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「無謀か」
レイネからの連絡を受けてシーリアに戻る馬車に揺られながら、私はため息と共に呟いた。聞いていたルカが心なしか心配そうな顔でフォローする。
「お前だって同じ作戦考えてただろ。そんなこと言ってやるなよ」
頭の良さでは負けてんだから、と続く言葉に煩いと返す。あの若さで情報屋のほぼトップに立ったやつと比べないでほしい。私だって悪い方ではないはずだ。あいつと同じ思考に至れるのはまさしく年の功なれど。
「しかし、相談くらいあっても良かったと思うんだ」
「ああ言うやつだ」
しみじみと頷くルカ。何かあったのだろうか。
話では殿下たちが合流するとのこと。その鞄の中には情報を入れておいたとかどうとか。本当、正体を知らなければドン引きしているところである。
「これからどうするんだ」
「取り敢えず殿下たちと合流、その後はシーリアに不法入国して、ティルの叔父のところに行く」
「え、ラル叔父さん?!」
さぁ、と青い顔になるティル。ソルナが甘やかすからとラルが厳しかったのだ。嫌いではないはずだが、怖いらしい。
「なんでまたそんなやつのところに、こんな状況で?」
「あいつも魔術師だからと、ソルナを助けに行くと言っていたからだ。外からも叩くなら、こっちの戦力は割けない。しかし、三人だけでは中から叩くには心許ないだろ?」
まあ、ソルナの友達がいれば問題ないんだろうけれども。あれはどちらかといえば外からの攻撃になるだろうからな。
ちなみに、今ここにナガルはいない。コトハの両親とルカ、ティル、私だけだ。ナガルは軍指揮として軍隊を引き連れてくれている…はず。今は馬車から見える範囲にいないのでそうであると思いたい。
「強いのか?」
「あの反乱の時、国民を一人で守る程度には」
「……大概だな」
魔力量もある癖に、消費の少ない魔法を好むから手数が多い。敵には回したくないタイプだ。
「あとは…ティルの家に行って、掘り返したいものもある」
「掘り返す?」
「隊長の…ティルの父親の形見だ」
きょとん、としたティルに告げると心底驚いた顔と共に、目に少し涙を溜めた。
「先輩」
暫くシーリアに向かって馬車に乗り、国に入ったあたりで遠目にシルラたちを見つけた。レイネに言われた通りの道を歩いてきたようで何よりだと馬車に二人を拾ってもらって先を進む。
「これからどこ行くんですか?」
「二回目」
私の言葉にシルラは首をかしげる。シルラが悪いわけじゃないが、二度説明は面倒だったのでずっとおとなしいティルが理解しているかの確認のためにもティルに説明させる。
「ティル、話してみろ」
「うぇっ?!」
うぇってなんだ、情けない声を…
「あうぅ…あえー………お、叔父さんのところに行って、」
「叔父さん?」
「隊長の兄がいただろう、覚えてないか」
「ああ、あの変な人」
納得いったように何度も頷く。そうだよな、世間一般で見ればあっちのが変わってるよな。ラルはなぜか私の方が変人だというが。解せぬ。
「えっと…?お母さんを助けに行く」
「ティル、飛んだぞ」
「えええ…」
「ティルがんばれー」
困惑するティルに殿下がほのほのと声援を送る。何故自分が一番衝撃を受けただろう用事を忘れられるのかその神経がわからない。忘れたんだったら何故さっきまでおとなしかったんだ。
「あ、オレの家に行く」
「何しに?」
「うーん…お父さんに会いに?」
「会いに?!」
シルラが叫んだ。気持ちはわかる。
「隊長生きてるんですか?!」
「いや、亡くなっているぞ」
「あ、かたかみを取りに行く」
「よし、ティル。形見という言葉を教えてやろう」
まさか、そこからだとは思わなかった。
そこから十数分。懇々と説明し、それを聞きながら理解したシルラが殿下に今後の予定を説明するという時間が流れ、今、漸くシルラからレイネの荷物を受け取った。
「…なんだこれ…」
鞄の中には王宮と騎士団舎の地図と騎士のリストとブレスレットとスプリットボールと薬、さらには王妃の記憶障害について詳細に記載された紙束が入っていた。思わず絶句するのも致し方ないと思いたい。だって、これらは全て国家機密のはずなのに。
「取り敢えず…スプリットボールは、レイネに合流した時に渡すなり行き着くまでに使うなりしよう。殿下は基本回復魔法だけにして頂きたいから、ルカ、お前が主力だ。お前が持っててくれ」
「…本音は?」
「殿下失くしそう」
「了解」
建前を話すと微妙な顔で問いただされた。ちらりと殿下を見てティルに戯れているのを確認し、小声で答える。それなら納得、といった顔で受け取ってくれたが、果たして王がそれでいいのかと聞かれると難しい気持ちだ。
「それで、騎士団舎はどうする?爆破か?」
「後々に手に入れるなら、無駄に殺したりはしたくない。無力化しても働けなくなったのではただ手間が増えただけだ。終わった後のことを考えると、ただ眠ってくれるだけだと助かるんだが…」
私たちが起こすのは、反乱だが、狙いはあくまで国王夫妻のみ。正しい王族に王家を預けるための戦いなのだから、国民はもちろん、国の大事な戦力である騎士を無益に殺すわけにもいかない。
私の言葉にルカは苦い顔をして首を振った。
「攻撃魔法でそれをするのは、厳しいな」
一斉に意識を刈り取る魔法もなくはないらしいが酷く面倒な上に時間がかかり、刈り取れる時間もたった1時間と微妙。1時間で反乱を終えれるなんてそんなお手軽感覚ではもちろんないので、他の手を探さねばならない。それに、この魔法にはまだ問題点があった。
「脳味噌にダメージ行くから、何らかの障害が残る可能性がある」
「例えば?」
「酷ければ半身不随とか、記憶喪失とかか?軽ければ暫く片腕が動かないとか、思考力が著しく低下するとか」
「どれもタチが悪いな…ん?記憶喪失?」
ルカの説明の一言が気になり、慌ててレイネの資料をひっくり返す。王妃の言動を記した資料の数々、その纏めとなった、あの一文は…
『以上の振る舞いから、王妃は反乱のことを覚えていない可能性が高い。一気にではなく、この8年の間にじわりじわりと忘れたと思われる証言が複数。記憶喪失、若しくは記憶障害の可能性が高く、これからも記憶を失い続けるかもしれない』
「ルカ、これをどう思う?」
ルカに差し出し目を通させる。ここにナガルがいれば、あいつの意見も聞けたのだが。しかし、魔法の専門家の方が、今はいいだろうか?
「…ものにもよるが…先に行った魔法を大規模に行えば、なってもおかしくはないな」
「王妃はあの時意識がなかったということか?」
「いや、術者もその影響を受けることがある。俺らはその辺上手くやるけど、使い慣れてないなら失敗もするんじゃないか」
何故ルカが使い慣れているのか、複数形ということはレイネも使えるのかなどは一旦置いておいて、話を進める。
「あの時、妙に簡単に城を征服された。その原因は、彼らが王族で、常に王城にいたからだと思っていたが…」
「もしかしたら、あの時、反乱軍に付かなかったやつらはみんなこれで寝かされてたのかもな」
「しかし、一時間ということはなかったはずだ」
「連続行使かもしれない。シーリアの王族とやらは、魔力が多いのが特徴なんだろう?」
しかし、そうだとしたら。飛んだお笑い話じゃないか。納得できない気持ちが、一周回って笑えてくる。
「殿下たち一家を殺すために負った障害を、殿下に治させようとしているのか?その後は、殺すか飼い殺すのか、さしたる違いはない。随分と、」
虫のいい話で。続く言葉は、楽しげに笑う殿下とティルの声に掻き消された。




