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軍隊は可も不可もなかった。

もとい。


「なんと言うべきか…数の暴力まんまだな」

「個々人が弱いからかい?うーん、隊長格はいい感じだろう?」


軍の演習を見せてもらう。感想を一言で、と言われたので答えた私の感想にナガルは残念さを欠片を見せずにうな垂れた。なんて器用な奴。知ってた。


「隊長格は…どれだ」

「…判断もつかないほどに微妙なのかい?」


僅かに口角を震わせるナガルには悪いが、本当に見分けがつかない。剣を振れば折るティルの方がよほどマシな戦いをする。そもそも、あいつは何も持たなければ私なんかよりずっと強いのだ。


「シーリアの騎士もこの程度なら良かったんだが…」

「彼らは兵士だ。騎士と比べられては少々辛いな」


ため息を吐いた私の言葉に答えたのは少々苦さを含んだ低い声だった。ナガルの声ではもちろんない。誰が、と振り向いた先にいたのは埃っぽい演習場には不釣り合いなほどに高貴な雰囲気を纏う壮年の男だった。


「あ、レオちゃん」


やっほーという感じで手を挙げたナガルに男は不機嫌そうな顔でさらに声を低くして答える。


「ナナシ。お前が来ていると聞いて来てみれば…俺に一言もかけず、こんなところでいるとはな。まさか、何も言わずに帰るつもりだったのか?」

「あ、うん」


肯定するなよ。内心で突っ込みつつ、私はナガルの言葉を反芻する。レオちゃん、レオちゃん…レオンハルト陛下?

固まる私を他所に歳と雰囲気に似合わず幼い笑顔を浮かべる男はナガルの肩に腕を回して絡む。ナガルがひ弱なもやし男なのに対し、筋肉隆々とまでは行かずともガタイのいい男が絡む様はさながらカツアゲだ。


「こいつがお前が言っていた男か?」

「そうさ。バロンはすごく強いんだ」

「そうは見えないが…いや、攻撃が全てじゃないな」

「さすがレオちゃん。一目でバロンが受けであると見抜くなんて」

「まあな。人を見る目だけは自信がある」


それ以外にも自信を持てよ、陛下。

ってそうじゃなくて。


「えっと、ナガル?」

「バロン、紹介するよ。彼はソラト国国王、レオンハルトさん。通称レオちゃん」

「呼んでいるのはこいつだけだがな」

「20くらい年上だけど、気のいい人だから仲良くしてあげてくれないかい?基本ぼっちなんだ」

「ぼっちでは断じてない。恐れ多いと近づかれないだけだ」

「一匹狼気取ってる軽く厨二病の人で、精神を病んでるのではと心配した宰相に相談されて診察に来たのが僕らの出会いだよ」

「それは話さなくて良かったんじゃないのか」

「陛下の厨二病は僕が初めて直せなかった病気さ」

「病気ではない。断じてだ」


漫才か?

これが一国の王でいいのか?

考え直せ、ソラト国。

しかし、二人が妙に親しい理由の一端がわかった気もする。ナガルは基本、気にしないのだ。立場とか、権力とか、性別とか、種族とか、障害や病気、その人の性癖やら精神病…厨二病についても。何も気にせず、対等のように振る舞える。究極のマイペースだし、自己中。


「…私はシーリア国の…元、騎士です。8年前から農民やったり、村の問題解決をしたり、子育てを手伝っていますが…」

「ああ。聞いている。それに例は気にしなくていいぞ。騎士は堅苦しくていかんな。しかし…シーリアか。あの国はいけ好かんな。そう思わないか、ナナシ」

「バロンを生み出した国を悪くは思わないね!」

「素晴らしい、お前は本当に阿呆だな」


ああ。陛下はしっかり突っ込める人のようだ。今かなり安心した。バイがもう一人増えたらどうしようかと思った。


「今お前失礼なことを考えていたな」

「いいえ、滅相もありません」

「私を誰だと思っているんだ」

「天才医師」

「それはお前のことだろう、ナナシ。ちょっと黙っていろ」

「黙るのはいいけど、レオちゃん。バロンを処罰したらこの国は終わると思ってくれないかい?」

「…何をする気だ」

「なんと、ここにどこぞの村で流行った感染病のウイルスサンプルがぁ〜」


徐に白衣のポケットから取り出すのは小さな瓶。どこぞの村って、コトハのところだろうか。ウイルスをそんなお手軽管理しないで欲しい。

レオンハルトは顔を僅かに青くし頰を引きつらせる。


「男前過ぎるバイオテロ宣言だな。お前らは一度私の職業を見つめ直すべきだと進言しておこう。無駄だろうがな」


ナガルの世話係…と言う名の国王だろうか。


「それで、シーリアの騎士。お前は何をしにここにきたんだ」


レオンハルトは不意に真剣な顔で切り出した。自然、身が引き締まるのは前国王様同様彼も王族の威厳があるからだろうか。思い返せば現国王には一度もそういった想いは抱かなかった。やはり彼は国王の器ではない。


「…僭越ながら、貴殿に軍の借受を許可頂いたと聞いたものですから、見学に。此方ごとですが、此度、早急に事態をまとめる運びとなりましたゆえ、今日明日にでも軍を借り受けたく思います」


シーリアの騎士であることは、否定しない。私は当時、誇りを持ってそうであったし、今もなお、その誇りを捨てたつもりは毛頭ない。私は、今の国をシーリアと認めない。

その思いが伝わったのか、何か考えがあるのか。思考を巡らせていたレオンハルトはふっと不敵に笑って見せた。


「だから、堅苦しいと言っているだろう」


軽口を言って、軽く、けれど厳かな雰囲気を纏ったまま、彼は徐に頷く。


「シーリアの騎士が望む、あの国の行く末か。それを見るのもまた一興。それに、我が国にも利益多き話になるだろう。騎士には遠く及ばないだろうが、持っていけ」


快く承諾してくれた彼はそのまま悪戯を思いついたような顔をする。


「序でに、いい情報をやろう。まだ、どこの情報屋も持っていないはずの取って置きの情報だ」




「それでもお前は当たり前のように知っているんだな」


一時間後、再び集まった私たちは収穫がなかったと語るコトハの両親を適当になだめ、帰ってきたティルと一通り会話をしてからルカに頼んでレイネに話を通してもらった。ティルからの情報収集や帰りを喜ぶのも大事だとは思っているが、それを置いてでもと言うくらい大事な情報だったのだ。


「まあ、私はそれで食ってますからね、だってよ」

「どうやって集めてんだか」


レオンハルトが教えてくれたのはシーリアの国王妃の隠された噂。彼らが急に殿下を探し求めたわけの一端でもある。

それは


「しかし、国王妃が記憶障害なぁ。考えもしなかったが…回復魔法を使えるほどに魔力に秀でた家系は確かに前国王の一家くらいだな」

「カルアの回復魔法が目当てってこと?」

「殿下を追っているのは、そこが始まりだろうな」


首を傾げたティルに頷くと何やら考え込み始めた。思考が苦手なこいつのことだから、すぐにギブアップして聞いてくるだろう。一旦放置。


「しかし、それなら戦力なんて考えず、カルアを直接さらえばよかったのにな」

「それは、前にも言ったように位置の問題で厳しかったんだろう。シルラも、あれで働く男だからな。それに、そこで無理をする必要はなかったんだ」


ルカの疑問に答えるとその場にいた全員が首をかしげた。ルカはほぼ同時に苦い顔をしている。その反応を見るに、恐らくレイネも同じようなことを言ったのだろう。


「お前らの意思疎通感半端ない」

「同じ予測が立つだけだ。そもそも、殿下は仲間の一人を攫われて放置できる性格ではないし、前国王様もそうだった。無理に殿下を探さずとも仲間の1人をさらえばそう待たずにやってくる。そう考えても不思議ではないな」


実際、コトハが攫われたことで私たちは急遽シーリアに向かう手はずを整えている。あながち見当違いでもないのだ。ただ、


「私たちが素直に動けばの話だが」


今の状況、利用しない手はないだろう。

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