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副団長の言葉に辟易としつつ、何時もとは違う空気感を感じてどうかいつも通りに過ぎてくれと内心で祈り答える。


「…騎士団には戻りません。もちろん、現王に使える気も、ましてや騎士団となるつもりも、私には欠片もありません」


先回りして答えれば漸く副団長の顔から笑みが薄れる。それでも口角を上げられている辺り、本当に精神が強い。


「反逆罪とも取れる発言をするのだな。仮にも、騎士団の前で?」

「我が忠誠は、前王様のみに」


言い切ればとうとう笑みを完全に消した副団長が、ふむ、と何事かを悩んで見せーー先よりもキツい弧を描いて口が歪む。


「では、先の子供を、うちに預けないか」

「っ、あれは、ただの子供です。騎士団に入れるようなものでは…」

「しかし、団長の息子だろう?お前が育てているのだから、弱いと言うこともあるまい」


骨身まで現王に染まった男は嗤う嗤う。


「それが嫌なら、頼みを聞かないか。なに、戻りたくないと言い張るお前の意は汲んでやる。代わりに、王子を連れて城に来い」

「…なにを今更、前王一家は現王が、」

「お前と団長、それに、新人だったか?お前らのしたことが我々にバレてないとでも思ったか。居場所がわかるのはもはやお前だけだろう」


あの日、あの時。前王様の最後の命を受けた団長は騎士団全てにその命を伝え、叶えるはずだった。

しかし、彼は私と私の後輩だけに伝え、実行した。結果、命の三分の一しか叶えられず、団長はこの森の深く、今ティルの家のある場所で討たれ、後輩は消息不明となった。私はその命があったことを隠蔽した後に騎士団を辞したのだ。

しかし、副団長には気づかれて居たらしい。


「あの子供の死体だけがなくてな。現王様は大変嘆かれている。供養もしてやれないなんて、と。だから、連れて来い。そうすれば、あの子供に接触をはかることも、」


そこで意味有り気に私から視線を逸らす。その先は、ティルの向かった、森の中。


つられて私も目を向けた、その先からもう成人したはずなのに昔の面影からか小さく感じる人影が必死に何かを叫びながらかけて来ていた。


「おっさん!家が、母さんが!!」


何かを、なんて向こうのせいにして、実は私が、私の頭がそれを理解できていなかっただけらしい。

その背景の、色をみて。

その人影の、表情をみて。

その、声を聞いて。


燃え上がる火の手を、聞き慣れた男にしては高い声を言葉を、私は呆然としながら見ていた。


「ソルナが傷つくこともないだろう」


目の前の副団長の声だけが私の頭の中に妙に残った。



走る、走る。


周りを流れる景色が徐々に濃くなって行く。魔物と呼ばれる、動物が魔力に当てられ強化、凶暴化されたものが蔓延るこの森をまだ成人したての弟子の手を引いて、もうどれほどの距離を走っただろうか。昔から魔物との遭遇率が驚異的に低いティルがいなければ、今頃は満身創痍、いや、副団長らに捕まっていたかもしれない。


あの後、私の下まで走ってきたティルは泣き崩れるようにして私の肩に掴まった。その手が、身体が、声が震えているのにはっとして、嫌な笑みを浮かべ不穏なことを口走る副団長らがティルに何かする前にその手を取って駆け出した。夢中になって走って、森に入って、ここまで掴まらずにいられたのは単に地の利があったと言うだけのことだろう。副団長らは、ティルを、ソルナを人質にしようとしていた。いや、事実、ソルナはもう人質になっているのだろう。それは口惜しいが、ティルだけは守れたということに酷く安心して腰が抜けた。


「…はぁ、はぁ…なに、おっさんぎっくり腰?」

「…はぁ、違うわ、馬鹿者」


勘弁してよ、と肩で息をするティルは何と無くでも状況を察しているのだろうか。先ほどは泣いていたくせに今は疲労だけが頭を占めているらしく憂う様子はない。


「ティル、家でなにがあった」

「母さんが変な奴らに襲われてた。俺が帰ったら、そいつらが俺の方にも来たから軽く戦った。そしたらさ、あいつら、家に火をつけて母さん連れて逃げたんだ」


悔しい、とティルは思い出したように悲しむ。ソルナはあくまで現段階ではだが無事らしい。それだけでも聞けて、安心したかった。

だがしかし、私はティルの言葉に含まれた情報がそれを許してはくれない。


「…軽くって、どれくらいだ?」

「軽くは、軽く…おっさんがオレの剣取り上げたから、ちょっと、素手で?」


こてりと首を傾げる。先にも言ったが、この森には魔物が蔓延る。それなりに危険なところだ。だから、私はティル一人でこの森を歩かせる時、絶対に剣を持たせない。


それは何故か。

簡単な話だ。


「…素手で人と闘うなと、何度も言っただろう、馬鹿者が…」

「えっと…今回はレイガイ?とかになんないの?」


例外の意味を解しているか定かでない怪しい口調でティルが困った顔をする。口惜しい、その通り、今回ばかりは私もティルを叱れない。


「相手の状態は」

「片足と両手を折った…と思う?やつが一人と、うーん、倒れて血を吐いたやつ?が一人?その時点であいつらが逃げに走って、慌てて追いかけてそこから三人やったけど、母さんは助けれなかった」

「……」


甚大な被害が出たようだ。

ティルの『やった』が意味する事柄は少々多い。なにせ、語彙が雀の涙ほどなのだ。ある意味では、殺した、またある意味では、気絶させた、さらにある意味では、勝った。

この場合勝ったはないだろうが、残り二つのどれかは、深く聞かないでおこう。

なにより、ティルに生存判断など、できるはずもないのだから。


普通、剣士にとって剣は命も同義。大切な盾であり、武器であり、相棒だ。しかし、ティルは剣士ではない。剣を教えてはいるが、それは人と対戦できるようにであって、決して命の奪い合いで使うためではないのだ。

それは、ティルが、本当に馬鹿みたいな怪力だから。

剣を持つと壊さないように使わなくてはいけない。けれどゼロか100かしかないティルには壊さない=力をかけない以外やりようがない。だから、こいつは何かを装備するとバカみたいに弱くなるのだ。


本当に、お前は全てが馬鹿なのか。

いや、弟子を疑うものじゃないな。


「ティル、お前は馬鹿だ」

「え、知ってるけど」


自覚済みなのが、不幸中の幸いなのかもしれない。

そう言えば、と思い出して笑みが漏れる。ティルの父、レオードもまた、冗談みたいな怪力だった。ティルほどではなかったが。剣技も上手く、戦闘経験豊富な彼は私の憧れだったが、やはりティル同様、バカだった。作戦をいつも忘れるからメモを首から下げさせたこともある。明るくて何をされても怒らなくていつも笑っていた彼を慕う部下は多かったし、彼は前王にも信頼されていた。だから、あの命令を託されたのだろう。そして彼は、当時の騎士団の中で私と私の後輩だけを選んだ。ティル同様、勘だけは冴えていたと言うことだろう。本能的に、当時あの場で信頼できるものを選んだのだ。


「母さんは大丈夫かな、おっさん…」

「そうそう殺されはしまい。私に対する人質だからな」


心配するな、と頭をなでれば簡単にティルは元気を取り戻した。元より然程落ち込んでいたわけではないのだろう。家が燃え、母が連れ去られて動揺したらしかったが、冷静になれば気づくのだ。ソルナが容易く殺されるわけがないことに。

ティルはバカだが、母の体質を忘れるほどではなかった、と言うことが無事証明されただけだったらしい。


「ティル、落ち着いたところで、この後の話をするぞ」

「え。」


ティルがピシリと固まる。その顔は酷く嫌そうで早くも先の考えを早くも覆すこととなる。


やはり、ティルはバカの中のバカだった。

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