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がおーが行きすぎ、引き返すというアクシデントがあったものの無事にスムラートに辿り着いたのは昼過ぎほどのことだった。家を探し辿り着いた先で、久方ぶりに会う旧友の変わらない様子に苦笑する。
「バロン!愛してる!」
「ナガル!すまん!」
お馴染みのやりとりをすると滑らかに隣でティルが引いているのが伝わってきた。魔物の中で唯一連れて来ていたアリアドネの姉妹も同じようだ。残りはがおーと共に周囲の森で待機してもらっている。
「バロン、僕は今ナイーブと名乗ることに決めたよ!」
「私に振られたことが原因でないなら好きにしろ。ただし私はナガルと呼ぶ」
「そんな…ってまあいいや。それで、その少年は誰なんだい?」
今の今まで失恋した女のようにメソメソ泣き崩れていたナガルはさらりと態度を変えてディルに向き直った。こんなところがナガルを変人としているのだと思う。
まあ、バイというのも原因の一つと言えばそうか。
「私が育てている子供だ。ティルという」
「はじめまし」
「なんてことだ!」
ティルの言葉を遮ってナガルが崩れ落ちた。
「愛しのバロンが子供を作っていたなんて!誰の、誰の子なんだい!」
「どこから突っ込んでいいかわからないが、私の実子ではないとだけ言っておこうか?」
呆れた目で見ながら言うとナガルは希望を見た!とでも言うように目を輝かせた。
「じゃあ、バロンはまだ清いのかい!」
「お前と会話してるだけで穢れてるんじゃないかと思っているところだ」
穢れと言うか、腐りそう。
ティルが引くし教育に悪いからやめてくれ。
「それで。ここに男が2人こなかったか?」
「? …男?…ま、まさかバロンのっ!」
「もうそのネタはいいから」
頭をはたきながら言うと涙目になりつつ、ああ、と納得行った顔をした。
「傷だらけの子を2人拾ったよ。大丈夫、浮気はしてない」
「そうか。彼奴らの貞操が無事で良かった」
邪魔するぞ、とナガルを押し退けて家に上がる。大人しくついてくる辺り、ティルも大分慣れて来たようだ。ナガルはまだ喚いてる。放っておこう。
「なんだ、寝てるのか」
「なんで怪我してたんだろう?」
通された先で布団に寝かされた2人を見て首を傾げる。2人とも戦力的には十分だったはずだが…何か問題が起こったか。
レイネ関係か、或いは。
「なんか、眠いって寝ただけだよ。心配ない」
ひょっこり顔を出したナガルに茶をもらい、テーブルに腰掛けながら話を聞く。突然来て目の前で寝たそうだ。飛んだ迷惑な。ナガルは2人ともを拾い、治療してやって寝かせたらしい。ナガルの噂を聞きつけてそう言う人はよく来るそうだ。
「話を聞く前に寝られたから、すまないね」
「いや、起きてから聞けばいいだけの話だ。それより、実はお前に頼みがあってここに来た。聞くだけ、聞いてくれないか」
「…聞くだけ、ねぇ」
真面目に話すと長くなる。前置いてから私は何一つ隠さずにナガルに話した。ティルにも言っていなかった旅の目的も話した。隣で聞いていたティルは、予想は着いていたのだろう。あまり大きな反応は見せなかった。
「…なるほどね」
話を聞き終えたナガルはそう一言呟いて、茶を飲んだ。ティルを見て、アリアドネを見て。そしてまた沈黙する。何かを考える時のこいつのくせで、何処か一つを見続けることが出来ないのだ。
「バロン」
「なんだ」
「少し、出かけてくるよ」
「…そうか」
「返事は、帰ってからでいいかい」
「ああ、急かす気は無い。人生がかかってるんだ。急いで出そうとしなくていいぞ」
ナガルは満足げに笑い、もう一度謝ってから家を出て行った。
夕方頃、レイネ達の目が覚めた。話を聞くと色々あったらしく申し訳なく思う気持ちがなくもなかったが、話し方だろうか?謝る気にはあまりなれず、感謝と謝罪の意味を込めて食事の支度をしてやる。ソルナがあまり得意ではなかったから、なんだかんだ、この八年間作り続けているから得意ではあるのだ。我流だが。
「ナカズだかナガルだかはどこにいったんですか?」
「ああ、話をして、少し考えてもらっている」
「そうですか」
尋ねて見ただけだったのか、確認の意味合いが強かったのか。レイネは深く聞いては来なかった。
「……コトハ達遅いね」
ポツリ、ティルが心配げに呟く。予定では、明日にはここに来るはずだ。そう伝えるも、顔は晴れない。ティルがこんなことを言い出す時は大抵何かしらがあった時なので、モンスターに調べさせるよう命じた。ティルはうん、と返事をして家を出たが…一人で行かせて、大丈夫だっただろうか。
夕食が完成、レイネ達に食うように伝え、ティルを探しに森に行く。あれから小一時間経ったが、ティルは未だ戻ってこない。
「…ティル、ティル?」
声をかけて森を歩くとアリアドネ姉妹が待っていたかのように木にもたれ掛かっていた。
「遅いわね!」
「待ちくたびれたわよ!」
甲高い声に耳を抑えつつ聞くところに寄るとティルにここで私を待つ様言われているらしい。魔力を使ってまで話すのだから、伝えるよう頼まれたのか。
「それで?ティルはどこにいったんだ」
「あって叫んで」
「あーっていって」
「ああ!ってどっかいったわ」
「なんも伝わってこないが」
寧ろそれでよく伝言係を買って出たな。
「コトハがいれば、大丈夫だと思っていたが…やはり前衛がシルラだけはきついか。コトハの両親は強いわけでは無いからな」
シルラの鎌は随分と大きかった。馬車に乗せたのは下策だったか、彼奴のアレは、馬車内では振り回せない。それに、コトハは弓を上げるために馬車の端に、シルラは殿下の側だろうから奥に居ただろう。コトハたちと殿下たちが二分されていてもおかしくはない。そう命じたのは、他でもない私なのだ。
ティルは恐らくその関係の用事だと思うが、もし別のことなら予想もつかない。無事でいて欲しいとは思うが、何せ何をしているのかわからないからな。
「がおーたちはどうした?」
「連れて行ったわ」
「私たちも行きたかったわ」
「お前らがいったらもれなく皆殺しだからなぁ」
人の区別がつかないと言うべきか、この姉妹は敵味方関係なく殺そうとする。ティルが事前に紹介した人物で無いと、味方だと判断出来ない様だ。
「仕方が無い、一旦家に戻ってレイネ達にに相談するか」
私一人で解決できることならば、恐らくティルはのほほんと帰って来ていることだろう。解決は無理だと思うが。レイネがいた方が、どんな事態にも対応しやすい。
そう思って帰ってみれば、ナガルも帰宅していて、コトハの両親、シルラ、それに殿下もいつの間にか到着していた。しかしコトハの姿はどこにも無い。また、両親は青い顔をしてシルラも緊張した顔をしていた。
「ああ、やっと帰って来ましたか。バカはいましたか?」
「いや、いなかった。それより、殿下達の到着は早かった様だな?」
「そのことで話があります。ワタシからではありませんけど」
レイネの言葉に首を傾げればナガルが珍しく真剣な顔で私に向き直った。
「バロン、僕は君が求めるものを上げようとちょっとお城に行っていたんだけど」
導入からよくわからないがそのまま話を聞くことにする。
「偶然拾ったから連れ帰って見たよ」
「お前は説明する気があるのか?」
話は終わったとばかりにドヤ顔の天才のはずの頭を殴り、レイネを見るとため息とともに説明をしてくれた。曰く、殿下の乗っていた馬車が襲われた、が、犯人はバカらしくコトハを連れ去ったらしい。間違えたのか、それとも最初からそれが狙いだったのか。恐らく前者…だが、ティルもいなくなったことを見るに、後者の可能性も捨てきれない。
「調べる必要がありそうですね」
「ティルは兎も角コトハは接近に弱いからな」
だからこそ、ペアで居て欲しいものだが。
考える私は話があるからと言うナガルに流されるがまま、再び家を出た。




