きたない/1
男の子って何?
それは一体なにでできているの?
カエル、かたつむり、それと子犬のしっぽ。
それが何なのかわからないけど、男の子って不思議。
女の子ってどういうこと?
それは一体どういうものなの?
砂糖、スパイス、それと素敵な何か。
どういうことか解らないけど、女の子って不思議。
ずっと幼い頃、わたしの世界は美しい物だけで構成されていた。
厳しくも優しい父と、美しくて聡明な母。
世界は不思議で綺麗なものが沢山あって、幼くて汚れたものを判別できないわたしの目には、全てがきらきらと輝く美しい世界に映った。
世界、とはいうけれど、わたしの世界は屋敷という狭いもの。
だからわたしは理解も出来ない本を開いて、子どもに与えられるそれが世界なのだと思い込んでいたのかもしれない。
『女の子は砂糖のような甘さの中に、香辛料のような過激さを含んでいるの。
素敵な何かは、素敵というからにはきっと美しい何かなのかもしれないわね』
不思議に思ったことは母に聞いた。
父は仕事が忙しくてあまり傍にいてくれることは無いから、母に与えられる知識を吸収して、わたしは少しずつ成長を重ねてゆく。
綺麗なものが好きだった。
美しいものが大好きだった。
それは女の子としても、人間としても当たり前のことだったのだと思う。
だから、世界はわたしが思うほど綺麗じゃないのだと知った時、愕然とした。
今まで美しいと、優しいと思ってきたものは嘘だった。
父は強者の仮面を被った弱者で、母は甘い言葉を吐く嘘つきだ。両親に従っていた親戚は底意地の悪い化け物で、美しかったわたしの世界はその日、一瞬にして歪められて、壊された。
「っ…………ぅあ………ぃ、」
押し殺した声で、小さく呻く。
痛かった。
「何をしてるの?」っていきなり声を掛けられて、驚いたわたしは手に持っていた鋏を落としてしまった。
刃の開きっぱなしだったそれを、わたしは取り落とす時に強く握ってしまって、右の手のひらからは赤い血が滴る。
けれど、わたしの意識は傷にも血にも向いてはいなかった。
わたしに声を掛けてきた彼女は、ぽたぽたと土に落ちる赤を見て顔を青ざめさせ、柔らかい色合いのワンピースのポケットからハンカチを取り出す。
レースのついた淡い桃色のそれをかるく折りたたんで、彼女はわたしの手を掴もうとしてくる。
それに気づいたわたしは、手を掴もうと伸ばしてきた腕から逃げるように数歩後ろに下がった。
「……手当をするだけだよ、大丈夫怖がらないで」
と、同じ歳頃だというのにどこか大人びたような口調で、困ったように彼女は言う。
けれど困らせてしまったとしても、わたしとしてはそういう訳にはいかない。
彼女は美しかった。
本邸ではなく、別邸に隔離されるように育てられたわたしは、今まで彼女の姿を遠目でしか見たことがない。
決して親しくすることも、話すこともないのだと両親の言葉からも理解していて、別世界のわたしには全く関係のない人なのだと思い込んで、特別な思いを持たないようにしていたのだから。
けれど、こうして目の前で直に見てしまえば、彼女は本当に美しかった。
かつて母が言った嘘のように、砂糖のような甘い容姿と、一度認識してしまえば忘れられないほど衝撃的に刻み込まれる存在感。そして、決してそれだけではないと思わせる何か。
美しいものはあったのだと。
嘘でもわたしの勘違いでもなく、確かに綺麗なものは存在していたのだと。
わたしなんかでは及びもつかない綺麗なものを知って歓喜して、そしてわたしは理解した。
汚いものが、綺麗なものに触れるなんていけない。
綺麗なものが汚いものに触れてしまえば、汚れてしまう。
だから、わたしはこの人に触れてはいけない。近づいてはいけない。
父と母は愚かではあるが、それだけは正しかった。
だって、だって、だって、だって。
――――何故なら私は、汚いもの、だ。




