プロローグ 『死後の世界』
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再編八月十九日。
物静かな場所。黒いなにかで造られた六角形の空間。壁や床には至るところに線引きされ、その線に沿って人工的な蒼い光が流れていた。
「……、え?」
声なき返答に導かれ、倒壊に巻き込まれて死んだ少年は目覚める。
「ここは、どこだ? 確か俺は死んだはず……」
状況が理解できずに周りを確認する。そこは見慣れたはずの街の風景とはまったく別物で、不思議な世界が広がっていた。
神秘的に見えて気味が悪い。ゲームの中で似たような空間をいくつも見ているせいか、記憶を辿っていると、ついゲームの世界を思い描いてしまう。本来なら好奇心に胸を躍らせるのだろうけど、今の少年にはそんな余裕はなかった。
それにこの空間の温度は低いのか、少しだけ寒気を感じる。
ふと、少年は気づく。
手を握る感覚。地面を触る感覚。肌の感覚。試しに頬をめいいっぱい抓ると痛みが走った。身体に神経があるのだ。倒壊した建物に押し潰され、壮絶な体験をしたというに、数十秒前の出来事が嘘のように思えてしまう。服装も事故に合うまえの物だった。
「夢ってわけじゃなさそうだ。意識もはっきりしてるし、抓ると痛いし。本当に生きてるみたいだ。死んだはずなんだけど、おかしな話だ」
「なーんもおかしい話でもないがな」
突然、背後から撫でるような声が聞こえてくる。
少年は声のほうに踵と返すと、二十メートル先に女性が立っていた。
セミロングの白い髪。深紅の瞳。緑と赤と黒を基調とした和服で身を包み、その場で優雅に立ち振る舞う女性がいた。
歳は少年と同い年くらい。背丈は少年より低く、華奢で細身だ。だが、容姿から溢れる艶かしさは、たとえ幼い身体つきであっても大人の魅力を見せている。
身長を抜けば、美人お姉さんと認識すればいいのかもしれない。女性を評価するのが苦手な少年としてはこれが限界だった。
彼女は薄く笑みを浮かべ、距離をゆっくりと縮め、
「ようこそ、死後の世界へ、凪原悠斗。わしはおまえを歓迎するぞ」
容姿の妖艶さとは裏腹に、子供っぽい笑顔を浮かべて言った。
「死後の世界って、ことは、本当に死んでいるんだな……」
少女の言葉でようやくここが死後の世界だと実感できるようになってきた。
悠斗が知っているような三途の川ではなく、ゲームのような空間で自分が死んだことに実感が湧かなかった。だけど、少女のおかげで自信を持てるようになってきた。
しかし、普通なら死んだ者は三途の川を渡るはずだ。なのに、現代科学が一歩前進したような空間にいる。それに身体は実体を持っていて痛覚もある。
だからこそ、悠斗の気持ちが湧き上がる。
「俺の知ってるのと全然合致しねぇ。草生えるわ」
「出会って早々草を生やすな。言いたいことはわかるが……まあ、お主にとって都合のいい話だと思うぞ。お主はゲーム好きか?」
彼女は艶めかしい笑みを浮かべて悠斗に尋ねる。
「なにを言うんですか……、そりゃ、好きに決まってるじゃないですか! 言うなら大好物の淫猥な薄い聖本を手にするよりゲームのほうを優先するほど大好物ですよ」
「お、おう。そんなに好きなのか」
「はッ……! す、すみません。ゲームと聞いて興奮してしまいまして」
「いや、それはべつに構わないが……」
悠斗の迫力に気圧されてしまった少女は気後れしてしまう。会話の途中で意味深な言葉を聞き取ってしまったが、気にせずに気持ちを切り替える。
望んでいた言葉を悠斗の口から聞けたことに安心し、少女はうっすらと笑みを浮かべた。
「それなら、こっちの都合がいい」
「都合?」
悠斗は首を傾げる。
「そうだ。お主にはこれから、ファンタジーあふれる現実リアルと仮想ゲームが混ぜ合わさった異世界、言うなれば新しいあの世に疑似転生することになっている」
「新しい、あの世……? 疑似転生……? あのよく聞く死後の世界ではなくて?」
「お主の知っている天国と地獄というのは、少々古くさくはないか?」
「違うんですか?」
「そりゃそうだ。天国や地獄だって進歩していく。ある程度の知恵は人間界から拝借したモノが多いが、例外なら進歩しまくりだ」
少し時代がかった口調で語る少女。なんとも信じ難いことではあるが、確かに自分たちが知っている伝承は古い。あの世にも知恵が存在するなら進歩してもおかしくなはい。それに、彼女が嘘をついているようにも思えない。
悩みはしたものの、悠斗は少女の話を信じようと思った。
「天獄にもちゃんとした歴史があるのですね。驚きです」
「頼むから天国と地獄を略さないでくれ……。あと、敬語はやめてはくれないか?」
「なんでです? 見たところ成人のように見えますけど?」
「いや、その、なんだ……。わしはこう見えて、お主より、一つ下だ」
その言葉に、悠斗は沈黙する。
「……え、嘘!? もうすぐで熟れた美女にみたいな外見になって、あまりの魅力に、もう彼氏とかいるだろ、と男が怖気づいて近づかないまま、終いには中古品という皮肉を言われ始め、彼氏ができないまま親に心配される歳じゃなかったの!?」
「女性にどんな見方をしておるのだ!? 偏見にも限度っていうものがあるぞ!」
「す、すみません! 動揺してしまいました。なんてゆうか、あまりにも外見と歳がかけ離れ過ぎていまして、ついオーバーキルを」
「ひどいぞ。最近、大人に近づいてきたね、とようやく言われるようになったと思ったが、まさか、お主に年増扱いされるなんて思わなかったぞ」
涙で目を潤わせながら、少女は言った。
「ご、ごめんなさい」
慌てながら謝るが、少女は不貞腐れた表情を浮かべながら、上目遣いで悠斗を覗き込んでくる。なにか罵倒されるのかと覚悟はしていたが、意外な答えが返ってきた。
「……べつにいいが、その代わり、敬語はやめてほしい」
「なんでです?」
「さっきも言ったが、外見とはいえ、歳はお主より下だ。だからタメ口のほうがいい……」
少女は寂しそうな表情を浮かべてそう言った。
「あ、ああ、わかった。これでいいか?」
悠斗が少女に尋ねると、小さく首を縦に振る。彼女の仕草は、まるで叱られて落ち込んでいる子犬のように見えた。
だがそれより、上目遣いのせいか、姿勢が前に出て、胸の膨らみが和服の上から覗かせていた。視界に捉えた悠斗は目を見開いて、目を離そうにも、胸に谷間からあふれる魅力に目が釘づけなっていた。男の本能とは恐ろしい。
「なんだ? ぼーっとしよって」
「はっ! いやっ、あのっ、美人ながらもたまに見せる可愛い表情ととか魅力的だなぁ、と。つい見惚れてしまって……」
動揺してしまって思わず本音を言ってしまった悠斗。それを聞いた少女は目を丸くして驚いていた。気持ち悪いほどにオタク並みの早口で感想を述べてしまったことで相手は引いていないか心配になった。
「真正面からそう言われたのは初めてだな。そうか、美人か、可愛いか……ちと照れくさいが……そう正直な感想を聞いてしまうとさっきの非礼を帳消しでもよいな。とりあえず、ありがとう、とでも言っておこう」
どうやら悠斗の心配は杞憂に終わったようだ。それに少女はご満悦のようだ。
おもに胸に目がいったのが原因だが、あえて訂正する必要もないだろう。本当のことを言ってしまったら面倒になるのは確実なので、少女がご満悦であるならば、そのまま流されてしまっても良いと思った。
年下を除けば言った言葉に嘘偽りのない事実である。だが、少しだけ恥ずかしかった。
「正直なのはいいことだ。――自己紹介が遅れたな。わしは閻華、閻魔と天使の間に生を受けた身だ、歳はさっき言ったとおり、お主より一つ下だ。これからよろしく頼む」
「改めて自己紹介するけど、俺は凪原悠斗、よろしく……ってこれから?」
閻華の言葉に違和感を感じて訊き返す。
すると、なにかを思い出したかのように、あっ、と声を洩らす。どうやら完全に忘れていたみたいで気難しい表情を浮かべた。
「ああ……えーっと、なんと言ったらよいか、話すと長くなるからの。時間もあるわけじゃないから、結構バッサリと話を進めるが構わないか? そのほうが助かる」
「いや、よくわからないから、バッサリでも構わないけど」
了承を得た閻華は軽く咳払いをする。
「これから、って意味はだな。お主がいく世界に一緒についていく、ってことだ」
「それはまた……なぜに?」
「わしもいい歳だ。若いうちからやりたいようにやろうかと思ってな。疑似転生した人たちとのんびり暮らそうとな。それでいついくかと機会を伺っているうちに、なかなか面白い死にかたをしたお主についていこうかと思ったのだ。ゲームが好きなようだし、お主についていけば楽しくなりそうだと思ってな。ついていくことにしたのだ」
楽しそうに言う閻華。悠斗も一人で未開の異世界に転生するとなれば不安が残るが、閻華とともに異世界に降り立てるなら少しは安心だ。
だけど、自然と話が進んでいるようだが、疑問がいくつかあった。
「すまん、流れ的に俺は転生するのはなんとなくわかるんだけど、疑似転生ってなんだ? そもそも、俺は死後の世界にはいかないのか? 異世界に転生するなら生き返るのか?」
「ああ、順を追って説明しようか。現状、まず天国と地獄からだが、今は住民が住んでいるだけで、現世から来た魂は影も形も残っていない。死んだ者はすぐに異世界に疑似転生されることになっている。だが、神様はなにを考えたのか、異世界を新しく創るにあたって現世の娯楽を導入することになった」
その話を聞いて悠斗が最初に思い浮かべたことのは。
「ゲームか」
「そうだな。お主もよく知っているゲームだ。ファンタジー溢れる世界。願いが叶ってよかったな。最後に望んだ世界が目の前にあるぞ。しかも、ファンタジー溢れるゲームだ。棚の八割がファンタジーゲームなほど、好きなお主にはドストライクすぎたか?」
悠斗の心臓が波打つ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。なぜ、それを……」
「生者の頃のことは、調べさせてもらったからな。お主のことならなんでも知っている。もちろん、倒壊に巻き込まれて圧死したことも知っている」
そうだ。この世界は死者を迎え入れる場所だ。その死者の情報を知っていてもおかしくはない。天国と地獄の知識を知っている悠斗でも、閻魔が天国と地獄のどちらかに送ることくらい知っている。だけど、まさか死の間際の情報まであるとは、天獄の情報はかなり細かいのかもしれないと悠斗は思った。
瞬間、悠斗はあることに気づいた。
――そういえば、倒壊の後、ってどうなったんだ?
「なあ、閻華。俺が死んだ時のことを詳しく教えてくれないか?」
閻華は数十秒ほど沈黙し、大きく溜息を吐いてから口が開かれた。
「すまんな。規則で死者には後日談は聞かせないことにしておるのだ」
閻華は真剣に答える。
「そう、なんだ。めっちゃ気になるけど、仕方がないのか」
「まあ、そう落ち込むな。お主には女子を助けたという名誉があるではないか」
「女の子? そんな人助けたっけ?」
悠斗の言葉に、閻華は驚愕する。
「どうした? お主は女の子を助けたんだぞ? 覚えておらんのか?」
「いや、誰かを助けた気がするんだけど、はっきり覚えてなくて。なんだか、霧がかったように顔も声も、なにを話したかも……そもそも出会ったのかも」
悠斗が気の抜けた声で言うと、閻華は目を見開く。
「これは驚いた。記憶の欠損か……珍しいことが起きるもんだ。一時的な記憶喪失? なのか……一部とは難儀なものだな。ま、そのうち思い出せるだろう。安心せい」
そう言って閻華は、小さな笑みを浮かべて、
「……まあ、どうせ、あの世界なら必ず会うわけだがな」
悠斗が聞えない声量で言った。
「え? なんか言った?」
微かに聞こえた声に、悠斗は閻華に訊く。
「ん? なにも言っていないぞ?」
「そうか? 確かになにか聞こえたような?」
「空耳だろ。大丈夫だ。お主の心配するようなことはなにもない」
「そう、か……」
だが、悠斗の気持ちが晴れることはなかった。確かに記憶という物が欠けている気がする。そして、なにか霧がかっているようで妙に落ち着かない。なにをどうすればこの気持ちは晴れるのだろうか、と悠斗は考えた。
だけど、心が晴れるほどのことは思いつかなかった。
そうしているうちに、閻華は咳払いをして、
「話が逸れたな。時間が差し迫っていることだし、疑似転生に話を進めようか」
不安そうな悠斗に笑みを浮かべていった。
「あ、そうだった。疑似転生……転生とはまた違うんだよな」
閻華の思惑どおり、悠斗の気持ちを逸らすことに成功する。そのまま、こちらだけに観点を置いてくれることを願いつつ説明を始める。
「疑似転生……と言っても、なんて言えばいいか……、そうだな。転生であって転生じゃない、ってところかの」
「転生であって、転生じゃない……」
「そうだ。転生は新たな生を受け、形を変えて生まれ変わった者のことだ。疑似転生は言ってしまえば生きながらにして死者。半分生きていて、半分死んでいる。そういった曖昧な存在だ。どうだ? 少しはわかったか?」
「うーん。なんとなくわか……った気がするけど、もうちょっと詳しく」
「いいだろ。疑似転生する死者の霊体に実体を与え、生者に近い肉体を手に入れる。流れる血液、活動する肉、心臓の鼓動、息遣い、感触、なにもかも生者と変わらぬ肉体と存在を手に入れる」
「ん? それじゃ生きてる人とまったく変わらなくないか? どう区別していいのやら」
「ここでの違うのは死ぬ時だ。転生した者が死ねば肉と骨だけが残り、霊体だけが現世から消滅しこちら側の世界にやってくる。生者から死者へこの一連の流れは変わらない。ただ、疑似転生した者が死ねば、肉体とともに消滅する」
躊躇なく発せられた言葉に、悠斗は目を見開いた。
「――ッ! 肉体が、消滅」
「ああ、転生する者を構成するモノは二つ。器となる肉体と霊魂。その二つが合わさって初めて生者として存在を得る。だが、疑似転生する者は霊体のみで構成されている。存在できるのは肉体を霊体で補っているからだ」
「………………」
ファンタジーゲームをやっていれば転生モノはよくある。漫画でもラノベでも……。だけど、悠斗の知るかぎりこのパターンは初めてだ。転生先が異世界ではなく新しく創られた死後の世界とはまた新しい気がする。まあ、死後の世界も十分異世界だと思うが、死者から言うことはなにもない。
「そう不安がるな。こちら側の世界にしても異世界の類。それも、ワシらの世界からしてもお主が生きてた世界からしても隔離された死後の世界。皮肉を言うなら天国と地獄からも干渉はできない欠陥を抱えた世界だがな。それに異世界に降り立つにしても存在は必要だ。まあ、疑似転生は言うなれば転生『仮』のようなもんだしの。形だけなら生は受けてから世界へ放り込まれるが、それも仮にすぎない。この死後の世界の滞在期間が過ぎるまでは、本当の意味では転生できん。人の持つ形や理までが書き換わってしまうのが、このことを踏まえて、ワシらは転生するまでの期間を仮の生を受けて生きることを、疑似転生と呼んでいる」
閻華の話を聞いて、悠斗は一度だけ顎に触れて頭の中で整理する。
「話をまとめると、本当の意味で転生するまでは、新たな天国と地獄、こちら側からも干渉できない隔離された異世界に、死者の器となる肉体とかもろもろを本人で形作らせて転生させる。それを疑似転生と呼ぶ。こんな解釈でいいかな?」
「そんな解釈でいいぞ。話が早くて良い。ついでに言い忘れていたことだが、疑似転生する者はあちら側で死んでも生き返ることができる」
「ああ、やっぱり生き返るんだ。そこはゲームみたいだな」
死者が死ぬと完全に存在こと消えてしまう、そういうことがないことがわかって少しだけ安心して異世界にいけそうだ。
「だが、話を聞いてたまに辛そうな顔をしていたようだったが?」
「ああ、大丈夫。最初は不安しか残らなかったけど、閻華の話を聞いてちょっとだけ安心してる。ありがとう」
「そうか、それならよかった」
満足そうに笑顔を見せる閻華。大人びているとは裏腹に、普通の女の子のような可愛い一面があった。余裕のある美人が取り乱したりするととても可愛いように、先程まで見せなかった閻華の笑顔は抜群に良かった。
「なんだ? 人の顔をじろじろ見よってからに。 ワシの顔になにかついておるのか?」
「いや、なんでもないよ。気にしないでくれ」
平然とした面持ちで話してはいるが、悠斗は内心焦っていた。
女性に対して免疫が皆無に等しいというのに、今回でどれくらい話しただろうか。オンラインゲームでは見た目が女性の人物とよく話をしていたが、現実となると話はべつだ。死んでいるとはいえ、目の前にいるのはリアル女子高生の年齢の女の子だ。
ひきこもりには刺激が強過ぎる。
だけど、それよりも前に、濃い記憶を思い起こすことが多かった。
「それにしても、疑似転生か……」
悠斗は静かにそう呟く。
「どうした? 疑似転生は嫌か?」
その一言に不安の顔を見せる閻華。
「いやなに、妹に合わなくて済むんだなぁ、と思って」
「確か資料にも載っていたな。そんなこと」
死者の資料に目を通している閻華は、悠斗のあらゆることを知っている。細かい情報は省かれてべつで保管されているが、大まかな情報は閻華の持っている資料にぎっしり書かれている。その中に悠斗の妹のことも書かれていた。
だが、資料としては大雑把で妹の詳細を知らない。家族関係も悠斗がどういう気持ちで過ごしていたかは、べつの資料を見ないかぎり閻華でも知らない。
「ワシは知らんが、本当に化物のような容姿をしているのか? お主の妹さん」
「ああ、そうなんだ。毎日顔を合わせるたびに吐き気が、して、たまらなくてな……」
「おう、泣くほど酷かったのか、それは災難だったな」
「父親の再婚相手が超絶美人だったから義母の娘にも淡い夢を抱いてたんだ。絶対可愛いと思ってた。だけど実際会ってみるとなんなんだ!? ドワーフとゴブリンと悪魔をかけたような容姿は!? 母ように性格美人かと思いきや、人任せでなにもできない品曲がったデブのような性格しやがって! 妹は自分が可愛いとか思ってるようだけど、全ッ然、可愛くねぇんだよ!? 一度鏡見てから出直してこいよこのB顔底レベ毒クソ化物が!」
「なにもそこまで言わんくても……。お主がそこまで言うと逆に見てみたいの妹さんの顔」
「見ないほうがいい。閻華みたいな美少女の目には毒だ」
「お、おう……。さらっとワシを褒めてくれるのは嬉しいが、なんとも複雑な気持ちじゃ
憐れむような目で見つめる彼女。悠斗の記憶の奥底から噴水のように思い出す妹との思い出。それは悠斗にとってはあまりにも悲惨な思い出であり、これから会わなくて済むと考えると涙が滲み出てくる。というかガチ泣きである。
「だが、妹も死ねばこちら側に来るが、また会える可能性もあ――」
「いや、もう妹は地獄域確定ですよ……。大人になる頃には絶対犯罪を犯してる」
「お主はそこまで言うのか……。生活の中でそう断言するような出来事を目にしてしまったのか、それとも外見からの偏見か……だとしても、ここまで興味を引く妹がどこにいよう。一度でもいいから話してみたいものだ」
空気がお通夜になってしまった。悠斗にとって妹は嫌悪の象徴でしかなかった。今までの壮絶な人生を振り返るだけでも涙が溢れ出てきそうになる。
けれど、その涙は一瞬のこと。これからは新たな人生が、ゲーマーが夢見る世界で暮らしていけると考えるだけで身震いが止まらない。
悠斗は涙を拭ぬぐうと、清々しい笑みを浮かべる。
「急に泣いたと思ったら、妙に清々しい顔をしているようだが」
「いや、なんでもない。ただこれからの新しい人生が楽しみなだけだ。あっちの世界にはやり残したことも、気になることもあるけど、死んじゃったらもう気にすることでもない。それにゲーマー魂にも火がついちゃったしな」
抱いだいた気持ちを言葉にする悠斗。それを聞いた閻華は、嬉しそうに薄く笑った。
「いいだろう。わしはますますお主のことが気に入ったぞ。よし、早速疑似転生するための準備をせねばな。少し待っておれ」
閻華はそう言うと、指先で虚空をなにかスライドさせるような動作をする。多分、彼女の目の前にはなにかが見えているのだろう。半分ゲームの概念があるからだろうか、予想が確かならなにかが表示されているはずだ。なにか某作品を思い出すけど、その世界からしてみれば当たり前でわりと常識的なものだろう。
けど、閻華にはっきり気持ちを伝えたけど、やはり悠斗には心残りが一つある。
「なあ、閻華」
「なんだ?」
「そんなことは聞いてない。じゃなくて、本当に聞いちゃいけないのか? さっきの」
ダメもとで訊く悠斗。やはり自分が助けたという人物が気になって仕方がない。だが、答えというのは理想が返ってくるわけではなかった。
「無理だ。本当にワシでもそれは無理なのだ」
「そうか……」
「まあ、そう落ち込むな。あっちの世界で別嬪さんでも捕まえて人生を謳歌せい」
「そうもいかねぇよ。もしかしたら初めてできたリア友だったかもしれないじゃん」
悠斗が気の抜けた声で言う。記憶が欠落しているため、それが本当なのか今となっては確かめようがないのだが、可能性がないというわけでない。そのような気がするのだ。悠斗はそんな気がして仕方がなかったのだ。
悠斗の言葉を聞いた閻華は、動かしていた指が止まる。
「それは初耳だな。資料にはなかった情報ではなさそうだ。ま、案ずるな。お主が忘れないかぎり友達関係というのは続いていく。あちらも忘れないかぎりは友達だ。一時的に忘れているのなら、あちら側で生活しているうちに思い出すだろ。安心せい」
「……。そうかな。それならいいんだけど」
話に一段落ついて、閻華はまた虚空に指を滑らせる。そして閻華は、悠斗にはわからないぐらいの小さな笑みを浮かべて、
「杞憂に終わるのが目に見えるの……」
「え? なんか言った?」
微かに聞こえた声に、悠斗は閻華に訊く。
「なんも言っとらんよ。それ、できた。今からそちらにウインドウが表示させるぞ」
悠斗の言葉を適当に誤魔化し、画面のOKボタンをタップして準備が整ったことを告げる。瞬間、悠斗の目の前に、ようこそ、と書かれた画面が表示された。
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