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“渡さない、私の可愛い可愛いコトハ”


コトハが俯いた。表情はわからないが、その肩は震えている。幾つで捨てられたのかは知らないが、幼い子供にとって、親に捨てられると言うことはかなり衝撃的なことだろう。


「……母さん」

「…コトハ、」

「コトハって、名前、誰がつけたの?」


ポツリ、コトハが震える声で呟く。それは酷く小さな声で、口元を見ていた私だから聞き取れたようなかすかなもの。にも関わらず、レイネに黙れと言われ静かにしていたティルにはきちんと聞こえていたらしい。私が話しかけるのを視線と声で遮って、明るく話しかける。


「え……カトネさんたち」


きょとんと顔を上げたコトハは潤みがちな目を丸くして答える。呼び方が戻っていることに寂しさを感じた。


「そっかー。ねぇ、オレさ、親父のこと覚えてないんだよ。どう思う」

「そこ、無駄話してる暇あったらなんとかして欲しいんですけど?」

「レイネー、手伝うよー」


一人必死に防御壁を張るレイネが額に青筋を浮かべて言うと慌てたように殿下が駆け寄って行って防御壁を張る。聞いてたとおり、脆い。パリパリ割って行く殿下は、自分の実力をわかっているのか、それ以上の速さで次々に壁を生み出して行く。


「別に、どうも思いません」

「そう?薄情だと思わない?」

「捨てられたんですか?」

「捨てられたよ」


捨てられた、と言い切るティルに口を出しかけるシルラを止める。本音は自分こそが言いたいのをぐっと堪えて。

ティルはバカだが愚かではない。今まで育てて来てそれだけはよく知っていたからこそ、コトハへの対応は任せることにした。


「オレの父親、凄く偉い人だったんだってさ」

「偉い?」

「おっさんよりも、偉くて、オレにも優しくて、大好きだった」


言葉が疎い。ながらも、ティルは懐かしそうに言葉を紡ぐ。


「オレ、あの人を親だと思ってないの。コトハもあの人たちを親だと思ってないでしょ。いっしょ」

「…なんで」

「ある日突然、帰って来てくれなくなった」


事件を、ティルは覚えていない。それは、本当に、そうだろうか?そう思わせるほど、ティルの表情には似つかわしくない陰りがあった。


「でもね、ティルって名前、あの人がつけたんだってさ」


いい名前でしょ、と自慢げに言い張る頃には仄暗さなど欠片も残さず、ティルはどこかお兄さんぶってコトハに話しかける。


「コトハって、いい名前だよね。最初から、望まれずに生まれて来たわけじゃないでしょ」

「親は」

「んん?」

「ティルさん、親は、誰?」

「おっさん」


即答したティルに私のみならず、その場のほぼ全員が目を瞬く。


「…バロンさん?」

「うん、そう」


だからね、とティルはなぜか準備運動を始める。


「コトハには、クライがいるでしょ。親いるじゃない。望まれて生まれて来た、欲しかったのはそれとあと一つ、」


にい、とバカっぽく笑うティルを静止する暇は、恐らく誰にもなかったのだと思う。


(あれ)の承諾がいるかはわかんないけど、謝罪はいるよね」


トン、それは酷く軽い音で、酷く、聞き慣れた音だった。


「って、ちょっと待てティル!」

「ちょ、待ちなさいバカ!」


レイネと静止の声が被ってなんだかよくわからない言葉になる。ティルはそんなもの聞きもせず、地面を蹴る軽い音を立てながらめちゃくちゃに放たれる魔法弾の中へ飛び出した。


「うわ。人間の動きじゃないですね」

「…人間じゃないのかもな」


珍しく真剣な様子のティルは奇声も放たず飛んだりしゃがんだりスライディングしたりしながら弾をよけ、着実にその距離を埋めて行く。あいつの戦闘を底上げしている要因の大半が怪力だとするのなら、残りの分は動体視力だろう。獣並みの目はほぼ全ての攻撃を見切らせる。惜しいかな、回避術を覚えないから結局力でごり押しになるのだが。それでも今回は、相手が良かったらしい。


「うわぁ、近づくなぁあああ!」

「うっさいし」


猛然と迫ってくるティルに恐慌状態に陥ったカトネと言うらしきコトハの母はとうとう目の前にたどり着いたティルの無情な回し蹴りに地面に沈むこととなった。


「おっさん!終わった!」


疲れた様子も見せず、人外の身体能力を披露したティルは呆気に取られる殿下やレイネに目もくれず私のところまで駆け寄ってくる。それはもう、子犬のように尻尾を振って。


「よくやった」

「うん!」


珍しく手放しで褒めたことがよっぽど嬉しかったのか。そのあと暫くティルの機嫌は酷く良かった。



そして再び家の中。


「………」

「………」

「………」


重い。沈黙がっ!すごく重い!

ちらりとレイネに助けを求める。レイネは何食わぬ顔で居眠りに勤しんでいた。まだ眠ってはいない。眠ろうと努力している段階だ。居眠りに努力もどうかと思うが、おそらくはこの沈黙に耐え兼ねたのだと思う。私も激しく同意して眠りにつきたい。


「…コトハは渡さないわ」

「はぁ?」

「ひっ」


目の前で顔を俯けて座るカトネが意を決して言葉を発する。それに救われた気持ちになったのもつかの間、ティルが普段からは想像もつかないドスの効いた声を出し、カトネ撃沈。悲鳴を喉に貼り付けてまた黙りこくってしまった。


…レイネ、その目をやめろ。私の育て方のせいだけじゃない。そのはずなんだ!


「じゃあ、コトハが大事なわけだ?」

「……」

「ねー、どーなのー?コトハが大事?食料が大事?」

「…こ…コトハ………です」


いたぶるような口調にとうとう敬語がもれた。申し訳ない気持ちでいっぱいになるのはわかり私にも責があるからか。ティルのご機嫌伺いのために言ったのだともとれるその台詞を聞いた途端、ティルの普段は呆けた目がキラリと光る。


「じゃあ、あんたらも来たらいいじゃん、ね、でんかさん」

「……え、あ、僕?」


急に話を振られた殿下が狼狽える。バカ丸出しの普段とのギャップに戸惑っていたのは私だけではなかったらしい。


「治せないの?」

「えー、どうかな…」


バカ二人でぽこぽこ話は進み、カトネに殿下の魔法を試す流れに。


「ひいぃ、殺される!」

「じっとしてることも出来ないの?動いたらそれこそ暴力に出るよ」

「…人変わってんじゃないですか。バカってもしかして双子ですか」

「いや、一人っ子だ。ちなみに二重人格でもない」


動揺したレイネに答えてる間にもだんだん楽しくなって来たらしき二人はカトネを取り押さえて魔法をかけ始める。


まあ、結果だけを述べるならば。

カトネもコトハの父も殿下の魔法で治りました。


「…殿下すごいな」

「チートですよね。チート二人揃ってるんだからよくよく考えれば不可能なんてなかったですね」


飽きたのか諦めたのか。投げ出したような一言にただ頷くことしか出来なかった。突如強制的に治療された二人は今、コトハに向かって強制的に土下座させられている。なんなら、コトハの方が困っている。

もうその辺にしておいてやれ。


そうして私たちは、無事コトハと言う強力な仲間を得ることに成功した。


「二人は何が使えるんだ」

「私は…解体と料理が得意でした…狩はあまり…」

「私は猟銃が獲物でした」


すっかり元気になったあとも、母のカトネの方はあまり変わらなかった。痩せこけたままだからと言うのもあるが、ティルに痛い目見せられたというのが大きいのかもしれない。一方父親の方は生き生きとまるで子供のように嬉しそうに駆け回り、猟銃を二丁背中に交差して背負い打ちまくっていた。あまり腕に期待はしない方が良さそうだ。

二人の共通点は、私たちに、もといティルに逆らわないことだろうか。思わぬところで部下をゲットしたティルは私が褒めたこともあってご満悦だ。

ため息を飲み込みながら日が沈みかけた村の中を多くなった仲間を連れてクライの家へと戻った。

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