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きたない/3



 何度も何度も、繰り返しタオルで擦った。

 目に見える汚れはあらかた落ちたのだけれど、どうしても見えない汚れが身体を覆っているような気がして何度も擦った。


「汚い……」


 意識もせずに、唇は小さく動いて音を生み出す。


「汚い、汚い、汚い、汚い、汚い。……まだ、汚い」


 どれだけ擦ってもこの汚れは落ちない。

 こんな柔くて心もとないタオルではどうしようも無いと考えて、わたしは周りを見回した。


 それなりに広い入浴場には、浴室を洗うための道具も内部に備え付けられている。徐ろにその扉を開いたわたしは中身を眺めて、ふと目に入ったそれを手にとった。

 これなら、落とせるか。


 ごしごし、というよりはごすごす、といった方が正しいくらい、力を入れて肌を擦る。

 ぴりぴりと痛むようになっても手を止めずに擦っていたら、肌の表面にぷつぷつと赤い点が浮かび上がってきて、更に擦っていたら血が出てきた。


「……落ちない」


 血が出てくるようになると、どれだけ擦ってもまた溢れて血が止まらない。

 どんなに洗っても落ちない汚れに苛々して、ありったけの力を込めて肌の上を滑らせたら、手の中から跳んでいってしまった。


 洗うという行動が止まってしまったから、擦っていた左腕からは相変わらず血が流れ続ける。

 血のついたタワシが手から滑り落ちてしまったから、タイルの上にも血が広がって、赤く汚れてしまった。


「汚い、どうしよう……どうやって」


 、()()()()を落とそう?





「っお嬢様!?」


 呆然と立ち尽くすわたしに気づいて駆け寄ってきた千種は、手に持っていた大きなタオルでわたしの身体を包みながら抱きしめる。

 ゆっくりと、わたしを抱きしめながら背中をさすり、暴れはしなかったけれど混乱していたわたしを宥めながら、彼女は浴室から連れ出すように動く。


 わたしを抱えるこの暖かい温もりが、何よりも安心できるものであるように感じられた。


 思考が混乱しているせいで、言葉がうまく伝えられないわたしを根気よくなだめて落ち着かせながら、千種は何があったのかと問い続ける。

 どうにも落ち着けない感情を無理やり押さえつけながら、けれど落ち着けないまま視線を彷徨わせて、わたしは声を絞り出した。


「――抱きしめられたの、」


 そう、抱きしめられたんだ。

 それでわたしは気持ち悪くなって、この汚れを落としたくて。でもどれだけ擦っても落ちないからタワシで擦ったら血が出て、また汚れを落とそうと擦って。


『嗚呼、私の可愛い……愛しい子』


 母の声が、未だ耳に残っていた。

 一族よりも、父よりも、自分の産んだ己の所有物に執着して、愛を注ぐわたしの生みの母。


 幼い頃からわたしの質問に何でも答えてくれた母は、とても美しくて、綺麗で、酷く嘘つきな人間だった。

 美しいものや綺麗なものをわたしに教えたのは母だ。

 わたしの価値観や知識をつくり上げたのは母だ。


 自分の愛する子どもに、わたしを育て上げた人。

 世界は綺麗なものではないのだと、そう気づいてしまって、母が嘘つきなのだと理解するまでわたしの世界であった人。


『愛しているわ凪咲。お父様よりも、お母様よりも、……兄様(あなたの父)よりも』



 わたしが血を継ぐ一族には、昔から続く因習のようなものがあったらしい。

 とはいえ、大半の一族はそれに縛られることもなく、そういうものであると頭の片隅にある程度なのだそうだが。


 一族の当主は、血の濃いものでなくてはいけない。

 この家を栄えさせ続けるために当主は純粋な一族のものであるべきだと考えて、優秀な者と優秀な者の間に子どもを産ませた。


 いわゆる、血に呪われた一族。


「どうしても落ちないの。汚いものがなくならない、……やっぱりわたしは汚いの。だから、出すしか無いんだよ千種。……全部、出すしかないの」


 汚いものと汚いもの、その間に産まれた汚いもの。

 美しいものが好きだ。綺麗なものが大好きだ。でも、わたしが綺麗になるにはわたしという存在である限り無理で、だったら内蔵きたないものを全部出したら、そしたら。




 女の子って何でできてるの?


 砂糖とスパイス。


 それと、素敵な何か。



「――――わたしもきっと、普通きれいになれるよね……?」




 ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。

 精神が不安定な上に偏見で思考が偏っているこの子はきっと、信頼出来ない語り手、というものに割り振られるような気がしますね。


 本編は少しわかりにくいこの状態で終わりになりますが、本当にわざわざ開いて頂き、ありがとうございました(*ノω・*)

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