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夕暮れ、ラルの店まで歩く道中、ルカが不満げに声をかけてきた。
「なんかレイネが切れてる」
「何故だ」
唐突な。顔を顰めると、シーリアについたことを報告したが、いつまで待たせるつもりだ早く城にこいと切れているらしい。
いや、作者の都合だそれは。
「ナガル、軍の様子はどうなんだ?」
「いつでもどうぞ?死兵を出し過ぎると怒られるから、サブ的なのがいいかも」
「弱いしな」
頷いて、うむと考える。確かに、早くことを起こした方が疲弊も少なく済みそうだ。
「今夜にでも攻めて来いって言ってるけど」
「それは無理だな。せめて明朝だ」
伝言役がよっぽど嫌なのか、ルカの顔は顰められたままだ。まあ確かに、面倒ではあるがしょうがない。我慢してもらおう。
「理由は?」
「ソルナとティルの準備待ちといったらいいか?一度始めたら早急に終わらせたい。その方が被害も少ないしな。最高戦力を集めておくのは当然だろう」
答えながら道を探す。ラルの店までもうすぐか。早速道を外れようとする年少コンビの首根っこを掴んでシルラに投げた。
「確かに、魔物がメインの戦力になるだろうな、とレイネも納得しているが…あれか?ソルナとやらもティルみたいな方法で呼ぶのか」
「あれよか酷い。今回は声出し辛いから余計に体の動きが凄いんじゃないか?まあ、頑張れと伝えてくれ」
ルカの疑問なんだかレイネの不満なんだか。伝えたルカが何事か言い募っているので、レイネはよっぽど嫌らしいということだけは確かだ。
「じゃあ、明朝、城に行く。ラルにはそれより前に向かって貰うから、そう伝えておいてくれ」
見えてきた店に意識を向けながら適当に伝えて、今度は3人仲良く迷子になろうとするバカを捕まえ道に戻す。子守か。
疲れた思いを引きずりながら、狭い店内を思い、私一人だけでラルの店に入っていった。
「というわけだ、ラル、頼んだ」
「どういうわけだおい。急に帰ってきてぞろぞろ連れやがって…怪我とかないのか」
「ティルにはないが」
「お前にもだ」
大真面目な顔で返すラルに目をままたく。
正直、私の心配もしてくれているとは思わなかった。
「怪我はない…殿下が回復魔法を使えるし、ナガルもいるからな」
「その男がいると他の意味でお前のことが心底心配だがまあいい。それで、戻ってきたということは、やるのか?」
一度ため息をついたラルは嘗て友人だった男に追われた過去がある。大変な黒歴史だそうだ。今なおその友人からは逃げているというし、ある種運命なんじゃとも思うが、言えばおそらくかなり起こる上に、半泣きになるだろう。ラルはなぜかその友人については今でも何も教えてくれない。誰か教えてくれれば、私の方でもフォローできるものを。
「そうだな…そのつもりだ」
「そうか…お前がしっかり装備しているのは、もう何年振りだろうな。あいつも喜んでいるだろうよ」
目を細めて、ここに来る前に掘り返した剣とセットになっている盾を見つめる。ティルの分も一応掘り返してはいるが、おそらく持たせても殴るだけになるだろうし、どうするべきか。いつかこれを買ったとき、隊長が酷く楽しげだったのを思い出すと、持たせてやりたくも思うのだが、今必要なのはそんな思い出ではなく、絶対的な戦力だ。
「そうだと良いが…ラル、ティルの剣と盾をここに置いとかせてはもらえないか?」
「いいが…坊主はまだ剣の一つも使えねぇのかよ。本当にあいつの息子か?才能どこいった」
「身体能力は間違いなく隊長のものだ。まあ、確かにあの剣の才能の行方は気になるが」
剣の天才だった隊長は、確かに無手でも強かったが、無双できるほどではなかった。ティルは一体何があってその才能を得たんだか。
「ともかく、ラル、ソルナのことを頼むぞ。そっちには、私たちの仲間もいるはずだ」
「仲間ねぇ…信用できんのかよ」
信用と言われると微妙だが、と思ってしまった思考を一旦放り投げて、徐に頷いてみせる。
「能力は」
「それ信頼じゃぁねぇな」
はぁ、とため息をついたラルは頭をガリガリかきながら行けばいいんだろ、と疲れたように頷いた。
「どっちみち、ソルナ迎えに行くつもりだったしな」
「悪いが、早急に頼む。私たちももう城に突入する準備は済んでいるんだ」
「準備てか戦力差で叩くだけだろうが」
呆れつつも一応ローブを着込んで出かける準備を始めるあたり、ラルも相当お人好しだ。
一通り支度が済み、店を出ると前で待たせていたティルたちを見渡し、顔を寄せてきた。
「あのちっさいのがオウジサマか」
「ちっさくはないだろう。一番若いが…」
言葉を訂正しつつ肯定した私に返事をせず、ラルはティルとはしゃぐ殿下のそばに歩み寄った。それに気づいた2人も振り返り、何かを察したのかティルが一歩下がる。
「お初にお目にかかるな。成人おめでとう、王子さん」
「…こちらこそ、英雄ラルに会えて嬉しいよ。僕の国民を守ってくれてありがとう」
ラルの言葉でようやく、今日が殿下の誕生日であることを思い出した。失礼に過ぎるが、もはや反乱のことしか頭になかったようだ。含みのある笑顔で告げたラルに、珍しく大人びた風体で返事をした殿下が頭を下げる。ラルはそれを満足げに見て、ティルとも少し会話をしてから私のところに戻ってきた。もう出るつもりなのか、馬を取りに行くついでのような気軽さだ。
「国民を自分のものだと言い切る気概があるなら、父王と同じくいい政治するかもな」
言い置いて、にやけた顔を真剣な顔に切り替える。
「死ぬなよ」
「国を治すためなら、こんな命、いくらでも…」
「お前が敬愛するあいつは、そう言って8年前に死んでったんだ。まだ幼いティルとソルナ残して、自分のガキとそう変わらねぇオウジサマとやらのために」
「……」
「ティルが今、あいつのことをどう思ってるかは知らねぇが、今あいつにとっての父親は間違いなくお前だ。人生で二回も、国なんかに父親奪わせてやるなよ」
「…肝に銘じておこう」
頷くと、厳しい顔をまたニヤけた男臭い笑顔に変えて、買い物に行くくらいの気軽さでラルは城に向けて出発していった。全員で見送りながら、人一倍大きく手を振るティルを見る。
「明日の朝に私たちも城に向かう。各々準備と休息、ティルは魔物を呼んでおけ」
全体に向けて声をかけると一同はーいと呑気な返事が返る。これが本当に、明日国に攻め込もうとする軍団か。おかしな笑いがこみ上げて、僅かに声を上げて笑った。
「おっさん笑うの久しぶりだね!」
「そうか?」
目敏く気付いたティルの頭をぐしゃぐしゃ混ぜる。
国のためには死なずとも、こいつのためならば。そう思う私を、ラルはやはり怒るのだろうか。
翌朝、まだ日が昇ってすぐの時間帯。
夜通し奇怪な行動を続けたティルは本人も大切な戦力のため休憩中、殿下もその隣でまだ眠っていて、今起きているのは大人組だけだ。シルラとコトハの両親にはティルが呼んだ魔物の世話を頼んでいて、今、私とナガルとルカ、それにレイネの四人で作戦を練っている。今更すぎるが。
「ナガルの軍には、アリアドネをつける。気まぐれな奴らだがティルに言い含めさせているから、多分働くだろう」
何より、殺人が大好きだからな。
「拘束メインにして欲しい。終わった後のことを思うとあまり殺しすぎたくはないからな。だから、アリアドネの姉妹を使うのはヤバイ時だけにしてくれ。兵が死にそうになったらすぐ使ってくれればいいから」
「わかったけれど、その子たちは殺さないようにとかはできないのかい?」
「できてもやらないと思うし、そもそもできないだろう。期待しないで頼むくらいはしてくれてもいいが」
多分無駄。言い切った私に、ナガルは何事か悟った顔で引いてくれた。この辺りの理解が早くて助かる。
「ラルはもう着いたか?」
「入ってくる手引きをレイネがしたらしいから、なんとか合流してるって言ってる」
「中は任せた。殺しすぎないようにな」
「適当か。伝えとく」
呆れたようにため息をつく。こいつもかなり慣れたらしい。いいことかは知らん。
「じゃあ、決まりだな。子供らを起こして行くぞ」




