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『あまべ』喪失

 その後、月が雲に隠れたため、誠姫が二人のもとに帰ってきた。


「……姉上、どうして泣いているのですか? 何か悲しいの?」

「……ううん、その逆よ。氷川様が、とっても嬉しい事、おっしゃってくださったから……」


 誠姫はそれを聞き、赤くなって戸惑っている彼の顔を見て何か納得したように頷き、

「姉上、では、承知してもらえたのですね?」

 すると慶姫は、照れたように、嬉しそうに首を縦に振った。


「氷川様……それでは、今後とも姉と共に、末永くよろしくお願いいたします」

 と、二人が揃ってお辞儀してきたので、氷川は戸惑いながらも

「あ、ああ……よろしくお願いします……」

 と答えてしまった。


 そして彼は船室へ戻り、他の船員達との相部屋の角で、一人悶々と何が起きたのか整理してみる。


(……彼女は、父の決めた人ならば、と言っていた……四十歳前で、何度もあったことがあると……まさか、俺の事か? いや、俺は身分の高い人物などではない……)


 と、そこまで考えたところで、初老の、海部一族高官の男が話しかけてきた。


「氷川殿、神の使いである貴方様をこのような場所に、我々と一緒に寝泊まりすること、ご容赦いただきたい」

「えっ……いえいえ、私は神の使いなどではありませんので……」


「またまた、ご謙遜を。これだけ数々の奇跡を起こしている貴方だ、もう身分を隠す必要などありませぬ。なにかありましたら遠慮なく、我々に申しつけください」

「は、はあ……分かりました、なにかあれば、また」

 それを聞くと、男は恭しく一礼し、自分の寝床へと帰っていた。


(……身分を隠す必要がない、だと? 俺の事を本当に神の使いか何かだと勘違いしているのか? もし、慶姫もそう思っているのであれば、やはりあれは俺の事……)


 途端に、身体がかっと熱くなるのを感じた。


(……ならば、慶姫が嫁入りしようと考えていたのは、まさか俺……いやいや、あんな若い美少女が三十六歳のおっさんである俺なんかに……いや、でも話の中の男も四十前……いやいやいや、俺がそんなにもてるわけがない……いやいやいやいや、この時代、父親が決めた男のもとに嫁ぐのがあたりまえで、当主が俺を神の使いと勘違いしているのならば、自分達の利益のために俺を利用することも考えるわけで……俺、ひょっとして慶姫と結婚出来る?)


 鼓動が急速に高まる。


(あんなかわいい娘と俺が……いやいや、しかし俺には大学がある。今は長期休暇期間だからいいが、研究も授業もあるし……まあ、ラプターがあるからすぐに会えるし、最悪この時代から通うこともできるが……しかも、慶姫は時空間移動能力者じゃないか。彼女と現代で一緒に住むことも可能か……戸籍とかどうするか……子供ができたら……って、俺は何を仮定でそこまで考えているんだ、まだ彼女の本当の意思を確認したわけじゃないだろう? ……でも俺、『一生大事にしてみせる』って言ってしまったな……そしたら彼女、泣きだしたんだ……)


 悶々と考えがぐるぐる周り、なかなか寝付けない。

 しかし、眠れない理由はそれだけではなかった。

 船が大きく揺れだしたのだ。


 月を隠した雲が、徐々に広がり、濃くなり……風が強くなり、うねりを伴った波が、この湾内にまで到達するようになったのだ。

 船の中にいるのは危険と判断し、急遽百五十人の船員は、この港町の旅籠や木賃宿に分散して泊まることになった。


 誠姫、慶姫、そして氷川はどういうわけか特別扱いで、この町の地頭を務める、地元有力者の屋敷に案内された。


 しかも二人の姫と彼は、なんと同じ客間で泊まることになったのだ。

 臨時で空き室が足りない状況、彼女たちがそれで了承したのだという。


 身体の大きな氷川、いざというときの彼女たちの護衛も兼ねているのだという話だった。


 一応、彼、彼女たちの間に『ついたて』は置いたが……仲の良い姉妹は、気さくに氷川に話しかけてきた。

 彼も戸惑いつつ、その会話を楽しんでいたのだが、そのうち二人が眠ってしまい、彼もそれまでの疲れが出て、いつの間にか眠り込んでいたのだった。


 翌早朝、大きな怒鳴り声が聞こえて、三人は飛び起きた。

 障子の向こうからもたらされたその火急の用件に、氷川も、二人の姫も青ざめた。


 大型帆船『あまべ』が、何者かに奪われた――。


 三人は急いで着替え、現場へ直行した。

 そこでは、百人を超える船員達が集まり、うなだれていた。


 『あまべ』の姿はそこにはない。

 そして彼等三人が駆けつけて来るのを見て、まだ若い武士五人が土下座した。


「申し訳ありません、我々が警備していながら、このような事態となりました……」

 詳しい話を聞いてみると、こういうことだった。


 激しい雨風、そして高波は一過性のものだったという。

 しかし、そんなことはその時は分かっていなかったので、彼等五人だけを警備として係留場所に残し、他の船員達は宿や民家に宿泊した。


 そして明け方になり、雨風も止み、波も落ち着いてきた頃になって、突然十数人の男達が現れ、『さすまた』のような道具を使って、次々と五人の警備兵達を海へと突き落とし、係留していた綱を切って船を乗っ取り、出港してしまったのだという。


 船の中には誰も乗っていなかったが、朝廷に献上するはずだった財宝も、食料や金銭も、全て奪われてしまったのだ。


 まあ、徹夜で見張りしていて、雨風に打たれて身体も冷え切っている上、もうすぐ終わると油断していたところを不意打ちされ、そんな道具を使われたら、ひとたまりもないだろう。


 慶姫は彼等を責めるよりよりもまず、大きな怪我がないかと気遣った。

 五人とも、多少のかすり傷がある程度。精神的なショックはともかく、大事には至っていない。


 とはいえ、これは本当に一大事だった。


「……氷川様、なにか妙案がありますでしょうか……」

 慶姫も、さすがに泣きそうな顔で彼にすがる。


「……幸いにも、小型艇『つるぎ』は無事だ……こんな小さな船、価値がないと思ったんだろうが……これで『あまべ』を奪還しましょう」


 力強く宣言する氷川に、全員、えっと顔を上げる。


「……そのような事が、出来るのですか?」

「ああ、うまく作戦を立てれば可能だ。『あまべ』の大体の位置は分かる。はぐれたときの為に、『つるぎ』で位置を調べられるよう発信器を付けているからな……ただ、そのためには、俺の他にもう一人、補助として乗りこむ必要がある。危険を伴うが……誰か、その役を引き受けてくれないか」


「……では、私が乗りこみます!」

 と、慶姫が申し出る。


 一同、騒然。「それはだめだ」、「危険すぎる」などの声が上がったが……。


「いえ、私は氷川様に神具『らぷたー』を与えられており、いざというときには瞬時に安全な場所に移動できます。もちろん、氷川様もお持ちです。私達二人が行くのが最も安全です。それに、この中で私より武芸に優れる人、いますか?」


 その質問に、誰からも返事が来ない。


「いい覚悟だ……実に面白い!」

 氷川は彼女の本気の気迫を感じ取り、彼自身も全力でこの試練に臨もうと決意したのだった。


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