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取り敢えず、私たちは一晩野宿し、副団長らの追っ手がないことを確認してからティルの家に向かった。


今回の件でのこちらの損失はソルナはもちろん、ティルの情報が漏れたことだ。全員を殺して来いとは言えないし、ティルがそうして来なかったことを叱るつもりも、いざという時には殺しなさいと教えて来なかったことを悔やむつもりもない。しかし、確実に副団長らはティルを欲しがるだろう。その辺りをティルにはよくよく理解させたいのだが…


「?????」

「…はぁ」


団長もそうだった。自分にどれだけの価値があるか、全く理解出来ない顔で、頭の周りに疑問符を飛ばしまくるのだ。何故理解出来ないのか。残念なことに自分が他者よりも様々な部分で劣っている自覚だけはあるようなのでーーバカのくせにーーそのせいかもしれない。


「とにかく、逃げるぞ。ソルナは当分どころか、ずっと助けに行かなくても大丈夫だ」

「あ、うん。それはわかってる。母さんは弱いけど、助ける必要はないし、求めてないだろうとは思う…けど、逃げるって、何処に?何で?オレら、また狙われるの?」

「それはほぼ確実だ。お前が容易く捕まるとは思っていないが…」


殺せないティルは、その場合、遠くない未来に必ず傷つくことになる。それは、精神か肉体か、はたまた双方かはわからないが、傷ついた獲物を逃がすほど、副団長は甘くはない。ソルナとは違い、ティルは捕まるわけにはいかない。


団長はバカ強かった。力も、技術も騎士団内でも並外れて居た。けれど、弱かった。優しい人だったために、人を殺す度、自分の神経をがりがり擦り減らして、その剣が鈍る。その補佐をして居たのがあの副団長だ。彼は止めを刺す担当だった。団長の見ていないところで、彼が敵の命を刈り取って居た。それは恐らく団長も気づいて居たのだろうけれど、自分に出来ないことだからかなにも注意をしなかった。そうして、2人の役割は公然の秘密となったのだ。

私が入った時、既に完成されて居た2人の関係に団長が酷く疲れていたのを見たことがある。それを、彼の息子のティルにまで押し付ける真似はしたくはなかった。だから、騎士団どころか騎士にだってしたくないし、関わらせたくもない。そんな理由もあって、ティルの家は森の中深くにあるのだ。


「アルミラに逃げよう。このままじゃ、彼の方の身も危ない」

「彼の方?」


ティルの家はどうやら全焼したらしく、真っ黒になった廃材の山と化していた。それに少なくない悲しみと怒りの念がこみ上げるがぐっとこらえる。ティルが何も言わないのを私が言うのは筋違いだ。

家のそば、大体の検討をつけた場所に着くと早速廃材を退かして穴を掘る。どうでもいいが、どうやって鎮火したのだろう。副団長があの後水の魔術でも使って止めたのだろうか。あの人は魔法適性はあるが確かランクはEとかだったはず。かなり必死にならないとできないと思うのだが。

そんなことを考えつつ掘ると一mくらいで漸くカツンと硬いものに当たる。今度はそこから長さを予想して左右に目安分だけ幅を取り、その幅に従ってその深さまで掘る。


「おっさんって用意周到だよね。普通、剣は埋めないよね」

「…まあ、お前なら埋めないだろうな」


いつか来るとわかってた時のために備えることは普通だと思うが、ティルは知っててもしないか。


掘り出したのは私が騎士団時代に購入した、当時最も腕の良かった鍛治師による作品。剣と盾のペアになっていて、これの対になるものもこの側、正確にはティルの家の地下に埋めてある。いつか掘り起こしたいが、その時は遠そうだ。


「ティル、私は馬を取りに行く。お前は危険だからここでしばらく待って…」


砂を払い、傷一つついていない相も変わらず綺麗な波紋を描く剣を軽く振ってならしてから振り向くと既にそこにティルの姿はなかった。


「ガウ」

「…逃げたな」


ふさふさの毛の生えたまだ子犬サイズの熊型モンスターの頭を撫でつつため息を着く。

待つ、聞く、考えるということが大嫌いなあいつはしばしばこうして逃亡を図る。大抵は成功し、代わりとばかりに近くにいた魔物を置いて行くのだ。何の代わりにもなっていないが。


「…まあ、あれと一緒なら大丈夫か」


空を見上げると所々に千切った綿を散らしたような青の中に大きな翼を広げて口に何かを加えている魔物が見えた。ぶら下げているものは言わずもがな、ティルである。

飛行型モンスターのワイバーン、その小型に当たるあの魔物はティルの友達の一匹だ。魔物の友達しか作れない環境においた私とソルナが悪いものの、異常に仲良くなった彼らはこうしてティルの逃亡をいつも手伝う。寧ろ率先してやってくる。


あの魔物は確か、ブレス攻撃も出来たはずだし、飛行距離もそこまで長くない。馬で追いつくことは無理でも休憩をとったときにでも合流できるはずだ。あいつは話を聞くのが嫌で逃げただけなのだから。


「…放っておくか」


ティルのことは一旦忘れて私は騎士団時代からの愛馬を迎えに行くことにした。




この国は少し変わった場所に城がある。

隣国アルミラとの関係は数代前からずっと良好でもう随分長いこと同盟関係を築いているがそれでもアルミラの城は国の中心にある。にも関わらず、この国の城は国境になっている森の側に立っているのだ。もちろん、その森は深く魔物が多いため軍事の際に使うことは困難ではあるが、それにしても近くに建てる意味がわからない。

そのおかげで八年前、国からの逃亡が容易く反乱の巻き添えになった国民も最少で済んだのだから、理由はなんでもいいが。

とにかく、何が言いたいかと言えばティルの家と王都までの距離はそれほど長くはなく、先ほどの魔物の親の背に乗せてもらえば半刻ほどの距離ということだ。

…もちろん、王都に着くまで魔物に襲われない、という条件がつくが。


「ラル、いるか」


王都の門を顔パスで通過し、表通りを逸れて歩くこと数分、細い路地を何本か抜けた先にその店はあった。


「なんだ、ティル坊はどうした」

「逃げた」


店奥から出てくるなり怪訝な顔をする店長、ラルに簡潔に答えると腹を抱えて笑い出す。


「またなんぞムズイ話でもしようとしたか」

「過去の反乱のことを話してやろうと思ったのだが…あいつはまだ小さかったからな」

「…小さいって、11だったか」


11歳。幼くもないが大きくもない年頃、当時は王都で住んでいたあいつはあの日見た全てを綺麗に忘れ父親が死んだ理由も無意識にだろうが知るのを避けて今日まで来た。本当は成人の時に話す予定だったが


「あいつが逃げるからな…」

「勘は父親譲りだな」


染み染みと腕を組み頷くラルは団長の年の離れた実兄、ソルナの義兄兼義父にあたる、魔力ランクBの実力者だ。あの反乱では国民に被害が出ないよう城の外周を覆うほどの大きさの結界を一人で張り、最後まで維持した。が、極度のものぐさな性格のためにこんな王都の隅っこでひっそりと魔道具屋を営んでいる変わり者だ。


「それで、お前があいつを追いかけもしないで、何しに来た?」

「カロを引き取りに来た」

「カロ?…何のために?」


訝しむラルは既に店のカウンターから出て来ていた。急いでいると言わなくてもわかるらしい。ここから少し歩く森の中に馬屋があるのだ。しかも、ラルにしか開けられない結界付きで。王都の門番は昔剣を教えた知人であり、ここに来るまでに会った街の人々は現王に不満を持っているために真実は話さない。私がここに来たことを知られることはないだろう。

それでも、周囲に気を使いながら声を潜めて答えた。


「アルミラに殿下を迎えに行く」

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