二話 『欲にまみれた男』
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男の剣士は理性的ではない。ハルトがオンラインゲームで経験した中で、支配欲が優先されるなら身動きが取れなくなるまでHPを削るか、手足を集中的に狙って切断するか、を選ぶはずだ。けれど、怒り狂った男には、多分、急所を狙ったクリティカルヒットを叩き込むことしか考えていない。声も届きはしないだろう。
「オラアァァァァ!、《エンチャント・ブレード》ッ!」
男が叫ぶと、彼の持つ剣の刀身が白い光に包まれる。
明らかにゲーム内に存在するような技を繰り出すつもりのようだ。
ハルトは無我夢中で地面を蹴り、間に合ってくれ、と願いながら二人へ向かう。
「きゃ!」
女性は怯み、腕で防御態勢に入って身を縮めてしまう。
その女性の姿を見て男はニヤリと笑う。
「へっ、後悔しても遅いんだよぅ!」
男の白く光る刃は女性に向けて振り下ろされる。
「まぁぁぁぁにぃぃぃぃあぁぁぁぁえぇぇぇぇぇ――ッッ!」
ハルトは女性を助けることだけを考え、なりふり構わず全速力で走る。前世で身体を鍛えてこなかったツケがまさかここで現れるとは思ってもみなかったが、それでもなんとか男と女性の間合いに入ることに成功する。そして、地面を強く蹴り、男が剣を振り切る前に、ハルトは女性を思い切り押し退ける。
これで女性は傷つかずに済む、とハルトは思った。そして次に思ったことは、また見ず知らずの他人を庇ってしまった、ということだ。
今まで人を助けるようなことをしてこなかったハルトにとって前世を含めて人を庇ったのは今日で二回目だ。咄嗟の行動なのに後悔というものは一切なかった。だけど、気持ちの良いものでもない。最悪なことにこの二回の人助けにおいて共通点があり、それはハルトが犠牲になるということだ。前世はビルの倒壊による圧死。そして今回は斬殺だ。
このまま男の攻撃を真面に受けたら【Lv.1】のハルトなら即死だろう。でもそれでいいとハルトは思っている。もう死んでいる。そのことを考えればゲームオーバーになったところで生き返るのだから死は安い対価だ。あとは時間に任せよう、とハルトは思った。
生前の悠斗が死ぬ前に、倒壊するビルから少し会話しただけの少女を押し退けた時と状況が似ているような気がした。
斬られる寸前、ハルトの視界に押し退けた女性が振り向いて驚いていた。
その女性はハルトとあまり変わらない外見をしており、同い年のように見える。
茶色の長髪に茶色の瞳。身長はハルトより低くく、華奢な身体つきをしているが、儚さは感じられない。しっかりとした女子高生の印象が強かった。
この少女も死亡して異世界に降り立ったと考えると悲しい。どのような死にかたをしたのかはわからない。だが、ハルトと同じくらいで、これからがあるはずの年頃の女の子が死んで、記憶を消され、右も左もわからないままこの世界を彷徨う。
だけどハルトはそんな彼女に逞しくこの世界で生き抜いてほしかった。
「あぁあ、そんな顔すんなよ。庇ったときと一緒じゃねぇか……」
ハルトが無意識に呟くと、変な違和感に包まれる。
ビル倒壊の——瞬間——押し退けた——少女の同じ。
瞬間、脳裏にあの時が微かに蘇る。死ぬ瞬間、少女が悠斗に振り返った時の光景が。
「くっ! 間に合えェェェェッ!」
自分でもなにを考えているのかもわからない。ハルトは無我夢中で剣を引き抜き、どんな必殺エフェクトが発動しているかわからない男の剣を相殺した。
甲高い金属音が鳴り響き、手に強い衝撃が伝わるのを感じ、同時に空気中から肌にじんわりと衝撃が伝わってきた。ゲームとは思えないリアルな感覚。生前の頃、何度もじかに味ってきた感覚そのものだ。
やはり、仮想で合って現実というか、なんというか……。
体感したものは後にして、発動された技は中断されたようだった。
結果。男とハルトは両方とも反動で弾かれ、態勢を崩していた。
だけどハルトはすぐさま態勢を立て直し、男から距離を置き、右腰のもう一本の剣を握り、後方にいる少女のほうを見やる。
「おい! 大丈夫か!?」
「は、はい! 大丈夫、です」
呆然と尻餅をついていた少女は、我に返って弱々しく答える。
少女の言うとおり、身体にダメージを受けた痕跡はなく、ハルトはひとまず安心する。
「それならよかった。間に合った甲斐がある」
この世界の仕様はどうなっているのかはわからないが、身体のどこかにダメージを喰らっているのなら、赤色に変色しているか、もっと現実的なら鮮血が飛び散って、ドクドクと血液が流れているはずだ。
あ、考えたら、急に目まいが……、とハルトはよろめく。
「ちょっ、ちょっと、あなたこそ大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよ……。剣の衝撃でよろめいただけだから……」
ハルトは誤魔化す。想像しただけで気絶寸前に追い込まれるとは思ってもみなかった。
けど、切り傷がないのならそれでいい。あとのことは考えない。少女を助けることを優先的に考え、ハルトは目の前の敵だけに集中する。
「ハハッ……、邪魔しやがって……どういうつもりだテメェ……」
マヌケにも尻餅をついて呆然としていた男が我に返り、武器を抜刀しているハルトを見て、怒りを噛み殺したような口調で言ってくる。
人との関わりがほとんどないハルトは人の威圧には弱い。現実で仮想でもあるなら平気かな? なんて思ってはいたハルトだが……やはりというか、人との付き合いになれるのはまだ時間はかかりそうだ。だから、ここは男らしく威圧だけには負けじと、冷静を保ちながら男に答えた。
「さ、さぁ、どうしてだろうね?」
冷静になり過ぎて逆に明確な答えが出てこなかった。
なんでだ? とハルトは苦笑いを浮かべることしかできなかった。先程まで少女に感じていた違和感は消えていた。なにか思い出したような気もするが、今はなにも感じない。
「はぁ? じゃなにか? 理由もなく俺を邪魔したって言うのか?」
「いや、理由もなく邪魔はしないよ。……まあ、考えずに突っ込んだけどさ」
ハルトは苦笑を浮かべながらに言う。
「ハハハハハッッ!。テメェ相当の馬鹿だ。まさか初心者風情が俺たちに刃を向けるなんてな! これは落としまえをつけてもらわないと気が済まねぇぜ」
「落としまえ? 金なら持ってないぞ?」
ウインドウを操作して、財布袋を地面に向けて揺らす。ハルトは一文なしだ。新たな人生が始まったばかりで、金のなるようなクエストはこなしていない。
「馬鹿かテメェは! うちのリーダーがその程度で許すわけねぇだろうがよ!」
剣士の男の後方に立っていた魔法使いのような装備のやせ細った男が、声を上げながら前へ出てきた。けど、歩みは仲間の剣士によって遮られる。
「まあまあ、落ち着けって。相手は初心者だ。怒ってもしょうがないだろ?」
「でもよ。初心者風情に……!」
「まあまあ、俺に考えがあるから任せろって。あの女は絶対に手に入れるからよ」
「……わかった、任せる」
剣士の男に宥められた魔法使いの服装の男は後方へ下がる。それを確認した剣士の男は、ハルトに視線を向け、余裕そうな表情を浮かべる。
「というわけだ」
「どういうわけだ?」
そのフリはハルトでも追いつかない。
「察しが悪いなぁ兄ちゃんよ。話聞こえたんなら少しはわかるだろ? アンタは初心者なわけだからな。今回だけ特別に選ばせてやるよ」
「選ぶ?」
「ああ、そのおまえと同じ初心者の女を渡すか、おまえの所持している物のすべてをここに置いていくか、どっちか選べよ。そしたら今日のことはなかったことにしてやるよ」
男は嫌味ったらしい笑みを浮かべて言う。相手は対等な交渉をしているつもりなのだろうけど、ハルトには脅しにしか聞こえなかった。
「どっちも断る」
ハルトからすればこの提案は即答にかぎる。ハルトの経験上、生前もよくオンラインゲームでよくあったことだ。そのゲームでは様々なことができ、ほぼすべてが自由なゲームだった。もちろん略奪や強奪もありなゲームだ。男が行っている脅しも、もとい交渉はハルトの知っているかぎり、本当の意味でオンラインゲーム初心者の時に体験したことがあった。その光景とよく似ていた。
「あぁ? マジで言ってんのか? こんなウマい話そうそうねぇぜ? それをおまえの浅はかな判断で棒に振るっていうのか?」
「なにを言おうと答えは変わらないよ。どうしてそんなにこの女を欲しがるのかは疑問だけど。そもそも人を売るような行為は性に合わない。つーか、人を売るバカいるか?」
ハルトは剣の柄にかけていた手を離し、溜息混じりに後頭部を摩る。自分でも気がつかないうちに、かなり冷静になっていることに驚きを感じていた。動揺も怒りも何も感じない。疑似転生によってこの世界に合わせるために、身体が変化してしまったのだろうか、と思ってしまうぐらいに。いや、ハルト自身のコミュ障が暴走しているのかもしれない。
いや、それだけではない。後方にいる少女は、この状況下で諦めるように俯いているのだ。それを見てしまったら放っては置けない。
「訊いていいかな? 彼女を狙う理由を」
「へッ。そんなもん決まってるだろ。対価だよ対価、道を教えたお礼にちょっとつき合えって言ったんだ。そしたらソイツは、恩を仇で返してきやがったんだ」
「それが理由か?」
「ああ、そうだよ。つーかテメェ、先輩には敬語を使え敬語」
大方、少女の容姿が気に入ったから手をつけたかったのだろう。あわよくば自分の女にでもしたかったのかもしれない。B線よりの中年男性みたいな容姿の男には、女と触れ合う機会なんてないから、これをきっかけに多少強引でも仲良くしたかったのだろう。
そう考えてしまうと、さながら美少女ゲームを連想してしまう。〇きゲーのほう。
けど、拒絶されたのはご愁傷様だが、同情する気にはなれない。まず彼女が欲しいとは思ったことがないから。ゲームが彼女、みたいな。美少女ゲームのキャラとか。現実には二次元世界のような展開を求めてはいない。むしろ求めるほうがおかしい。もしかしたら、とか期待に胸躍らす程度でいいのだ。
ハルトの目の前にいる男にも現実を知ってもらいたいところである。早めに答えを出したかったが、一様後方の少女にも訊くことにする。
「なあ、君。あの男の言っていることは全部本当なの?」
「……全部、ではないけど。だいたいはあってるかな。道案内してくれる、っていうから甘えてついていったんだけど、ここに着いた瞬間、突然路地裏に引きずり込まれそうになって必死に抵抗したの。助けようとしてくれた人はその二人に殺された」
少女の指さすほうに魂のようなものが浮遊している。おそらく、この魂こそ少女を助けようとしてくれた勇敢な人らしい。ハルトの中では少しだけ予想はついていたものの、生でそう言うのを訊くより衝撃的なものはなかった。
「人聞きの悪いことを言ってくれるじゃねぇの。あとで覚悟しとけよ」
動揺する少女。さらに男は言葉を続ける。
「で? おまえさんの答えは変わらないのか?」
「むしろ、綺麗に固まったね。テメェみたいな万年童貞臭が消えないようなおっさんにこの子は渡す気はない。力尽くでくるなら逆にこっちから力尽くで贅肉削いでやる」
「……ほう、ならしょうがねぇな。テメェもそこの奴と同じ道を辿らせてやるよ! 愚弄した分もきっちりとなぁ! 後悔しても知らねぇからな!」
男は自分の剣を拾い上げて、今でも殺しそうな眼差しで叫んだ。
その男の姿を見てハルトは溜息交じりに頭を掻く。話していた間、ハルトは気づかなかったが、周囲には人盛りができていた。隙間から人を掻き分けて必死にこちらに叫んでいるピュアの姿もあった。なにも起こらなければピュアの案内してもらっていたのかもしれない、と考えると今の現状は非常に残念な結果だ。
「……なんでこんなことになったんだっけな」
ハルトももう一本の剣を引き抜き、重心を低くして身構える。
完全なる戦闘体制に入り、ハルトの黒い瞳は紅く染まる。
「その紅い目。テメェ混じってんのか」
「ん? 混じる? 混じるってなんのことだ?」
剣士の男が発した言葉にハルトは疑問を抱いた。なにを思って言ったのかはわからないが、男にとって意味のある一言だったのは確かだ。けど、今は関係のない話だ。ハルトの予想が正しければ男はなにも言わない。
「さぁな! 知っていても教えねえよぅ!」
案の定だが、男は嫌味ったらしい笑みを浮かべて言う。ハルトが前世の頃によく見ていた映像の展開で思わず笑いそうになる。
笑う気持ちを抑え、ハルトは後頭部を掻き、
「だろうな。アンタは有益になるなら金を積まない以外は喋らないで貯め込もうとしそうだしな。その腹の贅肉みたいに脂肪たっぷり貯め込むんだろうな」
真っ直ぐ男を見て煽る。
今の言葉が完全な戦闘の火種になったのは確かだ。その証拠に男の額には青筋が浮かんでいた。もう宥めるには遅く、完全に戦闘は避けられなくなった。
「……よく言った。もう泣いても叫んでも許さねぇ! このザル・ゴードン様に盾ついたことを後悔させてやる! ぶっ殺してやるこのクソガキィィィィィィィィィィッ!」
男の怒りの雄叫びを合図に一斉に動き出し、ハルトとザルは肉薄する。
読んでいただきありがとうございました!
再編……九月二十二日






