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ト、と軽い音と共にコトハの弓から矢が放たれる。適当な動作で放たれた矢はその細い腕のどこからそんな力が加えられたのか、力強い速度で飛び、厚いはずの皮を貫いた。まるで導かれたような首筋への一撃はクライの若い頃と比較しても見劣りしない。確かに天才だとあのジジイに言わせるだけのことはあるものだった。


けれど、いくら上手くとも攻撃力は矢の一本に好きない。モンスターが矢の一本やそこらで死ぬならば、騎士だのなんだのといった仕事は必要ないわけで。


ディアロールは矢が刺さったまま此方に敵意を向けてきた。流石に動きは鈍いが、卓越した脚力による突進は充分に脅威なり得る。貫くことを目的としたツノは動物のそれと比べて鋭く、エストックのように細い。そのくせ硬いので、武器の材料にされる貴重なものだが、戦うにはただただ厄介だ。


「…怠い」


足に力を溜め始める様子を見てコトハがポツリと呟く。ティルとカルアの騒ぎ越えに聞き流しそうになったが、今怠いったか?


さっと腰にかけたホルダーから矢を二本抜き、手早く放つ。文字通り、二本同時に。


「「え」」


ド、ド!

鈍い音を立てて先ほど刺さった矢の両隣すれすれに二本共に刺さる。そこまでの軌道中も互いに接触しその進路を変えることもなく、まるで一本のようにぴったりと放たれた二本はその着弾点のみを変えて、一本目よりも深く突き刺さった。


「…二本同時に打った方が力強い?」

「指の動き可笑しいでしょう」


倒れ行くディアロールにバカ3人はただ、わー、すごーいなどと歓声をあげる。それを無視してコトハは淡々と矢を引き抜き、血を払って先に出したホルダーとは反対に装着したホルダーに入れる。次いで、探検を取り出しブチブチと鮮やかに解体を始めた。


「解体も上手いですね…あれ、何才でしたっけ」

「12だろう…子供…だよなぁ…」


隣で同じように驚いた表情のレイネに顔を向ける。此方を向いたレイネの目の中には間抜け面をした私の顔が写り込む。うん、まあ、こんな顔だろうなとは思ったいたが。

いくら何でも、常識というものから外れ過ぎていた。

コトハの才能は疑うべくもない。それはもちろんなのだが、クライでさえも『限りなく近い』二本打ちが限界だったのにも関わらず、何の感慨もなく、まだ12の子供が『完璧な』二本打ちをしたのだ。寧ろバカ3人の対応が異常だ。バカだから仕方がないが。


「あの様子だと、まだ全力じゃないようですしね…体が弱くて捨てられた可哀想な子供、はどこへ行きましたか」

「怠いって呟いてたしな…まあ、無表情無口なところを見るに、心的傷を一切負っていないというわけでもないのだろうが…」


可哀想な子供、というのはともかくとして、身体の弱い子供、という肩書きは激しく似合わないと思うんだ。


「まあ、『病気になり易い』だけで『病んでる』わけじゃないですからね…鍛えれば、相応の筋力がつくんでしょうし…あの指捌きをみるに、かなり器用みたいですし」

「師はあの『残念な天才』だしな…」


かつて騒がれた有名なクライの二つ名を出すとレイネは軽く吹き出した。笑わない印象があったが地味にツボだったらしい。


「まあ、もう暫く様子見を…バロンが望む戦力には、どうとってもなり得るのでしょうが」

「そうだな…矢は、外せない戦力だ」


矢はと言うか、コトハは。

シルラの銃はその名の通り中距離までしか使えない。長距離レンジで使えるあの技術は正直、期待以上だ。


その後も森の中を周り十数匹のモンスターと動物を狩った。その間、働いていたのはコトハだけで私たちはただ傍観していただけだった。


「オレも何かしたかったなー」

「退屈だったー」


殿下とティルが不満を零す。ティルは言うに及ばず、殿下でさえも攻撃圏内に入るより早く敵が倒れるのですることがないのだ。


「というか、バロンってここまで全然役に立ってないですよね」

「ここに来るまでに色々したが…子守とか」

「道案内とか?それって騎士でなくても出来ません?」


皮肉というより本音で言うレイネにメンタルをガリガリ削られながら日暮れの中、荷物持ちだけ手伝って村へと帰る。


「コトハ、何も手伝ってやれずすまないな」

「……」


黙々と歩くコトハに声をかけるとちらりと此方に目を向けてふるふると首を横に降る。


「持ってくれるから、いっぱい狩った」


ポツリと呟き、ぺこりと頭を下げる。礼を言ったつもりだろうか。ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやると存外柔らかい白髪が遊び舞う。肩よりも長く伸ばされた髪に隠すようにコトハは赤い顔を俯けた。


…かわいいな


ティルも昔は可愛かったのに、今ではああだ。時間の流れとは恐ろしい。いや、あいつが12の時にはもっと生意気だったから、認めたくはないがクライの育て方が良かったのだろうか。

…いや、ティルの例もあることだし、性格は生まれつきなのだと思っておこう。


「コトハ、お前の両親はどんな人なんだ」

「…どんな?」

「あー…性格とか、どんな生活してるか、とか…」

「わからない」

「…そうか」


クライの話では毎日狩ってきた獲物を渡しているコトハはやはり一緒に住んでいないせいか、親のことを何も知らない様子だった。そんな親に、なぜ毎日届けに行くのだろう。


「あの人たち、生きられないから。もう、走れない。この村では、生きられない」


問いかけた私に少し不思議そうな色を浮かべて答えてくれた。コトハにして見れば、親だから助けているわけではなくて、ただ、憐れんでいるから助けている。そんな感覚なのだろうか。


「親のこと、どう思ってるんだ」

「…僕の親は、クライだけだよ」


僅かに口角を上げて屈託無く告げるコトハが、少し悲しかった。




やがてたどり着いた家には凡そ人の気配と言うものがまるでなかった。


「ねぇ、コトハ、これ家ってったい!痛い!おっさん!」


これ家って言わなくない?

絶対こいつは今そう言いかけた。ギリギリで頭をつかんで止めた俺にレイネが呆れた目をしつつグッと親指を突き出しているのが見えた。ティルが言うのを予想できるくらい、その家は酷かった。四分の一原形をとどめていたらいい方、くらいのものだろうか。


「コトハさん、ご両親はここにお住まいなんですか?」


レイネが尋ねるとコトハはこくりと頷いた。そして視線を村の他の家に投げる。何人かの村人たちがこちらをチラチラと伺っていたようだ。


「…まさか、村人がやったんですか」

「えー、酷い!」


シルラが目を丸くして殿下が声を上げる。コトハはただ首を傾げるだけだった。彼らが犯人という保証はないということだろう。


「村を出て行って欲しいからか」

「コトハが食べ物持ってきてるのに?」

「…僕が持ってこれるのは、肉だけだから」


そうか、主食やら野菜やらは村から貰わなければいけないのか。この村は普通の村じゃないから、働けないものに用はない。足手まといはさっさと排除がルールなのだろう。


「カトネさん、肉を持ってきました」


大して声を張りあげることもなくコトハは淡々と呟いて肉を置く。解体済みのものだけを。


「…どうも」


ひっそりと出てきた女はコトハとは違い艶のない黒い髪をしていた。痩せこけているわけではないが腕も足も細くこの村で生きていけるとはとても思えない。

父親は確か、歩くことすらできなかったはずだ。原因は数年前この村で流行った伝染病か。


「…誰よ」

「…クライの友達です」

「なんでここまで連れて来てんの」


落ち窪んだ目が剣呑な光を宿して私らを睨む。亡霊のような雰囲気の女は肉を持って立ち去っていった。


「バロン、話をするんじゃなかったんですか」

「…そうだったな」


コトハの母親の衝撃が強すぎて言葉を挟む余裕がなかった。情けない。

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