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ぐるたんととんたんの活躍により、待ち伏せていた騎士団一部隊は制圧が完了した。適当な倉庫から引っ張り出して来た鎖で各々繋いで動けないようにしてから階上へ向かう。
「弱いねー、こんなに弱いと、国なんて守れないねー」
「そうだね、僕が王様するなら、騎士はみんな首で、畑仕事でもしてもらおうかな」
「殿下、それだと城の警備が…」
魔物を引き連れ少し飽きてきた様子のティルと王族としての自覚が出てきた様子の殿下、それに意見するシルラの何と無く呑気で不穏な会話を聞きながら足を進める。人が閑散としているのはもちろん魔物にかかっているからというのもあるだろうが、やはりどこかおかしい。
「王と王妃の部屋に詰めかけているのか?しかし、それほどの数を配備したところで、十全に動けず終わるだろう。一体どこに行ったんだ」
「バロン、俺らは確かに異例のペースで進んでいるが、なんだかんだで始めてから約1時間は経過している。その間、大人しく籠城しているなら、それはよほどの阿呆じゃないのか?」
ルカが私の持つ地図を横から眺めつつ、その一部を指差して問いかける。そこを見れば、妙な空洞が数カ所に渡って続いているようだった。何も考えず見るならば、ただの収納。しかし、ルカの指が動く順に眺めていけば、その空洞が何らかの規則性に従っていることに気づく。
「転移魔法、超面倒な魔法陣描かないと使えず、驚くほど短い距離しか無理な上に一回でBランクの魔術師を使い潰すひっどい代物だけど、この部屋部屋の移動なら、十分可能。辿るなら、この部屋から…」
「下へ降りて行き、地下か。地下にはたしか、」
「俺が殿下を連れて逃げた、通路があります、先輩」
ルカの言うとおり、その空洞は一定の距離ごとに置かれていた。恐らくそれが限界の長さなのだろう。その終着点を見て唸った俺に答えを齎したのは、後ろからさりげなく聞いていた様子のシルラだった。
「そうか、じゃあ、王たちはもう?」
「いや、そう簡単に発動できるもんじゃない。何人魔術師いるのか知らないが、事前に魔法陣を描いていたとしても、発動までには十数分を要するはずだ」
「数は…七、まだ地下まで付いていないか、今まさに、たどり着いたか、か。…なら、人のいないのも納得だな」
足を止める。と、同時に僅かなざわめきを聞き取って、振り返った。先ほどまで退屈そうだったティルは、とうに何かを感じていたのか数匹の魔物の姿がすでにない。
もぐたんと、たるとんか。
ならば、向かうのはルカの方がいいだろう。
「おっさん、階段の…」
「ああ。何人いる?」
振り返った俺に何かを察した様子のルカは前を向いたままで、そしらぬ顔を殿下は理解が追いつかないのかシルラに尋ねて、シルラもルカを習って知らぬ顔をしていた。振り向いたことで面する形になったティルが、ボソリと小さく口を動かす。
「100と、少し。音は重い、金属音ばかりで、カルアやレイネたちに感じる変なのはないから、魔法持ちはいないかも」
「どのくらい下だ」
「そこを曲がったところの人は面白そう、もぐたんを入れてる。そのもう一個下にそこの倍の数、残りはその後ろ」
「たるとんはどうした?」
「迷子。建物初めてだから。でも多分その辺にいるよ」
多分ね、と首を傾げて、ティルがちょいちょいと前を指差す。前にも何かいるという意味か、いや、しばらくはそのまま進めという意味か。たるとんがたどりつくまでの時間稼ぎがしたいのかもしれない。従うように前を向き、歩き始めればティルが殿下に話を振って、シルラが乗り、殿下も混じる。先ほど同様の空気を流しながら、俺とルカの会話が聞こえないよう配慮できるようになったのだから、ティルも大人になったよなぁ、としみじみと
「思ってる暇あったら指示欲しいんだけど?」
「わかっている。人の心を読むな」
ルカの呆れために軽く咳払いをして誤魔化しながらさてと思う。どうするか。
「ルカ、すぐ下のやつらを頼めるか」
「その後ろにもいるんだろ、そっちもってなると魔力が微妙」
「そっちは、ティルがやれるはずだ」
「余裕だよ、すぐ下のやつら以外つまんなそう」
「ティル、急に歳食ってないか」
「そう?」
即答したティルに流石のルカも違和感を覚えたのか首を傾げる。くすくすと楽しげに笑う様子は、まるで今までの旅で見たこともないほどの落ち着きようで確かに急過ぎる。
「そんなことより、もういいよ、おっさん」
「わかった、ルカ」
「はいはい」
歩き続けながらボソボソと呟き掌だけを背後に向ける。さり気なくその真後ろにいたシルラが避けると同時に何らかの魔法が放たれたのが僅かな光でわかった。
「レイネがよく使うやつか」
「そうそう、あんま好きじゃないけど、やり方教えてもらってんの」
背後からガラガラと金属の鳴る音がする。鎧を着ていたのなら、今の魔法は覿面だな、と何となくため息。
「…あ」
「ん、どうした」
ひょい、と魔物への指示のためか覗き込んだティルが声を漏らす。次いで覗き込めば、ルカの魔法で倒れなかったものはもぐたんが確実に処分しているらしい。次いでの魔法を準備しているのを確認しながら、もぐたんに当たらないよう引くタイミングを考えていたティルだが、ふと、何かに気がついたように笑い始める。
「あの人…お母さんをさらってくれた御礼、まだしてないなぁ…」
「…ティル?」
訝しんで名前を呼ぶと、ティルは見慣れない笑みから普段の無邪気な笑みにころりと変えて、首を傾げて私を見上げる。
「おっさんは、優しいよね」
「何を、」
「お父さん見たい。殺すな、とかさ」
その言葉に、私と背後でシルラも固まるのがわかった。ティルは、ティルは隊長のことを覚えていないはずではなかったか。いや、形見を取りに行った時、泣いたのは何故だ。急に大人になったのは、何故か。
「でも、お父さん、殺されてるじゃん」
「ティル、まて」
「ねえ、殺さなかったら、何か変わるの。不利なのは、こっちでしょ?」
思わずかけた静止の声に不思議そうな顔をして、またにっこりと無邪気に笑う。その目が、あまりにも暗くてけれど、確かに殺さなかったから隊長は負けたのだ。そう思っている自分がいる以上、なんとも言えなくて。
「まあいいよ、殺さなければ、それで満足でしょ?ルカさん、もういいです、オレが、あれ、片付けてくる」
「…バロン」
今にも駆け出しそうなティルと詠唱の手を止めたルカの視線が向けられる。最終の指示は私に任せるというわけか。その姿勢は、酷く嬉しいのだけれど。
私は、どちらを選ぶべきか。
「……ティルの好きにしろ。ただし、時間がかかるようなら、」
「ありがと、おっさん。五分かけないよ」
言うなりひらりと飛んでもぐたんが必死に戦う場に躍り出る。まるで舞う様な戦い方は危なげなく、最後まで一撃も加えることなく残していた人物を見て、ティルの暴走の訳を知る。
「副隊長…」
元副隊長の姿がそこにあった。ティルに足を掴まれ、そのままその下に落とされ、次いでティルも降りてまた階下から破壊の音が届く。ソルナを奪われたお礼、それだけにしては、妙に恨みのこもったやり方は、やはり。
「隊長のことを思い出したのか」
思い出して欲しいとは思っていたがこんな形でなど望んでいなかった。けれど、これはいいことではないのか。殺せなかった隊長とは違い、ティルは人を殺められる。それは、確かな強みになりはしないか。
「殺すのに、理由を見出すなら僕はそれでいいと思うけど」
ふと、殿下が口を開いた。全員がそちらを向く。殿下は顎に手を当て、ふむと考えた顔でティルと同じように首を傾げた。




