13
レイネが寝た。
一言でさらりと終わる、当然と事実と言えばそうだ。だがしかし、これは重大なことである。
…この三人の面倒を見ろってか…
私はため息を飲み込みながら布団を敷いてはしゃぐ子供2人とコトハに構うとするシルラを見渡した。少し思案して、頷く。
「お前らももう寝ろ。この村は行きで話した通り少し特殊で店もない。夕飯はありつけんだろう。眠ってた方がまだましだ」
まだ日が落ちて間もないが、これも致し方なしと思ってもらいたい。
はーいと素直に従う殿下とシルラ。シルラは馬車の中でも熟睡していた気がするが、気にしたら負けだろう。ティルだけは眠りたくない様でとことことことことクライの家を散策し始めた。
正直、ため息を禁じ得ない。
「ティル、どこへ行く」
「っわぁ!」
首根っこをつかんで止めると驚いたような顔をして素っ頓狂な声を上げた。例によって離せーとパタパタ暴れるティルをクライの前に落とす。
「痛いし!なんなのさ、おっさん!」
「ティル、暇なのか。なら、コトハと遊んでもらえ」
「へ?」
「…?」
こてりと首を傾げるティルと黙ったままだが不思議そうなコトハ、それに、意味を理解したのか苦い顔をするクライを見てから私は弓を持って練習に行こうとしていたコトハに話しかけた。
「コトハ、弓の練習するなら、的はこの馬鹿にしたらどうだ」
「バロン、お前まだあのこと気にしてたのか」
コトハが返事をするより早くクライが疲れたような顔をする。それに軽く睨みを返してコトハに説明を急いだ。
「流石に殺されると困るから、先は潰しておいて欲しいが、容赦なく射っていいぞ」
「???」
「おっさん、勝手に話進めないでよ、どういうこと?オレ痛いの嫌なんだけど」
困惑するコトハと喚き散らすティルを適当に流して庭に放り込む。暫し混乱していた様子だったが、やがて距離をとってコトハは弓の練習を、ティルは回避の練習を始めた。
「弓を避けるのはいい経験になるからな。なぁ、クライ」
「そうだな。わしはいい経験をお前に上げたわ、感謝せい」
開き直ったことを言うジジイを一旦殴り、ため息を吐き出す。別に未だに根に持っているとかではないがふと思いついて当てつけのつもりもあるから、恨んではいるのかもしれない。
私とクライの出逢いが、正しく今ティルたちがやっていることだった。あの時は本当、渡ってはいけない川を見た気がする。あと一歩で渡るところだった。
「しかも先潰してないしな」
「むしゃくしゃしてたんだ、許せ」
クライと出会ったのは、カロを飼う前、私がまだ新人騎士だった頃の話だ。新人は斥候の練習として単身、先の村まで行き団に戻るを繰り返さなくてはならない。この村も当然、その対象だった。そこを、ばったり出くわしてしまったというわけだ。
確かに、上手く隠れて進んでいなかった私も悪い。だが、会って三秒で矢を打たれるとは、普通思わないだろう。
後から聞いた話、あの日村で色々あったクライは獲物を20狩ってくると豪語して出てきたらしい。とにかく、動いているものを見たら狩ってやるつもりだったのだとか。
危うく国際問題である。本当に、バカな変人だ。
ティルとコトハは初めお互いにお互いを気にした様子だったのが慣れてきたのか集中して行えているようだ。ティルは人外の動きで避けるか叩き落とし、コトハは若い時のクライと寸分違わぬ体勢で次々矢を射る。当時二本同時に矢を射るなんて発想すらなかった私はかなり必死になって剣をふるったものだが、事前情報のおかげかコトハが遠慮しているのかティルに焦った様子はなかった。
「初めは何を言いだすかと思ったが、意外とやるなぁ、あの小僧」
「当たり前だ。私の弟子だぞ」
「ふん。その相手をしているのがわしの弟子じゃぞ。話にならんと思うだろうが」
暫し睨み合い。誠に無駄な時間である。
「…こほん。それで、あの少年のことだが」
「ああ…お前、反乱を起こす気か」
問いかけの形を持った、断定。年老いてもなお意志の強い目は変わらず、この男が歴戦であることを無言で伝えてくる。
私は少し迷いつつ頷いた。
「もし、そうするしかないのなら。国民は皆、高い税に喘いで生きている。誰がいつ行動を起こすか。その程度の違いしか、もうないのだろう」
「…そうか。ならば、何も言うまい。わしは付き合わんぞ。他国のことなんぞ」
弓はかつて栄え銃の発展とともに廃れた文化だ。しかし、クライやコトハほどの技量があるのなら、話は変わる。シルラが得意とする短銃の射程は短くどれほど見積もっても二桁離れれば致命傷とはならない。だが、弓ならば、気付かれる前に狙い撃つことも、コトハとクライに限るならば連射することもできるのだ。即戦力となり得る。
それをわかっているからこそ、クライは何も言わない。自分『は』参加しないというだけなのだ。
「あの子は、もっと大きな街に連れて行ってやらんといかん。身体が弱いんじゃ」
「…あの色のせいか?」
「そうじゃろうな。あいつは生まれつき色素が薄くて、体が弱い。この村じゃ、体の弱い奴は生きていけないと早々に切り捨てられる。あいつがここで生活してるのも、両親に捨てられたからじゃ」
「捨てられているのなら、話は早い。大きな病院に連れて行ってやるから、あいつを私たちにくれないか」
「……」
軽く言うとなんとも言えない目を返される。そして、ため息。
「捨てられたようなものだが、それでも親だ。あいつは自分が狩ってきたものを毎日届けに行っている。あいつの親はもう働けない。数年前、身体を壊したのじゃ。そんな状況であいつをやすやすと手放すとは思えんが」
明日まで様子を見ることじゃな。そう言って、クライはどこか複雑そうにティルとコトハの攻防を見守った。
暫の後、ティルの動きが鈍ったところで辞めさせる。そこまで、と叫ぶや否やコトハは長く愛用しているのだろう弓から手を放し、ティルはその場に倒れこんだ。二人ともはぁはぁと肩で息をしている。
「弓を投げ捨てるとは、まだまだじゃの、コトハ」
「……ごめんなさい」
「ああ、血が出てるじゃないか。射るときに力を入れすぎだ馬鹿者」
と怒ったように言うクライだがその表情は心配気に歪められている。コトハのまだ華奢な手を取って、さっさと家の中へ入っていった。
「…おっさんー」
「…なんだ」
不意に足元からかかった声にそちらを見ればんー、と両手を上げてティルがこちらを見ていた。子供の頃から知っているだけに、何を言いたいのかわかってしまう。溜息を吐きながら、ティルの脇を掴んでグッと抱き上げる。
「もう歩けないほどに疲れたか」
「まあね。早すぎでしょ、弓凄過ぎる」
この場合凄いのは射手であって決して弓という武器ではないと教えてやったほうがいいのだろうか。
「けどさ、おっさん」
「ん?」
クライの家の玄関に下ろしてやって濡れ布巾を渡してやるとティルは気持ちよさげに汗をぬぐいながら話し始めた。
「強いけど、コトハまだ子供なんだよ。おっさん達が言ってた反乱?ってなんだかよくわかんないけどさ、子供巻き込んでもいいの?」
「…聞いていたのか」
「聞こえてきたんだよ」
ティルは、こういう時、本当に団長に似ていると思う。地獄耳で、曲がった事が嫌いで、子供に甘い。
「…お前も殿下も、まだ子供だろう」
その時分、親を奪われた。団長は忙しくて殆どティルと一緒には過ごせなかっただろうに、そうやって似るところがどこか嬉しくて可笑しかった。
「…おっさんは子供に甘すぎなんだよ」
ぼそりとティルが呟きた声は、俯かれた表情同様、私が知ることは叶わなかった。