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「あっ!チッポがいる!ポットが会いたそうなんだけど、行かせていい?!」

「駄目だ」


早朝、城に来てみると裏口の方でワイバーンが暴れているのが見えた。遠目に見ても、魔物親子ならばわかるのだろう、私も予想はつくが、アレはソルナのワイバーン、チッポのようだ。ティルの側で飛んでいたワイバーンのポットが嬉しそうな声を上げる。私は魔物のことはよくわからないが、親子か何かなのだろうか。そんな繋がりは聞いたことがないが。

元気よく叫んだティルは近くにいた兵士二人を纏めて蹴り飛ばしながら満面の笑みで振り返る。振り返り方が回し蹴りなところがなんとも言えない。それにため息とも賞賛とも付かない息が漏れた。城門前にて、兵の壁と交戦中である。だというのに、なんと緊張感のないことか。


「おっさん、笑みが漏れてるぞ」

「うるさい。お前は大人しく自衛に集中しろ。魔力はできるだけ使うな」

「へいへい、全く、後衛職に何を期待しているんだか」


頷いて、後衛職と言う割には力強い拳を振るうルカの側を離れる。殿下も近くにいたが、彼には何も期待していない。魔力以外のすべての戦力を振って兵の壁の突破を図っている今、彼にして欲しいことは大人しくシルラに守られることだからだ。それを理解しているのか、邪魔にならない立ち位置で大人しくシルラの後を付いている。

今この場で、私がしていることは全体の指揮とティルの保護だが、正直その必要がないために軽い指示を飛ばしつつ、盾と剣で兵の数を減らしていた。兵の壁は横陣形で、分厚かったが中央部にティルと魔物達を投入したことによりもう既に半ばまで進めている。開いた道の維持は、ナガルが指揮する軍隊に任せていた。

その軍にはコトハの両親も混ぜているのだが、彼らは果たして無事だろうか。


「ポット!ブレスしてー!」


尚、魔物の指揮はティル任せである。正直なところ、今ポットに抜けられると非常に厳しい。元より主力として換算していたが、チッポを見つけたことでテンションでも上がったのか、大きな尾をパタパタを振り回しているのだ。お陰で周囲の兵士が投げられる投げられる…その隣では、がおーが元気よく咥えては投げをして、非常に賑やかな光景になっていた。彼らが生きていることを切に祈る。


「ここを抜けて城に入ればがおーたちは使えない。その後なら、城の周りで自由にさせていいぞ。人は殺さないように言い聞かせてな。だから、それまでは大人しくここで暴れさせてくれ」

「はーい、ポット、後で好きにしていいって!」


ポットが嬉しそうな声を上げる。ますます大きく振られる尾に被害者は二割り増しか。がおーもつられて喜んでいるのはまだいいが、少々意訳しすぎなのが気にかかる。あと、アリアドネ姉妹は喜ぶな。お前らには言ってない。


「そうと決まればさっさと中に入ろうよ。そろそろお母さん迎えに行かないと拗ねそうだしね!じゃあ、がおー、ポット、いっくよー!」

「おいっ!ルカ、殿下、シルラ!全力で走れ!ナガル!後は任せたぞっ!」

「はぁ?マジかよ、俺体力に自信ねーんだけど」

「競争?」

「殿下、転ばないでくださいね」

「任されたよ、バロン!一夜追加で!」


それぞれの返事を聞きつつ、ティルたちの元へひた走る。重い剣と盾を持ちつつルカと同じくらいにたどり着くのはまだまだ歳じゃないと奢っていいのかルカが手を抜いたのか。遠くだから突っ込めないナガルに歯がゆく思いつつ、何やら指示を出すティルを見守った。楽しそうな顔を見るに、あいつを止めるのは不可能だし、止めるには惜しい勢いだ。今ここを突破できるならこちらの被害も少なく理想的なのだから、素直に後に続いたほうが賢明だろう。


「がおー、威圧っ!ポット、ブレスよーい」


鼓膜が破れるほどの遠吠えが轟く。怯んだ兵に間髪入れずに吐き出された炎のブレスが襲いかかる。逃げ惑う兵により道がさらに進み、残った僅かな兵士は、助走をつけて駆け出したティルの飛び蹴りによりドミノ倒しになった。


「ありがとー、二人とも、殺しちゃダメだからね!遊んでおいで!」


兵を踏んだままでパタパタと手を振るティルに応えるように各々鳴いて、何処かへと向かって飛び、駆けていく。その風圧によって兵が動けないうちに、ナガル達を残してティルが無理矢理開いた道を全力で駆けた。ティルは私たちが走ってくるのを見守りながら楽しげに笑い声をあげて重い城の玄関扉を片手で開けた。


「おっさん!後で褒めてね!」

「生き残ればな!」


開け放たれたそこに雪崩れ込むようにして押し入ると、ティルはとことこと変わらず余裕そうにドアを閉めた。バン!と何か硬いものが当たった音がするのは、もしや兵士が追ってきているのだろうか。


「さて、ここからどうするの?」

「国王のいるところまで攻め込む。シルラ、地図を貸してくれ」


レイネから受け取った地図を貰い、しばし考える。大きな改築はない様子だが、所々に仕掛けがありそうだ。それにしても、正確すぎてこの国の情報管理が気になってくる。レイネが凄い、ということでいいのだろうか。


「ルカ、ここからは必要だとお前が判断し、魔法を使ってくれ。指示も出すが、どの魔法を使うかは任せる。殿下は指示を待っていてください」

「はいはい、従いますよ」

「ねぇ、僕への信用なさ過ぎない?」


殿下の言葉はスルーして、妙に人気のないホールを見る。一国の城の玄関口には似つかわしくなく、閑散として見えた。財政難は城にまで及んでいたらしい。国民を虐げて奪った税は、一体どこに使われているんだか。王妃か。


「取り敢えず、階上に向かうか。レイネたちが何かしてくれたにしてもこれは異常だ。何かあるかもしれない、油断するなよ」

「はーいっわぁ?!」

「言ったそばからフラグ回収とは、恐れ入るな」

「ティル大丈夫ー?」


声をかけたにも関わらず何も考えずに目の前の階段に向かったティルが叫んで宙返りをしつつ戻ってくる。先ほどまでティルがいた位置を見れば、どうやら槍が飛んできたらしい。呆れる面々にならって、俺も深い溜息を吐く。


「待ち伏せはありがちだろうがバカ。さて、どうするか。オームンは置いてきたし、とんたんとぐるたんでいけるか?」


ティルを見れば、満面の笑みで取るたんを振りかぶっていた。取り敢えずその頭を殴りつけ二匹を受け取る。そうこうしている間に、廊下の死角からわらわらと兵士が集まり始める。さて、と頷いて近くにいたらるりを抱き上げた。


「ルカ、お前にはこいつをつける。らるりだ。魔力の都合で3分だけだが人になれる。剣の腕がかなり立つから、魔法詠唱の時間稼ぎにでもしてくれ」

「きゃぁあ」

「おい、悲鳴あげてるぞ。俺嫌われてるんじゃないのか。有難く受け取るが」


相変わらず悲鳴にしか聞こえない声を上げるらるりを適当な剣と一緒に渡して、先に受け取った二匹に指示を出した。


「とんたん、威嚇、ぐるたんは固まった兵士を隅に集めて動けないようにできるか?」


各々鳴き声をあげて承諾だと思われる反応を返してくれる。飼い主に似ない頭のいい魔物である。そう言えば、ソルナの魔物もそうだった。どこも飼い主がアレだと魔物の方がしっかりするようだ。


「さてと…さっさと攻め落とすぞ」


思わず口角が上がる。これは、殿下の、国民のための反乱だ。けれど、私はこの時をどれほど待ったことだろう。あの日、敬愛する隊長を奪われたと知って、幼いティルがその記憶を失った時に気付いた時から芽生えた気持ちは、8年という長過ぎる年月により十分すぎるほどに育っていた。


「絶対に、後悔させてやろう」


この国の、ティルの未来を奪ったことを。

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