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馬屋に向かう道すがらラルにソルナのことを話す。一応は育ての親なのだし、心配をするかと思ったのだが。


「はっはっはっ!あいつが捕まった?!そりゃすごい、国の財政傾けるんじゃないのか?!」

「…あー、あいつ大食漢だからな…」


腹を抱えて大笑いし、目に涙まで浮かべている。私やティル同様、ラルもソルナの心配は必要ないと思っているらしい。


「まあまあ、あいつは放置でいいだろ。ある程度立ったら俺が迎えに行ってやるよ」

「助かる。殺されることはなくとも、あいつ一人だと逃げられないだろうから」


ソルナには殺されない理由がある。いや、副団長らーー恐らく今は第一騎士団団長だがーーにソルナを殺せない理由があるために、あいつはおそらく大丈夫だ。けれど、ソルナが非戦闘要員であることに変わりはない。一人で脱獄とかは到底無理だろう。


「チッポでも連れてけばいいだろ」

「ああ…城にワイバーンが来るとか、悪夢だな」


チッポはソルナの友達の一匹、ティルが仲良いあのワイバーンの親に当たる、かなり大型のワイバーンだ。チッポのスペックが普通のワイバーンの比ではなく高いので普段はあまり会えないと嘆いていたが。


「ネーミングセンス皆無だよな、ソルナは、全く…」


ラルは頭が痛いと苦笑いして見せた。娘が捕まったことよりもネーミングセンスの方が頭の痛い問題らしい。


そうこうしているうちに馬屋の前にたどり着く。私は早くカロに会いたくてラルを急かすがラルは頭をかきながらまだ結界を解く様子はない。


「お前、カロに会ったら豹変するだろ。先に金払え」

「失礼だな。豹変なんてするか」


言い返しつつ馬屋代を支払う。ラルは割引とかそんな優しいことはしてくれないので、かなりの金額だ。絶対安全な処なのだから、決して高いとは思わないが。


「大体、今は無職のくせによくこんな処に預けるな」

「無職じゃない。色々な仕事を転々としてるんだ…それに、ここでないとカロが危ないだろ」

「はいはい、信頼してくれてどうも」


疲れたように肩をすくめて腕を一振り。それだけで馬屋に入れるようになる。本当に、この性格でなければ爵位を賜ることも夢じゃないだろうに。


「カロ!久し振りだな!」

「ぶるる…」


低い嘶き声を上げてこちらを向く黒馬に歩み寄り、早速木板を外す。おとなしく出てきた馬は私の背よりもずっと大きく、その背の高さが私の頭部に来るほどだ。黒い鬣は艶やかで、栄養状態も運動不足も心配ないことを伝えてくれる。なにより、


「ああ…カロは今日も本当に美人だな…」

「ぶるるっ!」

「人じゃねーだろ」


背後からの呆れたような声は無視して嬉しげになくカロの顔を撫でる。長いまつ毛のかかった目はアメジスト色で本当に綺麗で。カロはまだ入りたてで給料が入らない頃にたまたま店で見かけ一目惚れ、必死に働いて剣や盾よりも先に購入した大切な大切な愛馬だ。


「お前そんなんだから結婚できないんだぞ。自分の顔みろ、悲惨だぞ。今度から鏡おいてやろうか」


ラルの引いたような声はやはり無視して私はカロの背に跨り早速ティルを追いかけることにした。カロは言わずとも意を悟ったのかちらりとこちらを振り返る。


「ではな、ラル。ソルナを頼む」

「旦那でもないお前に、娘を頼まれる覚えはねーよ」


そう笑ってヒラヒラと手を振る。あまりに心のこもっていない口調で死ぬなよ、なんて声をかけて来るあたり、今回のことがそれなりの大事になることを彼なりに理解しているのだろう。繰り返すが、心はこもっていない。


「ティル坊だけは殺すなよ」

「わかっている」

「例え殿下を殺してもな」

「……」


私が何も答えれないでいる間に、ラルはヒラヒラと手を振ったまま店の方へ歩き去っていた。

気がつけば馬屋も姿を消して、この場には私とカロだけになっていた。



久し振りにカロと地をかける。頻繁に会いに行っていたとはいえ、やはり目立つわけにも行かず乗れなかったのだ。やはり、カロはいい。頭がいいから何もしなくてもこちらの行きたい方へ行きたい速さでかけていける。


「カロ、ティルは覚えているな。あいつの元へ行く。わかるか」

「ぶるっ」

「アルミラの方向にいるはずだ。少し、急いでやってくれ」

「ぶるるっ!」


鞭打たずとも駆ける足を早くする。カロはただの馬ではなく、魔物の一種である黒曜馬との混血なので普通よりも大きく、頑丈だ。こと戦闘となったら一人でも十分に戦える力を持つ。さらに、僅かながら人の言葉を解するのだ。そのため、かなり、非常に高かった。魔物を駆るという心理的障壁さえ乗り越えれば非常に有能な騎馬となるのだから当然なのだが、その高さとやはり魔物ということで売れ残り、無事私が金を貯める時間ができたと言うわけだった。ちなみに金は、団長に貸してもらった。返済前にあの反乱が起きたため、残りの返済額としてティルの養育費やら学費やらを負担している。


暫く駆けていると何やら大きな音が聞こえて来た。同時に聞き慣れた情けない悲鳴も聞こえて来たので恐らくあの方向にいるのだろう。


「…はぁ。カロ、聞こえたな」

「…ぶる」


脱力した返事をしてカロが方向を修正する。本当に情けない、あの様子では受け身も取っていないのではないだろうか。あいつはギリギリになって最低限防御を(本能的に)するので死んではいないだろうが、説教をする必要があるな。


「しかし、なんだ。物々しい音がするな」


悲鳴の前後から僅かな魔法の気配と怒声、剣の音が聞こえる。騎士時代に鍛えた五感が何か戦闘の気配をびしびし伝えて来るのだが。


「まあ、ティルがいれば問題ないだろう」


あいつが何か騒動を起こして襲われたとは思い難い。ならば、何かに巻き込まれた方だろう。巻き込んだ側がもし非戦闘要員だけであったとしても今のあいつは無手、五人ほどまでなら守りながら戦えるはずだ。


「それでも急ぐぞ、カロ!」

「ぶるっ!!」




今一乗り切らない気持ちのまま来た。そのことは認めるし、あまり戦う気分でもなかったから構わない。が、しかし。


「う…」


ピクリ、辛うじて生きているとわかる痙攣を繰り返す、シーリア騎士の腕章をつけた男たち。その鎧は無残に割れており、剣や盾までもがポッキリ折れ、割れている。誰が戦ったのかなんて聞かなくてもわかった。


「だが、痙攣か。あいつにそんな匙加減が出来たのか」

「痙攣はレイネの魔法です、バロン先輩」


男たちを見ていたために気づかなかったが、周囲には魔法使いらしき男とその近くで笑っているバカともう一人少年がいた。そして、背後から声をかけて来た青年。


「シルラか。久しいな。ずいぶん大きくなった」

「大きさは変わってないと思いますけど。ご無沙汰してます」


腰のホルダーには騎士時代から愛用の銃を差し、何故か背中に鎌を背負っている。死神にでも見初められたかと笑えないことをふと考えた。


「お前は生き延びていたんだな」

「…ということは、団長は」


首を振ると少し悲しそうな顔をしつつそうですか、と声を揺らさずに答える。


「何があった?」

「シーリアから騎士が来ました」

「状況はわかっているな?」

「ある程度は。私も、殿下も」


そういい、シルラは少し離れた先にいる少年に目を向ける。背丈がティルよりも少し低いくらいになった、元気の良さそうな、無垢な少年。かつての面影を残しつつもやはり前王に似て来たか、顔が変わりつつあるようだった。


「随分大きくなられた」

「そうですね」


当時まだティルと同じ歳だった彼に子育てを押し付けてしまったことを少し悔やみつつ、きちんと育ててくれたのだなと嬉しく思う。


「ご苦労だった、シルラ」

「…はい、バロン先輩」


シルラは少し肩の荷が降りたような安心した顔で微笑んだ。

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