ!」
ハルトはなんとか二刀流で防ぎ切り、ザルから距離を取った。
「威勢の良いわりには大したことないなぁ」
「今日が初めて剣を抜いたんでね。慣れてないんだよ」
「ほう。それはいいことを聞いた」
いくらハルトの手数が多かろうとザルには盾がある。二本の刃がザルを捉えてもすべて盾で防がれてしまう。ハルトが剣を交えてわかったことだが、明らかにザルとの力量の差があった。おそらく、ザルのレベルはハルトより数レベル上だ。
「ソラァッ! 《エンチャント・ブレード》ッ!」
ザルがそう叫ぶと、彼の剣は白く光り始める。先程、少女に繰り出した技と同じだ。
瞬間、ザルはハルトに詰め寄り、白く光る剣を振るう。ハルトは反応に遅れ、咄嗟に二本の剣で受け止める。しかし、先程の攻撃より威力があり、ハルトは衝撃で後方へ吹っ飛ばれてしまい、地面に背中を打ち付け、身体に衝撃が走り、思わず声を漏らしてしまった。
「だ、大丈夫!?」
少女は慌ててハルトに近寄り、安否を確認する。
「へ、平気……なんだあの技」
「君、なにも知らないの?」
「え? なにが?」
少女の驚く顔を見てハルトは首を傾げる。確かにこの世界なら技やスキル、魔法があるのは確かだろう。だが、ザルの放った技がそれならそうなのかもしれない。けれど初めて見るモノにどう反応していいのかわからなかった。
だが、その様子を見ていたザルは盛大に笑い出した。
「マジかよ。基礎中の基礎だぜ? そうすると技の使いかたも知らねぇ、ってことか」
「お恥ずかしながらここに降り立ってからまだ間もないもんでね。剣を振るのも本当に生まれて初めてなんだ」
「ほう、そうか……」
ハルトのことを聞いたザルは口角を上げる。その表情を見逃さなかったハルトはなにか知っていることに気づく。なにを知っているのかわからないが警戒は必要だ。起き上がったハルトは再び剣を構える。
「ダメだよ! 君じゃあいつに勝ち目はない。わたしのことはもういいから!」
「と言われてもな。もう目つけられちゃったし、手遅れだよ」
ハルトは少女に向けて苦笑いを浮かべる。すべてはハルトから首を突っ込んで起きたことだ。中途半端に投げ出すわけにはいかない。これからなにが起こるかわからない世界だ。少し中年寄りの残念ニートがキレたような顔の男に逃げるようでは男が廃る。
ハルトはまたザルとの距離を縮める。剣を振りかぶり、ザルの胴体目掛けて刃を振る。だが、ハルトは違和感を感じた。ザルは盾を構えないのだ。けれど、ハルトは深く考えず振り切り、完全にザルの胴体を捉えた剣が叩き込まれた。
「――ッ!?」
瞬間、ハルトに異変が起きる。全身が震え、呼吸が荒くなる。身体中から力が抜けて剣も真面に構えられなくなる。辛うじて剣を握りしめているが、もう戦える状態ではない。
「ふっ、やっぱりなぁ」
ハルトの反応を見てザルは笑った。
その正体は、ハルトがザルを斬った時だ。刀身から肉を切るような生々しい感触が手に伝わってきたことだ。生前の頃に料理で鳥の胸肉を包丁で切ったような時の感触に似たものを感じた。人を斬ったことのないハルトが初めて人を斬った。現実で考えれば人を簡単に斬り殺せるような攻撃をザルに。負い目も感じず、笑って思い切りと力を込めて。ハルトが生きていた頃で言うなら、殺人を犯したのも同然である。
前世から残る一般的に悪いことをしてしまったという罪悪感と、前世となにも変わらない感覚と感触、すべてあの頃の現実と同じものだ。それと同時に恐怖を感じた。
ハルトが震えて動かなくなるのを見たザルは、
「こいつ記憶保持者だぜぇ! まんま前世の記憶頭ン中に残ってんぜぇ、コイツ」
周囲に向けて大きな声で言った。
すると、野次はざわめきが起こる。ハルトは野次のほうを見ると、自分を珍しいモノを見るような目で見ていた。ザルが言っていた記憶保持者と関係あるのだろうか。わからない。それがどのような意味を示しているのかもハルトにはわからなかった。
頭が真っ白になりかけたハルトは頭を振り、力の入らない手で剣を構える。
「ほう、そのなりでまだ戦おうとすんのかぁ? いいねぇ、嬲り甲斐があるもんだぜ!」
ザルがそう言うと容赦なく剣を振り抜かれる。
恐怖で反応できなかったハルトの胴体を切り裂き、赤い線が斜めに引かれた。
「……ひっ!」
剣が胴体の中を通っていく感覚があった。冷たい剣の温度が直接身体に伝わってくる。神経を撫でるような感覚。肉を斬られたと実感できるほどの感触が。
無防備での胴体に叩き込まれた攻撃。当然クリティカルヒットを叩き出し、ハルトのHPがごっそり持っていかれる。
「ほらほらぁ! どんどんいくぞ! 防御しねぇと死んじまうぞ!」
怯えた表情を見せるハルトにザルはさらに追い打ちをかける。
ザルの気持ち悪い笑い声で我に返ったハルトは、身体を無理矢理にでも動かして剣で受け止める。しかし力を籠めるほどの気力がなく、剣で受け止めても押し切られ、ザルの剣がハルトの身体を掠め、そのたびに細く赤い線が引かれていく。
赤い線が増えていくにつれ、ハルトのHPが徐々に削られていった。
緑色のゲージが減り、半分を切って黄色ゲージへ変わっていき、HPの二割に差し掛かっていくにつれ、死という文字が脳裏に浮かぶ。
この世界はゲーム要素のある異世界だ。死んだところで何度でも生き返る。だけど、現実そのものの感触と感覚が、生前の命は一つしかないという常識がより恐怖を掻き立てた。
もうなにをすればいいのかわからなくなってしまった。
折れてしまったらどれだけ楽だろうか、とハルトは思ってしまう。
どうすれば、どうすればいいのか。わからなくなる。
ザルの剣がハルトの剣を叩いた。衝撃が剣を走り、ハルトの手を伝わって思わず手放してしまい、金属音を鳴らして地面に落ちる。
ハルトは慌てて拾うと剣に向かうが、ザルに阻まれ腕を斬られる。幸いにも浅く、切断までいかなかった。けれど、HPは二割を切り、赤色のゲージに入ってしまった。
右手の剣だ。ザルに阻まれて残っているのは左手の剣だけ。装備している中で最も攻撃力が高く、初期にしては文句のつけようがない武器だ。それは今数メートル先にある。
「へへっ、雑魚だなぁ。さっきの威勢はどこにいったんだぁ? 竦んで動かねぇでいると死んじまうぞぅ? 死んじゃうぞぅ?」
「おい、ザル。俺にもこいつの相手させろよ。こんな良い的どこにもねぇぜ」
「まあまあ、いいじゃねぇか。どうせパーティー組んでんだ。こいつ殺してもおまえにもしっかり経験値は入っからよ」
どうにかしなければならないとハルトは思う。けれど身体の震えが止まらない。足腰に力が入らない。心に余裕の文字もなく、息を整えたくても逆に荒くなる。
ハルトは焦る。どうすれば。どうすれば。ドウスレバ。
「そんじゃ、死ねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ザルの雄叫びとともに剣を振り下ろした。
「――ッ!」
刹那、ハルトは剣を受け流した。
無意識だった。怯えてなにもできなかったハルトが剣を構え、ザルの攻撃を受け流した。力の入らない状態で自然に身体が動いたのだ。これにはハルトも驚いた。
「チッ、変に抵抗しやが、ってよ!」
抵抗されたことが気に食わなかったザルはハルトを蹴り飛ばした。回避するのも虚しくハルトは数メートル先に吹っ飛ぶ。思考が追いついていないもののハルトはなんとか起き上がり、ザルのほうを振り向いた。
けれど、振り向いた時にはザルは剣を振り上げていた。すでに剣はハルトへ向けて振り下げようとしていた。死の直面と言っても過言ではない。視界に映る世界がゆっくりと動いているように見えた。
「もう……無理」
ハルトは諦めた表情を浮かべてそう呟いた。
「ダメェェェェ――ッッ!」
ザルがトドメを刺そうとしている瞬間、少女は反射的に立ち上がってハルトに手を伸ばしていた。庇おうにも届くはずのない手を。
ハルトにはその声は聞こえたが、もう反応する気にもなれなかった。
もう――終わりだ。
「お主はゲームで負けるのか!」
無気力になるハルトに、どこからか飛んできた声に目を見開く。瞬間、ハルトは即座に体制を立て直し、ザルの剣を受け止めた。
甲高い音が鳴り響き、剣同士で発生した衝撃は双方の手から身体にかけて逃げていった。
「て、てんめぇ……!」
剣を受け止められたザルは怒り、力を入れて剣が押し込まれる。ハルトは呻き声を漏らしながらも左手で耐える。刀身を震わせ、ハルトはザルへ押し込んで剣を弾いた。
野次のほうから聞こえてきた女性の言葉に救われた。
今までのが嘘のように身体が軽い。力も入る。立っていられる。ザルを斬った時から感じていた恐怖もなかった。そして、自分が馬鹿らしく思ってしまった。
「……そうだ。ここは現実の以前にゲームだ。どれだけ現実だろうとゲームと変わらないところは変わらない。今の戦いも言ってしまえばゲームだ。この感覚も感触もすべて……いわゆるゲームの仕様だ。なにも怖がる必要なんてないじゃないか」
「テメェ……さっきからなにごちゃごちゃ言ってんだッ!」
再度、ザルは剣を振るってくる。けど、ハルトはそれを受け流し、ザルの体制が崩れるのを見て、胴体目掛けて蹴りをお見舞いする。見事に蹴りは綺麗に入り、ザルは声を漏らして仲間の位置まで吹っ飛ばされた。
「おまえは本当の意味で殺すつもりで俺と戦っているんだろうけどさ。俺からすればただのオンライン対戦と変わらんのだわ。そこに生と死があったとしてもただの遊びだ」
ハルトは悠々とザルとの距離を縮め、〝ヴォルケ・ア・ブレード〟を拾い上げ、
「まあ、それはどうでもういいか。今は、精々楽しもうじゃないか」
右手の剣の切っ先をザルに向けて構える。
そこには恐怖に怯えるハルトの姿はなかった。あるのは生前の姿。ハルトが魅了され、趣味の枠では収まらない、生き様として死ぬ日までやっていたゲーム。そのオンラインにて敵と戦っている時に見せる不敵な笑みを浮かべたハルトだった。
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