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レイネが席を外した。少し離れたところで店主のルカと話しているようだ。残念ながら、私には声は聞こえない。


「…ティル」

「ふぁい」


ナポリタンに夢中のティルを呼び意識をこちらに向けさせる。オレンジ色の口の周りを吹いてやりながら、親指でレイネの方を指差した。


「会話が聞こえるか?」

「んん?………なんか、なんだろ?んー?」


大人しく吹かれていたティルは少し目を細めて聞くことに集中すると首を傾げた。


「大っきいモンスター倒すって」

「はぁ?なんだそれは」


どんな話の流れでそうなったんだか。尋ねるとよくわからないと言われた。ティルは身体能力全てがバランス良く異常だが、理解力がないのを忘れていた。


「ねー、おっさん」

「なんだ」

「モンスター殺しちゃうの」

「……」


ティルの、と言うよりは、ソルナの一族は総じて動物が大好きだ。基本的には殺生を拒む。酷い時には肉類を一切取らないものもいる。その家で育ったわけではないティルも例外ではなく、あの森の凶暴な魔物でさえ、こいつは殺すことを拒んだ。

この先、この性格はきっと仇となる。殺しの出来ない奴など、反乱に巻き込むべきではない。わかっているが、私も大概甘いらしい。そのうちにできるようになればいいと思ってしまう。こいつは間違いなく、主戦力になるのに。


「…好きにしろ」

「俺がしていいの」

「暴れないモンスターは倒す対象ではない」

「…ありがと」


私の言葉に少し悩んだティルは首を傾げつつ礼を言う。また食事に戻って口の周りをオレンジにしているが、本当に意味がわかったのか?



「そんなわけで、食事代としてそこのモンスターを倒して欲しいわけです。いい?」


チャラい店主改めルカはそう言って腰に手を当てた。随分おざなりな装備だが、私たちに同行するらしい。レイネから事情を聞いて居なければ、小一時間説教をしているところだ。

彼が、攻撃魔法特化の人材。私が求めたものを見事に選ぶあたり流石はレイネと言うところか。他国にまでその名を馳せるだけはある。


「構わない。が、倒すとは約束出来ないな」

「というと?」

「暴れなければいい。そうだろう」


試すような目をまっすぐに見返す。ルカはしばし私を見て、チラリと隣で不審な動きを繰り返すティルを見て、苦笑した。


「いいよ。暴れなくなれば、俺としては文句はない。けど、一つ聞いていいか」

「なんだ」

「そっちの坊主、何してんだ」


案の定指さされたティルはそれにも気づかず一心に不審な行動を続けている。確かに、弓を張り調節するコトハと装備をシルラに手直しされてる殿下と久々の狩だと猟銃の点検をするコトハの父とオロオロする母と、最後のはともかく、全員が意味ある行動をしている中で、いやそうでなくてもあいつの動きは異様で目立つ。気持ちはわかる。

ティルはまず、指笛を鳴らしていた。エンドレスである。もう二桁は鳴らしているがその回数は私にもわからない。微妙に一つ一つ音が違うのだが基本A音なので集中して聞かなければわからない。そして、空いている手を宙にあげて複雑に振っていた。何か幾何学模様を描くように振っては下ろし、振っては下ろし。それを歩き回りながらする様は異様以外の何物でもない。

昔、これを母子2人でして見せられた時は正直かなり引いた。今ではすっかり慣れてしまっているし、その手際の良さに関心もするが。


「まあ、気にしないでくれ」

「気にしないでって言う方が無理じゃないですか」

「レイネに同じく。気になり過ぎて夜も眠れない」

「安心しろ夜寝る前までにはわかる」


2人を宥めてティルの奇怪な行動が落ち着くのを待ってから、そのモンスターがいる場所へ向かう。カロは、ティルに手綱を引かれてついて来ている。今回は、カロも大切なメンバーである。


「馬なんて邪魔になるでしょうに」

「見てればわかる。あと、馬じゃない。カロだ」

「…馬じゃないですか」


馬じゃないと言うのに。わからないやつだ。

無駄話をしている間も、ティルの奇行は止まらない。今は手も口も大人しいが目が大変騒がしい。キョロキョロと森の木々の隙間の隙間を見て回る。その早さの異常さたるや。戦闘を歩かせてこれを見てしまう不幸な人間が出ないよう配慮する。ちなみに私は不幸な人間側だ。


「もうすぐだ」


ルカの後方からの声かけと同時に前方の木々が少なくなる。徐々にまばらになる木々は何か鋭い爪で引っかかれたような傷が着いており、その傷の位置の高さに目を丸くした。相当に大きな魔物らしい。


「…お終い」


ティルがポツリ呟く。私は立ち止まり、残りのメンバーも立ち止まらせる。ティルとカロだけが止まらず歩き続けた。


「…バロン?」

「すまないが、ここで全員待機だ」

「どう言う意味ですか」

「ここから先はティルがする。万が一失敗すれば、私たちも出る」


レイネの訝しげな顔、続けて発せられるだろう問いはしかし私の耳に届くことはなかった。


ガァアア!!


地面が揺れるような魔物の咆哮が耳を劈く。ティルが素早くカロに乗り、カロは大人しく全力で駆け出した。

目の前の開けた空間にいるネコ科らしき木ほども大きな魔物に向かって。


「なっ!坊主だけで行かせるなんて無茶だ」

「ティルだけではない」


ルカの叫び声に叫び返す。睨みつけるような目をティルに戻させる。ティルは再び指笛を吹き、腕を振っていた。


「全員、来て!」


まだ高い声を張り上げた途端、周囲の木の陰からこれでもかと魔物が飛び出してくる。舌打って、魔法を打とうとするルカをレイネが止めてくれた。


「落ち着いてください、彼は獣使いの一家です」

「はぁ?!」


素早く状況を理解したらしい。流石としか言いようがないが、その目が情報を根こそぎかっ攫おうとしているように光っているのを見ると、純粋にテイムの方法を見たいようだ。

こんなことをしている間に魔物の目の前に来たティルはカロの背を蹴ってその首に飛びつく。もっふもふの鬣にその身体が消えてしまう。暴れる魔物を諌めるのは、ティルがここに来るまでに呼び寄せた多数の友人(モンスター)たち。カロはティルが飛んだ後すぐに私の元に帰ってきた。盛大に労って、見え透いた結果を待つ。


数分後。


再び姿を現したティルの前にはだらしなく顔をふやかせた元凶暴な魔物の姿があった。



「説明してください」


残念ながらテイムの方法を見出せなかったレイネが苛立ち気味に聞いてくる。私に言われても困るのだが、と後方に目をやるとそこには魔物に囲まれて幸せ全開なティルがいた。あの魔物たちはティル以外には懐かないので、近づくのは危険なのだ。危害を加えない限り、大人しくはなるのだが。


「来るまでにあったあいつの奇怪な行動はあの友人たちを呼ぶためのものだ」

「あの変なダンスが?」

「ダンスになっていたか?あいつはバカだが、記憶力も理解力もない大バカものだが、彼ら一匹一匹を呼ぶ手段全てを完全に記憶している。なぜだかはさっぱりだが」


彼らを呼ぶには特定の音を鳴らさなくてはならない。その上、手でそれぞれに来る場所を伝えるのだ。相性の悪い魔物たちもいるから、あいつなりに鉢合わせないよう指示を変えている。私には到底無理な芸当だが、それをやってのけるのがあのバカである。


「テイムの方法は、私にもわからん。ただ、あいつらの溢れんばかりの動物愛と…ほぼ動物な身体能力と、一族伝統の撫で方があるみたいだな」

「なるほど、一族以外には無理と」

「話が早くて助かる、レイネ」

「いえいえ、何の収穫もなかったと言うことがよくわかりました」


少しも機嫌の治って居ないレイネはもう一度元凶暴な魔物を見る。もはや凶暴な影は欠片も見つからない、だらしない顔でティルに撫でられている彼にため息を吐く。

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